渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

横浜市電

2021年11月11日 | open


どこに行くにも便利だった。








私が小6の1972年4月に横浜市電
は完全廃止となった。寂しい限り。
廃止前に横浜駅から三ツ沢方面へ
の路線のみはトロリーバス(電気
バス)なっていた。
そのトロリーバスも何度も乗った。
トロリーバスの乗り心地は、ガタ
ゴトがない路面電車という感じ。
加速するとルーッという音が車内
に響くのはちんちん電車と同じだ。
東京の池袋駅前にもトロリーバスが
走っていた。

路面電車やトロリーバスのある風景
では、車両上部の中空に電線が走っ
ている。道路の上の空に。
望月三起也先生が描いた漫画『ワイ
ルド7』の初期の横浜の風景では必
ずその空の架線が描かれていた。
路面電車のある街の風景だ。


地方都市では広島市や岡山市、熊本
市等、まだ路面電車が残っている都
市もある。風景として貴重だ。
東京でも、まだ一部のみ路面電車区
間がある都電荒川線が残っている。
新宿区早稲田から荒川区三ノ輪まで。
線路にはまるとバイクはまず転ぶの
要注意。


高校時代、毎日見ていた風景。
このガード下に国電王子駅改札口が
ある。朝の待ち合わせはそこだった。


王子は都内北部では、京浜線が南北
に走り、東西に走る都電・都バスと
交差するクロスロードだった。
駅西側の飛鳥山公園は桜の名所で、
将軍吉宗が江戸郊外の観光地として
江戸市民に開放した。
幕藩体制当時、庶民が花見をするの
は厳禁だった。
特例の王子飛鳥山公園は、花見時期
には大変な人出で賑わったという。
江戸御府内外では稀だ。
極端な例は尾張徳川家の下屋敷の
現新宿区戸山公園で、幕府に何かと
楯突く尾張殿は藩邸内にテーマパー
クのようなミニ市街地を作り、町人
たちも往来させ、そこで使う独自
通貨の藩札も発行して独立国かの
うな事をしていた。
そうした素行であるので、尾張徳川
家からは最後まで将軍職になる者は
出なかった。本来なら一般大名であ
るならばお取り潰しの改易にしたい
ところ、家康子孫の御三家であるの
で注意するにとどまり、幕府も尾張
殿は目の上のたんこぶだったようだ。
尾張徳川家御指南番の柳生家と将軍
家御指南番の江戸柳生家の確執も、
単なる武芸流派の正統本家争いでは
なく、そうした政治背景もあったの
ではなかろうか。


飛鳥山公園。






路面電車の走る街、東京。
横浜はちんちん電車が消滅してしま
ったので寂しい。


紅葉

2021年11月11日 | open


なぜ木々の葉は緑色なのか。
なぜ落葉樹は落葉するのか。
なぜ落葉樹の葉は紅葉するのか。

こういうことは学校に行かないと、
絶対に生まれたままでは知り得い。
知らないままだと、野生動物と大差
なくなる。知の獲得が不在だからだ。
知がないと知恵も生まれず、理知
知見も生じない。人としての社会
閉塞する。
学校教育は大切。