laisser faire,laisser passer

人生は壮大なヒマつぶし。
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小太郎はしあわせだった、と思う

2012-09-11 | kabuki a Tokio

秀山祭昼の部@演舞場見てきました。

ひさびさに勘九郎が出てない歌舞伎でw満足感を得られた。

なんといっても

寺子屋

 

本当なら、染五郎の松王を、吉右衛門が源蔵で受けつつ、目を光らせてw、芸の継承の現場になるはずだった朝芝居。
不測の事態で、吉右衛門が松王に、そして梅玉が源蔵を引き受けて。どちらも慣れている役だけに、最近の大幹部の舞台にありがちな「あーうー」がなかったのもよかったけれど。

なにより、今回の大殊勲は千代の福助
寺入りからあった、というのも功を奏したとは思うけれど、何しろ、温かい母親。なによりも母親。武家の女であるよりも、何よりも、母親。
時として感情表現が過剰になって、気持ち悪いことになる福助だが、今回はぎりぎりのところで抑えていて、豊かな感情表現が切々と(三階だったのに!)伝わってきた。
松王が二度目の入りになる場面、千代は後ろを向いて控えているのだが、その背中がずっと泣いていて。
わ、これ芝翫の芝居だ!と思っておもわずぶわっと涙が・・・
福助に芝翫の面影を見たのは正直ほぼ初めてなのだが、それが背中の芝居というのもなんだがw、いや、本当に芝翫が乗り移ったんじゃないかと思われる背中だった。
この温かい千代に合わせて、か、吉右衛門の松王も、常より情が濃い、というか父親の顔が大きかったような。
首実検のときに妙にためて見得する役者が多い中、本当にすっきりと、「ああ、わが子だ」という安堵と悲しみとあきらめと・・・が一度に出た表情は、余人にはできないものだと思ったし、千代との会話が、本当に夫婦の情愛に満ちていて、ああ、ここんちはいい家庭だったんだろうなあ、このお父さんとお母さんに愛情注いで育てられて、短い人生だったけど、小太郎は幸せだったんだろうなあ、と、こんなこと寺子屋見て考えたのは初めてだった。

松王と千代が深い分、源蔵と戸浪(芝雀)はあえて、なのか、もともとなのか色が薄くて。
四人のバランス的にはこういうのもあり、かと思った。梅玉さんの邪魔にならない芝居っていうのは、時として物足りないんだけど、昨日に関してはあくまで松王主役、というので、よかったんじゃないかな。

涎くりも寺入りからあるので見せ場たっぷり。お兄さんから引き継いだ?種之助が精一杯に演じていて。そりゃ、芸達者なお弟子さんにはかなわないけれど、個人的には好きな若手なので、微笑ましく見守りました。もっと個人的には萬太郎ならもっと可愛かっただろうな、などと思ってしまったりもしたのですが。お父さんが千代か戸浪やることも少ないもんねえ。見られずに終わるのかな・・・

今まで見た寺子屋の中で、確実に三本の指に入るすばらしい出来。福助の千代としてはベストと言ってもいいと思う。そんな芝居を偶然とはいえ見せてくれた染五郎に感謝するwとともに、自分が染五郎ファンだったら、超悔しいんだろうなあ、とも思ったり。あんな踊りのせいで、吉右衛門が源蔵で受けてくれる大芝居の舞台を棒に振りやがって!とね。
吉右衛門だっていつまでも元気とは限らないんだから、本当に、貴重な機会を失ってしまったのだと思う。染五郎的には。
ファンではないのでw、絶頂期の吉右衛門松王を遠征しないで見られた幸せだけをかみ締めておくことにします。

葵太夫のいろは送りも本当によかった。綾太夫の右に出る人はいないと思っていたいろは送りだけれど、いい意味で声がかれて来た葵ならではの味で、ああ、声が出なくなってからよくなる節もあるんだなあ、と再確認。
大阪で愛太夫が低音も出るようになって、もはや声が出ることに関しては葵以上になってきてるし、竹本も確実に世代交代してるんだなあ・・・と。

脇や子役も含めて本当によかったので、できれば一階で見たかったなあ・・・どうするかな・・・

 

河内山

 

松江屋敷で寝なかったのは松江侯を勘九郎が演じた襲名興行以外にあと一回くらいあったかな、というくらい睡眠率の高い芝居。

またまた寝てしまいましたが。
屋敷に入る前の書院?の数馬と波路がどーのこーの、の場面で早くも寝てしまったため、(どーかいさんの入りはまったく記憶にないw)いつも夢の中の松江侯とどーかい(字を調べるのがめんどい。すみません)さんの対話は割りと起きていられた。
いや、二人とも(朝イチに引き続き、吉右衛門梅玉)名調子で巧いねぇ・・・巧すぎてみんな寝ちゃってるw
松江屋敷後半の三階睡眠率は確実に90パーセントを超えていた。あたしと同じように睡眠率をカウントしていた(たぶん)ガイジンカップルは、調査が終わるとそそくさと引き上げていった。あれは日本人の居眠り動向を調査するCIAのスパイだったのか。違うと思う。

しかし、みなさん、大詰めではほぼ全員覚醒して、ちゃんと「ぶわかめ~~」ではおお受け!たいしたもんだわ。
そういえば寺子屋でも隣席のおばあちゃまはずーーーーーーーーっと寝ていらして、松王の泣き落としのあたりでぱっちり目覚め、いきなり泣き出して鼻をちーんと噛んだのには仰天した。すごい涙腺コントロール。

大詰めで感心したのは北村大膳の吉之助。巧いのはわかっていたが、吉右衛門譲りの口跡の良さと柄の大きさを生かしていて、本当ににくくて可愛い大膳だった。いや、いつものよっしーの大膳も嫌いじゃないんだけどねw
あと、大詰めの近習でずらりと並んだ若手の姿がまるで「吉右衛門寺子屋」の子供たちのようで、黙阿弥台詞の口伝を聞かせてるの図、に見えてしまったのもおかしかった。

朝の寺子屋も含めて、まさに「吉右衛門、芸を伝える」の月間にしたかったのだろうなあ。

吉右衛門さん、大阪でがんばってる親戚の息子も忘れないでやってね!と結局そうなるかw

 

と、昼の部、どちらも大満足ではあったのだけれど、不満といえば、歌六又五郎兄弟の扱いが軽すぎることかなあ?
又五郎の玄蕃はよかったけれど、染五郎が駄目になった時点で松王とか源蔵をやらせるくらいの抜擢あってもよかった気もするし、歌六にいたっては昼あれだけ?と思わせる物足りなさ(魁春も、だけど)。うーん。二人ともすごく魅力的な役者なのに、なんだかもったいない。