癒しを求めて

疲れています。癒しの世界に浸りたい。

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改めて

2008-06-16 23:31:05 | Weblog
自分には無縁だと思ってたあの事件。


先週の日曜日に起きたあの事件。


ただ、何故だか分からなかったが、
そのニュースを目にした時に、
自分の中でものすごい憤りを感じていたことだけは覚えている。

でも、やはり、メディアからの映像。
自分との接点なんて感じることはないだろうと思っていた。

しかし、そうではなかった。

最初話を聞いたときは信じることはできなかったが、
徐々にその事実を受け止めることができるようになった。

こちらから連絡をすることがしにくかったが、
昨日教会に、ミサに来ていたので、本人と直接話しすることができ、
詳細を聞くことができました。

人は必ずしも明日があるとは限らない。
でも、起こったことを受け止め、
それを伝えることの大切さを改めて知った。

たとえ、それが当事者となったとしても。

自分の運命を信じる。

一番簡単そうで、
一番難しい。

今の俺にどれだけその運命を受け止める余裕があるのか、

でも、これだけは言える。

本当に一日を感謝すること。


今週、26年来の友人の結婚式に行ってきます。

最高の日になることは間違いないです。

喜びのうちに、この日が迎えられますように。
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母の日

2008-05-11 22:22:31 | Weblog
なんとなく、
照れくさく、

ふと振り返ると、
ここ数年何もしてなかった。

とても情けなくなってきて、

ようやく晴れた連休の最終日に洗濯をしながら、
心に決めました。

今年こそは!!


久々に高円寺の街をフラフラと散歩し、
結局選んだのは花の鉢。

でも、
母親からは、
とてもうれしそうな声で、
電話をかけてくれました。

「ありがとう」

って。


こっちは、やっぱり照れくさくなって、
いい返答はできなかったけど、

こういのっていいですね。
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今日一日生きていました

2008-04-21 23:50:31 | Weblog
今日という一日が終わります。

とっても、
とっても、
大切な一日です。


たとえ、
今日が、みんなから祝福の言葉をたくさんもらったとしても、

たとえ、
今日が思っていたような一日が過ごせなかったとしても、

今を生きていることが、
感謝です。


今の自分は、
先のことで、迷ったり、さまよったり、

心には決めたはずなんだけど…、

本当にその道を歩むことに恐れを感じていたり、


30代後半で、自分の夢をあきらめずに、
自分の作品を見事に創り上げたり、

40代になって、
自分の会社を立ち上げて、
本当の自分に出会っている人がいたり、

今年、
人生のパートナーと、
一緒に生きていこうと、
決めたり、

今年、
親父になる人がいたり、


いろんな人がいるんです。

そして、
生きているんです。


確かに不安はあるけれども、

自分を見失わないように、

本当に自分が輝けるように、

生きていこう。

改めて、
今日一日を過ごして、そう思いました。


感謝です。
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そして復活へ…

2008-03-24 23:41:24 | Weblog
今年は、会社の振替休日が金曜日にあったため、
実に4年ぶりに聖週間皆勤でした。

会社は決算月だというのに、4日も休んでいいものやらとちょっと後ろめたさを感じることもあったけど、
実に実り多い聖週間でした。

色々あった聖週間でした。

色々考えることができた聖週間でした。


今年は、侍者としてずっと関わりました。

特に聖週間のミサでは香炉の役でした。
正直去年までは神学生が見事にその大役をこなしていたので、
とても緊張とプレッシャーに覆われてました。


正直、間違えばっかりで、式長には迷惑をかけてしまいましたが、
とてもいい経験ができました。



それにしても、
洗礼の秘蹟に授かりたての真っ白なその瞳は、
本当に生まれたての赤ちゃんみたく、
美しいものでした。

今年も、間近で見ることができました。


さてさて、
復活です。

俺も、今年こそ新たに復活できるよう、
頑張りますか。
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約束…

2008-03-15 01:41:48 | Weblog
今日は、一人部屋に戻るのがとても嫌だった。

一人になると、その現実を受け止めなければならないから。
その現実を受け止める余裕が俺に無いことがわかっていたから。

家に帰るのが嫌で、とりとめもなく街をさまよい、
なるべく考え込まないように、
なるべくいつもの俺でいられるように、

でも、
でも、
その現実が変わることは絶対にないことも知っていた。


俺は、彼と約束をした。

一枚のCDを借りたんだ。
絶対に返しにくるって。

これが最後じゃないって。

彼からもう一つの約束もした。
どっちかというと、彼からの注文でもあった。

「次に来る時は絶対に彼女をつくって連れてきな」

って。

彼は俺との約束を破ったことはない。
だから、俺もこの約束を守ろうと思った。

CDを返すだけでもよかったんだけど、
なんかそうしたら本当に最後になってしまうんじゃないかと思ってしまって、
その病室に向かうのが嫌だった。

絶対に元気になって、
教会かどこかで、
返せれるよなって思ってた。



昨日、神学生から容態が急変したとの連絡をもらった。
彼に会ってきたみたいで、電話でもしばらく話をした。
そんでやっぱり俺らがクヨクヨしてたら絶対に後で怒られるよねって、
いつもどおりでいようって誓った。
そして祈った。

