laisser faire,laisser passer

人生は壮大なヒマつぶし。
楽しく気楽につぶして生きてます。

九月歌舞伎まとめ

2010-09-30 | agenda

今月のMVP

 

途中まで右近@黒塚か、弘太郎@連獅子かで迷ってたんですが、最後の最後に見た演舞場昼の部であっさり逆転。

歌六@沼津&荒川の佐吉

老けの絶品の後、すぐにニヒルな侍姿を見せてくれて。双方すばらしいできでした。今この人が歌舞伎界にいなかったら、成り立たない芝居がたくさんあるような気がする。そういう意味ではどんな人間国宝より大切な存在のような。

 

ってことで次点は仲良くおもだかころころコンビ

右近@黒塚 

弘太郎@連獅子

 

今月のMIP

誰、ということではないが沼津冒頭の群衆の一人ひとり。
全員が実に丁寧な芝居をしていて、芝居世界にぐぐっと引き込まれた。

あえて一人、なら歌江。70過ぎてかわいらしい妊婦役。
そして、吉之丞さん、おみ足お大事に・・・

 

次点

とくになし

 

今月のMDP

期待値が高すぎてってことだと思うんだが、今月いちばんがっかりしたのは

仁左衛門@俊寛

あんな気のない仁左衛門を見たのは初めてだった。
仁左衛門の情けある基康、楽しみだったのになあ。

 

だめかもしれないと思いつつやっぱりだめじゃん!ってのが次点二人。

松江@引窓

若手二人の主役ががんばってるのに足引っ張っちゃいかん。

笑也@太閤三番叟

もう踊りやめたら?

 

今月の作品賞

 

沼津

芝居全体の総合点では圧倒的。

 

次点

黒塚

右近の熱演に。

 

次次点

荒川の佐吉

これまた脇を含めてアンサンブルがよかった。


やっぱり嫌い!

2010-09-29 | spectacles

シダの群れ@コクーン見てきました。タイトルどおりろくな感想じゃないですが。

生瀬、阿部サダ、古田新太。この三人の出る芝居は、スケジュールが可能で、チケットが無理しないでも取れればとりあえず行って見ることにしてる。

なので、この芝居も阿部サダ目当て。

作・演出が過去の観劇記録ワースト3に入ろうかという勢いのアレの人だったのがちょっと不安だったが。まあ一度しか見てない作品ですべてを判断するのも、ってことで。

 

うーむ。

 

やっぱりこの人は苦手、というか嫌い。

 

というかどこがいいの?????????

 

 

役者はいいとこ揃えてる。

阿部サダヲは何考えてるかわからないチンピラやくざ。小心者のようで突然切れる感じはまあはまり役。
ほかにも、風間杜夫、伊藤蘭(二人とも好演)、江口洋介、小出恵介など名前で客を呼べる役者を揃えて。

やくざの世界の抗争を描きつつ、各人の隠された心の襞を少しずつ見せてゆく・・・という仕掛けなんだが、
芝居冒頭でまともに見える人がほとんど病んでいて、変な感じの人が実はまともな感性の持ち主・・・という図式はまあいいけれど、特に「まともに見える人が病んでいて」の部分が説明不足すぎる。

あれだけ饒舌なせりふの洪水のなかで、説明不足って、作者の力量不足でしょ、明らかに。

特に江口洋介扮する妾の息子が最初から最後まで何を考えているのか全然描けていない。役者の力量云々の問題もあるかもしれないが、運命に従容として従う影のような存在として描きたかったのなら、江口は存在感ありすぎだし、組織のためにあえて犠牲になる人生を選んだ人、ってことならもう少しそのあたりを掘り下げて描くべきだった。

江口の役についてのみ言及したけれど、ほとんどの役がそんな感じ。言葉はあふれてるのに中身が薄いから、人が描けてない。したがって、結末になだれ込んでいくプロセスも、???でただ取り残された感じ。

この人の作品は一般には「難解」といわれているようだが、難解っていうのは、どこがわからないのか、解きほぐしたくなる衝動を客、あるいは読者に感じさせてこそ成立するのであって、少なくともあたしは、この芝居の理解しがたい部分を理解したいとは一切思わなかった。

結末で取り残された感じ、と書いたけれど、取り残された、というより、芝居空間が勝手にあっちにいっちゃった、と書いたほうが印象的には正しい。

ワースト芝居のアレもそうだったけれど、アレは戦場、今回はやくざ世界という非日常を舞台にすることによって、唐突な死でとりあえず結末をつけちゃう、という安易(としか思えない)な手法も、うんざり。

もちろんこの人の芝居が大好きな人は、この世に存在するんだろうから、なんか魅力はあるんだろうけれど、少なくともあたしは、よほどのことがなければ

イワマツリョウという名前を見たら、金出して見に行くことは今後まずないだろう、と思う。

 


多摩って遠いのね

2010-09-23 | kabuki a Tokio

巡業西コース@パルテノン多摩行ってきました。

イメージより遠くて参った、参った。なぜか都内西部は必要以上に近く感じてしまうのよね。以前府中のときもそう思ったが、もうよほどのことがない限りこないぞ、多摩。

雨模様のせいか、客席後部の入りはさびしい。巡業にしたら人気役者がそろってるほうだと思うんだが、なかなか興行はきびしいのぅ。

 

歌舞伎のみかた

 

亀鶴、ツイッターも始めて(当初の怒涛のレス攻撃はなくなったが)、好感度アップ大作戦中らしい。
目が笑ってなくて、ちょっとゆがんでニヒルな性格なのに、舞台の上ではやることはやる!みたいな亀鶴が好きだったlavieとしては、笑顔の絶えないマッキーミウス@野田秀樹みたいな亀鶴はちょっとやだ。

まあもともとディズニー大好きでティんカーベルが理想っていってるくらいで、本質はただの好青年なのかもしれないが。

いきなり出のおしゃべりで「雨の日はやないの興行に限りますね」って言われて萎えちゃったせいもありますが。

誰か、屋内の読み方教えてやってくれ。野外と対だと思ってないか?たしかに対だけどw

 

ってことで、亀鶴より立ち回り指導の橋吾と黒後見の獅二郎(バレエダンサー出身という珍しい経歴を持っている)ばかり見ちゃいました。

客を上げて立ち回り指導、鳴り物の意味をクイズ形式で・・・etc.やってることは国立なんかと同じなんだけど、とにかくやたら亀鶴がジョークを飛ばしてニコニコイメージアップにいそしんでたのがうざかったひと時でした。

 

鳴神

 

橋之助には十八番が似合う、と以前から思っていたが、これで確信。

正体不明の365通しての機嫌のよさ、父親ゆずりの古風な風貌、大柄な体、そして大雑把な芝居。どれをとっても歌舞伎十八番を演じるに過不足なくぴたっと当てはまる。

正直ナリタヤの跡目は彼が継いだらいいんじゃないかとすら思ってしまう。目が少し小さいかもしれないが、目頭切開とか今はかなり大きくできるしね。

というくらい、鳴神上人の大雑把な変貌ぶりにははまっていた。
わかりやすい気高さ、わかりやすいエロ、そしてわかりやすい見得。どっかの御曹司と違うのは形やせりふがちゃんと決まるところでありまして。うん。今まで見た鳴神のなかでは團十郎の次に好きかも。

