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160748 血塗られたアメリカの歴史①~コロンブスは「勇敢な冒険家」だと教えられた

2007年09月08日 | アメリカ:闇の支配勢力と略奪闘争
160748 血塗られたアメリカの歴史①~コロンブスは「勇敢な冒険家」だと教えられた
  猛獣王S ( 30代 営業 ) 07/09/08 AM10
 

『日本は略奪国家アメリカを棄てよ』(ビル・トッテン著)142593より転載します。
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●コロンブスは「勇敢な冒険家」だと教えられた

かつてのアメリカは、今と違って夢や希望があふれる国だったのだろうか。これに対する私の答えは、若い時分なら「イエス」だった。

私が子供のころのアメリカは、今よりは輝いていた。そして個々の家庭レペルでは、今よりずっとのんびりしていた。しかし長じるにつれて、アメリカという国は、実はそもそも建国以来、ろくなものではないことに気付かされた。もっと正確にいえば、発見以来、かの国は悪魔に取り憑かれてしまっているのだ。

今につながるアメリカの歴史は、15世紀末にヨーロッパ人によって「発見」されたことに始まる。この時期の日本は戦国時代だから、庶民にとっても武士にとっても住みにくく、悲惨な事態に巻き込まれた人も少なくないと思う。

しかしこの時期、アメリカ大陸やその周辺の島々で起きたことは、少なくとも規模だけ見れば、日本の比ではない。残虐、残忍、凄惨、凄絶、極悪、非道、無慈悲、悪魔…アメリカが発見されて以来、かの大陸で起きたことを思うとき、私の頭にはこれらの言葉が次々と思い浮かぶ。

アメリカ大陸を発見したのはコロンブスだ。時は1492年、大航海時代のただ中。スペインから派遣されたコロンブスの生まれは、イタリアのジェノバといわれる。

コロンブスは新大陸のことを終生、インド、あるいは東洋のどこかだと信じていたらしい。それゆえ、彼はかの地の先住民を「インディアン(インド人)」と呼んだ。

今につながる「アメリカ」の地名は、イタリア・フィレンツェ出身の商人で航海者のアメリゴ・ペスプッチにちなむ。ベスプッチは1499年から行なった2度の航海で、そこはインドではなく、ヨーロッパ人から見た新大陸であることを確信した。そして彼の主張が尊重され、アメリカと名付けられたのである。

ベスプッチにとりたてて個人的な恨みはないが、これから詳述するコロンブスには、恨みに似た感情、少なくとも憤りを抱かずにはいられない。

このコロンブスが、アメリカでもそうだが日本でも時折、偉人として取り上げられる。あちこちの書店で、子供向けの伝記や偉人物語のコーナーを見てみると、ヘレンケラー、ナイチンゲール、シュバイツァー、ガンジー、あるいは聖徳太子、二宮尊徳、良寛、宮沢賢治などと並んで、コロンブスの名前がある。

聞くところによると、中身は大体、コロンブスの未知の世界に挑戦する勇気や冒険心を称える内容だそうだ。こうした本を読んだ子供たちは、「勇敢な冒険家」だったコロンブスに憧れて、自分も強くたくましく生きたいと思うのだろうか。

ある人物に憧れ、あるいは尊敬の念を抱き、その人物を目標にして人生を歩み続けることは、素晴らしいことだと思う。だが、その目標とする人物が、そもそも尊敬するに微塵も値しない人物だったとしたら、どうだろうか。

仮に今、『世界の偉人 ヒトラー物語』という本があったとして、どこの親が読ませたいと思うだろうか。あるいは『日本の偉人 麻原彰晃物語』は、どうだろうか。あなたは子供や孫に読んで聞かせたいだろうか。

実は私自身、子供のころ、コロンブスを「偉人」だと思っていた。なぜなら、そう教えられたからである。アメリカ人も、コロンブスが新大陸を発見し、今日につながるアメリカの繁栄の礎を築いたと教えられる。だから、私もそれを素直に覚えたのだ。

そしてアメリカは今も、コロンブスが新大陸に到達したことを祝うため、「コロンブス・デイ」を設け、ほとんどの州でこの日を休日にしている。

では、この偉人・コロンブスとは、一体どんな人物だったのだろうか。彼は新大陸で、何をしたのだろうか。
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続く


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