二日目。
朝のうちに無料で見学できるところを回ることにする。
今回、とても沢山の高校生らしき若者とすれ違った。学校があるのかと思ったら
早稲田系属佐賀学園があった。中高一貫である。宿の中居さん曰く、寮があるので東京や福岡からも入学する生徒がいるそうだ。
入学式や懇談の時はお宿も満室になるらしい。
このほぼ城内にある場所は幕末に藩校があった場所で高橋是清が18歳くらいで教え、東京駅、中之島公会堂などを設計した辰野金吾などが生徒でいたそうだ。廃藩置県ですぐにその藩校は無くなり、高橋是清も東京へ移ってしまうが、、、。
藩校の門が移築されて別の場所にあった。
中々歴史ある文教地区である。
時の太鼓
綺麗に整備されていた埋門ノ館
催し物がある時は貸し出されるようだ。
能舞台のような広間もある。
西ノ門館、曳山の蔵
ここは、お土産物屋さんとなって唐津焼きの各窯元の品を一度の見ることができる。
曳山の修理も行われていた。
唐津神社
珍しい狛犬
旧唐津銀行、辰野金吾が設計した名建築
入場無料だった。
往時の窓口がそのまま残っている。
今回唐津は何か所が無料で見学できるところが多くてびっくりした。とても綺麗に整備されていた。
前日休館だった中里太郎右衛門陶房に行く。
とてもきれいなお庭にギャラリーがある。
お茶室も
ここで陶板のヘアアクセサリーとブローチを見つける。帯留にするのは個性的でいい感じ。お土産候補にする。
道前茶御茶盌窯記念館。美術館になっている。ここは入館料410円。
残念ながら写真は撮れなかったが、唐津焼きの変遷が知れてとても面白かった。
ここでも館の方が説明をしてくれはってよく解った。
十三代目中里太郎右衛門は唐津焼きが低迷していた時に本来の唐津焼きを復活させ、大阪で展示会をしたときに大阪の「商売が上がったり」のことを「左前」というのを受けてそれ以来作品に出てくる動物や魚は全て右回りに装飾するように変えたそうだ。
ここはとても素敵な空間だった。
HPを貼っておきます。
今回の旅行、息子が2日目から参加することになっていた。
行くとは言ってもまた忙しかったみたいで、合流するまでハラハラした。
旦那が観たいと言うのでバスで名護屋城博物館に行くつもりだったが、息子も「行きたい。」
バスがそう何本もない。唐津のバスセンターで待ち合わせして直通バスに乗ることにした。
慌ただしくテイクアウトの昼食はホットサンドとカフェオレ。
もう朝晩御馳走を食べているのでこんなのでちょうどいい。
無事、息子とも会えて、バスで35分の名護屋城祉、博物館へ。
この日は前日とは打って変わってお天気に恵まれて最高の景色だった。
大きな素敵な建物である。
ここも協力金として100円だけ。基本無料だった。館内の資料は撮影禁止。
韓国との繋がりを感じる。
金の茶室が展示してあった。これは以前にMOA美術館で観たと思う。
それとは対照的な名護屋城内に秀吉が作った竹と草のプリミティブなお茶室
ここは受付に断ると入ることができた。イグサの香がした。
韓国からの観光客が団体で来てはった。
まだ沢山咲いていた山桜
とてもきれいな花だった。
海の向こうは対馬、その向こうは朝鮮半島である。
石垣だけは復元されていたが、かなり江戸時代に島原の乱の前例があるので徹底的に破壊された広大な名護屋城跡であった。
秀吉の文禄、慶長の戦いのために沢山の武将が陣を張り、7年に渡って居住した場所だ。
なんだか不思議。
晩春から初夏の美しさを堪能した場所だった。
ここでもお茶室を見学。入場料210円。
お庭
広大な借景
今は呈茶はしていないそうで、残念。
朝のうちに無料で見学できるところを回ることにする。
今回、とても沢山の高校生らしき若者とすれ違った。学校があるのかと思ったら
早稲田系属佐賀学園があった。中高一貫である。宿の中居さん曰く、寮があるので東京や福岡からも入学する生徒がいるそうだ。
入学式や懇談の時はお宿も満室になるらしい。
このほぼ城内にある場所は幕末に藩校があった場所で高橋是清が18歳くらいで教え、東京駅、中之島公会堂などを設計した辰野金吾などが生徒でいたそうだ。廃藩置県ですぐにその藩校は無くなり、高橋是清も東京へ移ってしまうが、、、。
藩校の門が移築されて別の場所にあった。
中々歴史ある文教地区である。
時の太鼓
綺麗に整備されていた埋門ノ館
催し物がある時は貸し出されるようだ。
能舞台のような広間もある。
西ノ門館、曳山の蔵
ここは、お土産物屋さんとなって唐津焼きの各窯元の品を一度の見ることができる。
曳山の修理も行われていた。
唐津神社
珍しい狛犬
旧唐津銀行、辰野金吾が設計した名建築
入場無料だった。
往時の窓口がそのまま残っている。
今回唐津は何か所が無料で見学できるところが多くてびっくりした。とても綺麗に整備されていた。
前日休館だった中里太郎右衛門陶房に行く。
とてもきれいなお庭にギャラリーがある。
お茶室も
ここで陶板のヘアアクセサリーとブローチを見つける。帯留にするのは個性的でいい感じ。お土産候補にする。
道前茶御茶盌窯記念館。美術館になっている。ここは入館料410円。
残念ながら写真は撮れなかったが、唐津焼きの変遷が知れてとても面白かった。
ここでも館の方が説明をしてくれはってよく解った。
十三代目中里太郎右衛門は唐津焼きが低迷していた時に本来の唐津焼きを復活させ、大阪で展示会をしたときに大阪の「商売が上がったり」のことを「左前」というのを受けてそれ以来作品に出てくる動物や魚は全て右回りに装飾するように変えたそうだ。
ここはとても素敵な空間だった。
HPを貼っておきます。
今回の旅行、息子が2日目から参加することになっていた。
行くとは言ってもまた忙しかったみたいで、合流するまでハラハラした。
旦那が観たいと言うのでバスで名護屋城博物館に行くつもりだったが、息子も「行きたい。」
バスがそう何本もない。唐津のバスセンターで待ち合わせして直通バスに乗ることにした。
慌ただしくテイクアウトの昼食はホットサンドとカフェオレ。
もう朝晩御馳走を食べているのでこんなのでちょうどいい。
無事、息子とも会えて、バスで35分の名護屋城祉、博物館へ。
この日は前日とは打って変わってお天気に恵まれて最高の景色だった。
大きな素敵な建物である。
ここも協力金として100円だけ。基本無料だった。館内の資料は撮影禁止。
韓国との繋がりを感じる。
金の茶室が展示してあった。これは以前にMOA美術館で観たと思う。
それとは対照的な名護屋城内に秀吉が作った竹と草のプリミティブなお茶室
ここは受付に断ると入ることができた。イグサの香がした。
韓国からの観光客が団体で来てはった。
まだ沢山咲いていた山桜
とてもきれいな花だった。
海の向こうは対馬、その向こうは朝鮮半島である。
石垣だけは復元されていたが、かなり江戸時代に島原の乱の前例があるので徹底的に破壊された広大な名護屋城跡であった。
秀吉の文禄、慶長の戦いのために沢山の武将が陣を張り、7年に渡って居住した場所だ。
なんだか不思議。
晩春から初夏の美しさを堪能した場所だった。
ここでもお茶室を見学。入場料210円。
お庭
広大な借景
今は呈茶はしていないそうで、残念。