今日の朝、
電話の着信が鳴ったとき、
すべてを悟った。

彼は旅立ったんだって。

その電話はまさしくそのとおりだった…。


俺との約束が初めて叶わなかった…。



俺と彼との付き合いは決して長くはなかったが、
ものすごく濃かった。

時に一緒に笑い、
激しく喧嘩し、
共に喜びを分かち合った。

教会で中高生のリーダーをやるってなったときも、
一緒にやろうって声をかけてくれた。


そして、どんな状況でも、俺の体を心配してくれてた。

無理をしすぎるなって、
でも多分無理をするだろうから、
体が壊れない程度にしなさい!!

って…。

正直今も俺の体は万全の状態ではない。

ちょうど彼の容態が最初に急変したころと時同じく、
俺の体も信号を発した。

彼の苦しみ、痛みに比べたら全然比にならないのだけど、

これ以上俺が悪くなると、
また彼に心配をかけてしまうと思い、
治療院にも通った。



今、一人になって、
やっぱり、ものすごくへこんでる。

その現実に、応えきれないでいる。

でも、やっぱりへこんでたらいけないんだな。


絶対にまた怒られる。
彼に。

明日、目が覚めたら、
気持ちを切り替えよう。

彼が安心して旅立てるよう、
準備をしなきゃ。

俺はカトリック信者だから。
彼もカトリック信者だから。

俺も、彼も同じ「パウロ」という名の元に生きてきたのだから。




彼は、絶対に約束を守ってくれる。

今じゃなくても、
絶対に俺が来るのを待っててくれる。

ちょっと先に行ったけど、
きっと待っててくれる。

だから、安心して待っていられるよう、
あなたと共に生きた自分をしっかり見てもらえるよう、

彼との、この世の最後の共同作業を、
しっかりとやりとげよう。
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春の匂いがした

2008-02-27 00:06:50 | Weblog
今日、帰りの電車から、春の匂いが感じられました。

自分的には冬が好きなので、
なんか寂しい感じがするんだけど…。

ってか、実際寂しい感じの季節ですよね。



春って言うと、暖かくなる季節、
なんだけどね、

出会いと別れの季節、
ともあるので、

どちらかというと、

ロマンチストな俺的には、
別れの季節かな。


別れの季節っていっても、
世間一般的な、男女の別れだけ、親しい友人との別れ、
それだけじゃぁないでしょう。


むしろ、新たな旅立ちの時。

新たな気持ちと共に、
道を歩む時、


そんな季節でもあるわな、
って感じてるんだけど…。


決算を目の前にして、
相変わらず忙しい日々が続いてますが、


なんか、
自分的に、
新たな道が見えるのかなって、
今までに無い欲が出てきたような、

そんな感じがしてきてるんです…。


さてさて、
後はどれだけ自分に自身をもって、
勇気をもって、
やっていけるか、


今年の冬は、
暖かい冬を迎えるために。
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2008-01-26 16:01:00 | Weblog
また、自分の悪いところが始まった。

良くないとは理解してても、どうしても自分の中で整理することが出来ない。
自暴自棄になってしまう…。


人は誰でも「我」というものを持っていると思う。

いい意味では、自分をしっかりもっていること、
悪い意味では、自分の私利私欲を出してしまうこと。

確かに、自分の信仰を持っていたとしても、この「我」は良くも悪くもあると思うし、できれば、欲をなくして人のために尽くせれたらどれだけいいだろうか、とも思うが、なかなか欲に負けてしまうことが多い。

本当に人の上に立っていくのであれば、この「我」というものをいい意味のものだけにしていかないといけないのかもしれないのだけど、
今の自分には、それはできない。

じゃぁ、今の信仰はまったく無意味なことなのか…。

ふとしたことで、口にでる言葉を顧みると、
自分のことしか考えてないがために出てくる言葉もある。
自分では気づかないのだが…。

当然、カトリックの世界でもきちんとした教えがあり、
聖書にもそのことは書かれている。

でも、人だから過ちはある。

その過ちを認め、祈りの中で告白していくことにより、
また生まれ変われるのではないかと思っているのだが…。


全てを全否定されたような感じで、
じゃあ、それを言ってきた人は本当にすべての「欲」をすてて生きているのかと言えば、そうではないと思うけど、
ただ、それを言うことができないのであって、