扇雀も女策士は似合ってる。ただ、十八番ものだから、なのか顔を作りすぎ。遠目で見たらきれいだったんだけど、オペラグラスを覗いたらえらく怖かった。こんな怖い女に、いくらうぶな上人でもひっかからないだろう。

巡業だけに黒雲坊と白雲坊はちょっと物足りなかった。
坊さん連中のなかに、国立研修卒業したての若者が混じっていたらしい。プログラム買ったほうがよかったかなあ。

 

俄獅子

 

三人の中ではやっぱり橋之助が圧倒的に存在感と舞踊の技術、ともにすごい。当たり前といえば当たり前なんだけど。

亀鶴の舞踊、昔は好きだったんだけど、好感度の上昇とともに(しつこい?)舞踊の魅力が落ちたような・・・
最盛期はナンバー3(上位二人は今のところ不動)になったこともあるのに、なんだかつまらない役者になってしまったなあ。

ここでも獅二郎に目が。

バレエ出身という先入観のせいか、やたら足がまっすぐ伸びて、しかも長い!
これが武器になるのか、欠点になるのか将来的にわからないけれど、トンボはとてもきれいに返っていた。

 

芝居より実は何より印象的だったのは公演の内容より、アフターに一杯やったSZリヤ。

小デカンタ赤白両方頼んで、グリーンピースの温製サラダとシュリンプフリッターとミラノ風ドリア食べて、1170円!

一人で、じゃないよ、二人で1170円。つまり@600円以下。

lavie史上「二人で軽く飲んで食べて」の支払最低額であることは確かだ。

集中調理で店舗ではチンするだけの料理だって知っちゃいるが、きちんと店で調理してたってもっとまずい店いっぱいあるしね。高いワインってたまにげっとくるほどまずい(すんません貧乏舌で)ことあるけど、安ワインは癖がないから失敗も少ないし。この値段で、とりあえず舌に悲しみも怒りも覚えずにおなかいっぱいになってほろ酔いになれるって、日本って本当にいい国だなあ、と思いつつ、こんなデフレの世の中って・・・とバブル絶頂ぶいぶい言わせてた自分の下り坂を見せ付けられたようなさびしさも感じてしまったのでした。

雨もそぼ降ってたしなあ。

芝居も食事も安あがりで、楽しうてうれしかれども一抹のわびしさも感じた秋の一日だった。ひひひひ。


うぇるかむばっく!

2010-09-21 | kabuki a Tokio

秀山祭昼の部見てきました。

夜の部が、昨今の「大歌舞伎」の中ではめずらしいほどの退屈さだったのでまったく期待してなかったのですが、基本同じ顔ぶれがやってるとは思えない充実ぶり。特に沼津は絶品でした。
暑かったし、旅行帰りで疲れてたし、で行くのやめちゃおうかと思ったのですが、行って良かった!

 

月宴紅葉揃

梅玉魁春兄弟が、持ち味そのままにさらさらと踊ります。
業平と小野小町っていう色気は感じられなかったけど、冠に紅葉と扇くっつけてあんだけさらさらしてられるのは梅玉さんだけじゃないかしらん。

朝イチ、ぼーっとしてる頭を歌舞伎空間に慣れさせるにはいい感じのウォーミングアップ演目でした。失礼。

 

沼津

 

いやああよかった!!!!

実は吉右衛門の十兵衛って、今まであまりいいと思ったことなかったんです。白塗りの二枚目、しかも30そこそこの役って無理がありすぎるような気がして。
平作は最近歌六が多いんだけど、父親が年下かよ、ってのもどうも気になって。

今回まったく気にならなかったのは歌六の老けが手に入ってきて、ごく自然に吉右衛門の父親に見えるようになってきたこと、それに、なんといっても幕開きの名題役者連中がかもし出す宿場町の雰囲気が強烈上質だったことによるんじゃないかな。

茶屋女・吉之丞(立ち居振る舞いが少しつらそうだった。引窓おこうで見たかったけどやっぱり少し難しいのかな)を筆頭に旅人や人足、宿場女などひとりひとりが実にリアルで、いい感じのたたずまい。
うーんと、思い出すだけでも、芝喜松、歌江、桂三、京紫、錦一、吉之助・・・筋書買ってないし、記憶力散漫に付き思い出せない方ごめんなさい。みんなGJ!でした。

少なくとも「ああ、今月は適当に見ればいいや!」と思ってたあたしの目を覚ますだけの熱演でしたよ。

いったん芝居に引きずり込まれたら、あとはもう芸達者のみなさんにぐいぐい連れて行かれて・・・お米が芝雀だったのもちょっとびっくりしたけど(なぜか福助だと思い込んでた)、結果的にはとてもいいアンサンブルだったと思う。まあどちらかというと、お米が福助で夜の部の千鳥が芝雀のほうが好きだけど。

後半なので最近怪しいことの多い吉右衛門のせりふもほぼ安定していたし、NHKのカメラが入っていたせいか、実に力の入った芝居振りで、久々に「はりまやっ!」と声をかけたいほどの熱演。(かけてないけど)。

はりまやっ!といえば、芝居の中で歌六と歌昇兄弟が播磨屋に復帰する旨の口上が。播磨屋三人にゲストの芝雀という簡素な形だった。

吉右衛門と歌六、歌昇って実に相性はよさそうだし、実際上質な芝居をいつも見せてくれるんだけれど、吉右衛門が主役の芝居って地味なものが多いじゃない?

個人的にこの兄弟、もっとかっこいい派手な役でも見たいんで、(特に歌六は老けが多すぎ)、うれしいような微妙な心理であります。

とはいえ、沼津の平作みたいな難役を、達者でありながら、やりすぎずに、見事にこなせる役者は今歌六を除くとほとんどいない状況なんだから、老けが回ってくるのもしかたないのかな、と思ったり。

涙と憤り(平作は死ななくてもなんとかならなかったのか、と思ってしまうのは現代人の感覚なのでしょうね)、何よりいいものを見せてもらったという温かい感動でいっぱいになりました。

いろいろ思うところはありますが、とりあえずタイトルどおり、うぇるかむばっく・とぅ・HARIMAYAってことにしておきましょう。

 

荒川の佐吉

 

最近大好きな演目になりつつある『黒塚』。最初に見たときは「猿之助の老婆がススキの原っぱをうろうろしてるだけ」という印象だった。
そんな感じでいえばこの芝居はあたしにとって「仁左衛門があかんぼ抱いてうろうろしてるだけ」っていう印象だったんだよね。てかそこしか覚えてなかったw

いやあこんなに長い芝居だったとは。

芝居としてはいまだにそんな好きじゃないし、いらない要素もたくさんあったんじゃないの?という気がしなくもない。

全部見れば、佐吉という一人の男のビルトゥンクス・ロマン(成長話)だとはわかるんだけど、かの仁左衛門をもってしても、途中中だるみ、というか退屈な部分がちらほら。はい、ところどころで沈みましたよ。

今回の売りは、成長後の息子卯之吉役を千之助が演じることなんだと思う。愛して愛してやまない盲目の生さぬ仲の息子を、愛して愛してやまない実の孫が演じるってんだから、仁左衛門ファンはうれしいんだろう。こっちにしてみればそんなことはどうでもいいんだが、千之助は器用ではないにしても、きっちり行儀よく演じていて、見ていて気持ちよかった。

