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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

『らんまん』東京編スタートで明かされた万太郎の「思い」

2023年05月16日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

『らんまん』

東京編スタートで明かされた、

万太郎の「思い」とは?

 

「東京編」がスタートした、NHK連続テレビ小説『らんまん』。

先週は、主人公・槙野万太郎(神木隆之介)の「思い」がくっきりと描かれました。

万太郎と竹雄(志尊淳)は、東京の新橋駅に降り立ちます。

博物館を訪ねて、東大の植物学教室への紹介状を入手。

大量の植物標本のために難航する下宿探し。

特別な標本を入れたトランクの盗難。

その行方を追う中で出会ったのが、「十徳(じゅっとく)長屋」です。

十徳長屋で・・・

万太郎と竹雄(志尊淳)は、この長屋で暮らすことになるのですが、そこには様々な人が住んでいました。

その一人で、元彰義隊の生き残りである倉木隼人(大東駿介)は、万太郎のトランクを持ち去った張本人です。

万太郎は、標本を返してくれたら、お金を払うと言いました。

すると倉木が、逆切れしたように万太郎を問い詰めます。

「なぜ雑草に金を払う!?」

なぜなら、

「誰の目にも入らねえ。入ったとしても、疎(うと)まれ、踏みにじられ、踏みにじったことさえ、誰も覚えていねえ。雑草なんか、生えていてもしょうがねえだろうが」

「雑草という草はない」

万太郎は、こう答えました。

「雑草ゆう草はないき。必ず名がある。天から与えられ、もって生まれた唯一無二の名があるはずじゃ。まだ見つかっていない草花なら、わしが名付ける!」

雑草という草はない。

それは万太郎のモデルである、牧野富太郎の言葉です。

万太郎が続けます。

「草花に値打ちがないと、人が決めつけるな!」

「生きる理由、生きる意味」

そして、

「わしは楽しみじゃ。わしが出会おうたもんが、何もんかを知ることが。わしは信じちゅうき。どの草花にも必ずそこで生きる理由がある! この世に咲く意味が必ずある!」

長屋で暮らしているのは、貧しく名もなき市井の人々です。

しかし、草花がそうであるように、ヒトにも生きる理由、生きることの意味がある。

自分だけでなく、他者の人生をも大切にする、万太郎らしい「思い」です。

「一期一会」

万太郎は、よく草花と会話をしています。

もちろん、一方的に話しかけているように見えるのですが、万太郎にとってはヒトと会話するのと変わりません。

そんな様子を微笑ましく眺めていたのが、再会した寿恵子(浜辺美波)でした。

万太郎が寿恵子に言います。

「植物がどこにでもあると思うでしょ? けど、会えるがは一期一会です」

一期一会は、人間に対してだけではないんですね。

「植物には足がないき、一度根付いたら、そこで咲いて枯れます。ほんじゃき、その草花に会いたかったら、こちらから出向かないかん。でも、必ず会えるわけじゃない。お日さんや風の具合で咲かんこともある」

「同じものは二つとない」

さらに、

「ありふれた草花にも同じものは二つとない! わしにとっては、こうして出会えたことが、もう奇跡だがです。今、この時、この場所で、せっかく出会えたき。今を焼き付けとうて(たくて)、べらべら話しているんです」

草花に同じものはない。人間も同じです。出会えたことを喜び、その出会いを大切にする。

出会えたことの奇跡。

それは、万太郎の寿恵子に対する「思い」を表していました。

「花のような人」

帰り道、万太郎は竹雄(志尊淳)にその胸の内を語ります。

「寿恵子さんは、花のようじゃき。わしが見つけた、生きてきた中で一番瑞々しい、可愛らしい花じゃ!」

しかし、現状の自分が寿恵子にふさわしいかどうか。

万太郎は決意します。

「まだ、いかん。まだ、わしは何者でもない。けんど、もっとこの道を進んだら・・・」

そこには、ますます植物学に精進しようとする万太郎がいました。


【旧書回想】  2021年11月前期の書評から 

2023年05月15日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

202111月前期の書評から

 

