雪が残る十勝連峰
噴煙をあげる活火山、十勝岳
土曜ドラマ「17才の帝国」(NHK)の舞台は、経済が戦後最大の落ち込みを見せる202X年の日本。政府は地方の青波市を特別区に指定し、量子コンピューターを使った実験政治を始める。
政治AI・ソロンが選んだ若者たちが「閣僚」となったが、総理大臣の真木(神尾楓珠)は17才の高校生だ。就任演説では「透明で、謙虚で、人を救う政治」を宣言した。
しかも真木はライブ配信の閣議で「市議会廃止」を提案する。市民の声はソロンが収集・分析し、それを反映させた政治を行うというのだ。
ドラマは、このあたりから俄然面白くなってきた。何しろ、当たり前と思われてきた「議会制民主主義」を、あえて一蹴してみせたのだから。
果たして新聞記者の山口(松本まりか)が言うように、真木が目指すのは「独裁国家」なのか。
その一方で、真木は地元商店街の再開発に「待った」をかけた。ソロンを駆使して住民投票を実施。政治家とゼネコンの癒着や思惑を崩していく。
先週、真木が育った家庭環境やヤングケアラーの体験が明かされた。政治を「公助」の視点で捉えていることも伝わってきた。
そんな真木がAIの力を借りて、既存の政治にはできないことに挑む。吉田玲子(「けいおん!」など)のオリジナル脚本は、現代の寓話だ。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2022.05.18)
「月齢 13.7」2022.05.14撮影
謙虚でありたいとは、
言い換えれば、
軽やかでありたいということだ。
浅田美代子『ひとりじめ』
84歳の読書人が記す、
読書家のための読書エッセイ
津野海太郎『かれが最後に書いた本』
新潮社 2310円
1970年代に青春を過ごした者にとって、津野海太郎は恩人である。日本では未開拓だったサブカルチャーの本を、編集者として世に送り出してくれたからだ。
当時、『ワンダー植草・甚一ランド』で植草甚一と出会い、『アメリカの鱒釣り』でリチャード・ブローティガンを知った若者は多い。
そして半世紀を経た現在も、自分の年齢を意識するようになった本好きたちは、津野を敬愛すべき先駆者として頼りにしている。
2015年の『百歳までの読書術』では、老年の本選びや図書館活用法など豊富な知識と経験からくるヒントを、ユーモアと苦味を交えた口調で語っていた。
また80歳となった18年の『最後の読書』では、自らを「落ち目の読書人」などと言いつつ少年時代の読書を回想し、蔵書の減量に挑み、晩年の鶴見俊輔や小説家・山田稔などを思う日々を綴って、読売文学賞を受賞した。
本書は前作の続編ともいえる読書エッセイ集。特色は書名が象徴するように、何人もの物故者が登場することだ。それも著者という記号ではなく、津野が知る生身の人間として記されている。
たとえば、橋本治の著作が示す「物を知らない人間に対するやさしさ」が、説明衝動と勉強衝動の二つに支えられていたことが分かってくる。
また『ヒトラーの時代』の中の間違いを、残り時間と闘いながら訂正していった、池内紀の心中を想像する。
さらに多田富雄が発病後に社会性の強い文章を書くようになった理由を、『寡黙なる巨人』などを再読して探っていく。
津野は今年84歳になった。だが、本に対するスタンスは基本的に変わっていない。自分が生きてきた軌跡と体験を踏まえて、より自由に読んでいる。
「つまり読書とはとことん個人的な行為だ」とあらためて教えてくれるのだ。
(週刊新潮 2022.05.19号)
「未来への10カウント」
年齢相応の役柄と
演技のバランスがいい
最近あまり見かけなくなった、学園スポーツドラマだ。木村拓哉主演「未来への10カウント」(テレビ朝日系)である。
舞台は高校の部活。サッカーでもラグビーでもなく、個人競技のボクシングというのが珍しい。
桐沢祥吾(木村)は、かつて有力なボクシング選手だったが、突然辞めた後は世捨て人のように生きてきた。そんな桐沢が母校のボクシング部コーチを務めることに。