個人的に三人の親分さんが全員かっこよかった。
段四郎歌六が殺して跡目を襲い、その歌六を仁左衛門が敵討ちで殺し・・・それを見守る大親分吉右衛門、という殺伐たる話なんだけど、そこは歌舞伎ゆえに、淡々と殺し殺され・・・とにかく二番目の親分、歌六が、前幕と打って変わるいなせでちょtっと悪な武士→親分ぶりがなんともすっきりかっこよくて、lavieのツボにはまってしまった。

大親分の吉右衛門はもちろん圧倒的な貫禄で、そこに、いくつになっても少年の心をもつやくざ(これがまた似合うよね!)仁左衛門がからむあたりは、もう「ご両人!」と掛け声かけたくなったよ(またまた、かけてないけどね)。

沼津もこの芝居も脇も含めて全員いい。

おっちょこちょいでお人よしの大工、染五郎が久々に大活躍。この人はこういうのはうまいなあ本当に。鉄砲玉ですぐ死んじゃう錦ちゃんも妙にかっこよかった。
わからずやのお嬢さん孝太郎も、自己保身に走る母親福助もそれぞれいい味を出してるし、名題クラスの役者たちも、芝のぶ、松之助、左十次郎、芝喜松・・・ここでもきっちりいい仕事してくれてる。

芝居そのものは沼津のほうがよほどよくできてると思うけれど、この芝居は仁左衛門吉右衛門歌六の力できっちり支えて良質なものになっていた。

今この役は仁左衛門の独壇場みたいになっているけれど、弟分を演じながらひそかに次の佐吉を染五郎が狙ってるのかな?とふと思ったり。そのときは弟分は勘太郎がいいなあ。そしてその次の佐吉は・・・

って、親分跡目争いかw

 

寿梅鉢萬歳

 

藤十郎がなぜこの一幕だけ?

てかこの一幕だけならわざわざ出なくていいんじゃないの?

なんて思っちゃった。

踊り手としての藤十郎は大好きだし、個人的に現存の役者のなかで藤娘はぴか一だと思っていたりするんだけれど、なんだかこの踊りはつまらないというか、藤十郎本人も喜んで踊ってない感じがしちゃいました。

まあがっつりお芝居二本見た後なんで、ちょっと息を整えて帰るにはちょうどよかったか。

 

それにしても、朝イチの踊りと追い出しの踊り、客が少ないこと・・・

 

 


建ってます

2010-09-19 | kabuki en dehors de Tokio

大阪城天守閣からみた西の丸公園。公園自体は立ち入り禁止で平成中村座の工事中。緑の向こうにもう完成目前の小屋が、見えますか?

だめだめ携帯の写真だから無理か?心の目で見てください。

ここから徒歩15分の森ノ宮ピロティホールで勘太郎ほかwの踊りを見ました。

感想びっくりするくらい簡単。

橋弁慶がすっごくよくなってた。

素顔なのにすごい迫力の見得。いまどきの悪い癖ついちゃったお御曹司たちに、フンガフンガうならなくても迫力は出るんだよ、とお手本に見せてあげたい。

本当に勘太郎の勧進帳、見たいなあ。

芸談は芸談でした。

あやめ浴衣はお弟子さんの踊りでした。すいません二つともつまらなかった。芸談の進行の人もへたくそだったし。七之助がうぬぼれポーズ(ほっぺかたっぽ膨らますやつ)を盛んにやってたのが面白かったくらい。

浦島二枚扇の扱いは相当よくなってたけれど、こういう小手先の踊りは個人的に好きじゃない。老人になってからの勘太郎の顔が本当に、哀れで、老境の悲しさに満ちているのが近くでみたらよくわかった。動きがこっけいなので客席は受けていたけれど、あそこは笑っていいところなのか、微妙な感じ。

踊りも上手で、芸達者で、けなすところは何もないんだけれど、きっとこの踊り自体があまり好きじゃないんだと思う、あたし。

藤娘、七之助に色気が出てきたなあと再確認。
崩れない程度に客に媚びるのは決してわるいことではない。ただここの家の場合、血が血だから、これ以上崩さないようにしてほしい。

 

 


新・新

2010-09-17 | kabuki en dehors de Tokio

上本町にオープンした新歌舞伎座に行ってきました。

なんばにあった旧・新歌舞伎座(なんたる形容矛盾)は、あたしが大阪に通うようになってからは杉良太郎とか舟木一夫とかしかやってないイメージになってたんですが、以前は猿之助一門の本拠地でもあったそうで(東京の演舞場、名古屋の中日みたいな感じか?)新・新歌舞伎座のコケラ落としは二十一世紀歌舞伎組が相勤めております。

昼夜でABとプログラムjがあるのですが、冒頭の太閤三番叟の一部と、最後の圓j目が違うだけで、口上と連獅子はAB共通。なのでまとめて書いちゃいます。

三番叟

大阪城ヴァージョンで、北政所(笑也)が翁、藤の丸(春猿)が千歳、そしてAプロでは太閤、(段治郎)、Bプロでは淀の方(笑三郎)が三番叟という役割。

目に美しく、めでたければいい、という踊りなんだけど。。。

笑也・・・段治郎・・・

Aプロでは、春猿が踊り名人に見えてしまったよ。

段治郎は後半立ち回りになって、いくらか生き生きとしてたけれど、笑也はなんであんなにからくり人形みたいな動きしかできないんだろう。最低でも20年以上は踊ってるわけで、ここまでうまくならない人も珍しいのではなかろうか。

口上

下手から猿哉、弘太郎、春猿、右近、笑三郎、段治郎、笑也。
あれ?春猿と笑三郎逆だっけ?段ちゃんしか見てないからなあwww

右近が名披露目をしたのが新歌舞伎座だったとか、他愛もない思い出話のなかで、笑也が今後もこの劇場に出続けたいって言ってたのが妙に真に迫っていてどきっとした。大阪の本拠地だったのに、ずっと出してもらってないもんねぇ。

ところで、この日は昼夜口上に出ていた段ちゃんだが、翌日から口上欠席とのうわさ。また膝がダメなのか・・・
「正座ができない歌舞伎役者」はまずいよねぇ。どうしても直らないなら、本気で新派あたりに転進も考えていいのでは、と思っちゃう。来年正月の「日本橋」での健闘をまずは祈る。

 

連獅子

 

弘太郎の仔獅子が目覚しいでき。

小さい身体がばねのように弾み、竹のようにしなり、動きも、そして何より身体のなかから出てくる熱気のようなものが、まさに「仔獅子」そのもの。

今まで見たどの仔獅子より、仔獅子っぽさという意味ではすばらしかったと思う。元気なだけでなく、前シテでは能取狂言っぽい折り目正しさも除いていたのが、ただの若手とは一味違ったし。
大阪の観客たちにとっては「弘太郎、WHO?」だったと思うのだが、ラストでは猿哉にも負けない大拍手をもらっていた。

対する猿哉の親獅子、昼夜連獅子ということもあってかいささか省力ヴァージョン。活動量は息子wにまかせた!ってところかな?背丈も程よくそろっていて、安心してみていられた。

間狂言は欽哉猿四郎。うーむ。

 

Aプロ 吉野山

師匠の芸だけあって、丁寧に、丁寧に踊っている印象の右近。
悪いわけではないのだが、おとなしすぎてやや魅力にかけるかな。ここらへんデストロイヤー海老蔵と、つき混ぜられるといいんだけど、難しいもんだねぇ。

おもだかの吉野山は忠信が狐だっていうことをすごくはっきりあらわすので、大阪の客には受けてたかな。

笑三郎の静は、本当に安心してみていられる。古風で、品があって、白拍子で義経の思い人っていうことがはっきりわかる位取り。
某立女形や某おしゃべり御曹司よりずっと吉野山の静では、いいと思うんだけど。

藤太の猿三郎。この人は何を見ても安心していられる。

Bプロ 黒塚

 

最高でした!