中川五郎

『ぼくが歌う場所~フォーク・ソングを追い求めて50年~』

平凡社 3080円

『帰って来たヨッパライ』『受験生ブルース』『遠い世界に』『友よ』といった曲がラジオから流れてきた60年代末。そこにギターを抱えて歌う、若き日の中川五郎もいた。高石ともや、高田渡などとの出会いと交流。渦中の人間として見たフォークの隆盛と鎮静。やがて独自の道を歩み始めた自らの50年が語られる。驚くべきは現在も歌と共に生きていることだ。人前で歌える日の到来を待ちたい。(2021.10.06発行)

 

浅羽通明『星新一の思想~予見・冷笑・賢慮のひと~』

筑摩書房 2200円

星新一は不思議な作家だ。知名度の高さは抜群。没後四半世紀近いが作品は読み継がれている。一方、評伝はあるものの作家論は皆無だ。星新一とは一体どんな作家なのか。全仕事を徹底的に考察したのが本書だ。あらゆる価値を相対化する冷徹な目。完全な絶望から生まれる明るさ。著者は星の秘めたる狂気にまで迫っていく。初期作品だけに触れて卒業するには、あまりに惜しい世界がそこにある。(2021.10.15発行)

 

真山仁『レインメーカー』

幻冬舎 1760円

ジョン・グリシャム『原告側弁護人』の原題は「ザ・レインメーカー」。金を雨に例えて、降りそそぐほどの大金を稼ぐ弁護士を表している。本書の舞台はもちろん日本だ。深夜の病院に担ぎ込まれた2歳児が急死した。両親は医療過誤で訴訟を起こそうとする。医師側の弁護を依頼されたのは雨守誠だ。原告側には、かつて所属していた大手法律事務所。医療現場と弁護士界、双方の実相が露呈する。(2021.10.25発行)

 

松尾スズキ『人生の謎について』

マガジンハウス 1760円

松尾スズキとは何者か。劇団「大人計画」の主宰者。作家で演出家で俳優。事実だが、実像は分からない。このエッセイ集では等身大の自分のようなものを明かしている。登場する「私」はいずれも情けなくて、おかしい。著者が「醜い姿を否定したくない」と思い、「人間のほんとうの話」を書こうとしたからだ。しかも全39編の末尾だけは統一されている。曰く、「人生って、なんなんだ」(2021.09.24発行)

 

内田 樹『コロナ後の世界』

文藝春秋 1650円

『歴史とは何か』の中で、E・H・カーは「歴史とは解釈」だと言っている。本書で際立つのは、過去ならぬ「現在」を解釈していることだ。コロナ禍が進行する昨年、政権の「強者が総取りし、弱者には何もやらない」という政治思想を警戒し、市民による「相互監視」の危うさを指摘。その上で、制度を「弱者ベース」で再設計する動きなどに希望を託している。コロナ後を見通すための一冊だ。(2021.10.25発行)


【気まぐれ写真館】 日本橋の「あじさい」

2023年05月14日 | 気まぐれ写真館

2023.05.13


『アイヌの時空を旅する』書評、共同通信の配信で各紙に

2023年05月13日 | 書評した本たち

 

 

実感求めて現場に立つ

『アイヌの時空を旅する~奪われぬ魂』

小坂洋右・著

藤原書店・2970円

評・碓井広義(メディア文化評論家)

 

かつてアイヌは和人に対して3度決起した。15世紀の「コシャマインの戦い」、江戸前期の「シャクシャインの戦い」、同じく中期の「クナシリ・メナシの戦い」だ。

本書は最後の戦いから約230年が過ぎた今、眠っているアイヌの歴史を掘り起こし、その世界観や自然観に迫ったルポルタージュである。選んだ手段は、現地だからこそ得られる実感を求めて歴史の現場に立つことだ。

まず、知床半島一周70キロのカヤックツアーに出る。古くからアイヌの交易は盛んだった。富の蓄積は侵略や抑圧に対する抵抗力でもあったからだ。

しかし江戸幕府は交易を召しげ、交易路を切断してしまう。それはアイヌから航海や長旅の技術・文化を失わせることになった。知床の強風や荒波を体感しながら、著者は「海の民」アイヌに思いをはせる。

