kimitsuku独り言

日々の暮らしから感じたあれこれを
ひとりブツブツ独り言

ヽ(^o^)丿やったね ハリルJAPAN ヽ(^o^)丿

2017年08月31日 | 日記

          
        
            やったねハリルJAPAN 来年6月ロシアW杯へGO GO GO~  
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♪♪ 八月は夢花火 ♪♪

2017年08月30日 | 日記
              
                             少年時代
 8月も明日一日を残すのみ、爽やかに広がった青空は既に秋色です。還らぬ季節に感慨ひとしお…。
年々歳々そんな想いが深くなるのは…矢張りねぇ 昨夜のNHK深夜ラジオ放送で聴いた、井上陽水
『少年時代』に心震えました。Kimitsukuの夏に想い出す名曲 No1です。

夏が過ぎ風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された
私の心は夏模様

夢が覚め夜の中
永い冬が窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり想い出のあとさき

夏まつり宵かがり
胸のたかなりにあわせて
八月は夢花火
私の心は夏模様

目が覚めて夢のあと
長い影が夜に伸びて
星屑の空へ
夢はつまり想い出のあとさき

夏が過ぎ風あざみ
誰のあこがれにさまよう
八月は夢花火
私の心は夏模様
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!(^^)! 村澤くん アッパレ !(^^)!

2017年08月27日 | 日記
  
 北海道マラソン20172020年東京五輪の代表決定レース≪マラソン グランド チャンピオンシップ≫への
出場権を争う『MGCシリーズ』の最初のレースで、村澤明伸くんがアッパレ2時間14分48秒で優勝しました。
昨日のマイブログにも書いた通り東海大時代から、その走りに注目していた村澤ファンとしては 嬉しいこと
此の上なし…の心境です。期待はしていたけれど、まさか優勝してMGC出場権第1号を決めるとは…。
 村澤明伸くん アッパレ いやもう久し振りに大興奮しましたわぁ~
            
 札幌大通り公園を発着して市内を駆け巡る北海道マラソンは今年31回目、過去の優勝者には谷口浩美・
川内優輝・有森裕子・千葉真子などがおり、此の大会から世界へ羽ばたいていったランナーが大勢います。
 今年はどんなレースが観られるだろうと昨夜のうちにTV録画をセットし、10キロあたりまで観てランナーの
調子をチェックしてから北海道大学へ向かいました。南門から構内に入ると既に多くのファンが緑陰の下に
三々五々集まっています。応援旗やプラカードを用意し準備万端、今や遅しと ランナーが走ってくる方向を
眺めつつ情報交換に余念なし。やがて先導車が見えました。聞いていると、「先頭ランナー4人が40キロを
通過しました。村澤、丸山…他に何とやら言ったが、村澤の名を聞いた途端となってしまったKimitsuku
気がついた時には村澤くんは目の前を走り過ぎていた辛うじて見た後ろ姿はいつものようにブレの少ない
「これぞ村澤くん」の美しいフォームでしたわぁ。
 帰宅後に録画を観ると優勝インタビューの中で、「MGC出場権は頑張ってきたご褒美。琵琶湖マラソンは
失敗ではなかった」と…ホント『禍を転じて福と為す』だったね。おめでとう村澤くん、その頑張りに
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ヽ(^o^)丿北海道マラソン2017 号砲は明日9時 ヽ(^o^)丿

2017年08月26日 | 日記
              
 熱闘甲子園が終了し…花咲徳栄おめでとう…、NPBの行方も決まり…今年はSBと広島でしょ…、
ロシアW杯メンバーが発表され…あまり期待できないなぁ…、今ひとつパッとしないKimitsukuでしたが
明日の北海道マラソンに村澤明伸くんと一色恭志くんが出場するらしいと知り、俄然にっこにこ。
 琵琶湖で結果を出せなかった二人が札幌でリスタート、『失敗は成功の元』、『禍を転じて福と為す
3年後のTOKYOを目標に切磋琢磨して頂戴 このところ不振続きの日本マラソンですが、そろそろ新しい
ヒーローが誕生しても良い頃。明日は沿道から旗を振って応援しますよぉ~
                       
 北海道マラソンは日本国内で唯一、夏に行われるフルマラソン大会。1987年に僅か439人のエントリーで
始まった大会は、現在20,000人規模にまで成長しました。オリンピックや世界陸上に選出された日本代表の
約4割が本大会に出場しており、今回は2020年TOKYO代表選考の最初の対象レースになるそうです。
 また昨年に引き続き今年も、道内全179市町村を代表する市民ランナーが出場します。19歳から78歳までの
「我が町」代表がPRゼッケンを付けて力走する姿 楽しみで~す。 
 明日は9時に大通り公園をスタート、自然豊かな札幌市内42,195kmを駆け抜けて再び大通り公園にゴ~ル。
天気予報は 晩夏の札幌を力強く疾走するランナーたちにとって素晴らしい大会になるよう祈りましょう。


