私のコルトネービー。(レプリカガン
1973年MGC製。フラスコと銃弾
プレッサーは実物米国製。雷管は
MGC製)
ネービーは見方によってはSAAより
も美しいと思える。
南北戦争時の米軍(北軍)制式拳銃。
コルトSAAもネービーもアーミー
も軍用銃だ。
このコルトネービー型は幕末に日本
にも大量に入荷し、佐幕倒幕関係な
く多くの武士に愛用されたし、日本
の職人技術でフルコピーも作られた。
桜田門外ノ変で襲撃者の発砲した
拳銃はコルトコピーだと云われて
いる。
坂本龍馬がコルトSAAのバント
ラインスペシャルを持つんは、
あり得んがぜよ。
これはしどいが、もっとしどいの
は戦後の時代劇での鞍馬天狗とか
ね。
ダブルアクションのリボルバー
持ってたりする(笑
もういっそ光線銃でもいいじゃん、
みたいな。
他にも時代劇で坂本龍馬にSAA
を持たせるバカチン演出がとて
も多かったりする。
映像表現でこういうのはやっては
絶対に駄目。
戦国時代の武士の刀に夏雄の鍔が
着いていてもなかなか判別は難し
いし、虎徹が登場してもそれとは
分からない。それは確かに。
でも、戦国時代にUZIサブマシン
ガンが出てきたらおかしいでしょ?
時代劇の戦国時代の武将の会話で
もこんなの↓とかあったりとかも。
「卒爾ながらそこもとの御差料は?」
「や、それがしの腰の物は源清麿に
ござる」
「やあ、いかさま。さすが切れ物
をご存知の目利きにござるな」
「わっはっは。粗忽者の武辺者、
お恥ずかしゅうござる」
なんて会話があったらおかしいで
しょう?
つまり、言葉の上辺だけそれら
しくなぞっても、中身に齟齬あ
るならば全て台無しになるのよ。
それと同じで、銃ならなんでもいい
とする日本やアメリカのテケトンさ
は映像作品を一気にチャチにする。
アメリカのテレビドラマで、タイム
マシンで1871年に飛ぶ回があって、
正確にその時代の物を身に着けな
いと、とか言ってて、1873年登場
のコルトSAAを未来コンピュータ
に作らせていた。しかもクローム
メッキの。
アメリカのドラマは幼児向けのよう
なチャチな作が多い。コミックが
幼年の子ども向けであるように。
作りも安直で中身も幼稚な物が
殆どだ。
そして、タイムトラベルという重要
なテーマなのに超デタラメのテケトン。
で、そのドラマではタイムトラベル
して日本の武士の時代にも飛ぶ。
いつの時代か全く分からない。
フジヤマ、ゲイシャ、ニンジャ、
オウ!ジャパーン!イェ〜イ!
の映像だからだ。
アメリカン、雑に過ぎる。
日本人は真似しないほうがいいと
思う。
世の中、相手が誰であれ、良い
とこ見習って、悪い質性のものは
避けたほうがいい。
昨夜観た邦画で、あ、これあかん
やつというのがあった。
戦後間もない時代が舞台の実話を
基にした有名な映画作品だ。
映画の中で出て来た乗り合いバス
が普通のキャブオーバーバスだった。
日本初のキャブオーバーを開発し
たのは私の父だが、それまでは
全てトラックもバスもボンネット
式だ。
開発したキャブオーバーは都バスと
はとバスに採用され日産が製造を
担当した。
国内初の低床バスも私の父が開発
したが、それもはとバスと都バス
に採用。
ボンネットバスしか無い時代を
描いた映像作品で今と同じキャブ
オーバーバスを登場させて、それ
で作品を「名作」と呼ぶのはどう
かと思う。作りが雑過ぎはしない
か。
国産キャブオーバーは、米国の
スクールバスをヒントにキャビン
をエンジンより前に設置する改造
から入り、専用設計に移行した。
今ではキャブオーバーがトラック
とバスの常識となっている。