次が水辺からの視点で陸地を見つめる川の旅だ。800年前も丸木舟で移動していた「川の民」アイヌにならい、勇払川、千歳川、石狩川本流とカヌーでこぎ進んでいく。

アイヌにとっての川は、人間や魚だけでなく、神様も行き来する場所だ。川を分断する行為が、その地域の現在と未来に与える影響の大きさを著者は静かに嘆く。

さらに挑戦するのが大雪山の雪中行だ。幕末の探検家松浦武四郎がアイヌと共に足を踏み入れた尾根の道を追体験する。

「山の民」アイヌがかんじきで歩いた場所に、山スキーで入っていく著者。富良野岳では162年前と変わらぬ風景と向き合い、「武四郎が遥(はる)か昔に目にした光景がまさに今、目の前にある」と感慨に浸る。同時に、明治政府によって飢餓へと追い込まれた十勝アイヌの苦難を思うのだ。

近年、アイヌの権利回復の動きが目立つ。サケ捕獲権の確認を求める提訴。また遺骨返還訴訟では北海道大学から祖先の遺骨を取り戻した。

クナシリ・メナシの戦いが終わりではなく、民族の誇りと尊厳を守る戦いは今も続いている。

 

こさか・ようすけ 1961年札幌市生まれ。アイヌ民族博物館学芸員、北海道新聞編集委員などを歴任。著書に「大地の哲学」など。

(河北新報 2023.04.23)


「国民年金基金」CM 諦めない生き方、のんさんが体現

2023年05月12日 | 「日経MJ」連載中のCMコラム

 

 

諦めない生き方、のんさんが体現

国民年金基金「夢を、上乗せしよう」篇

 

この4月からNHK・BSプレミアムで『あまちゃん』が再放送されている。2013年の4月から9月にかけて放送された、朝ドラの歴史に残る名作の1本だ。

ヒロインの天野アキを演じているのは能年玲奈(現在は、のん)さん。

16歳のアキは、母の春子(小泉今日子さん)によれば「地味で、暗くて、パッとしなくて、何のとり得もない女の子」だ。

そんな引っ込み思案の少女が、やがて多くの人を元気づける「アイドル」へと成長していく。

国民年金基金の新CM「夢を、上乗せしよう」篇に、のんさんが登場した。

アトリエでキャンバスと向き合い、夢中で絵筆を動かしている、のんさん。真剣で楽しそうなその横顔に、自身によるナレーションが重なる。

「独立したあの日から、将来のことも自分で考えるんだなあって。私は一生、夢を追い続けたいんです」

『あまちゃん』から10年。様々な体験を積み重ねての今だ。夢を諦めない。現状に満足せず、夢を上乗せしていくこと。のんさんの生き方がそれを体現している。

(日経MJ「CM裏表」2023.04.24)

 

 


【気まぐれ写真館】 「地震と雨の一日」の夕景

2023年05月11日 | 気まぐれ写真館

2023.05.11


【気まぐれ写真館】 暑かった午後

2023年05月11日 | 気まぐれ写真館

2023.05.10


高畑充希&田中圭「unknown」を 第3話まで見てきて少し分かってきたこと

2023年05月10日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

高畑充希&田中圭「unknown」を

第3話まで見てきて

少し分かってきたことがある

 

テレビ朝日系「unknown」が、じわじわと面白くなっている。

雑誌記者のこころ(高畑充希)と警察官の虎松(田中圭)は恋人同士。だが、こころは吸血鬼であり、虎松の父親(井浦新)は殺人犯だ。

互いに秘密を抱える2人だが、そこに連続殺人事件がからんでくる。吸血鬼を連想させる凄惨な事件だ。

コメディータッチのラブファンタジーかと思いきや、サスペンスの要素もしっかり投入。

そのバランスの良さと高畑・田中コンビの軽妙なやりとり、こころの父を演じる吉田鋼太郎の怪演が楽しくて、ついクセになりそうだ。

第3話まで見てきて、少し分かってきたことがある。このドラマにおける「吸血鬼」は、一種のメタファー(隠喩)なのではないだろうか。

人は未知なるもの(unknown)に遭遇すると身構えてしまうことが多い。それはヒトに対しても同様だ。

たとえば人種、国籍、宗教、信条などが異なる相手と出会うと、過剰に反応したり、時には誤解したりする。

第2話では、こころの母・伊織(麻生久美子)が虎松に向かって、こんなことを言っていた。

「世の中は自分の知らないことであふれてるじゃない? それを恐れて嫌って排除しようとするのか。歩み寄って知ろうとするのか」

自分とは異なるものの象徴が吸血鬼なのだろう。このメタファーがどこまで物語を深化させるのか、注視していきたい。

(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2023.05.09)


『らんまん』を盛り上げる「架空の人物」とは?

