ごっとさんのブログ

病気を治すのは薬ではなく自分自身
  
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蚊取り線香の話

2015-08-20 10:28:33 | 化学
押し入れの片づけをしていたら、豚の形をした蚊取り線香用の入れ物が出てきました。おそらく20年以上前のものですが、この中で蚊取り線香をつけておくというのが、夏の風物詩になっていたような気がします。

さらに思い出としては、もう50年以上前ですが、その頃は夏になると布団を覆うように蚊帳を張っていました。私は子供のころこの蚊帳が好きで、家の中に特別な空間が現れたような気がしていました。さすがに現在はどこに行っても蚊帳を見ることはなくなりましたが、これも夏の風物詩の一つかもしれません。
蚊取り線香も今は電子蚊取りなどに置き換わり、ほとんどなくなったのかと思っていましたが、ドラッグストアに行ってみると、キンチョウブランドの渦巻き型がかなり置いてあるので、まだ現役なのかもしれません。この渦巻き型の蚊取り線香は本当に優れており、抜群の効果と安全性、たぶん寝てから朝までの長時間効果といういろいろよいところを兼ね備えていました。

さてここからは私の専門ですが、蚊取り線香の有効成分は、除虫菊中の含まれる「菊酸」という化合物です。菊酸は昆虫類の中枢神経受容体に作用し、哺乳類の受容体には全く作用しないという、人間や家畜類には安全性の高い殺虫剤といえます。菊酸は化合物としては、ピレスロイドといわれる一連の化合物の一種で、天然物質としても多くの種類が知られています。詳細は省略しますが、構造中かなり珍しい3員環についたカルボン酸を持ち、あまり安定な化合物ではありません。

現在は合成ピレスロイドが多数開発され、電子蚊取りなどは、ほとんど合成化合物が使われているようです。このピレスロイドの実用的な合成法を初めて開発したのが、私の所属した研究室の教授で、1950年代とずいぶん古いものですが、私が学生の頃も研究室の重要なテーマの一つが、ピレスロイド合成でした。面白いことにその後私が派遣された財団法人の研究所の、私のボスの研究テーマの一つが、新しいピレスロイド類の合成で、ここから安定性に優れた菊酸類縁隊が発見され実用化されました。これが1980年代でしたが、たぶんこのあたりがピレスロイド研究の最盛期で、現在使われているものはほとんどがこの時期に見つかったもののようです。私は少し手伝いをする程度で、あまりかかわってきませんでしたが、除虫菊の菊酸から始まったピレスロイドの歴史はなかなか面白いものです。

ところで最近蚊が減ってきたような気がします。私の家にも電子蚊取り器が転がっていますが、ほとんどつけることがありません。網戸などがよくなったのか、ボーフラの生育環境がなくなったのかわかりませんが、蚊が飛ぶ嫌な音を聞かなくなりました。せっかく豚の蚊取り線香入れが出てきたので、たまにはつけてみようかなどと思っています。