アカデミー賞を総なめした映画『許され
ざる者』(1992)において、クリント・
イーストウッドが演じたウィリアム・
マニーが持っていた銃はスター1858アー
ミーだ。.44口径パーカッション。
ダブルアクションを採用していた。
物語の時代は1880年である。
しかし、ビリー・ザ・キッドが愛用して
いたM1877コルトサランダー.41口径と
同じく、メカトラブルが頻発し、戦闘中
に作動不良を多発したため米軍兵士には
不人気だったという。
その後、このモデルはダブルアクション
を捨て、信頼性の高いコルト1860アーミー
やレミントン1858ニューアーミーのように
信頼性の高いシングルアクションへと
改良された。
それがスター1863アーミーだったが、
先行していたレミントンやコルト程の
信頼を得ることはなかったようだ。
19世紀中頃。日本でいうならば明治時代。
パーカッション式も金属薬莢式も、
回転式連発拳銃の初期においては、ダブル
アクションはかなりの発案だが、どうも
堅牢な構造を発明するには至らなかった
ようだ。
但し、完全作動したならば、引鉄を引く
だけのダブルアクション構造は極めて戦闘力
が高かったことだろう。
だが、リボルバーのダブルアクションが
信頼できる構造になった頃、時代はすでに
オートマティック拳銃の時代になっていた。
作動不良が起こりにくいリボルバーは、
主として警察用に使用されるようになった。
映画『許されざる者』で、悪の道から足を
洗って堅気になって十数年が過ぎた老齢の
元ガンマンにスターを持たせたのは、クリ
ント・イーストウッドの暗喩としての演出
だろう。「かつてのスターは時代遅れで
しかも本当は本質はポンコツだった」という
例えだろう。
この映画は、出だしののっけから、人間を
描いた西部劇であり、旧来のハリウッド
ウエスタンの勧善懲悪物ではない。
何が人の世で一体本当の悪であるのか。
とても深く、良い映画作品だ。
クリント・イーストウッドを拾い上げて
檜舞台に送った恩人であるリチャード・
ハリスが鼻持ちならない英国人ガンマン
のイングリッシュ・ボブとして出演して
いる。
リチャード・ハリスは『ワイルドギース』
(1978)での傭兵部隊の頭脳の副隊長役
が素晴らしかったが、この映画でもかなり
良い演技を見せている。
イングリッシュ・ボブの愛銃は.45コルト
シングルアクションのニッケルメッキ
モデル(5.5インチ銃身)とサイドアーム
としてウェブリー.32ブルドッグを所持して
いた。
この作品は、イングリッシュ・ボブの
コルトSAAは黒色火薬モデルを正確に
再現している。
シリンダースクリューの止めネジが
左右貫通式になるのはもっとずっと後
の時代のことだ。つまり、多くの西部劇
では、その時代には存在しないコルト
SAAを使用していることになる。
『クイック・アンド・デッド』のように
時代考証がしっかりした西部劇はあまり
無い。
これはウィンチェスターのM1892をM73
の代用で登場させる事が西部劇では多く
見られることにも代表される。コルト
SAAも2ndバージョン以降の物を多くの
作品は使い(というか殆どがそう)、
ライフルもM92を使う。それは、日本の
戦国時代が舞台の時代劇に幕末突兵拵え
が登場するような物で、本来はあり得
ない。
邦画でも似たような物で、鞍馬天狗が
1900年代のダブルアクションリボルバー
を使っていたりした作品は多くある。
竜馬がコルトSAAピースメーカーを
使っていたりとか。
言ってみれば、太平洋戦争が舞台の
映画にシグザウエルが出てくるような
もので、明らかに、おかしいのである。
戦闘機ならば何でもいいやと、第二次
大戦を描いた映画でファントムが飛んで
いたらおかしいように。
コルトSAAの1stジェネレーションはこの
ようにフレーム前部から斜め上にシリ
ンダースクリューストップピンがねじ
込まれるタイプだ。その為、無煙火薬
モデルのようにシリンダーをワンタッチ
ですぐには外せなかった。
ボブは賞金稼ぎとして町に入った途端に
暴力保安官であるリトルビル(ジーン・
ハックマン)に半殺しのリンチに遭って
投獄される。
罪状は銃の持ち込みだ。
ビッグ・ウィスキーの町は、布告14条に
より一切の銃器持ち込みを禁じられて
おり、拳銃とライフルは郡役所に預けろ
と町の入り口に看板が立てられている。
ボブは銃など持っていないと偽り、その
罪により死にそうな暴行を受けて保安官
により投獄された。
町から追放されるときにコルトは返して
貰うが、銃身は鍛冶屋で曲げられて銃と
しては廃物にされた。
しかも、ブルドッグは返して貰えなかっ
た。
イングリッシュ・ボブは日本語に翻訳
できないほどの汚い言葉をアメリカ人
たちに投げつけて駅馬車で町を去る。
殺されなかっただけましだった。
娼婦をナイフで切り刻んだカウボーイ
を仕留めるために娼婦に雇われた賞金
稼ぎたちは皆リトルビルに殺されて
いたからだ。
この時のジーン・ハックマンはまるで
『クイック・アンド・デッド』(1995)
で町を牛耳る悪徳資本家ガンマンである
へロッドそのもののように見える。
映画『許されざる者』は人の心の悪、人の
世の悪とは一体何が本当の悪であるのか
を問いかける素晴らしい映画作品だ。
これはアカデミー賞も獲る。
子どものために金を作ろうと賞金稼ぎに
なったウィリーが相棒の旧友のネッドと
野営をするシーンがある。
その時、ウィリーは過去に殺した若者の
事を思い出して悔恨の情をネッドに吐露
する。
その時に、『夕陽のガンマン』のテーマ曲
で使われた楽器の音が微かに遠くに聴こ
える。ほんの微かな音だ。
ビョンビョンというあの音。
あれは口琴だ。英語ではジューズハープ
という。ユダヤ起源説があるが日本にも
ある。日本といっても日本原住民とも
いえるアイヌの楽器だ。アイヌ語では
ムックリという。
このシーンで、その音をほんの聴き取れる
か取れないか程の音量で効果音で短く流す。
賞金稼ぎの存在の是非を問う、クリント・
イーストウッド自身のセルフオマージュ
としての静かな演出なのだろう。
さらっと映画を観る人たちで気づく人は
殆どいないだろうが、オスカー選考委員
たちは聴き逃してはいない筈だ。
彼らは針の孔をも通すような目と耳で
作品の表現描写全てを観ているからだ。