2023年05月08日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『らんまん』を盛り上げる

「架空の人物」とは?

 

連続テレビ小説『らんまん』の「高知編」が終了しました。

丁寧な物語作りのおかげで、見る側も槙野万太郎(神木隆之介)をはじめとする登場人物たちに親しみを感じるようになりました。

登場人物ということで言えば、このドラマには、主人公の万太郎以外にも魅力的な人たちがいます。

それが姉の綾(佐久間由衣)であり、番頭の息子である竹雄(志尊淳)です。

実在と架空

ご存じのように、万太郎のモデルは「実在」の植物学者、牧野富太郎です。

幕末の土佐(現在の高知県)で、大きな造り酒屋に生まれたこと。

幼い頃に両親を失い、祖母に育てられたこと。

やがて東京に出て、大好きな植物学に専念すること。

いずれも事実に基づいています。

ただし実際の牧野富太郎は一人っ子であり、綾のような姉はいませんでした。

また、牧野家で富太郎の世話をする役目の人はいたかもしれませんが、竹雄そのものではありません。

綾も竹雄も、「架空の人物」なのです。

しかし、この2人を置いたことで、このドラマはより豊かなものとなりました。

綾と竹雄の存在

明治という時代を生きる女性としての綾。

酒造りをしたくても、当時の女性にはそれが許されなかった。それでも綾は自分の夢を捨てません。

また、誰かを支えることで自分の生きる道を模索する青年、竹雄。

その誠実さは万太郎と綾の人生に大きな影響を与えます。

事実をなぞって万太郎だけを描いていたら、「恵まれた家の坊ちゃん」の閉じた話になっていたかもしれません。

万太郎、綾、竹雄という3人の成長物語であり青春物語であることで、「高知編」は物語全体の序章という意味合いを超えた、見応えのあるものになったのです。

「自分宣言」

中でも、高知編のラストで、万太郎が祖母(松坂慶子)に自分の意思を伝える場面は圧巻でした。

「わし、とびきりの才があるがよ。植物が好き、本が好き、植物の画を描くがも好き。好きゆう才が」

確かに、何かを好きであることは、それ自体が一つの才能です。

「この才は、わしが峰屋に生まれたからこそ、育ててもうたもんじゃ。ほんじゃき、わしは何者かになりたいがよ!」

老舗の造り酒屋にいても、その当主はもちろん、何者にもなれない自分。

しかし「何者かになりたい」、つまり「自分になりたい」という衝動が抑えられない万太郎。

「自我の目覚め」であり、「自分宣言」だと言っていいでしょう。

東京へ行くことを決意した万太郎は、峰屋を姉の綾に託そうとします。

ところが、親戚たちは「若い女が蔵元になる道などない」と抵抗しました。

彼らに向って万太郎が言います。

「道がのうても(無くても)進むがじゃ! わしらが道を作りますき」

植物学者という道も、既存のものではありません。自ら切り開く道です。

綾もまた、「男の身で生まれてきたらよかったのに」と自らを恨み、「どうして女ばかりがそう言われんといかんがじゃろう」と苦しんだことを告白しました。

その上で、

「けんど万太郎は、このままの私に任せると言うてくれました。大好きな酒造りに近づいてええと。ほんなら私は思う存分働きたい!」

綾の「自分宣言」です。

ドラマの「テーマ」

万太郎と綾、2人の言葉の中に、このドラマのテーマが見えてきたようです。

「好き」を大事にして生きること。

「好き」を諦めないこと。

自分の「好き」だけでなく、他者の「好き」も大切にすること。

そして、常に感謝を忘れないこと。

東京での万太郎は、ますます「好き」を形にしていくはずです。

その喜びはもちろん、待ち受ける困難や、その乗り越え方も含め、見守っていきたいと思います。


【旧書回想】  2021年10月後期の書評から 

2023年05月07日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

202110月後期の書評から

 

