叙事詩 人間賛歌

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「目覚める人・日蓮の弟子たち」三十七

2010年08月30日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 十一 

 雅子は、昨夜の小源太の態度を苦々しく思っていた。火事場に行こ
うとする義昭を雅子が、大事をとって引き止めたのを、小源太が無視
して行かせた事である。
 あの人は私の言うことなど聞いたことがない、と夫を不満に思って
いた。

 京の藤原一族の公家の娘だった雅子は、勝気でわがままいっぱいに
育った。四人姉妹の一番下だったせいもあって、両親も、年の離れて
いた三人の姉も、雅子の言うままに扱い可愛がっていたので、いつも
自分が中心でなければ気にいらなかったのだ。
意に沿わないことがあれば、機嫌が悪かったのである。

 政治の実権が武家に移ったとはいっても、長い伝統としきたりを重
んじる京の貴族階級の勢力は隠然として残っていた。

格式を重くみる京の貴族と実力本位の東国の武家の生活は、雅子のよ
うな生い立ちの者には馴染むのが難かしかったのだ。

寝る時も太刀を枕元に置いて放さない小源太との生活も、彼女には野
蛮な行為に映っていたのである。人と人が殺しあう武家の社会より
は、蹴鞠や和歌に明け暮れた京での生活に愛着を感じていた。
京育ちの三郎の妻かねと、時折会って都の話をするのが雅子の唯一の
慰めであった。

 

 寿光寺に火事があって住職が焼死した事件から二さんにち経ったあ
る日、小源太は彦四郎を供に名越に行くと言って館を出た。名越とい
うのは同じ北条一門の名越時安のことで、屋敷が名越にあったので名
越どのと呼ばれていた。
 小源太の娘且子が嫡男の知時に嫁いでいたのである。

続く