カトリック高円寺教会ANNEX

2004年に晴佐久昌英神父様により成人洗礼をうけた『おやじ』の[信仰告白]風コラム

『被災者のための祈り』

2011-03-21 10:10:10 | Weblog
 いまこそ、うれしい知らせや良いことを共有するときだと思う。

 とにかく

 出所がはっきりしていなかったり

 愛する人に自信を持って最優先で伝えられないよう情報は、拡散させるべきではないし

 自分の不安や心配を薄めたいというようなときには

 インターネットにしがみつくのではなくて

 人に会うことをすればイイと思う。

 励まし合う時だと思う。

 ただし

 いま、あわててあなたが英雄になることはない。

 これは、災害時に肝に銘じてほしいと思う。

 デマがチェーンメールで拡がってしまうのも

 良かれと思ってむやみやたらに物資を送りつけたり

 それこそいてもたってもいられなくて混乱している被災地に行ってしまったりすることも

 すべては、こういう意識が働かなくて

 良かれと思ったことが

 さらなる混乱を生み出してしまっている。

 難しいかもしれないけれど

 何かの行動を起こす時には

 一呼吸して、深呼吸して

 アタマを一瞬、冷やしてみる。

 そして

 お買い物をする時のように

 いろいろ比較してみること。

 その情報が、正しいかどうか。

 何度も言う。

 いま、あわててあなたが英雄になることはない。
 

 大船渡で安否確認ができていなかった高円寺教会で洗礼に預かった教会家族の無事が確認されました。

 神さまに感謝します。

 いまだに安否確認ができていない方々、そのご家族の方々のために祈ります。


 

 被災者のための祈り

 あわれみ深い神さま、

 あなたはどんな時にも私たちから離れることなく、

 喜びや悲しみをともにして下さいます。

 今回の大震災によって苦しむ人々のために

 あなたの助けと励ましを与えてください。

 私たちはその人たちのために犠牲をささげ、祈り続けます。

 そして、一日も早く、安心して暮らせる日が来ますように。

 また、この震災で亡くなられたすべての人々が

 あなたのもとで安らかに憩うことができますように。

 母であるマリアさま、

 どうか私たちのためにお祈りください。

 主キリストによって。アーメン。
                   (日本カトリック司教協議会)