宮崎学、小原真史

『森の探偵~無人カメラがとらえた日本の自然』

亜紀書房 1980円

「自然界の報道写真家」と呼ばれる宮崎。森の中に置いた無人カメラで、動物たちの「素の表情」を写した作品で知られる。しかも、そこにあるのは愛らしい姿だけではない。ニホンジカの死体が他の動物たちに食べられ、やがて骨になっていく連続写真は、見る者の「死生観」を強く揺さぶる。本書はキュレーターの小原が宮崎から話を引き出す構成。写真が文明批評であることも十分伝わってくる。(2021.09.05発行)

 

平凡社編集部:編『作家と酒』

平凡社 2090円

作家たちが「愛するもの」について書いた文章の最新アンソロジーだ。「旅が酒を飲むのに似ている」と語る吉田健一。初めて飲んだウイスキーが「サントリーのホワイト」だった中上健次。伊丹十三は薩摩焼酎の美味さを「ヒヤァーッ、どうにもいい」と表現する。そして開高健は、脳内のイメージを「追いたて、狩りたて、おびきだすには酒の滴しかない」と断言。読むほどに飲みたくなってくる。(2021.09.22発行)

 

西舘好子『「かもじや」のよしこちゃん』

藤原書店 2640円

演劇プロデューサーである著者は、昭和15年に「東京市浅草区」で生まれた。本書は少女時代を回想した自伝的エッセイだ。「かもじや」は生家の稼業。日本髪を結う際に使う、かもじ毛を作り扱った。著者の記憶力は抜群で、まるで昨日のことのように当時の日常を語っていく。両親と祖父母。近所の人たち。大人の世界を横目に見ながら成長する子ども。懐かしさを超えた、日本人の暮らしの原点だ。(2021.09.30発行)

 

瀬口昌久

『「完熟」の老い探求~プラトン・アリストテレス・キケロも悶悶~』

さくら舎 1760円

著者は西洋哲学が専門の名古屋工業大学教授。古代ギリシャ・ローマの哲学者や文学作品を対象に、「老いの哲学」を見つめたのが本書だ。たとえば、老年を明るくとらえたプラトンは80歳まで生きた。いくつになっても学ぶことの楽しさを説いている。一方、老いに対してネガティブだったアリストテレスは62歳で亡くなった。いまをよく生きるための哲学は、優れた「死の練習」でもあると知る。(2021.10.08発行)

 

桑田佳祐『ポップス歌手の耐えられない軽さ』

文藝春秋 2500円

あの桑田佳祐が、まるで深夜のラジオから語りかけてくるような一冊だ。茅ヶ崎にあった映画館の雇われ支配人だった父など、個人史が見えてくる回想も興味深いが、やはり音楽をめぐる話が熱い。尊敬する浅川マキ。「日本のロック、舐めんなよ‼」にシビれた内田裕也。「最強の男性歌手」は尾崎紀世彦。「最強のエリート歌姫」なら小柳ルミ子だ。雑談のふりをして吐き出された本音が楽しい。(2021.10.10発行)

 

橋本倫史『東京の古本屋』

本の雑誌社 2200円

登場する古本屋は10軒。著者は毎月1軒の店に通い、仕事を見つめ、時に手伝い、店主の話を聞いてきた。早稲田「丸三文庫」は“古本徳”を積むために硬い本も扱う。西荻窪「盛林堂書房」では本を棚板の手前にせり出すように並べる。池袋「古書 往来座」の信条は、「店は深夜に作られる」。本書は古本屋の生活と流れている時間の記録だ。またオリンピックが来る前の東京の風景の記録でもある。(2021.10.10発行)


【旧書回想】  2021年10月前期の書評から 

2023年05月06日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

202110月前期の書評から

 

