目指せ!映画批評家

時たまネタバレしながら、メジャーな作品からマイナーな作品まで色んな映画を色んな視点で楽しむ力を育みます★

イップ・マン 序章 ★★★★★

2012-02-12 10:39:34 | ★★★★★
やっとDVDで観られました。ずーっとレンタル中でなかなか観られなかったのです。
カンフー映画の傑作がまた一つ生まれた、ということですね。


イップ・マン(葉問)は実在する人物です。ブルース・リー(李小龍)の師匠としてその世界では有名な方のようです。数百万人がマスターした詠春拳の中興の祖とでも言えばいいのでしょうか。ドニー・イェンが演じており、非常にすばらしい演技を披露しています。彼が体得した詠春拳の型もさることながら、そのたたずまいは相当にイップ・マンという実在する人物をトレースしており、優雅かつ、誠実な彼を演じています。タバコやお茶を飲む姿は相当に研究したのだろうな、と感じさせるものがありました。

日本でも「五福星」などの作品で有名なサモ・ハン・キンポーがアクション指導で参加しており、数々の名シーン、名バウトを構築しています。

音楽は川井憲次が担当しています。ここ最近の川井憲次はその作風は変わらないにせよ、確実に自分の音楽の立ち位置を理解した作品への参加の仕方が目立つように思います。彼の音楽がカンフー映画にもぴったり合うことを発見した監督は素晴らしいですね。


ここからはネタバレ注意です。

序章では、中国の南方・彿山に住む孤高の武道家、詠春拳の使い手としてのイップ・マンが日中戦争時の日本軍による占領下でのやり取りが描かれます。イップ・マンは妻子のある身ですが、どうやら資産家の息子だったようで、豪奢な家に住み、特にこれといった定職にはつかずに友達の事業に投資してあげたりして、暮らしていました。ときたまやってくる来客はみな、武館街(道場街みたいなものですね)の若者や師匠連中で毎日、誰が強いだの、誰が弱いだの、カンフーを教え合ったりしていた。イップ・マンの強さは圧倒的で、それでいて弟子は取らず、周辺の武館の師匠からも、街の人たちからも深く尊敬されていました。でも、それは彼自身が強さに驕らず、常に謙虚で本当に必要な時にしか、その拳を振るわないから、でした。詠春拳は攻防一体、流れる流水のように優美な構えでして、相手の打撃をきれいに受け流し、そして、的確に相手を打ち、倒します。あるとき、道場破りが現れて彿山の武館街の師匠は次々と北派武術の達人であるチョウの道場破りに敗北します。サイモン・ヤムが演じるチョウもなかなか、素晴らしい立ち姿で荒々しい雰囲気が出ており、イップ・マンとの直接対決によって、敗北を悟ると、彿山から逃げ出します。イップ・マンの屋敷でのチョウとの対決はなかなかに見応えがありました。チョウの怒濤の攻撃で、武館街の師匠たちは軒並み敗北したのに、詠春拳の前には何一つ通用しなかったのです。最後は剣まで取り出して、倒そうとするのですが、ハタキにはたかれてチョウは完膚なきまでに敗北します。実際には武器を手に持った相手に勝つには「剣道三倍段」などとも言いますからよほどの実力の差がなければ、そういう圧倒的な試合展開にはならないわけで、この作品ではイップマンは始終圧倒的な強さを誇ります。

日本軍による占領時代になると、イップマンの屋敷は接収されて、極貧生活を強いられるようになり、生まれて初めてまともに肉体労働したりして、なんとか飢えをしのぎながら、妻子とともに耐え忍ぶ生活が続きます。その中で友人が日本軍人との手合わせで死ぬという凄惨な事件がおこります。それを知ったイップマンは確かめに日本軍人たちの道場へ向かいます。当時は占領下、中国人には日本人を糾弾する術は無いに等しかったわけです。その道場では、中国人の武道家をつれて来ては日本軍人と対決させて、勝てば米をもらえる、というシステムで組み手をさせていました。日本軍人は空手をマスターしており、簡単には勝つことが出来ません。その道場でかつての武館街での師匠仲間が一人、イップ・マンの目の前で銃殺されてしまいます。怒りに燃えるイップ・マンはその道場で10人と同時に対決して、勝利を収めます。怒りに震えるイップマンの拳は少し悲哀も感じさせました。本来は怒りに任せた拳は振るうべきではなく、何事も和を尊び、話し合いで解決したい、というイップ・マンの気持ち、生き方を踏みにじるような相手には遠慮などないということでしょう。

