渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

鍛造刃物 ~焼き入れについて~ (2012年9月記事再掲)

2024年06月24日 | open

ここ10年ほどで気づいたこと。
ナイフマガジンなどで鍛造刃物
特集が組まれたりしたせいか、
趣味で炭素鋼を使って鍛造刃物
を作ることが流行っているよう
だ。(2012年現在)
炭素鋼は簡易炉ともいえる七輪
でも焼入れが可能だ。
ただし、然るべき冶金の専門書
籍を熟読したり、確かな鍛冶職
から直接情報を得たりすること
をせずに、インターネットだけ
の情報で鍛造刃物の製作に手を
出す人が多いように見受けられ
る。
私は専門職の鍛冶屋ではないの
で偉そうなことは言えないが、
ネットだけで情報を得た人たち
に共通することは、絶対に外し
てはならないコトガラに対して
無頓着で、思いつきや無知のま
ま熱処理の作業などをしている
ことが指摘できる。
そして、そのような方々はどの
方も熱処理作業工程で失敗して
いる。
冶金学を専門的に学ばなくとも、
きちんと「法則」について知悉
していないと、必ず失敗する。
釘の打ち方も知らないのに家を
建てることはできない。それと
同じだ。

ネット情報は玉石混淆なので取
捨選択する「読む側の力」が必
要となるし、また、大切なこと
はあまりネットなどには出てい
ない。

ネットを見ていると、焼入れの
際の炭を備長炭で焼き入れした
り、私からすると薪のような考
えられない大きさの炭で焼入れ
を試みるなど、目も当てられな
いケースが多い。「炭切り3年」
と言われている意味が解って
いない。というかそういう言葉
も知らないのだろう。だから炭
を切らずにそのままバーベキュー
でもやるが如く丸投げで使う。
知らないことを思いつきでやり
上げても失敗の問題解決にはな
らない。
知らなければ知ろうとする意欲
がないと何事も目標には到達し
ない。
まして、炭素鋼でない軟鉄で焼
入れをしようとしている人たち
もいて、言葉を失う。
また、焼き入れにしても、「冷
却水」という言葉がよくないの
か、冷水で焼き入れして焼き割
れを起こしたり、逆に油焼き入
れで油を適温まで加熱せずに冷
油のまま赤めた鋼材を突っ込ん
だり、もうちぐはぐさに「どう
してそうするの?」「なぜそう
したの?」「それの意味は?」
などと正直言って思ってしまう。

英語やフランス語は温度に関係
なく「水」でしかないが、日本
語は感覚的な温度により「水」
は「湯」という表現に変わる。
焼き入れの際の冷却水の「水」
とは広義においてのH2Oのこと
を指しているのである。
具志堅用高さんの好物は「ホッ
トアイスコーヒー」だそうで、
それをTVで紹介されたとき、
出演者たちは笑っていたが、
具志堅さんは不思議そうな顔を
していた。私は具志堅さんの感
性はいいなぁと思った。具志堅
さんはウチナンチューだが、日
本語の感覚としては英仏のよう
に「水」で大括りすることをし
ない。日本語には水があり、冷
水(れいすい/ひやみず)があり、
湯があり、ぬるま湯があり、煮
え湯がある。
炭素鋼の刃物の焼き入れに使う
水は「ぬるま湯」であるのだ。
焼入液に水を使った場合の温度
は10℃~30℃の範囲、油の場合
は60℃~80℃を保持する。この
温度こそが、古来から秘伝とさ
れた「湯加減」というものだが、
冶金学的に科学的な数値として
は上記のような温度粋になる。
これを外すと適正な焼きは入ら
ない。何らかの不具合が必ず出
る。

最低限、「炭素鋼」、「変態」、
「変態点」については理解して
いないと話にならないし、その
他にも沢山知っておくべきこと
がある。
作業を円滑に進める鍛造の手業
も大切だが、熱処理や鍛造その
もののに関する基本的な知識が
ないと、「何のために何をする
のか」ということが分からなく
なるだろうと思うが、生半可な
誤った知識のままエイヤッで
やってしまう人たちが多いのは
事実のようだ。