関 容子『銀座で逢ったひと』

中央公論新社 2420円

著者は『花の脇役』などで知られるエッセイストである。この人物回想記に登場するのは吉行淳之介をはじめとする文学者。沢村貞子や岸田今日子といった女優。さらに歌舞伎役者、落語家、音楽家と多彩だ。中でも「文章は人生の応援歌たるべし」という丸谷才一の教えのように、著者だけが直接耳にした言葉が光っている。彼らが銀座を闊歩し、旺盛な活動を見せていた時代の文化的豊かさを実感する。(2021.09.25発行)

 

安田浩一、金井真紀『戦争とバスタオル』

亜紀書房 1870円

著者2人は旅をする。そして温泉や銭湯を堪能する。しかし単なる風呂紀行ではない。なぜか行く先々で戦争の爪痕と語り部に遭遇するのだ。書名の由来もそこにある。タイのジャングルにある露天温泉で向き合う、日本軍と「死の鉄道」。沖縄県唯一の銭湯「中乃湯」で、湯上りのおじさんから聞く「沖縄戦」。韓国では「沐浴湯」につかりながら日韓90年の歴史を思う。異色の近現代史ルポだ。(2021.09.28発行)

 

アントワーヌ・コンパニョン:著、広田昌義・北原ルミ:訳

『寝るまえ5分のパスカル 「パンセ」入門』

白水社 2090円

『パンセ』には、パスカルの思索が「折々に書きとめた断章」の形で並んでおり、『徒然草』を思わせる。読みやすそうだが、奥が深いことも似ている。本書は『パンセ』の案内書であり、パスカルの思想を語るエッセイ集だ。元は世界的な研究者によるフランスのラジオ番組。「考える葦」や「クレオパトラの鼻」などの名句だけでは分からない、パスカルが迫った「人生の意味」と出会える一冊だ。(2021.09.25発行)

 

開高 健『開高健の本棚』

河出書房新社 2200円

書くことはもちろん、読むことにおいても達人だった開高健。本書には書物をめぐる選りすぐりのエッセイと書斎や蔵書の写真が収められている。無人島へ持っていきたいのはサルトル『嘔吐』だった。国語辞書は『言海』をとことん使い倒した。さらに一気読みした手塚治虫の長編漫画への敬意も隠さない。「書物は精神の糧」であり、「精神の美食家・大食漢」を目指せと笑顔で挑発している。(2021.09.30発行)

 

伏尾美紀『北緯43度のコールドケース』

講談社 1925円

第67回「江戸川乱歩賞」受賞作だ。著者は9年ぶりの女性受賞者である。5年前、北海道で起きた未解決の誘拐事件。その被害者だった少女が遺体で発見される。だが、当時犯人とされた男はすでに死亡していた。博士号を持つノンキャリア刑事・沢村依理子も捜査に加わるが、謎は深まっていく。主人公の新鮮なキャラクター。過去と現在が交差する巧みなストーリー展開。読み応え十分のデビュー作だ。(2021.10.04発行)

 

倉本聰:著、碓井広義:編「『北の国から』黒板五郎の言葉」

幻冬舎 1430円

40年前の10月に放送が始まったドラマ『北の国から』。北海道の富良野に移住した黒板五郎と純と蛍の物語は約20年も続いた。主人公を演じた俳優・田中邦衛は今年3月に旅立ったが、五郎は今も富良野で暮らしているような気がする。本書は連続ドラマとスペシャルの全作品から厳選した、五郎の名場面と名セリフで編まれている。愛すべき国民的オヤジの汗と涙と笑いの日々を追体験する一冊だ。(2021.10.09発行)

 


『あまちゃん』は、なぜ10年後の今も輝き続けるのか?

2023年05月05日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

『あまちゃん』は、

なぜ10年後の今も輝き続けるのか?