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あと ひとつ

2017年08月22日 | 日記

                 『あと ひとつ』 FUNKY MONKEY BABYS

あと一粒の涙で ひと言の勇気で 願いが叶う その時が来るって
僕は信じているから 君も諦めないでいて 何度でも この両手を あの空へ

あの日もこんな夏だった 砂まじりの風が吹いていた
グランドの真上の空 夕日がまぶしくて どこまで頑張ればいいんだ
ぎゅっと唇を噛みしめた そんな時 同じ目をした 君に出会ったんだ

そう 簡単じゃないからこそ 夢はこんなに輝くんだと
そう あの日の君の言葉 今でも胸に抱きしめてるよ

いつもどうしても素直になれずに 自信なんてまるで持てずに
校舎の裏側 人目を気にして歩いていた 誰かとぶつかりあうことを
心のどこかで遠ざけた それは本当の自分を
見せるのが怖いだけだったんだと

教えてくれたのは 君と過ごした今日までの日々
そう初めて口に出来た 泣きたいくらいの本当の夢を

あとひとつの坂道を ひとつだけの夜を 越えられたなら 笑える日がくるって
今日も信じてるから 君も諦めないでいて 何度でも この両手を
あの空へ 伸ばして あの空へ

熱くなっても無駄なんて言葉 聞き飽きたよ もしもそうだとしても
抑えきれないこの気持ちを 希望と呼ぶなら いったい誰が止められると言うのだろう

あと一粒の涙が あとひと言の勇気が 明日を変えるその時を見たんだ
なくしかけた光 君が思い出させてくれた あの日の景色 忘れない

あと一粒の涙で ひと言の勇気で 願いが叶う その時が来るって
僕は信じてるから 君も諦めないでいて 何度でも この両手を
あの空へ 伸ばして あの空へ
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今度はバルセロナで…

2017年08月18日 | 日記
 
   中東に居場所を失った過激派イスラム組織が、今度はスペインのバルセロナで…。パリやロンドンなど
  欧州各地で繰り返される愚行が、17日バルセロナ随一の観光スポットで行なわれたと知り胸が痛みます。
   マドリードで列車爆破事件があったのは2004年3月。死者191名、負傷者2000名超の悲惨なテロでした。
  その少し前に母娘でスペインを旅して、事件があったアトーチャ駅の美しさにも感激したものでした。勿論
  バルセロナではサンプラス通りを散策し、カタルーニャ広場で寛ぎ、平和なスペインを満喫しました。
  今回の犠牲者の多くは観光客とのこと。世界有数の観光地でバカンスを楽しんでいた人々の無念を想い
  かつて楽しかった思い出が残る街で起きた事件だけに、哀悼の言葉もありません。
   人類の歴史が闘争の繰り返しであったことは間違いなく、そして今後もまた繰り返されることでしょうが、
  互いの文化や歴史、価値観を認めて共生することは可能なことと考えます。此の地球上から人類が絶滅
  してしまう前に、この果てしない抗争が終わることを切に祈ります。
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レオナルド・ダ・ヴィンチと 『アンギアーリの戦い』 展

2017年08月15日 | 日記
                     
                   
 今日が最終日の北海道近代美術館 ≪レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展≫を観て来ました。
1504年、レオナルド・ダ・ヴィンチはフィレンツェ共和国からの依頼を受けて、政庁舎であったヴェッキオ宮殿の
大会議室500人大広間に『アンギアーリの戦い』を描き始めましたが、同時に反対側の壁にはミケランジェロが
『カスチーナの戦い』を制作していたそうです。同じプロジェクトを同時期に両者が手掛けたのは此の時だけで
もし此の大壁画が完成していたらと…。実際にはふたりとも絵を完成することなく幻の競作に終わりました。
 かつてイタリアを旅行した際 500人大広場を訪れましたが、あの壁面にダ・ヴィンチとミケランジェロが描いた
勇猛な戦闘画が残っていたら…なんて想像するだけで、胸が震える程の興奮を覚えたものです。
 本展のメイン作品は、失われたダ・ヴィンチ壁画の中心的部分を成す 激烈な軍旗争奪の戦闘場面を描いた
『タヴォラ・ドーリア』として知られる著名な16世紀の油彩画です。 更にミケランジェロが構想した壁画の原寸大
下絵を模写した16世紀の板絵 『カッシナの戦い』も出品されていました。今回、惜しくも原作が失われたイタリア
ルネサンス巨匠の壁画が並び合う貴重な絵画展を観賞出来たのは、この上なく幸せなことでした。
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ウニの季節 (*^_^*)

2017年08月13日 | 日記
            
 北海道のウニ漁は6月~8月に限られており、今年も残り少なくなりました。「人生最後の晩餐はウニ丼」と
決めているKimitsukuですが、此の時期は何処へ行くにも渋滞が酷く、「ウニ丼」は産地の漁港町で…となると
なかなか厳しい状況なのです。今月末までには積丹へと思っていたのですが…知人とランチでもと出掛けた
近くのイタリアレストランで、思い掛けず美味しいウニにありつきました。
 先ずは「前菜」夏野菜とスモークサーモンの組み合わせで、とっても美味でしたぁ
           
