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認知症の早期診断 介護並びに回復と予防のシステム

アルツハイマー型認知症は、廃用症候群に属する老化・廃用型の生活習慣病なので、発病を予防でき、早期治療により治せるのです

「中等度認知症」(中ボケ)と脳の働き具合(A-11)

2012-03-25 | アルツハイマー型認知症の三段階の症状
 
 
 
 
&1 「DSM-Ⅳ」の規定及び「アミロイドβ仮説」は、両者共に、重大な誤解に基づく/重大な誤りの内容
 
(1) 米国精神医学会が策定した「DSM -Ⅳ」の規定は、『アルツハイマー型認知症(以下、「AD型認知症」と略記する)』について、「極めて重度の(物忘れの症状)が特徴の神経変性疾患」だと誤解していて並びに、世界的に通説の地位を維持している「アミロイドβ仮説」は、重大な誤りの規定である「DSM-Ⅳ」の規定内容に依拠して、「記憶障害=重大な物忘れの症状」が発病及び症状の重症化の進行を惹き起こす原因要因との想定の下で、「アミロイドβの蓄積により生成された老人斑の持つ毒性が、情報を連絡している神経細胞の大量死を惹き起こし、その領域が拡大することに因って、発病し/症状の重症化が進行して行くと言う、科学的で客観的な根拠データも無しに、且つ、アミロイドβの蓄積と発病及び重症化の進行との間の因果関係の存在の実証さえもできない儘に、権威だけを笠に着た/単なる憶測の類いでしかない仮説を拡散し、世の中を惑わせて来ているだけのものなのです。
 
(2) 単なる憶測の類でしかなく/重大な誤りの提示内容を誇る「アミロイドβ仮説」の、我が国での牙城を形成している東大/京大/理化学研究所(MIT研=利根川進)等の我が国での最高峰の権威機関が発する間違った内容の主張である『アミロイドβ仮説』に惑わされ、発病自体が予防出来るものを/予防も治療も出来ないと誤解して、与党の一角を担っている公明党の要求と「認知症の人と家族の会」の猛反対もあり、「ボケても安心な社会づくり」と言う世紀の愚策を制度化して、最も有効で/有益で/低コストである『AD型認知症の発病自体の予防』と言う川上対策を、政府大綱の第一条で棚上げしていて/新規発病を野放しにして、症状の重症化の進行を放置して、為す術が何も残されていない末期の段階、私たち「二段階方式」の区分で言う【大ボケの段階で、発病を見つけて、介護するだけ】と言う川下対策に邁進しているのが、我が国なのです。このまま発病者が増え続け、介護の費用が増え続けていくと、持続可能な超高齢社会の維持そのものが困難となって来るのです。
 
(3) 発病の予防も/早期診断による回復も、十分な議論もしない儘棚に上げて居て、年々発病者の増加が進行している結果、介護が不可欠となる末期の段階である大ボケの段階にまで重症化が進行して行く高齢者の増加を惹き起こしていて、介護保険制度が財政面から破綻するのを回避する為に、介護保険の適用を絞っている結果、家族介護にしわ寄せが行っている訳なのです。社会保障費の相当部分が、「AD型」認知症を発病し、何等の対策が為されない儘に、末期の段階にまで重症化が進行した高齢者の「介護の費用」並びに『介護の予防措置』の実施関連費用に充てられて居て、『介護の費用及び介護関連の費用』に投入する血税の規模が、単年度ベース(一般会計と特別会計の合計総額)で、13兆円を超える天文学的な規模に達しているのです。
 
(4)発病自体の予防、更には、症状の進行の抑制は、自分なりに『前頭葉』機能が活性化する「生活習慣」を創意工夫して構築し、継続して実践の為の自助努力をして行くことが、唯一の対策となるのですが、そのことが、自助努力の要求になるとして、「認知症の人と家族の会」の猛反対を奇禍としてか、与党の一角を構成している公明党が反対しているそうなのです。
自助努力をしていても、何らかの理由で発病し、更には症状が進行して末期の段階である(大ボケ)の段階にまで進行し介護が必要となった高齢者に対しては、「認認介護」や「介護離職」の弊害を惹き起こしている「家族介護」に頼るのでなくて、『介護保険で全面的に対応する社会』を構築すべきなのです。
 