途中までは連獅子以外はなんだかなあ。・・・とぶうたれ気味だったんですが、最後の最後に大阪まで来てよかった、と思わせてくれた。

一月の演舞場でかかったときもかなり感心した覚えがあるのだが、右近はさらに磨きをかけてきた、という感じ。

糸取り唄を口ずさみながら過去の悪行を語る部分の悲しみと後悔の表現の繊細さにまず感心。

特にススキが原でさまよいながら、過去の罪を悔いつつ、浄罪の可能性に心浮き立つ表現など、全身から哀れさと、ほんの少しの怪しさがにじみ出て、胸を締め付けられた。右近で泣かされるとは思わなかったよ・・・

後半の鬼に代わってからも、迫力はもちろんのこと、鬼に代わらざるを得なかった老婆の悲しさのほうがむしろ勝った印象で、最後まで「救いたくて救われなかった老女」を感じさせた。個人的にはとても好み。

右近だけじゃなく、脇もそれぞれによかった。

強力猿哉は、こっけいすぎず、まともに演じていてそこはかとなくおかしい。本人の持ち味もあるんだろうけど、すばらしい実力。
脇侍の猿三郎弘太郎。ふたりとも出ず入らず、しかも芸達者。こういう役者をもっといろんな芝居で生かしてほしいものだ。

そして、ここまでいいところなしの段治郎(誰のために遠征してると思ってんだよ!)。も阿舎利(字違うけど出ない)の高貴さ、大きさなど魅力的に見えた。ああよかった!

今月、まだ秀山祭の昼の部は見てないし、南座はパスしたわけだが、あえて言ってしまえば今月一番は黒塚!!!じゃないかな?

ってことで結果的に終わりよければすべてよし、だったコケラ落とし。

 

劇場についての感想も簡単に。まあ今後ここに通うことはなさそうなんですが。

 

複合商業ビルの六階。五階にレストラン街があるので、便利だけれど、六階フロアにレストランはおろか、食事するためのスペース(椅子すら)が一切ないのはちょっとびっくり。

客は弁当を座席で食べるか、30分休憩であわただしく下のレストラン街に下りるか、終演後に食事するかしかない。特に昼の部なんて12時10分から30分の休憩とかいうタイムテーブルでは、レストラン街は混んでいて30分で食事するなんて無理だろうし、休憩時間に客がほとんど席を立たずにもくもくと弁当を食べてる姿って、あまりエレガントとはいえないと思うんだが・・・劇場にとっても、席を立ったついでにグッズ買ってもらったり、というチャンスも減るわけだし。

スペース的に無理だったのかなあ、しかしロビーに椅子がゼロっていう小屋も初めて見たような気がする。

客席そのものはなだらかなスロープで、観劇しやすかった。(一階席)。二階席後方は歌舞伎座みたいな感じで、天井が低く、舞台上部が見切れて、これはあかん!と思いました。二階後方なら、三階席をお勧め。
一階席では、桟敷にあたる左右が、普通の椅子席なんだけれど、グラウンドフロアーとは区切られていて、足元のスペースが広々で出入りもしやすく、左右席のやや後方くらいは、一段高くもなっているし、舞台も見やすくお勧めだと思った。(右11番とか特にお勧め。コーナーにかなり荷物も置けるし)

トイレは十二分にあって、トイレ待ちの行列が少ないのはいい。

 

上本町って初めて降りた?と思うんだけど、おいしいチョコレートやさんとおいしいお惣菜やさんを発見したので、また行きたいです。近鉄さん、歌舞伎組も呼んであげてね。

 

 


なんじゃこりゃ?

2010-09-15 | cinema

三歳になったちびの昨今の口癖が「なんじゃこりゃ?」
お気に入りらしく、一日数十回は口にしていて、相手をしているうちにうつってしまった。

久々に見てきたご近所二本立て映画が二つとも「なんじゃこりゃ?」
意味は二つとも全然違うんだけど、どっちにも通用する。
うん、これ、なかなか便利な言葉だわ。そういえば松田優作も言ってたよね。

 

てことでまずは画像の映画から。「理解できん」という意味の「なんじゃこりゃ」だった。映画としては面白かったんだけど。

 

すべて彼女のために

 

無実の殺人罪で懲役20年が確定してしまい、獄中で体も精神も病んでいく妻を助けようと・・・なんとパスポート偽造、強盗殺人、etc、凶悪犯罪を次々とやっちまって脱獄幇助を試みる国語(フランス語)教師の物語。

スリルとサスペンスは申し分ないし、ストーリーも面白いのだが、またまた最近フランス映画をみるたびに思う「フランス人はわからん」

を痛感してしまった。

冒頭、幸せで愛し合っている夫婦、を表現するのに、ベビーシッターに息子を預けて夜の外出から帰ってくる直前に、自宅のエレベーターで激しく欲情しあってハードなラブシーン、ってのがもうすでに理解できないもんね、てぃぴっくまん・じゃぽねーずなあたしには・・・

妻を救いたいからって、無罪の証拠を集めるとかそういう話かと思ったら、切羽詰っても脱獄は、考えないよねぇ、普通日本人なら。てか日本映画ならこんな話は作れないと思う。

ラストもそう。まああえて書かないけれど、こんなラストは日本映画では絶対許してもらえない感じ。

ラスト、刑事の一言「国語教師なんだよなあ。平凡な男なんだよなあ」ってのがすごく効いてる。
犯罪歴などゼロの、善良な一市民が愛のためにここまでextremeになれるっていうことが、ラテン民族には受け入れられるのかなあ。ちんぴらとはいえ、人殺しまでしちゃってるんだよ、彼は。

結局誰にも感情移入できないまま(強いて言えば、不仲でありながら最後には息子をかばう主人公の父親かなあ)、でもストーリーと演出の面白さで楽しめちゃったという、納得できたのかできてないのかわからない作品。

「なんじゃこりゃ」って感じだった。

 

で、これはもう本当に最低の「なんじゃこりゃああああ」映画がもう一本。

 

苦い蜜

 

感想をかくのもばからしいほどのくだらなさ。役者のレベルから二時間サスペンス並み?と思って見始めたのだけれど、終わってみたら二時間サスペンスドラマのほうがよほど骨格も推理もしっかりしてると思った。

その上、役者が数人の例外を除いて棒読み大根勢ぞろい。

バーだけを舞台にした密室せりふ劇で、この大根ぞろいはそれだけでもつらかった。

ビートルズのレコードがポイントになってるんだけど、たぶん権利関係なんだろうが、音楽はもちろん、ジャケットのアップもなし。しょぼい感じだけが伝わってきて・・・

誰が、なんのためにこの映画を作ったのか、製作者に聞いてみたい。時間と金と人手の無駄遣いとしか言いようがない。そして客にとっても時間と金の無駄遣いだと。

森本太郎さんが出てるっていうだけでちょっと見てみようと思ったのが間違い。ってか上の映画とのカップリングの二本立てってそれこそどういう隠しテーマ?