以前、木村は「プライド」(フジテレビ系)でアイスホッケー選手を演じたことがある。しかし今回リングの上で戦うのは木村ではなく、生徒たちだ。先週はインターハイ予選に挑んでいた。
指導者という立場は、木村が警察学校の鬼教官を好演した「教場」(同)を思わせる。生徒たちが木村に鍛えられることで成長していく構造が共通しているのだ。
一方、大きな違いがある。初心者の彼らにボクシングを教えていく中で、桐沢自身も変わっていきそうなのだ。ボクシングを捨てた真相はまだ不明
だが、どこか投げやりで「いつ死んでもいい」とまで口にしている桐沢。どんな形で人生を取り戻すのか、注目したい。
アラフィフの木村は相変わらずカッコいい。だが、ヒーロー然とはしていない。年齢相応の役柄と抑制の効いた演技のバランスがいい。非常勤講師となった桐沢が、焼き鳥屋の例えで教える「経済」の授業もご愛敬だ。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2022.05.11)
女優は時代を映す鏡だ。昭和、平成と移ろいゆくなかで、ときを彩る女優像も変わってきた。
元号が改まって丸3年が経つ。コロナ禍に翻弄され、あっという間に過ぎ去った感が強いが、新時代にあっても女優たちは百花繚乱だ。
本誌は今回、この令和の時代に輝きを放つ女優たちのランキングを作成した。ドラマや映画、芸能全般に造詣が深い識者にアンケートを実施し、女優たちを5つの要素を各10点、50点満点で採点してもらい、令和最高のヒロインを決定した。
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若手世代のなかで、昨今最も躍進が目覚ましいのが、上白石萌音(24歳)だ。今回は総合7位にランクイン。
元上智大学文学部新聞学科教授でメディア評論家の碓井広義氏が言う。
「上白石さんの芝居を見ると、不思議と応援したくなる気持ちが沸いてくる。視聴者を引き込む『健気さ』を持つ女優だと思います。加えて演技力も高い。『カムカムエブリバディ』(`21年)では夫の戦死の知らせが来て、妻役の上白石さんが泣きながら外に出ていって街をさまようシーンがありました。『稔さん、稔さん』と夫の名前を13回連呼するんですが、1回ごとに夫の名前を叫ぶニュアンスを変えていたんです。感情の揺れ動きをここまで仔細に表現できるというのは、とてつもない才能です」
『カムカム』で上白石と一緒の主役を演じた深津絵里(49歳)と川栄李奈(27歳)もそれぞれ、26位と29位にランクインした。
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演技派女優たちから頭一つ抜けて演技力1位に輝き、総合でも5位に食い込んだのが伊藤沙莉(28歳)だ。
前出の碓井氏が言う。
「美人女優ではないですが、あえてそこを武器にして女性の内部に秘めている妬みをうまく表現することができる。NHKドラマ『これは経費では落ちません!』(`19年)では、主演の多部未華子の同僚役で仕事ができない経理部員を演じていましたが、一言一言がリアルで面白く、『こういう人いるよね』と思わせる力がある。このまま女優として成熟していけば樹木希林さんのような名女優になる逸材です」
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『大豆田とわ子と三人の元夫』(`21年)で主演を務めたのがランキングで3位となった松たか子(44歳)だった。
「松本白鷗を父に持ち、生まれた時から歌舞伎や日本舞踊が側にある環境で育ってきているので、細かな所作からしてほかの女優とは違う。また名家出身でありながらも軽やかな気品さを合わせ持つのが彼女の魅力です。演技力はもちろんのこと、セリフ一つ言うだけでも重みや響きが実に心地いい」(前出・碓井氏)
松は『HERO』(`00年)など高視聴率ドラマで見事にヒロインを演じてきたキャリアも評価され、9・0点で「実績」はトップだった。