(5)当時世界最大規模 630億円と言う巨額の米国政府に対する移転価格訴訟を含めて、米国、欧州、オーストラリア、東南アジアの国々で、数百億円規模の国際訴訟に対応して、10戦10勝無敗の戦績を誇るTadは、精緻な理論と実証の程度もさること乍ら、粘り腰でもあるのです。最終的には、国策化による全国展開を政府に認めさせるつもりなのです。これは、ビジネスではなくて、世の為、人の為、国の為になる施策なのですから。単年度の一般会計と特別会計の合計総額が23兆円もの規模になっている「発病のレッテル貼り」と効きもしない「対症療法薬」を治療薬と称しての処方の為の診断費用並びに認認介護や介護離職というあってはならない社会現象を引きずりながら費用の増加が留まることを知らない介護の費用に投入している血税の総額に対し、『早期診断と早期治療の実施に因る、回復及び症状の重症化の進行の抑制措置、更には、発病自体の予防措置の、国策化に因る実施』により、何等の対策が打たれない儘投入する税金の総額の増加だけが進行している状況を、『劇的に変革させたい』と願うのです。
 
(6)『家に籠り、日々ボケーとした暮らし方で第二の人生を過ごす』のでは、何の為の長生きなのか考えていただきたいのです。
注意の分配力』の機能が「実行機能」を行使することに因り、『前頭葉機能が活性化』する『仕事』(左脳が専管するテーマ)とは無縁の日々の暮らしとなる『第二の人生』では、(右脳と運動の脳の出番を活用)することに主眼を置き、家の外に出て行き/他人と交わる機会が不可欠となるのです。趣味や遊びや交遊或いは地域活性化の活動等、ワイワイガヤガヤと楽しく、時間が経つのも忘れて話が出来る場所、『交流の駅』が「発病の予防」に有効なのです。
 
&2  『AD型認知症』の症状を判定する基準及び方法の問題点
(1) 私たち「二段階方式」は、『AD型認知症』の発病者について、複合機能体である『前頭葉』機能を含む/脳全体の機能レベルに/厳密にリンクした/三段階に区分される「類型的な症状」を、生活実態を確認する上で指標化しています(「改訂版30項目問診票」)。
我が国の医学会は、その誤りに気付かないで、「DSM-Ⅳ」の第一要件の規定内容、第二要件の規定内容を未だに信望していて、更に、世界的に通説の地位にある『アミロイドβ仮説』を未だに支持していて、主観的で曖昧な内容である「MCIの基準」を活用している人達が極めて多いのです。
 
(2)『MCI(軽度認知障害)』という基準は、『MCIの基準に該当するお年寄りは、『AD型認知症の発病の前駆的状態に在る』と、主観的な言葉の羅列の上で、説明するだけのもの。
この基準は、①本人が申告する物忘れの症状と、②家族が申告する本人の物忘れの症状及び③診断する医師が確認する物忘れの症状という、「外観から観測しただけ」の『極めて重度の物忘れの症状』を判定の対象としているものであり、客観的な基準が全く存在せず、極めて主観的で根拠データも極めて曖昧な基準なのです(MCI、即ち、軽度認知障害と銘打っている以上は、認知機能の障害が確認されるべきものなのに、最も重要な要因である、『前頭葉の機能レベル』についての言及がないのは、『前頭葉の機能レベル』を精緻に判定出来る手技を持たない為に、『物忘れの症状と言う外観の観察』に頼っているのかも知れないのですが)。
 