いやあここまで酷い映画はここ数年で覚えがないってほどでした。

なんじゃこりゃあああああ。

 

そんな映画のなかでひとつだけいいせりふが。

犬塚弘(数少ない好演)が言った

「神様は宗教が嫌い」

最近野田の芝居を見てちょっと考え続けてることへのひとつの正解のヒントかなあ、と。
宗教は人間のエゴなんだよね、きっと。

 

どんなくだらない映画を見てもただでは帰らないあたし、偉い!


船頭が多すぎる

2010-09-10 | kabuki a Tokio

俊寛の千鳥ちゃんは「あたしみたいな細っこいの一人くらい乗せたって船が沈むわけじゃないし、いいじゃんよぉ」(意訳)っていうけれど、やっぱり一つ船に乗りすぎるとろくなもんじゃないと思いました、の秀山祭夜の部。

 

芝翫、富十郎、藤十郎、吉右衛門、仁左衛門、梅玉・・・書ききれないほどの重鎮をそろえておきながら、最初の三人は踊りのみ。80過ぎの二人はともかく、藤十郎ははるばるお下りいただいて、昼のぶ追い出し舞踊だけって。もったいないお化け出るぞ!


そもそも老けだって段四郎歌六左團次(休演らしいが)と、完全に役がかぶりそうなのが三人も出て、あげく、今月から播磨屋復帰の披露なのに歌六や歌昇が地味すぎる扱い・・・夜最後の引窓、新播磨屋兄弟で見たかったなあ。どうせ追い出しで帰る人が多いなら、花形より良質なほうが。
もちろん仁左衛門吉右衛門でやってくれれば一番だけど、まあ現実的な願望ってことで。

 

・・・とにかく、ど素人のあたしが見てももったいない座組・狂言立てで、せっかくの役者がまったく生かしきれてない。なんなんだろう、この無駄遣いのむなしさは。

 

ってことで今回総論最初にぶちかましちゃったので、各論は簡単にしますね。

 

猩々

 

引窓がだめならここでもいいや、播磨屋兄弟。
梅玉松緑、体型があってないだけじゃなくて、それぞれに合わせようという気がぜんぜんないというか。
楽しい踊りのはずなのに、見ててちっとも楽しくない。
芝雀の酒売りも女にした意味がわからないし。ほかに出す場面がないからここにくっつけたって感じ。後見の京純くんを見るのだけが楽しみだった。

 

俊寛

 

重くて、重くて、重くて・・・最初から死んでるの?と思うほど暗い出でした。
吉右衛門の俊寛、ここまで重かったっけ?

なので、通常俊寛だったら烈火のごとく怒りたくなってであろう、腰抜け少将とやりすぎぶりっこ千鳥の馬鹿っぷるが、なんだか箸休めつーか和みポイントになっちゃってるという不思議な現象。
染五郎福助が狙ってやってたらすごいけど、たぶん偶然の産物。
むしろあまりにあの二人が酷いので、吉右衛門が敢えて必要以上に重苦しい俊寛を造形してるのかも。
特に福助の千鳥、前半はさすがの染五郎も引いてる?と思うほどの極端な若作り。気持ち悪いんだよ!(ファンです・・・)

仁左衛門の基康は彼にしては珍しくやる気も情もないいい加減な芝居だったし、段四郎の瀬尾は、逆に誇張しすぎてこっけいなことになってたし、なんだか全体にすっごくアンバランスな芝居のなかで、歌昇の康頼がただ一人、きっちりいい仕事をしてた。

邪魔者がいなくなってからのw幕切れはさすがだった。

今まで見てきた俊寛、島に残っても再婚して生き残りそうなタイプとか、寂しさに狂い死にしちゃいそうなタイプとか、島に金鉱発見しちゃったので計画的に残った腹黒タイプとか、妻の後追い心中覚悟タイプとか、いろいろいたけど、(どれが誰かは、過去のマイブログを紐解くか、勝手にご想像ください)
今回の吉右衛門は、最初から余命一ヶ月のぼんさんって感じかな。もう死に掛かってるんで、どうせなら人助け、みたいな。

でも最後の最後に急に人恋しくなっちゃったって感じ。余命は短いんだけど、他人とはかかわっていたい、という本能に突き動かされて・・・って感じ。

なんとなく身につまされて(別に余命一ヶ月じゃないけど)、全体としてはへんな芝居だったのに最後に泣かされちまったぜ、ちっ。

 

舞踊二題

 

鐘ヶ岬

地唄舞、近年では雀右衛門のが秀逸だったけれど、芝翫の持ち味にはいまいちあってないような。
まだまだあんたはそこまで枯れてないよ!と声をかけたくなった。
デコメも彼女?に送ってるらしいじゃないですか。
同じ道成寺ものでも、娘道成寺が無理なら、福助と二人道成寺とか、道成寺の抜粋舞踊(もちろん長唄で)とか、どうでしょう?
片面桜、片面松?の扇がきれいだった。

浮かれ坊主

こしらえが好きじゃなくて、どうにも苦手な踊りだったのだけれど、今回はじめて、なんだかちょっと面白いじゃん、と思えた。
富十郎、足が不自由だからこそ、手踊りと表情をとても丁寧にやっていて、だから踊りの内容がよく把握できたのかもしれない。
足拍子が踏めなくても、ここまで日舞の表現は可能だ、ってことにちょっと感動。
夜の部で一番は、個人的にはこれ。

 

引窓

 

うーんんんんんん。

いい芝居なのになあああああ。

 

いや、主役の花形二人は、花形なりによくやってると思ったんだけどね。
とりあえず二人ともニンではあるし、特に松緑の濡髪はただの大男ではなく、知恵も常識もわきまえた立派な「すまいとり」をきっちり作ってた。
染五郎も愛嬌とか情とかがんばって出してた。

脇がねぇ・・・この役父親の与兵衛で慣れてるはずの孝太郎はやたらキャンキャンいう悪い癖が出てるし(主役が弱い分、自分ががんばらなきゃ、と思っちゃった?)、母親役の東蔵はやたら元気で、哀れさがなさすぎる。
秀山祭なのにここに吉ノ丞が配されないってことは、体調崩してる?

最悪だったのが二人侍(とは言わないだろうけど)の松江種太郎。普段気に留めたこともないような軽い役なのに、気に留めないでいられたのは、役者がそこそこの芝居をしてたからなんだ、と変に納得。

なに、あの棒読みコンビ!

20歳そこそこの種太郎はともかく、40過ぎ?てる松江、あんたは問題でしょう。らぶりー玉ちゃんのお父様だから悪くはいいたくないが、なんとかしてほしい。

棒読み聞いてるうちにすっかり睡魔が襲い・・・実は後半ほとんどうとうとしてました。

その癖に全部見てたような口で、えらそうなこと書いて、すみません、すみません、すみません。

 

結論を申し上げますが、今月夜の部、タイトルに絡めるならば「船頭多すぎて船山に登る」というよりは「船頭多すぎて、(あたしが)眠りの淵に沈む」って感じかなあ。あはははは(むなしい笑い) 

 

 


明るい、虚無

2010-09-09 | spectacles

おととい見たばっかり!の『表に出ろいっ!』ご縁があって再見してきました。

二日前はまあまあかぶりつきだったのですが、今回はかなり後方の席。舞台全体を見渡すにはこのほうがよかった。
娘役も、運のよいことに、初日の華ちゃんじゃなくて、もうひとりのなんとかロランスちゃん。これも比較できるし。

