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kimitsuku独り言

日々の暮らしから感じたあれこれを
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伊藤左千夫・幸田露伴・谷崎潤一郎の忌日

2010年07月30日 | 日記
    
 今日7月30日は、偉大な三人の文学者の忌日に当たる。
一人は、明治後期のアララギ派歌人で小説家の伊藤左千夫。
15歳の少年と年上の従妹の悲しい恋を描いた『野菊の墓』。
中学生の頃に見た映画『野菊の如き君なりき』の原作であり
今も心に残る青春文学である。
 伊藤左千夫は正岡子規に師事し、斉藤茂吉や土屋文明を
育て、1913年(大正2年)7月30日、52歳で死去した。
    
 幸田露伴は、江戸末期に生まれ明治・大正・昭和と活躍した
小説家で、『風流仏』や『五重塔』が代表作。昭和22年、第1回
文化勲章の受賞者でもある。写真の中央が露伴、左は森鴎外。
 私が記憶している露伴は、娘の幸田文が書いた文章にあった
父・露伴の教え、『あとみよそわか』という不思議な言葉。
…大丈夫と思っても、もう一度よく見直しなさい…の意味だそう。
母を早く亡くした娘に家事万端を躾けた、男親の呪文だったのか。
露伴は1947年(昭和22年)7月30日、80年の生涯を閉じた。
    
 もう一人は谷崎潤一郎。明治末期から昭和中期まで多彩な才能を
発揮した小説家であった。『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』『鍵』などを著し、
常に文壇の中心に居た文豪であり、プライベートでも“時の人”だった。
 私が初めてのボーナスで購入した本は、中央公論発行の谷崎潤一郎
訳による『源氏物語-全五巻』だった。一巻ずつ古代布を模した表紙で
何となく平安絵巻を思わせる凝りよう。今も時折り開いてみるが、旧仮名
づかいの古色蒼然とした『谷崎源氏』は、現在も私の大切な宝物だ。
1965年(昭和40年)7月30日、79歳で亡くなった谷崎潤一郎の忌日である。

コメント (2)
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