※1昔から言い伝えられている『物忘れは、ボケの始まり』とかいう金言がありますが、『前頭葉』の機能について無知な為に、その内容が誤りだとも知らないで、言い伝えられてきているだけのことなのです。但し、エーザイのレカネマブを服用させようとしている対象者について、アミロイドβの蓄積が確認されていて、且つ、物忘れの症状が確認されている人(=MCIの対象者)とされているのは、この間違った金言が頭のどこかにあったのかもしれないのかと疑うのです。
①『前頭葉の機能が正常なレベル』に在って、物忘れの症状が確認される人は、『加齢』という要因に起因した正常老化の物忘れに過ぎないのです。この対象者はというと、『第二の人生』を送っている『高齢者』なら、その全員が対象となるのです。確認しておきますが、それらの人達は、全員が、『前頭葉』を含む脳全体の機能が、正常なレベルに在る人達なのです。
これに対し、②前頭葉の機能が異常なレベルに在って、物忘れの症状が確認される人(高齢者)は、加齢という要因に起因した機能低下の進行(正常老化の進行)に加えて、加重要因である廃用性の異常な機能低下の進行という要因(第二の人生を送る上で展開されるナイナイ尽くしの単調な生活習慣の継続に起因した廃用性の異常な機能低下の進行)の同時存在による相剰効果に因り、前頭葉の機能が廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させて、異常な機能レベルに衰えて来たことの直接の反映としての物忘れの症状(「前頭葉」、就中、『注意の分配力』の機能障害の一態様)が発現してきているのであり、『両者は全く異なる次元にある記憶障害の症状』なのです。『前頭葉』を含む脳全体の機能レベルを無視した対象の選別基準 ‼
③『MCIの基準』の該当者に対して、レカネマブを服用させることは、絶対にあってはならないのです。更に言うと、アミロイドβの蓄積(老人斑)と『AD型認知症』の発病との間に、因果関係自体が存在していないのです。アミロイドβの蓄積阻害/初期段階で除去出来ようとも、肝心要の発病との間の因果関係の存在の実証さえ出来ていないアミロイドβ仮説に立脚して開発された新薬を服用させるなど、国の政策としてあってはならないのです。「治療の効能を有してもいない」薬に、大事な健康保険を適用してはならないのです(「アリセプト」の二の舞を演じてはならない)。
 
※2 認知機能の障害を問題とする病気の判定に際して、意識的な世界に於ける脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉の機能レベル」(正常であるか、異常であるか)の判定が、全くなされていないのが、『AD型認知症』の発病の有無の判定の世界的な特殊性。
 
※3 本当の意味での早期の段階、「脳のリハビリ」(前頭葉を含む脳全体が活性化する生活習慣への改善と継続的な実践)により、正常な機能レベルに回復させること【AD型認知症の症状が消滅し、治る】が可能である【万一治せなかったケースでも、少なくとも、症状の更なる重症化の進行を抑制することが出来る】、
 
(2)『中ボケ』の類型的症状の10項目(14689例に上る脳機能データの解析結果により、正しいと推定される順番に並べ替え)
⑩眼の光がどんよりとして無表情、何事にも感動しなくなる
⑪何度教えても日付があやふやになる(今日が何日なのか、あやふやになる)
⑫簡単な計算も嫌になり、買い物で小銭がやたらと貯まるようになる
⑬料理が上手くできなくなって、味付けが塩辛すぎるようになる
⑭ガス、電気の消し忘れ、水道の蛇口の閉め忘れが目立つようになる
⑮2~3種類の薬の服薬管理が出来なくなり、家族が管理する必要がある
⑯外出を嫌がるようになり、日常の身だしなみにも無頓着になる(行き慣れた場所に行くにも、道を間違えたり、乗るバスを間違える)
⑰今まで出来ていた、家庭内の簡単な用事(洗濯、掃除、片付け)も出来なくなる
⑱季節や目的にあった服を選べなくなる(日、年、月、季節、昼夜の順に衰えて行くことになる「時の見当識」が衰えて、季節の感覚が分からなくなる)
⑲昨日の出来事をすっかり忘れてしまう
⑳お金や持ち物のしまい場所を忘れ、誰かに盗まれたと騒ぐようになる
 

&3  まとめ

(1)「AD型認知症」は、発病後の症状の進行が緩やかで、何年もかけて/徐々にしか進んでいかないのが特徴です。発病後1~2年で寝たきり状態になる「狭義のアルツハイマー病」とは、発病原因だけでなく、症状の進行度合いも全く異なるのです。