まさに能舞台を模しているのがよくわかりました。あと照明が刻々と芝居の内容に応じて変化しているのとか。

前回役者の熱とストーリー展開を追うのでいっぱいいっぱいだったので、あえて今回は距離を持って「鑑賞」してみた。

 

それぞれが自己中心で、誰一人として感情移入できない三人の主役の「信仰対象」として、今の日本を牛耳る三大勢力?ジャニーズ、ディズニー、マクドナルドを新興宗教と並べてみせて、「何かを信じること」のバカらしさ、危うさを表現しようとした野田の意図はある程度成功してると思う。

もちろんどたばたとお笑いというオブラートに二重三重にくるまれてはいるけれど、ここまで三大勢力を揶揄した内容だと、テレビでOAは大変かな、などと余計な心配をしてしまったりして。(特に、勘三郎、マックのCMしてたよね?舞台だからいいのか?。まああたしはどーでもいいけどw)

結局勘三郎の「人は自分で自分を救うしかない、いや、あるいは自分でも自分を救えないのかも」(うろ覚えにつき不正確)というニヒルの極致みたいなせりふにこの芝居の主眼はあるのだと思うが。

 

それでもなおかつ、救いを求めずにはいられない人の性もこの芝居ではちゃんと描いているし、その結果としての実に皮肉で示唆に満ちたエンディングが、なおさら野田のニヒリズムを際立たせている。

THE DIVERや THE BEEのような強烈かつ直截的な深刻さではなく、あくまで大笑いさせながら最終的にニヒリズムを感じさせたところに、野田の底力を改めて見せられた気がする。

娘役が、いかにもそこらにいそうな華ちゃんと違って、現代文化を象徴しているような外見のロランスさんだったのも、ニヒルをより多く感じさせる要素になっていたかもしれない。ロランスさんは口跡がとてもよくて今後いい女優になりそうな(癖があるけど)素材だと思った。

 

初見でアドリブなの?演出なの?と思った部分ほとんどが演出だったことが判明したのだけれど、今回本当のハプニングが!

妻が夫を縛り付けた鎖がどたばたの弾みで外れてしまうというある意味致命的な葉ハプニング。だってそのまま逃げ出せちゃうわけで、鎖が外れれば。

野田があせっていたのに対して(まあ本人のミスだからね)、堂々と落ち着いて、逃げ出すふりをしたり、その後も「ああ、チャンスだったのに!」とかアドリブで悔しがって見せた勘三郎の処理能力にも改めて感心したのだった。

 

ところで三回目のカーテンコールで、いわば「落ち」が用意されているわけだが、二度までで拍手がやんでしまったら、どうするんだろう、と妙なことが心配になった。

 


人気者になったなあ・・・

2010-09-08 | kabuki a Tokio

勘太郎・七之助錦秋舞踊公演初日@文京シビックホールに行ってきました。

勘太郎熱が下がり目のときにチケットを手配したためか、気づいてみたら昼の部のみしか取ってなかった!
ファン時代だったら昼夜連荘で取ってたのにねぇ。

四谷怪談で、ファン度が再上昇、とはいうものの、夜の部前売りは売り切れ。当日券に並んでまで、というほどの熱はまだない。

いや~それにしてもシビックホール1802席がほぼ満員。
兄弟公演、第一回から見てるけれど、最初の2-3回は、二階はほぼがらがら、というか、上のフロアは最初から売ってない、みたいなこともあったのに。

父親なしでも2000席クラスの小屋が埋められるようになったのか、となんだか感無量。

 

肝心の内容は・・・

 

橋弁慶

 

薬師寺船弁慶のときの弁慶がそれはよかったので、とにかくカンタ弁慶を楽しみにしていたのですが。

何が残念って、拵えなし。
もうひとつ残念なのは弁慶の見せ場である花道の出と引っ込みがエプロンステージでやらなければならないこと。

この二つでかなり興を削がれました。

奥行きのないエプロンステージで長薙刀を不自由そうに振り回し、勧進帳弁慶の引っ込みを真似する六法も、花道じゃなくて、拵えもなし。うーん。つまらん。

あと、拵えがないのをカバーしようとしてか、ちょっと顔で踊りすぎのきらいがあった。そこまで力まんでも、と思う部分も。
拵えしてないと、10キロやせた華奢さが、弁慶としては物足りない感じもあったので、余計力んで、顔作ってしまったのかもしれないけれど。

弟牛若は、三度目だけあって手順は慣れていたけれど、牛若の初々しさは感じられなくなっていた。これまた素踊りじゃなくて拵えしたほうがずっときれいなんだもん。

 

芸談

 

つまらん、お前らの話はつまらん。ってことで飛ばしてもいいんだけど。

唯一歌舞伎座こけら落としでやりたい演目が『対面』の五郎だというのを聞いて、ちょっとびっくり。
まあ様式美って言う意味ではわかるけど、十八番ものでも、暫とか助六とかじゃなくて対面ってあたりが、勘太郎の志向を表してるな、と。

あ、あと現在の体重58キロ。人生で初めて弟より軽いそうです。

 

あやめ浴衣

 

恒例お弟子さんたちの舞。

全員女形ってことで、いてうくんの珍しい女形が見られた。

しかし、素顔は勘太郎にそっくりなんだけど、小柄だから女形を作ると本当に勘三郎にそっくり。この人、一度やめて国に帰ろうとしたらしいけど、必死で勘三郎が止めたらしい。そらまあ、これだけ似てる弟子は大事だよねぇ。いろんな意味で。

仲之助はあでやかなんだけど、やる気があるかないのかわからない。
仲四郎は踊りの型はいちばんきちんと稽古できてるが、着物の裄丈が合ってないのか、振りが乱暴なのか、手首が見えすぎていて色気ゼロ。顔はだいぶうまくなって、いくらか美人さんになってきた。
四人の仲では一番先輩格、国久
先月の四谷怪談でも好演していて、芝居は上手なんだけど、踊り、こんなに硬かったっけ?数年前の稚魚の会では割と感心した覚えがあるんだけど、昨日に関しては、なんだかなあ、って感じ。

全体に、勘太郎七之助の踊りを見た直後に見てしまうと「あああああ、違うなあ」と思ってしまう。

技術の巧拙だけではなく、見せることのうまさとか、なんともいえない呼吸とか、ね。

 

浦島

 

初めて見る踊りで、乙姫への恋心を踊る。とあったので、保名とか百夜車みたいなしっとり系?と思ってた。

前半はたしかにしっとり系だったのだが、ちょっと不満だった。

この人、手踊りは最高だけど、いわゆる小道具扱いがうまくはないのよね。

釣竿を使った仕方舞は面白かったけど、二枚扇の部分など、まだまだ必死の顔がときどき見えてしまい、浦島じゃなくて勘太郎ががんばってる、と見えてしまった。

このまま終わっちゃうと「勘太郎もまだまだよのぅ!」ってところだったんだけど、玉手箱を開けて老けになってから(正直こういう展開の踊りだとは知らなかった)が圧巻。

大げさすぎず、コミカルでもなく、本当に自然に老人であり、でも中は若いままの浦島だっていう表現ができている。

老人に代わってからのたった数分で、今までの美しかった浦島の思い出、哀愁、人生まで感じさせる絶品の幕切れだった。

これで前半もっとさらりとやってくれれば言うことないんだけど。
「難しいことをなんでもない顔をしてやってのける」のも、勘太郎の踊りの骨頂だと思ってるんで。

 

藤娘

 

七之助の踊りのパターン。(あくまでlavieの場合です)

 

出、うわあああ綺麗!