鍛冶鍛錬はすべての一動作に
「意味」がある。意味のない
ことは一切しない。
だから、「何のために何をする
か」ということが自分の中で整
理されていないと、やっている
ことが意味不明になる。
ゆっくりやるべきところを粗雑
にパッパッとやったり、逆に俊
敏に進めなければならない作業
工程をのんびりとのろまを決め
込んでいたりしたのではまった
く作るものは形にならない。
とにかく「勉強」が必要だ。
知識と実践という両面について
「勉強」が必要だ。
「愚者は経験に学び賢者は歴史
に学ぶ」というのがてきんめん
に現れるのが人が鉄と接すると
きだ。

焼き入れという熱処理において、
鍛造刃物の製作者ならば誰でも
知っていることだろうが、一応
図で最低限のことを示しておく。


鋼をオーステナイト化させる
変態点まで過熱し、急冷すれ
ば鋼の立方格子が一気に「変
態」して焼きが入る。鋼内部
ではいわゆるマルテンサイト
変態が起きる。
その際に、鋼は一度縮んでか
ら冷却時の変態点を過ぎて急
激に膨張する。日本刀などは
この変化を利用して「反り」
をつけている。
刀身は、一度刃側に縮んでか
ら後、棟側にグーンと反り返
っていく。

このときのストレスに耐えら
れなくなったら、亀裂という
焼き割れが入る。急冷した瞬
間には割れは出ない。マルテ
ンサイトが膨張する際に割れる。
これは何も日本刀だけではな
く、炭素鋼全般に当てはまる。
切先から先に湯に投入したら
切先から焼きが入るし、刃を
下にしたら刃側から焼きが入
る。
さらに、焼き刃土の置き方、
引き方によって、早く冷える
部分から変態が始まる。入湯
の角度によっては真横に90度
近くまで曲がる反りが出てし
まうこともある(私が主催し
たキャンプ場での鍛造刃物焼
き入れ会や刀工の鍛冶場で実
見済み)。
焼入れによる熱処理はある意
味鋼に急激な無理な動きをさ
せていることになるので、そ
の影響を受けやすい弱い部分
はもろにそのストレスに曝さ
れる。
鋼は焼き入れ後も焼き戻し後
も「元に戻ろう、戻ろう」と
して変化している。肉眼では
見えないところで鋼は動いて
いる。
微妙なところで鋼は「均衡」
を保つように人間によって手
が加えられた物だ。
だから、その均衡が崩れたとき、
焼き戻しから数日たった頃で
さえもピキンという音と共に
割れが生じたりすることもある。
刃物としての鋼が安定するには
数年を要するといわれているし、
千年経とうとも炭素鋼の刃物は
「元に戻ろう」と動いている。
日本刀の刃文(マルテンサイト
部分)は数万年で完全に消失す
ると学術的にはいわれている。

焼き入れの際の割れについて
は、事前にほんの少しの加工
を焼き入れ対象物に施してあ
げることで、変態によって起
きる影響を極力少なくしてや
ることができる。
角が立っている部分は、変態
による影響を受けやすい。だ
から、焼き入れ前の整形で丁
寧に丸くツルツルに仕上げて
やる。しかも均一に丁寧に同
じ比率の丸味をつけてやる。
焼き入れ前の整形した刃物(こ
れから刃物に変身する物)の
刃先に「焼き代」を作るのは
常識だが、ここを丸く綺麗に
仕上げてやるだけで焼き割れ
は大幅に防げる。

舟と呼ばれる水桶(実は水では
なく20℃前後のぬるま湯。古来
よりその温度は「湯加減」と呼
ばれ、熱処理における大切な条
件のひとつだった)に冷却のた
めに入湯させる際の刃物の進入
角度も焼きに大きな影響を及ぼ
すので細心の注意を払う必要が
ある。
槍のような長い物で反りをつけ
たくない物は竹のような筒に湯
を張り、真下に投入したりの工
夫が必要となる。
本当は焼き入れ前の整形の形状
以外に多くの要素が複合的に影
響しあって「割れ」は起こるの
であるが、コーナーの角を丁寧
に取るだけである程度割れは防
げる。
ただ、「残留応力」の影響も多
分にあるので、ベルトサンダー
などで片側のみ削りまくったり
した場合は大抵失敗する。
刀工が刀を整形する際に手作業
でセンをかけることには大きな
意味が含まれている。