(2)「前頭葉」機能を含む/脳全体の機能レベルのアウトプット、それ自体が「AD型認知症の症状」なので、同時に脳の働き具合もリンクさせて調べると、症状は3つのグループ、「3段階」に区分されるのです。「軽度認知症」(小ボケ)と「重度認知症」(大ボケ)の中間が、「中等度認知症」(中ボケ)です。例えば「脳血管性認知症」の症状の発現とは異なり、「AD型認知症」は、いきなり「中ボケ」とか「大ボケ」の段階の症状が発現してくることは、絶対に起き無いのです。「小ボケ」、「中ボケ」、そして「大ボケ」へと、必ずその順番に症状が進行していくのが特徴なのです。「AD型認知症」を発病して(小ボケの段階)、相変わらずナイナイ尽くしの「単調な生活」が継続していると、脳全体の廃用性の機能低下が更に進んでいき、「中等度認知症」(中ボケ)のレベルに入っていきます。然もその症状の進行具合は、極めて緩やかにしか進行していかないのが特徴なのです。

(3)「中等度認知症(中ボケ)」は、意識が覚醒した/目的的な世界に於ける脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」機能の働きが、①「軽度認知症」のときより更に異常なレベルに加速度的に衰えてきている上に、②「軽度認知症」のときは未だ正常だった「左脳」と「右脳」の働きも、異常なレベルに、廃用性の加速度的で異常な機能低下が進行して来ていて、脳全体の働き具合が異常なレベルになっています。「中等度認知症」(中ボケ)の脳の働きは、「4~6歳児のレベル」と考えて下さい。

(4) 『意識の認知度』を左右する意欲、注意集中力と注意分配力が、「軽度認知症」のレベルよりも更に不十分にしか働かなくなります。その結果、認知それ自体とその記銘、保持及び想起の機能の発揮が、更に不十分なものとなります。左脳がらみの論理的思考や計算、或いは言葉に対する理解や判断力、更には右脳がらみの色や形や時間や空間などに対する認知能力にも、重大な支障が出て来ています。状況の判断、物ごとの理解や見通し等の判断が、「幼稚園児」のレベルのものとなる結果、「家庭生活」面にも、重大重大なトラブルが起きて来るようになります。

家庭生活面」でも重大な支障が起きて来るとは言え、食事、大小便、入浴など身の回りのこと(セルフケア)は、自分で一応できるので、家族に迷惑をかけることは、それ程には無いのです。

   

(5)「中ボケ」になると、食器の片付けや、洗濯物の取り込み、庭の草むしりといった、「家庭内の簡単な用事程度のこと」も、きちんとは出来なくなります。「4~6歳の幼児」がやる程度にしか出来ないのです。せっかく洗ってくれたお茶碗は、もう一度洗いなおさないといけないし/庭の草取りをしてもらうと、花の苗まで抜いてしまいます。この程度にまで脳の機能が衰えてきていても、「極めて重度の記憶障害」の症状が出て来ていないと、家族が病院に連れて行っても、認知症とは診断されないのです。

(6) 「中ボケ」のイメージは、家庭内の簡単な用事程度のこともちゃんと出来ないのに/口先だけは一人前、「言い訳の上手い幼稚園児」が特徴です。

(7) 『前頭葉機能』が異常なレベルに衰えて来ているとはいえ、「小ボケ」には、症状の自覚があります。「意欲もわかないし、根気が続かないし、てきぱき出来ないし、発想も湧かないし、物事に感動することもないし・・・」と感じていて、「以前の自分と比較して、自分のどこかがおかしい」という自覚を明確に持っていて、自分の状態に「不安」を感じているのです。

ところが中ボケ」の段階になると、そうした自覚を持つこと自体が出来なくなります。自分の状態に対する自覚が無いので、不安も全く感じていないのです。逆に、家族が「こんなところが、おかしいと」指摘しても、「そんなことはない。私は、ボケてなんかいない」と言い張り、自分のおかしな行動についての、一端の言い訳(ヘリクツの類)ばかりを並べ立てるのが特徴です。

 注)本著作物(このブログ A-11に記載され表現された内容)に係る著作権は、(有)エイジングライフ研究所に帰属しています。

 

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