途中  退屈・・・

幕切れ  やっと終わった

 

ほとんどこんな感じだったのですが。

 

今回、なかなかよかったです。

出が綺麗!は同じ。

途中で退屈、も同じだったんだけど。

なんと藤音頭で盛り返しましたぜ!!!
ほろ酔い気分でよろめいたり、「寄ってらっしゃい」と手招きしたり、の部分がなんとも色っぽく、いい感じで「崩れて」いて。
教わったとおり棒のように動いていたついこないだまでとは一味違ってた。
『うぬぼれ刑事』で大衆演劇の役者役をやってる最中(歌謡曲に合わせて踊ったりしたらしい)ってのがいい方向に出たのかも?

後半手踊りは、まだまだなので、結局最後はまた少し退屈したんだけど、

とにかく部分的にせよ、のみではなくて、で、一度でも盛り上がれたっていうのは、収穫です。

特に、盛り上がるべき場所で盛り上がれたので、印象的にはとてもいいものになったと思う。

 

これを機会に、人気だけではなく実力的にも、アゲアゲ兄弟になってもらいたいものです。

 

なぜだか某所でもう一回見ることになったので、特に浦島前半の成長を楽しみにしています。


 

 

 


で、表には何があるのか

2010-09-07 | spectacles

表に出ろいっ!@東京芸術劇場見てきました。旅行帰りでくたくたでしたが面白かった。

劇場外に、画像と同じ?顔くりぬき看板(正式名称なんていうんだろう?)があって、実は「穴があると顔を出さずにいられない」たちのlavieは激しく惹かれたのですが、係員が横にぴったり立っていて・・・ひょっとしてあんなもの出しておきながら「撮影はご遠慮ください」なのかしら。いや、トライしてないんでわからないんですが、いずれにしてもあの状況で穴から顔出して「はい、チーズ!」やれる人は相当な度胸だと思われます。ってことはともかく・・・

 

平気でいろいろネタバレしますんで、これから観劇予定の方は、ご注意ください。

 

林家ペーと某国際弁護士を足して二で割ったようなカツラにど派手なストライプ(これは舞台装置、ほかの二人の衣装にもリピートされる)着物姿の「能家元」@勘三郎、プードルのような髪型に赤いメガネ、同じくマルチカラーボーダーのワンピース姿の「家元妻」@野田秀樹。そこにギャル系ファッションの娘@なんとか華(調べろって、自分!)が絡む。

1時間15分という短い間にたたみこまれるようなギャグ、役者の身体を張った上質などたばた、圧倒されるような二人の役者の存在感に、まったくの新人何とか(本当にごめんねぇ)華が、大健闘の演技でくらいつく。

前半は、たぶん、芝居に「ものを考えたくて」来てる人は苦虫を噛み潰すんじゃないか?と思うほどのコントっぷり。

途中から話は急展開。ああ、野田地図「番外編」ってのはこういう意味だったのね、と納得させられる。

ザ・キャラクターに登場する書道教室こと怪しい新興宗教に娘がはまっていて・・・という部分、当初からリンクさせるつもりだったのか、あるいはザ・キャラクターの世界から抜け切れないうちにこっちの脚本を執筆しているうちにこんな形になってしまったのか、意外と後者のような気もするのだが、いずれにしても、ザ・キャラクターの「世界」(歌舞伎用語としての世界)を借りて、THE BEE的閉塞感と、THE DIVER的生の根源観を表現した、って感じのラスト。

閉ざされた空間、死を直前にしても結局何も変わることのない世界、個人。そして、待ちくたびれたゴドーが、この芝居の中ではやってくるのだが、それによって、開かれた世界には、結局閉ざされた空間以上の何もないんじゃないか?

そもそも閉鎖されていたと思っていた扉は最初から開いていたし、自分たちを縛り付けている鎖は自ら鍵をかけたものだし・・・時代の閉塞感は、個人の問題でもあるんだろうし、あるいは、そこから脱出したとしてもそれは幻想に過ぎないのかもしれない・・・

そんなことを感じさせるフラットで無機質的な外の世界の光。

 

あれだけエンターテイメントに徹しつつ、最後はそんな小難しいことを考える、「頭の娯楽」にも答えてくれる。やっぱり野田は現代演劇界を確実にリードしている一人だと思った。

 

何気に最近まじめ路線になっちゃって、お笑い勘三郎に飢えている中村屋ファンにもお勧めだったりする。

唯一不満、というかしらけたのが、お笑い部分のそこここで見られる、素に戻ったかのような笑いや目配せ。おそらく野田の芝居のほとんどがそうであるように、ハプニングを装った芝居なんだろうけど、歌舞伎で勘三郎がよくやる「客くすぐり」手法と同じなんだよね。ああいう変な客サービス、いらないと思うんだけど・・・
野田と勘三郎って、お互いにお互いのないものを尊重しあっている関係だと思ったけれど、舞台で競演しているのを初めて見て、意外と「似たもの同士」のところもあるんだな、と思った。

 

突然天から降りてきたチケットで、娘役ダブルキャストのもう一人のなんとかロランスさんヴァージョンも見ることになりました。どんな風に印象が変わるか、楽しみです。

 


現在地その3

2010-09-06 | voyage
カフェ???


ではないですね、はい。

こちら、なんと高松郊外仏生山ってところにある日帰り温泉施設。仏生山温泉といえば、デザイン通の間ではつとに有名、らしいです。
ちなみに前項で紹介したカフェで教えてもらいました。ひひひ。

銭湯にはまったく見えないモダンな外観。


小さいけれど4つの露天風呂(お客さんが写らないようにしたらよくわからない写真ですみません)


内風呂は広々、それにちょっとした岩盤浴施設まであって、600円!

お休みどころが冒頭のカフェ風写真。軽食が500円くらいで食べられますが、近所のおじちゃまおばちゃまたちはそんなところで余計な金は使わないらしく、持参弁当とポットのお茶で、無料休憩所でくつろいでいました。

こんなおしゃれな銭湯(天然温泉かけ流し!)が近所にあったらいいのになあ・・・


ちなみに、大満足したlavieですが帰りの駅まで歩く間に、また大汗かいてしまいましたとさ。


こんな感じでまたまた一人になると、旅まで日常化してしまうわけですが、一応、一人でも観光しましたよ、の証拠写真。




源平古戦場の屋島・壇ノ浦です。
勘太郎や海老蔵くんの佐藤忠信をしのぶ・・・・にはあまりに時代が移りすぎてますね。景色がよくて気持ちはよかった。

ってことで、二泊三日の高松・小豆島の旅でした。

現在地その2

2010-09-05 | voyage
ヨーロッパ??




ではもちろんなくて。

高松市丸亀商店街です。
数年前までは閑散としたシャッター商店街だったのですが、町ぐるみの再開発で、見事に生まれ変わった・・・とのことです。
たしかにこのドーム周辺はそれこそヴィトンだコーチだって、ブランド店はあるし、ここはミラノのヴィットリオエマヌエーレ商店街か、と思うような光景だったりするんだけど、50メートルほど進むとやはり、年中閉店状態の呉服屋さんがあったりして。
竜頭蛇尾というか、頭隠して尻隠さずという感は否めない。
東京からのオクダリさんとしては、ヴィトンやパパスカフェなんて要らないからもっと地元密着のおしゃれな店がたくさん見たかった。

到着してすぐにまったりくつろげておしゃれでおいしい三拍子そろったカフェを見つけたので、「これは!」と興奮したのですが、翌日うろうろしても結局それ以上の店が見つからず、またそのカフェに入ったりして。

ふっくらおいしいご飯、具沢山の味噌汁、きっちり料理された小鉢とサラダに主菜が選べて1000円以下の定食(夜もずっと!)は本当にお得!
カフェだけどちゃんと香川の地酒も置いてありました。

高松では一人だったので、ちゃんとした店には入りにくく、このお店には本当にお世話になりました。店員さんがまた適度にフレンドリーで適度に礼儀正しく、ずばりストライク!
出張などで一人夕飯なんて時には絶対お勧め!