 自分ができることを

 できる範囲で

 できる限り

 いっしょうけんめいやりましょう。

 決して無理をしてはいけません。

 誰かのために何かをしようとして、自分の不安を押し付けてしまうことがあるのです。

 そして

 委縮することなく

 普段どおりに生活をしていきましょう。



 だいじょうぶです。



 神に感謝。
Copyright© 2011 Luke8488
  

『精霊の働きがひしひしと感じられるまさに「恵みのとき」』

2011-03-14 13:27:20 | Weblog
 洗礼志願式

 「志願する」という言葉の響きに

 正直、堅苦しさや重苦しさを感じてしまうようなときもありますが

 目の前で繰り広げられている様子を見ていれば

 そんな

 単なる自己中心的な気持ちの悪さなど

 簡単に吹き飛んでいきます。

 
 今年は、タイミングが良く

 侍者として

 洗礼志願式のある、ごミサの典礼奉仕に携わることとなりました。


 洗礼志願者のみなさん

 それをあたたかくフォローする代父母のみなさん

 教会にやってきた求道者の方々をミスリードすることの無いように大切にバックアップしている入門係

 入門講座で神さまとの距離をさらに近づけてくださった神父様やシスター

 そして

 今日のこの日を

 微笑えましく

 もろ手をあげて心からよろこび

 歓迎している教会家族

 
 これってやっぱり奇跡的な出来事だと思います。

 そしてこれが決して大げさな表現ではないと思うのです。

 
 精霊の働きが

 ひしひしと感じられる瞬間です。

 「瞬間」などという言葉を使うと

 すぐに過ぎ去っていってしまうようなイメージかもしれませんが

 まごうことのないリアルとして

 すべてのみなさんの心に

 消えることのないリアルとして

 確実に刻まれたのです。


 洗礼志願者のみなさんが無事に復活徹夜際にたどり着けるように

 お祈りしています。



 神さまとの出会いを

 気づきを

 これからの信仰生活を

 みんながいっしょにいるということを

 どんな状況に置かれても

 神さまはいつもいっしょにいてくださるということを

 「信じる」ということを

 静かに

 深く

 ときにはアツく

 続けていけることに

 感謝しながら

 これからの人生を

 それぞれの人生を

 生き抜いていきます。 



 つながっているという

 圧倒的な

 心強さ。





 神に感謝。
Copyright© 2011 Luke8488

『一時間後』

2011-03-12 08:13:28 | Weblog
 昨日の大きな地震の後

 およそ一時間ぐらい後の余震が続く中

 教会にむかいました。

 神父さま方、司祭館や天使の森(教会売店)でお手伝いをされていた方々みなさん無事でした。

 建物は

 聖堂の瓦が落ちることもなく、天井から塗料が剥げたらしきものや一部瓦礫のようなものがほんの少しだけ落下していましたが、大きな被害はありません。

 司祭館は、揺れが一段と激しかったと聞きましたが、二階にある神父さま方の本棚の本がすべて飛び出し落ちた程度で、大きな被害はありません。

 みのり館は、棚からの落下物があったりしましたが、大きな被害はありません。

 じっくりと冷静に見てみれば、いろいろな部分で被害や不具合が出てくるかもしれませんが、高円寺教会はだいじょうぶです。

 落ち着いて

 身近な方の安否の確認をしていただければと思います。

 東北地方を中心に揺れが激しかった地域に住んでいられる方々の安全と生還を心から祈ります。

 不安感に襲われることもあるかもしれませんが

 焦らずに

 だいじょうぶです。

『くろう』

2011-03-08 20:53:32 | Weblog
 妙に納得してしまう文章に出会うことがあります。

 それが聖書に書かれているものではなかったりするので

 人生はおもしろいといえます。

 きっと意識していないつもりでも

 そちら方面にアンテナが伸びているのでしょう。

 苦労

 苦労には三つの種類があるのだそうです。

 
 
 取り越し苦労
 

 
 持ち越し苦労

  

 持ち出し苦労


 
 の三つらしいです。


 取り越し苦労というのは、聞いたことがあります。

 シンプルに言うと

 「まだきてもいない未来のことを心配すること」です。

 心配性とか臆病などというニュアンスを含んでいたりします。



 持ち越し苦労というのは

 「済んだことをいつまでもグジュグジュ言っていること」らしいです。

 言い得て妙です。

 執念深いとかスランプの素、癒えない傷って感じがします。


 
 さて

 持ち出し苦労ってどういうことを言うのでしょうか。

 持ち出し苦労というのは

 「どこから持ち出してくるのか分からないけど、不幸な人の例を取り出してきて、大変だ!と言っている人のこと」だそうです。

 周りにもいるでしょう。

 お気の毒というような雰囲気を演出しているのだけれど、ゴシップニュースを伝える下品な芸能レポーターみたいなというか、大きなお世話というか、何だか嫌や~な気分にさせてくれる人がいます。


 この「三つの苦労」の話には、オチがついていました。


 ツイていない人は、この三つのうちのどれかをやっている。

 
 なんだか妙に納得します。


 ツイてる、ツイてないってのはあんまり好きな概念じゃなかったりするのだけれど


 この三つの苦労は


 全部


 自らの不安とか闇が


 それを選択させることなので


 率先して


 前向きに


 チョイスすることはないでしょう。


 できうる限り


 抱え込むことは、ないでしょう。


 持ち出し苦労は特にお互いに

 
 遠慮するようにしませんか。





 神に感謝。
Copyright© 2011 Luke8488