 

NHKBSプレミアムとBS4Kで、連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あまちゃん』の再放送が始まって、1ヶ月が過ぎました。

朝起きて、2013年放送の『あまちゃん』を見る。

そして、「ああ、こうだったなあ」と、このドラマならではの魅力を再認識している人も多いのではないでしょうか。

ヒロインは「アイドル」

まず、朝ドラはヒロインが自立していく、「職業ドラマ」であることが一般的です。

過去には法律家や編集者などはありましたが、天野アキ(能年玲奈さん、現在はのんさん)のアイドルは前代未聞でした。

しかし、アイドルを「人を元気にする仕事」と考えれば納得がいきます。

何より「地元アイドル」という設定が秀逸でした。

二つの青春物語

物語の時間は2008年からの4年間ですが、アキの母・春子(小泉今日子さん)の若き日(演じるのは有村架純さん)も描かれていきます。

おかげで、見る側は「異なる時代」の「二つの青春物語」を堪能できるのです。

アキがたびたび忍び込む、春子の部屋。

本人が家出をした1984年で時間が止まり、フリーズドライ状態となった部屋です。

ドアや壁に貼られたアイドルのポスターや、ラジカセといった、当時の“若者ツール”。

それらは、まるで過去へのタイムトンネルみたいです。

ドラマに登場する80年代の音楽やファッション。

知っている人には懐かしく、知らない人には新鮮で、家族や友人とのコミュニケーションの材料となりました。

音楽の力

また、大友良英さんによる、明るくて元気でどこか懐かしいテーマ曲が、ドラマ全体を象徴しています。

随所に挿入される伴奏曲は、登場人物の心情を繊細に語っていました。

「潮騒のメモリー」などの劇中歌が、フィクションの世界から飛び出して街中に流れたのも画期的なことでした。

名セリフの連発

加えて、「じぇじぇじぇ!」をはじめ、名セリフの連発も人気の要因の一つでしょう。

1970~80年代のポップスを指して、「分かるやつだけ、分かりゃいい」。

奇策を繰り出すプロデューサーへの苦言は、「普通にやって、普通に売れるもん作りなさいよ」。

宮藤官九郎さんの脚本の特色は、密度とテンポの物語展開だけではありません。登場人物が発する言葉に熱があるのです。

舞台俳優の活躍

さらに、これほど多くの舞台俳優を起用した朝ドラはありません。

渡辺えりさん、木野花さん、東京篇の松尾スズキさんは、演出も手掛ける実力派です。

吹越満さん、荒川良々さんなども舞台人であり、目の前の観客の心を捉える彼らの存在感が、物語を人間味あふれるものにしています。

脚本・演出・演者の総力戦

ドラマづくりは、脚本・演出・演者の総力戦と言っていいものです。

『あまちゃん』は上記のような要素を統合したことで、毎回1度は笑って泣けるまれな朝ドラになりました。

今回、初めて見る人には驚きがあり、かつて見た人にはうれしい再発見がある。

放送10周年記念にふさわしい、半年間にわたる視聴者プレゼントなのです。


【旧書回想】  2021年9月後期の書評から 

2023年05月04日 | 書評した本たち

散歩道で

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

20219月後期の書評から

 

 

前川喜平『権力は腐敗する』

朝日新聞出版 1760円

水際作戦からワクチン確保まで、安倍・菅政権の新型コロナ対策は失敗の連続だった。一方、自らの権力と利益の確保では連戦連勝である。加計学園問題が象徴する、安倍晋三による国政私物化。それを継承してきた菅義偉。官邸一強体制の中で進んだ、官僚の下僕化と私兵化。そして制限され続ける国民の自由。近年、この国の権力は何をしてきたのか。苦い事実だからこそ正確に知る必要がある。(2021.09.05発行)

 

福田和也『世界大富豪列伝』19-20世紀篇、20-21世紀篇

草思社 各1760円

現在とは違う困難があった時代を、大富豪たちはどう生き抜き、いかにして巨大な財産を手にしたのか。行商人の子だったジョン・Ⅾ・ロックフェラー。孤児院育ちのココ・シャネル。多くは貧しい家の出で、立志伝の面白さがある。またエンツォ・フェラーリのレース三昧のように蕩尽のスケールも桁違い。日本人では松下幸之助などと並んで、田中角栄や勝新太郎が登場するのも著者ならではだ。(2021.09.07発行)

 