(週刊現代 2022.05.14/21)
信州「善光寺参り」お土産
小説とは、
あらゆるタイプの人間の
あらゆる運命の状況や心理を
書いていくものだ。
瀬戸内寂聴『遺す言葉』
深津絵里さんが演じた、るい
『カムカムエヴリバディ』総集編で、
より鮮明になった
ヒロイン「心の軌跡」(るい編)
5月4日に放送された、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』総集編。
新たな「3時間ドラマ」を思わせる充実の内容でしたが、第2ブロックが「るい編」です。
実は本編が流されていた頃、3人のヒロインの中で、最もその心情を捉えるのに苦労したのが、るい(深津絵里)でした。
なぜなら、安子(上白石萌音)やひなた(川栄李奈)と比べると、喜怒哀楽をあまり表に出さない女性だったからです。
いつも自分の感情を抑えているような風情がありました。
しかし今回の総集編では、そんなるいの「心の軌跡」が、より鮮明になっていたのです。
総集編を担当したチーフ演出の安達もじりさん、そして編集者の佐藤秀城さんの功績でしょう。
ここでは、強い印象を残した場面を振り返りながら、るいの心情を追ってみたいと思います。
音楽の「記憶喚起力」
トランぺッターのジョーこと大月錠一郎(オダギリジョー)が出演した、サマーフェスティバル。
ジョーが演奏したのは「サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」。このドラマ全体を貫く、象徴的な楽曲です。
テーブルで聴いていた、るいの表情が変わります。
かつて、母の安子が歌ってくれた曲であり、当時のことを思い出したからです。まさに音楽のもつ「記憶喚起力」でした。
「サニーサイド」はジョーにとっても大事な曲であることが分かってきます。
るいが住み込みで働くクリーニング屋さんの裏で、2人がアイスクリームを食べながら話していました。
孤児だったジョーの古い記憶。岡山の進駐軍クラブで聴いた「サニーサイド」。ビール瓶を手に、ペットを吹く真似をしていた少年。
それを聞いて、るいが語り始めます。
「あたしの名前は、父がつけてくれたんじゃそうです(挿入される安子と幼いるいの映像。ルイ・アームストロングから名前をもらったと教えてくれる安子)。
日向の道を見つけて、歩こうね、るい。母は、そう言うたんです(手をつないで歩く母と娘)。
せやのに(安子とロバートの映像)、幼かった私を置いて、アメリカへ行ってしもうた。じゃから、思い出しとうなかった」
るいが他者に、母とのいきさつを話したのは、この時が初めてだったはずです。
東京へは行けない
やがて、コンテストで優勝したら、一緒に東京へ行こうと言い出す、ジョー。るいの心は揺れます。
ステージ用の衣装選びにつき合うのですが、ジョーが着替えている時、るいは一人語りで思いを伝えようとしました。
「楽しかったです、大月さんと出会って、ジャズと出会って。
きっと優勝できます。大月さんの演奏は海を越えて、そうや、ルイ・アームストロングやて、大月さんのトランペット聴いて、びっくりするわ。
そしたら、あたし、自慢します。あたし、大月錠一郎の演奏、ナマで聴いたこと、あんねんでって。大月さんの衣装、洗濯してたんやでって」
この時のるいの笑顔が何とも愛らしく、そして何とも切ない。深津さんならではの繊細な表情の変化でした。
東京へは行けないと言う、るい。納得しないジョーに、るいは髪の毛を上げて、額の傷を見せます。
ジョーは何も言わず、ただ優しく髪をなでて、るいを抱きしめました。いいシーンでした。
あたしが、守る。
上京し、レコーディングに臨んだジョー。ところが、突然ペットが吹けなくなる病気にかかかってしまいます。
しかし、ジョーはそのことをるいには説明しないまま、別れようとしました。
るいは、きっと自分を犠牲にしてまでジョーに尽くそうとする。そのことを知っていたからです。
「お願いや、もう解放してくれ」とまで言われ、るいはクリーニング屋に戻ります。