HPはちゃんとしたのがなさそうなのですがお店の名前は温ク抜ク(昼間は暖かく、夜はいろんなものを抜く、という意味らしい)です。
興味があったらぐぐって見てください。
こちらは同じ再開発仲間でも、港付近の倉庫を改造したおされショッピングセンター系。夜はにぎわうのかな?昼間行ったせいか、早くも第二の廃墟化してる気が・・・(汗



ってことで高松編、最終回に続く。

現在地

2010-09-05 | voyage
東南アジア?

あめりさんのご明察(コメント欄見てね!)のとおり、瀬戸内国際芸術祭開催中の小豆島です。王文志作品『小豆島の家』。

全景はこんな感じ(中央やや左にこんもりとドーム型になってる竹の家)。
棚田の続くこんな田園風景のど真ん中にあります。



お天気がよくて、いいハイキング・・・といいたいところですが、何しろ酷暑の真っ最中。途中で下に着ていたTシャツを着替えたら、誇張ではなく絞れる状態でした。
そんな中でも、この竹の家は風通しがよく、適度に日差しをさえぎってくれて・・・お客さんのなかには本当に昼寝してる人とか、おべんと食べてる人もいて。

床に差し込む光がとてもきれい!

昨年出かけた犬島・直島もとてもよかったけど、たまに「おアート」くささを感じさせたのですが、小豆島の芸術祭は、生活の中にアートがある!って感じでよかった!

ほかにも数箇所の芸術祭展示物があって、それ以外に小豆島定番の二十四の瞳映画村とかオリーブ園とか醤油屋さんとかもめぐり、大汗かきながらもなかなか充実した一泊二日でした。
いかにも小豆島ちっくなこんな風景(ドラマ八日目の蝉にも出てきましたね。干潮のときだけ現れるエンジェルロード)

やこんな風景

もありますが、個人的には寺町の迷路も楽しかった。なんだか京都みたいですよね。日本ってどこに行ってもたぶんこういう感じの風景が残ってるんだろうな、東京都心以外は・・・


友人と回った一泊二日を終えて、一人向かった先は・・・(次の項に続く)


吐き気と眩暈

2010-09-03 | spectacles

澤田研二ライブ初日を見てきました。

と、最近はこのまま放置して2.3日後に記事アップが多かったんだけど、このタイトルのまま放置すると、あらぬ誤解を生みそうなので、明日始発で出かけるのもいとわず、さっさと記事を書いてしまいます。

 

…たぶん、いいライブだったんだと思う。

前半心配された声が、例によって後半はやたら伸びてきて、相変わらずの衰えを知らぬ歌唱、それにもうひとつ心配された体型だが、やたら太った太ったときかされていたせいか、そんなでもないんじゃない?と思ってしまい。

特にアンコールのシンプルな白と黒のスタイルは、なんだか久々に王子様?とまで思ってしまったのだった。

いずれにしてもあの体型で、しかも62歳で、フリルのシャツが似合ってしまうおっさんは日本ではジュリーさん以外にいないだろう。

新曲は一切聴かずに臨んでしまったのだが、巷で不評をかこっている『若者よ』という説教ソング(らしい)がなかなかよかった。アップテンポな曲で詩が全部わからなかったのがよかったのかもしれないが。
小太りのおっさんが飛び跳ねたり走ったりしながら必死で「若者よ!」とシャウトしてる姿はなんだか、かっこよかった。

なんにしろ、体張ってるっていうのはいいもんだ。

そして絶品だったのが『六番目のユ・ウ・ウ・ツ』。色気があって、ボリュームもあって、今まで聞いたどの美ジュリーの『六番目~』よりよかったと思う。

ほかにも久々の『愛まで待てない』とか『ポラロイドガール』とか、本当に久々の大運動会ぶりで、楽しめた内容だったのだが・・・・

 

こっからタイトルがらみの愚痴になります。

 

環境って大事です。

 

お隣のおば様、最初は、「ああよくある何でも手拍子おばさんね」くらいしか思わなかったんですが・・・

アップテンポはまだいいんですが、ミディアムテンポの曲でふと気づいてしまった・・・

微妙に・・・本当に0.3秒くらい、必ず手拍子が遅れてるんです。
これが、裏打ちが表打ちになっちゃってるくらいずれてくれれば苦笑して終わることもできるんですが、すべてにおいて、ほんの少しずつずれてる手拍子を、ずっと視界のうちに納めなければならない苦痛って・・・一応音感リズム感ある人間にとってはものすごいです。
おば様はlavieが舞台を見ようとすると、どうしても見なければならない方向のお隣だったので・・・

ご本人は本当にノリノリで楽しそうで、とても「手拍子やめてください」なんていえる雰囲気ではないし。もちろん自分がリズムずれてることなんて、まったく気づいておいでじゃない。それが証拠にジュリーさんが目の前にくると、そのずれた手拍子を高々と頭の上で、誇らしげになさる・・・

じっと我慢してるうちに、だんだん吐き気がしてきまして・・・
音と視覚(おば様の手拍子)のずれに、lavieの三半規管が耐えかねたんだと思います。

そのうち、バラードになり、さすがにおば様も手拍子しないだろう、とほっとしたのもつかの間・・・

今度は「落ち葉の物語」かっ!と突っ込みたくなるような(わかる方だけわかってください)、首を左右にかしげて体を揺らす昭和の少女っぷり。そしてそれもまた0.3秒ずれてる!!!!

今度は眩暈です。おば様のゆらゆらを見てるうちに、自分がゆらゆらしてきたんだからしゃれにならん。

本気で気持ち悪くなって、よほど退場しようかと思いました。はい、名曲『君をのせて』時点です。

 

ただねぇ・・・今回のライブ、初日一回しか参加予定がないので。

 

やっぱり世話になったジュリー先生に盆暮れの挨拶くらいは全うしないと。

 

ってことで、一計を案じて、バラードのときはなるべく前のめりになり、おば様側の手を耳の上にかざし、おば様が視界に入らないように工夫したのです。

これで安心してバラードは聴けます。

 

アップテンポの曲は、ずれが気になりにくいし。

問題はミディアムテンポだけど、目をつぶって聞き入ってる振りしてしのぎました。

普段はジュリーさんとなるべく目を合わせないようにしているあたしですが(怖いんだもん)、今回、何回もじっと見て、助けを求めてしまいました。それくらいつらかったんだもん。

ジュリーさんも慰めるように二三度うなずいてくれたっけ(大妄想)。

 

舞台を見て気持ち悪くなるのは海老蔵くんで慣れてるつもりだったんだが、まさか隣の席の客を見ていて気持ち悪くなることがあろうとは・・・

 

ライブって本当に生き物ですね。

 

なかなか内容はいいライブだっただけに、つくづく惜しまれる邂逅でありました。