彼に目を付けた日本軍人 三浦はイップ・マンを探そうと必死になります。

その一方、友人である周は綿花工場を営んでいましたが、その彼の綿花工場を生活に困ったチョウの一味が襲撃します。イップマンは彼らを守るため、そして、彼らが彼ら自身で戦えるようにするために初めて詠春拳を人に教え始めます。チョウの一味の2度目の来襲に対して、イップ・マンも助太刀し、チョウの一味をすべて倒すことに成功します。このシーンでのチョウに対峙するイップ・マンの長い竹の棒(物干し竿?)での戦いは見物です。カンフー映画ではよく、手近にあるものを武器にして戦うことがありますが、イップ・マンが手に取る得物がいずれもハタキや物干竿だったりして、それでいて、相手が手も足もでないほど打ち据えることができるところが非常に面白い。
チョウの一味にかつての友人の弟がいることを見つけ、彼に生き方を自分で選ぶことを諭すシーンはこの映画の中でもかなり良いシーンになるのではないでしょうか。

三浦にとうとう見つけられてしまったイップ・マンは三浦と直接対決をすることを選びます。

三浦を演じるのが池内博之です。この人選もなかなか意外でした。日本公開は香港公開の3年後ですから、池内博之もなかなかヤキモキしたかもしれませんね。川井憲次といい、日本でも売れている人がアサインされている映画なのだから、もっと早く日本で公開されてもよかったのになあ。。。

三浦は空手の達人で、腕に自信があり、「日中文化交流のため」大衆の面前での対決を望みます。そして、直接対決ではイップ・マンに鋭い攻撃を放ち、何度か彼を打ち据えることに成功します。(この作品では、イップ・マンはほとんど攻撃を受けておらず、唯一、三浦の攻撃だけはクリーンヒットしています)ただ、イップマンの日頃の鍛錬の成果は確実に三浦を捉え、彼を最後は徹底的に打ち据えて試合はイップ・マンの勝利に終わります。そして、イップ・マンは日本軍人に殺されかけますが、友人の助けを借りて脱出することに成功します。

実際、現代でも葉問派詠春拳は世界的には人気な中国武術であり、ブルース・リーの影響もあって、習得を希望する人が多いそうですが、残念ながらこの日本軍占領下のことがあってからか、詠春拳は日本人には教えてはならない、というイップ・マンの教えが伝達されており、香港でもなかなか習得できないそうです。元々詠春拳自体が習得が困難なことも相まって本当に詠春拳をマスターした日本人は少ないそうです。この映画で描かれている内容がどこまで事実かは正直わかりませんが、それでも日本軍人、日本のしたことを許したくない、というイップ・マンの強い感情が根強く伝えられていることは間違いがなさそうです。

この映画の作劇(抑圧からの反抗)はブルース・リー映画のそれと非常に近しいものがあるわけですが、それは彼がブルース・リーの師匠であった事実と十分に関係している、といっていいのでしょう。中国には英国や日本に侵略された記憶があるからこそ、こういった外圧・抑圧への抵抗という図式での作劇が非常に効果的に作劇に作用するという典型的な作品だと言えるでしょう。日本ではアメリカの占領という事実を前向きにアメリカに従順するとい形で昇華して経済成長を遂げただけに、このアメリカへの反抗という感情を爆発させる映画はあまり多く観られないように思います。米国の映画においてもそれは同様だと思います。(米国には西部劇という伝統的な様式美がありますが、あれはまたちょっとまた違いますよね、下手すると迫害の主体だったりするし。SF映画などではよく米国本土は侵略されていますが、相手が具体的な国籍を持った人間ではない、ことがポイントです。)映画はそれが制作される時代背景や、描かれる時代、公開される場所によって色々な類型的な特徴を持つことになりますが、このイップ・マンではそのことを非常に考えさせられましたね。



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