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初心者の老人です

75才になって初めてVISTAを始めました。

鹿島清兵衛

2012年07月11日 22時15分29秒 | Weblog


写真が発明されました

ガラス乾板やシートフィルムに

露光して現像処理をして原板を作ります



現像処理した陰画のガラス乾板や

シートフィルムに印画紙を

密着露光してプリント(陽画)を

作っていました



出来上がったプリントで

大きいサイズが欲しいときは

大きな乾板やシートフィルムが扱える

大きなカメラが必要でした



明治時代に鹿島清兵衛という桁外れの

写真大尽がいました



清兵衛は九代目市川團十郎のお祝儀に等身大の写真を

贈ろうと考えました



昔ですから、引き伸ばし印画はありません。

密着プリントの等身大の写真です



等身大の密着プリントを作ろうというのですから

等身大のカメラを作らなくてはなりません

そして、そのカメラに装填する等身大のガラス乾板を

作らなくてはなりません…










テレビドラマで記念写真

2012年07月10日 22時14分07秒 | Weblog


テレビドラマ完成でスタッフ

キャストの記念写真は

テレビドラマスチール写真

担当カメラマンが撮りました



映画の記念写真と違ったのは

カメラマンが用意するカメラでした



記念写真の人数が大勢ですから

鮮鋭な描写のブロニーサイズの

中判カメラで脚立にのぼって撮影していました



その後、いつからか35ミリ一眼レフを

使っていました



記念写真の仕上がりサイズは

映画の記念写真に習って

白黒のギャビネサイズ(2L判)でした



テレビドラマはモノクロからカラーになりました



テレビドラマがカラーになって

記念写真も黒白プリントから

カラープリントになりました



カラーネガ処理、カラープリントは

普通の暗室では無理です



Mカメラマンは契約している

ラボに処理一切、出していたようです












テレビドラマのスケジュール

2012年07月09日 21時37分11秒 | Weblog


テレビドラマの制作は

テレビが録画可能になって

テレビドラマも部分撮りが始まりました

1時間~2時間ドラマ録画のスケジュールは

大体3日間でした



最初Aスタジオのセットでドライリハーサル

照明のセッティングなどから始まって

1日目録画撮りが行われます



2日目に隣のBスタジオに

移動して録画撮りが行われます

2日目、Bスタジオで

録画撮りが行われている間に

最初のAスタジオでは次のセットに

建て替えられています



ドラマスケジュール3日目に

Aスタジオに戻って

録画が終わると1本の

ドラマが出来上がります



テレビドラマ制作のスタッフ、キャスト(俳優)

