地獄で仏
昨日の朝のこと、前日に刈り取った墓地の刈り草をゴミの集積場まで運ぶ予定だった。墓地は小高い山の上にあり曲がりくねった細い道をつたって入口の六地蔵に下る。そこらか自転車に載せて急な坂道約半キロをさらに下る。
刈り取った草はポリ袋に入れて5つ。袋に詰める都度六地蔵まで1つずつ運ぼうと最初の1つは運んだ。その後1つや2つでは効率が悪いと残り4つをまとめて運ぶことにした。袋の結び目にロープを通し、4つをまとめ、その2つずつを肩の前後に振り分けてかける。1つが10kg弱はあろう、全部で40kg近くになる袋は肩にずしりとひびく。結構大きな袋2つずつを前後に担った恰好は異様であり、周りに人がいればとてもできたものではない。幸い掃除には少し早いのか誰もいないようで、ふらつきながらも無事に六地蔵まで降ろすことができた。
やれやれ一段落と思いきや「大変ですね」と80歳くらいの男性から声をかけられた。どうも下ばかりを見ていて気がつかなかったらしい。「どうするのですか」と続けて聞かれた。「坂の下の集積場まで運びます」と答えると「これから市の処分場まで行くので一緒に運びましょう」と言われた。ゴミ袋5つは結構な量になる。見ず知らずの人にこれだけのものを頼むのは、あまりにも厚かましいのではと、断ったのだが、その男性は「ついでですから」となんども言われ、昼もとっくに過ぎており、ご好意に甘えることにした。
実は自転車の荷台カゴの左右にゴミ袋2つずつをぶら下げ、駕籠の上に1つまたは2つを載せて毎年、春、盆、暮れに毎回運んでいる。慣れているとはいえ、大変な作業である。もちろん自転車に乗ることはできない。毎回草刈りの作業より運搬の方がきついと思っていたのである。
地獄で仏に会ったようとは、まさにこのことだ。男性のトラックに袋を積み込み、別れ際に再度お礼を言って頭を下げた。気がつくと両手をあわせていた。
話は変わるがその後帰宅し、シャワーを浴び、遅い昼食を取り、ウォーキングに出かけた。いつも通る商店街の中の更地になった一角で工事用トラックの後輪がぬかるみに入り出られなくなっている。
バックで出ようと若い男性2人が前を押しているがタイヤは動く気配がない。周りにスコップや角材が散乱しており、かなり苦戦しているようだ。
昔の仕事柄、このような自動車の救出、脱出は数えきれないほど経験があり、いつも見てしまう。見ているとどうも左後輪タイヤの溝がなくなり、数センチのブロックに上がることができないようだ。見ているうちに、ついに手を出し、断って持っていた傘の先で角材をタイヤの前にちょいと差し込んだ、するとすぐにタイヤはブロックを越えることができた。年の功とはこういうものだとすこし誇らしげな気になる。「おとうさん、ありがとう」という声を聞きながらその場をあとにしたが、ふと午前中のことを思い出し、彼らも地獄で仏と思っただろうか、今度は私が仏になったかな、とずいぶん思い上がった気になった。
実際はでしゃばりなおじさんと思われていたかもしれないのだが。