落合 博『新聞記者、本屋になる』

光文社新書 1034円

30年以上の新聞記者生活を経て、本屋を開いた著者。店を始めた理由ではなく、始めた方法を伝えているのが本書だ。本屋巡り、物件探し、リノベーションと話は具体的だ。特色はベストセラーを置かないこと。仕入れの基準はテーマ、著者、出版社、そして装幀。商売としての厳しい現実も書かれているが、何より本を通じて見えてくる世界が新鮮だ。最寄り駅は銀座線の田原町。雷門からも近い。(2021.09.30発行)

 

三浦雅士『スタジオジブリの想像力~地平線とは何か』

講談社 2750円

なぜスタジオジブリの作品は見る者の心に残るのか。著者が重要なキーワードとするのが「地平線」だ。登場人物たちが空を飛ぶことが多い宮崎アニメ。地上では得られない視覚が新たな世界観を生み出す。たとえば『天空の城ラピュタ』では支えるもの許すものとしての愛と地平線が描かれる。『千と千尋の神隠し』の地平線は強烈な異界性を示す。ジョン・フォードや黒澤明との比較論も秀逸だ。(2021.08.30発行)


【旧書回想】  2021年9月前期の書評から 

2023年05月03日 | 書評した本たち

散歩道で

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

20219月前期の書評から

 

 

有馬晋作『暴走するポピュリズム~日本と世界の政治危機』

筑摩選書 1760円

ポピュリズムの一般的な定義は「大衆迎合的で無責任な政治」である。たとえばトランプ前米大統領。日本では「小泉劇場」「橋下劇場」「小池劇場」などが該当する。行政学が専門の著者によれば「人々の不満を巧みに利用して、上から変革を進める政治」だ。ポピュリズムを生み出す「日本政治の仕組み」とは何か。発生要因から対応策まで、欧米の動向を踏まえながら多角的に論じていく。(2021.08.15発行)

 

下川裕治『アジアのある場所』

光文社 1430円

著者はタイや沖縄の店で、よく放置されるそうだ。注文も取ってもらえない。多分、気配も感じさせずに溶け込んでいるからだろう。旅人らしくない旅人。究極の旅行作家だ。しかも著者が足を運べば、国内でもそこが「アジアのある場所」になる。池袋の台湾料理店。ミャンマー人が浅草に開いた寿司屋。常磐線で行くリトルバンコク。国籍不明のアジア人が静かに飲んでいたら、それが下川裕治だ。(2021.08.30発行)

 

石井千湖『名著のツボ~賢人たちが推す!最強ブックガイド』

文藝春秋 1760円

『週刊文春』に連載された名著案内。文学から人文書まで、著者が専門家に学ぶ形で100冊分だ。作品の概要や価値、そして読み所などが紹介される。「知っていると思っていることを根本的に疑う」ことを教えてくれる、プラトン『ソクラテスの弁明』。人間中心の世界観を崩壊させた、フロイト『精神分析入門』。ソポクレス『オイディプス王』は倒叙法ミステリーだ。古典が親しい友人となる。(2021.08.30発行)

 

ダン・ウーレット:著、丸山京子:訳

『「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』

シンコーミュージック・エンタテイメント 3960円

ジャズ・ベーシストとして史上最多のレコーディング数を誇るロン・カーターは現在84歳。これは本人の協力を得た本格評伝だ。クラシック音楽を目指していた青年が人種の壁に阻まれ、稀代のジャズマンが誕生する。1960年代、マンハッタン音楽学校卒業後の怒濤のレコーディング・セッション。特にマイルス・デイヴィスとの出会いが決定的だ。独創的な音色と音運びの秘密も明らかになっていく。(2021.08.19発行)

 

真山 仁『タイムズ~「未来の分岐点」をどう生きるか』

朝日新聞出版 1970円

前回の東京五輪へと向かう日本社会を活写した、開高健の『ずばり東京』。2019年4月から20年末まで新聞に連載された本書は、いわばその真山版である。平成という時代の総括。「復興五輪」への疑問。「一億総活躍社会」をめぐる違和感。新型コロナウイルスと正義の暴走。浮上してくるのは「同時代性の喪失」というテーマだ。敢えて「もの申す書き手」であろうとする著者の多角的視点が光る。(2021.08.30発行)

 


【気まぐれ写真館】 今年初の「冷やし中華」

2023年05月02日 | 気まぐれ写真館