は縁あって集まって仕事をします



映画の記念写真にならって、いつの間にか

テレビドラマのスタッフ、キャストが

スタジオに集まって

記念写真を撮る習わしになりました








映画の記念写真

2012年07月08日 23時24分14秒 | Weblog


映画の制作日数は二本立ての

添え物作品で大体20日間

本編で1カ月から数カ月掛かります



1本の映画のキャストは勿論ですが

制作スタッフもよほどのことがない限り

制作中に変更はありません



1本の映画の縁で集ったスタッフ

キャスト(俳優)は

その映画の完成が近づくと

家族のようになっていきます



折角、縁あって集まったスタッフ、キャスト

ですから、映画制作を記念して

一同で記念写真を撮るように

なりました



映画完成間近になると出番のなくなった

契約の俳優さんは

次々と撮影所から去っていきます



記念写真を撮る時期は、

一番俳優さんの集まっている

ときに、撮影所のセットを背景に

スチール写真担当の

カメラマンが撮ります



カメラは、組立暗箱のガラス乾板で

「用意…1…2…3…」と

カメラマンはゴム球を握る

B(バルブ)シャッターです



監督さん、チーフ助監督、キャメラマン

その他スタッフに主演男優、女優さん

その他俳優さんにチョークで映画の題名が

書かれた小さな黒板を

入れ込んで大勢の関係者が集います



記念写真を受けとってよく見ると

関係のない人が写っていたことがありました

ふざけて記念写真に紛れ込んだのでしょう











マミヤフレックス330

2012年07月07日 23時42分07秒 | Weblog


テレビが始まったころ

教養番組の一つとして

料理番組が各テレビ局で

ありました

… … …

料理家の辻徳光、勲さん

日本料理先生の土井勝さん

西洋料理の井上幸作さん

が担当される豪華な

料理番組でした



料理番組の視聴者の

主婦や若い女性を対象に

テレビ局は料理番組の

テキストを発行していました

そのテキストに載せる料理の

盛り付け写真を

プロカメラマンのYさんの

担当でした



カメラマンYさんは

マミヤ二眼レフ330を使っていました



番組で料理の先生はレシピを紹介して

料理を段取りよく仕上げていきます

10分ほどして料理は仕上がります

盛り付けされた料理を

「これで出来上がりです…」

とテレビカメラの方に差し出されます

このショットが番組のエンディングになります



その盛り付けされた出来上がりを

放送が終わってから、テキスト用に

Yカメラマンはスタジオの隅で

撮っていました










ニコンF-801

2012年07月06日 21時26分35秒 | Weblog


私の写真の趣味は写真を撮ることより

新発売のカメラが気になる性分です

しかし、私はオートフォーカスカメラに

乗り遅れていました

とりあえず、ニコンF-501用の

中古AFニッコールズームレンズ

(24~50ミリ)を入手しました



この中古AFレンズを

ニコンEM(マニュアルフォーカス機)に

つけてマニュアルで使ってみました



このズームレンズ(24~50ミリ)の

ピントはピリッとして優秀でした



ミノルタのαショックを受けた

ニコンは初のオートフォーカス機

F-501(29年前)が発売されましたが

私は次のF-801(26年前)を購入しました



先に手に入れたオートフォーカスズームレンズ

は初めてAF機と合体しました



カメラを覗いて、ズームレンズで構図を決めて

その位置でピントが合焦してシャッターが切れます

感激しました



写真雑誌の新機種紹介のコーナーで

各カメラメーカーのオートフォーカスの遅速を

問題にしていましたが、合焦に多少時間がかかっても

何とも便利で夢のような機構でした



世の中にAFカメラが無かったら

すっかり視力が落ちた私のカメラ人生は

とっくに終わっていたでしょう











ミノルタα9000

2012年07月05日 21時50分13秒 | Weblog


テレビのスチール写真担当の

ブロカメラマンMさんは

自動焦点のミノルタα9000に

ズームレンズを装着して

使い出しました



ズームレンズはズームを動かして

画面を整えてその場所(位置)で

ピントを合わせられます



ズームレンズが発売されたころ

マニュアルフォーカスの一眼レフで

レンズのピントを合わせるのに

レンズをズーム一杯の望遠側で

ピントを合わせてからズームをワイド側の

画角に戻して使用していました



そこでズームレンズの望遠側から

広角側までの焦点移動が問題にされていました



オートフォーカス一眼レフの登場で

ズームレンズの焦点移動を気にすることなく

手軽に使えるようになりました



AE(自動露光)カメラ、モータードライブ

カメラ、の出現の時もそうでしたが



写真雑誌上のプロカメラマン、批評家らで

ズームレンズと単焦点レンズのどちらが良いか

とかオートフォーカスカメラの

是非の激論がありましたが

… … …

いつの間にかこれら論評は静かになりました









ジャスピン・コニカ

2012年07月04日 23時08分15秒 | Weblog


コニカからすごいカメラが発表されます

カメラ業界の夢だった自動焦点カメラが

発売されました



ストロボ内蔵のコンパクトカメラ(銀塩)

大ヒット、ピッカリコニカの続編

ジャスピンコニカが77年(35年前)に発売されました



ミノルタ(旧千代田光学)から一眼レフ(銀塩)

自動焦点α-7000が85年(27年前)

発売されました

自動焦点の交換レンズ数本もあります

AF(オート・フォーカス)は位相差式です

この7000でミノルタの株価にも

影響するベストセラー機でした



世の多くのアマチュアカメラマンが

このミノルタαに乗り換えるほどの世界的な

大ベストセラーになりました



テレビドラマのスチール写真を担当している

プロカメラマンMさんは遂に

このミノルタの自動焦点機に

乗り換える決心をしました



α7000と同時に発売された

プロ用AFカメラ、モータードライブ付き

αー9000を購入して

私に見せてくれました



α9000はカメラのあちこちに

電池が装填されてすごいカメラでした










ニコンF3

2012年07月03日 22時42分55秒 | Weblog


露出計の付いたカメラで

写真をとるときに

露出のことは考えなくて

レンズのピントとフレーム

(構図)を考えるだけになるので

カメラマンの負担が軽くなりました



ニコンF2フォトミックを使うカメラマンが

増えていきました



テレビドラマのスチール写真担当の

Mカメラマンは次にニコンF3を使い始めました



ニコンF3にモータードライブをつけて

使うようになりました



もっとも、F3モータードライブは

プロの写真界に広まっていきました



その状況を写真家小久保善吉氏は

安易にモータードライブを使いすぎると

苦言を呈していました










ニコンF2・フォトミック

2012年07月02日 19時34分19秒 | Weblog


Mカメラマンは二、三の仲間とM写真工房を

退職してテレビ局の近くのビルに

仕事場(暗室)を設けて

独立しました。



Mカメラマンはプロフェッショナルですから

Mさんを通じてプロの写真界の噂話が聞けました



MカメラマンはニコンFを使っていました

いつの間にか、ニコンF2になっていました

しかも、フォトミックファインダー付きです

このフォトミックファインダーは露出計です



露出計を搭載したアマチュア用カメラは

数多くありました

プロカメラマンには長年培った露出の勘がある

それを機械に置き換えるなんて

まさか露出計付きのカメラをプロカメラマンが

使えるかが写真界の雰囲気でした



その露出計つきニコンF2フォトミックを

プロカメラマンのMさんはテレビドラマの

スチール写真撮りに

使い出したのです