すべての人に「欲」をなくして人のために生きていけるのであれば、戦争や争いはなくなると言う。
確かにそうだ。

でも、経営者という立場は、「欲」をなくしているのだろうか。
口ではよく「人のために、穏やかで幸せな暮らしのために」と言うが、
本当にそうであれば、必要以上の利益は必要だろうか。
企業が存続していくためには、お客様に満足を与え続けていかなければならないというが、そのために他の会社の利益を取って存続していく。
これこそ「欲」と言うものではないかと思う。


本当に自分が何なのか、分からない。
こういう自分こそ、「我」の塊、「欲」の塊。

口だけで、行動は伴わない。

生きてて本当に意味があるのかさえ思えてくる。


自分が、少しの欠片でも信仰に心が向けられているのであれば、
神の言う、「道は与えられている」
を信じてみようかな。

この今の自分の道が、先につながるものであるというならば…。
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新しい年に向かって

2007-12-31 22:57:11 | Weblog
今年の最初、いわゆる正月は、ミサでの侍者で始まった。
そんで、昨日の日曜日。

「聖家族」

今年、最後のミサで、
やはり、侍者で締めくくりました。


恐らく、明日のミサでも侍者で一年を始められるだろう。


この一年は?
って聞かれると、

正直、こういえるだろう。

最悪の一年でした。

体は壊すし、精神的にはボロボロになるし、
色恋の話があったわけではないし…。

今日も、

本当ならば、
片付け、掃除をして、
早めに夕飯を食べて、
紅白でも見ようかなと、
思っていたけど、

急の仕事で、会社へ出勤…。

全然先日は仕事納めではなかったですよ…。


でも、まったくいいことがなかったわけではなく、
今年も、たくさんの家族が誕生し、
新しい命が誕生し、
新しい道へ歩んでいく瞬間を共有させてもらったり、

当然、いいこともあったけどね。

ともあれ、

来年は、
何かしらいいことがあるのではないかと、

少し、期待しながら、

やっと書き終えた年賀状の奥から聴こえる鐘の音でも楽しみましょうかね。
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灯りの先に

2007-12-25 00:26:58 | Weblog
月明かりだけの飼い葉おけ、

暗闇の中、その灯りだけをたよりに、
乳飲み子は、生まれてきました。

人間として、
人の姿で、
その時、
救い主は、命という、
賜物を授かって、
生まれてきました。

天使たちは、
この事実を、
確かめたうえで、
灯りを灯し、

皆にその事実を知らし召すように、
救い主がこの世に生まれてきたと…。


その一つ一つは、
2000年経った今でも、
同じように、
カトリック教会で行なわれています。

今日が、

クリスマス。

救い主が
お生まれになった日。


個人的に、
今日のミサで、
すごく、
感動しちゃっているんです。


小さな灯りの元へ、
乳飲み子が、飼い葉おけへと導かれていく、

その、乳飲み子が飼い葉おけに納まったとき、
天使たちが灯りを放つ。

その中で、
喜びの賛歌が流れていく。


それを見た人は、
幸せ。

とても、
美しい笑顔になれるから。

でも、
それが見れなった人…、

同じように、
幸せが来るのですよ。

その乳飲み子は、
みんなに、
最高のプレゼントをくれたから…、



「笑顔」


どんなにごましても、無理無理。
この日、
最高の笑顔で迎えれるようにと、
最高のプレゼントを与えてくださったのですよ。




父と子と、
聖霊のみ名によって、
アーメン。

この、
最高の贈り物、

「笑顔」

という贈り物が、
この世の中で、
皆にいきわたりますよに。
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与えられた道

2007-11-19 23:50:34 | Weblog
外は少しずつ寒くなり、
季節も冬の到来を示し始めた。

街は少しずつ闇から明るさを求めて色づき始めている。

それでも日常は相変わらず、忙しく、刻々と時間を刻んでいる。


この世に生を授かってから、
自分の理想、現実の狭間にもまれながら、
それでも、
できれば楽しく、
笑顔で…。

たまに、そのことに疑問を抱きながら…。


私たちは神様から命を授かった。

それは決して敷かれたレールではなく、
一番の幸せに向かって示してくださる道。

途中は決して容易ではない。

苦しいことも、
悲しいことも、
辛いことも、

でも、
決してそれる事無く、
示してくださる。


正直、
もう限界かなって思ったりして、
体も、心も、

今の状態から脱したくて、
でも、決して逃げているわけではなくて。




とりあえず、
言いたいことを言った。

決して望んでいたこと全てがかなったわけではないけど…、

自分が止まっていてはいけなかったんだ。

今、与えられたこと、

それは、
やっぱり、
神様が示してくれてる道なのかな。

なんとか、

なんとか、

歩める力をくれた。


アブラハムも、
神からの言葉に時々虚像を演じながら、
でも、真実を感じながら、
生きていた。

それは、
現実でも、
その時の時代でも、
決して変わらないこと。


大丈夫!!

絶対に!!



やっと、
少し、

安心して寝れた。
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