 さて待望の「ウニクリームのパスタ」が運ばれてきました。わぁ~ウニたっぷり~
いつかイタリアで頂いた本場モノにも負けない、濃厚&芳香&ゴージャスな一品ですぅ。今までウニは、丼ものか
軍艦巻きに限ると思っていましたが…撤回します。一折分のウニを使った贅沢な絶品でありましたわぁ~。
           
 そしてドルチェは、ガトーショコラとアイスクリームと来ましたね、いやもう満足&満腹
マスターによると「ウニパスタ」は期間限定で常にあるとは限らないそうで…、幸せなランチタイムを楽しみました
 これからも美味絶品にありつけるよう、精々心掛けを良くして暮らしましょう~っと。
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『山の日』に思い出すこと

2017年08月11日 | 日記
                      
 昨年から始まった『山の日』は7月の『海の日』同様、自然に親しみ、その恩恵に感謝する目的で制定された
新しい祝日です。折角の祝日なのでKimitsukuなりに、山に関する記憶を辿ってみました。
 日本を象徴する「富士山」は、かつて一度だけ新幹線から遥拝したことがあります。さすがぁ秀麗で迫力あり
思わず合掌したくなる山容の美しさでした。富士登山が人気のようですが、よく、《夜目 遠目 傘のうち
…って言うじゃありませんか 万葉集の時代から崇拝された尊く美しき「富士山」は、遥か遠くから有難く仰ぎ
見る霊峰であって欲しい、我が国随一の名山です。
                    
 初めての登山経験は、中学生の夏休みに登った故郷の『アポイ岳』。標高810mですが特異な自然体系のため
森林が発達せず、高山植物の宝庫を呼ばれる小さな山です。麓の中学校校庭にテントを張り、友だちとキャンプ
ファイアーを囲んで、高村光太郎の“道程”を暗唱したことも懐かしい思い出です。             
                    
 我が家の裏手にある『円山』は僅か225mの高さですが、無数の巨木が生い茂る原生林と88体のお地蔵さん
そして頂上からの眺望で人気があり、いつも小中学生の遠足や家族連れで賑うハイキングコースの山です。
 そういえば暫く登っていないかも…近々お天気の良い日にお弁当持って出掛けてみようかなぁ~。
                    
 札幌の夜景を観光するなら此処、『藻岩山』。標高531mで我が家からも近く、朝に夕に眺めて暮らしています。
市民の行楽地として四季を通して賑っており、国内外の旅行客も多く訪れる札幌観光名所のひとつです。
山頂までは車でも行けますが夏期間はロープウェイが通っているので、中腹からの眺望も人気とのことです。
 札幌市民は、朝「藻岩山」に雲が掛かっていると今日は雨降りと傘を持って外出しますが、大体は当たりとか…。
                    
 2011年8月に旅したスイスの『オーバーラント三山』。左から、アイガー・ユングフラウ・メンヒの雄姿です。
アイガーの中腹に造られた長いトンネルを通って、ユングフラウのスフインクス展望台3571mまで行きました。
何故こんなトンネル工事を思いついたのか、また完成できたのか 観光立国スイスの想いに驚愕しました。
スイス旅行代金が割高なことに納得した、この日のアルプス山岳観光でしたワ。
                    
 フランスの白い貴婦人『モンブラン』です。麓のシャモニーからロープウェイを乗り継いて、エギーユ・デュ・ミディ駅
3777mまで行くことが出来ました。写真左の黒い建物がそれです。中央に高く聳えているのが3842mの展望台ですが
当日は猛吹雪のため登頂出来ず残念でした。9月初旬のシャモニーは美しい花の季節でしたが、ヨーロッパ最高峰の
モンブランは、貴婦人ならぬ猛将軍の風情で遠来の客を歓迎してくれたのでしょうか。
                     
 もともとアウトドア派ではないので自分の足で登った山は極く少ないのですが、山岳トラバース番組などをTV画面で
観るのは大好き。これからもTV前で片手に、心ゆくまで楽しませて頂きましょう。
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七夕まつり 今昔

2017年08月07日 | 日記
 
 北海道の場合、多くの地域は七夕まつりを1ヶ月遅れの8月7日に祝います。と言っても最近は、家ごとの
七夕飾りや「ローソク出せ」廻りは殆ど見られなくなりました。暮らしの近代化に伴い、古くからの生活風習が
失われることに一抹の寂しさを感じざるを得ません。遠い昔 「ローソク出せ出せよ、出さないとカッチャクぞ
おまけに食いつくぞ」、大勢の子供たちで近所の家々を歌いながら廻り歩いた事を懐かしく思い出します。
まぁ何とも長閑な時代でしたねぇ。 現代は様々な価値観の相違や個人生活の尊重などあり、七夕まつりは
幼稚園や保育所、老人ホームなどで行なわれるくらいでしょうか。
 先日のこと老人ホームに飾られた願い事を書いた短冊を見た小学生が、「自分で頑張らないとダメでしょ
言ったとか言わなかったとか… う~ん確かに…まったくもう夢も希望も無い時代になったものだねぇ~ 
 それでも過ぎ去りし日々を振り返り、雲間のに、あれこれ諸々願い事を念じたKimitsukuでありました。
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