鍛造や熱処理については、最低
限の基本的知識が必要だ。
最近は、英単語の動詞 go の
過去形を知らなくとも(つまり
英語の過去形そのものも知らな
い)入学できる大学があるよう
だが、それでも卒業したら文科
省が認める「学士」だ。
だが、中学一年の英語力がない
者と宇宙船を飛ばす仕事に就く
者が学歴としては一緒というの
は、やはり何かがおかしいよう
に思える。
学歴ではなく、実力としてどう
なのか、学識として中身がどう
なのかが大切な本質のような気
がする。学識を学力と置き換え
てもよい。
鍛造刃物の熱処理の場合はどう
か。
新潟の故岩崎航介刀工のように
大学の工学部で冶金学を学ばん
と東京大学に入学しなおすケー
スというのは特異だが、そこま
でしなくとも最低限の知識は
「物作り」の際には必要となる。

かといって、専門職の鍛冶屋が
すべて冶金学的に適切な処理を
適切な知識によって行っている
かというとそうでもないケース
もある。
かつて、こんなことがあった。
私はビリヤードのキュー先の
タップを整形するために使う
「皮裁ち包丁」を「町の鍛冶
屋」に頼んだことがある。
使う鋼の種類を尋ねたら「鋼
だ」としか答えない。
まあ、これはこれでもいい。
自分が使う鋼の性質にさえ精通
していればいいと思った。
できるかできないか尋ねたら
「できる」と言うので3丁作っ
てもらうことにした。
でき上がった皮裁ち包丁でキュー
のタップを切ったらボロリと刃
がかけた。
他の2丁は友人に進呈していた
が、不安になり電話したら「刃
こぼれして使えない」とのこと
だった。
軽率に出所不明(不明ではない
のだが)の刃物を人にあげるこ
との愚かさを恥じて友人に詫び
た。
市内の町の鍛冶屋に文句を言う
つもりもなかったが、後日、鍛
冶屋の前を通った時、別な作業
をしているのを見た。キンキン
に鋼を加熱しまくって(溶ける
寸前まで)から叩いていた。
こりゃ駄目だと思っった。
デッドスチールにしてしまって
いるからだ。


趣味で鍛造刃物を作る人は本職
ではないにしろ、最低限の知識
は持っておかないと、失敗の可
能性が限りなく高くなる。
以下の書籍をおすすめする。

このうち、左の『熱処理のお
はなし』(大和久重雄/日本規
格協会)だけは最低限読んで
おくことを切にすすめる。

一部引用紹介してみよう。
「1100℃以上に加熱するとたい
ていの鋼は粗粒となるので,こ
れを加熱(オーバーヒート)と
いい,これは避けるようにして
います.オーバーヒート以上に
加熱すると,結晶粒界が溶解し
始めます.こうなると鋼の表面
から火花が出るようになります.
この状態を燃焼(バーニング)
といいます.これでは鋼は使い
ものにならず,死んだと同様な
ので,死鋼(デッド・スチール)
といいます.
 オーバーヒートした鋼は火造
りしたり,熱処理によって回復
することができます.
オーバーヒートしたと思ったら,
いったん火色がなくなる温度
(黒づく温度,約550℃)まで下
げてからA1変態点以上に再加熱
すればよいのです.これを結晶
粒の調整(グレーン,リファイ
ニング)といいます.」

この後、「鋼の結晶粒に及ぼす
熱処理の影響」の図を示しなが
ら、鋼の火造加工の「外しては
ならないこと」について分かり
やすく解説している。
他にも、全204ページに渡り、
大切なことを簡易な文章で、図
や写真を示しながら熱処理につ
いて網羅して解説している。

たぶん、多くの鍛造に関わる人
たちはこの書を読んではいるの
だろうが、趣味で鍛造刃物を作
ってみようとしている方々には
必読の書なのではないだろうか。
1982年初版。私は1994年発行の
第21刷を持っている。
鍛造刃物を手がけない方でも、
刃物や日本刀に興味がある方に
は読み物としても十分に面白い
書であるので、ぜひ推奨したい。
(定価1200円/税別)

Amazon 『熱処理のおはなし』


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