そして、母代わりのような竹村和子(濱田マリ)に、こんな話をします。
「どっか、ホッとしてます。ちょっと怖かったんです。母に捨てられて、父の顔も見たことがなくて。
そんなあたしが、家族を作ることなんて、ほんまに出来るんやろかって。せやから、これでよかったんです」
聞いていて辛くなるセリフでした。
夜、ラジオから「サニーサイド」が流れます。それぞれの場所で聴いている、ジョーとるい。
思いつめたようなジョーの表情。何かを感じる、るい。2人の思いが、この曲で交差します。
朝。トミー北川(早乙女太一)が運転するクルマで海へと向かう、るい。以前、みんなで遊びにきた場所でした。
見れば、海の中にジョーがいます。駆けていく、るい。「ジョーさん!」と叫んで、そのまま海へ。
ジョーを抱きしめる、るい。
「怖がらんでええ。あたしが、守る。あなたと2人で、日向の道を歩いて行きたい」
2人の心が完全に結ばれた瞬間でした。
未来へのバトン
ベリー(市川実日子)がお茶の先生をしている、京都で暮らすことにしたジョーとるい。
神社の縁日で見かけたことがきっかけで、回転焼き屋さんを始めます。
小豆を煮る鍋を前に、あの「魔法の呪文」を唱える、るい。
「小豆の声を聞け。時計に頼るな。目を離すな。何ゅうして欲しいか、小豆が教えてくれる。食べる人の幸せそうな顔を思い浮かべえ。
美味しゅうなれ、美味しゅうなれ、美味しゅうなれ。その気持ちが小豆に乗り移る。甘え餡子(あんこ)が出来上がる」
るいの目には、母と2人で小豆に話しかけていた風景が浮かびます。
試食する2人。ジョーがポツンと言いました。
「これが、るいと、るいのお母さんの味かあ」
母と娘が、ようやく繋がったようで、とても温かいシーンでした。
そして「るい編」のラスト。
るいは、女の子を出産します。その後「ひなた」と名付けられるその子を見て、るいがそっとつぶやきました。
「なれるかなあ……お母さんに」
そんな不安も、赤ちゃんの顔を見つめるうちに、少しほどけていきます。
ふわっとした微笑みが、るいの顔に浮かんできました。
命のバトンが、未来へと受け継がれたのです。
<碓井広義の放送時評>
学園スポーツと科学犯罪
春ドラマの注目作2本
先月からスタートした春ドラマ。その中から注目作を挙げてみたい。選択のポイントは“新しい試み”が行われていることだ。物語でもいい、登場人物でもいい。これまでに見たことのないものとは言わないが、新機軸に挑む意欲を大事にしたい。
1本目は「未来への10カウント」(テレビ朝日-HTB)だ。最近はあまり見かけない「学園スポーツドラマ」に挑戦している。木村拓哉が演じるのは桐沢祥吾。かつては有力なボクシング選手だったが、突然辞めた後は世捨て人のように生きてきた。そんな桐沢が高校時代の恩師に頼まれ、母校のボクシング部コーチになったのだ。
以前、木村は「プライド」(フジテレビ-UHB)でアイスホッケーの選手を演じたことがある。今回リングを目指すのは生徒たちで、桐沢ではない。しかし初心者の彼らにボクシングを教えていく中で、桐沢自身も変わっていきそうだ。「いつ死んでもい」とまで口にする男が、どんな形で人生を取り戻すのか。木村が見せる、抑制の効いた渋めの演技とともに注視したい。
次は「パンドラの果実~科学犯罪捜査ファイル~」(日本テレビ-STV)である。科学犯罪とは最新科学技術を応用した犯罪のこと。しかも、このドラマでの科学は現実より一歩先を行っており、従来の捜査システムでは対応できない。そこで警視庁に新設されたのが「科学犯罪対策室」だ。警視正の小比類巻(ディーン・フジオカ)や天才科学者の最上(岸井ゆきの)などが所属している。
初回に登場したのは高性能の介護ロボットで、密室殺人の“被疑者”として取り調べを受ける。しかも「私が殺しました」と自白したのだ。一見SFの世界のようだが、そこには科学の最前線のリアルもしっかり盛り込まれている。演出を担当するのは映画「海猿-ウミザル-」などの羽住英一郎監督。堂々とした正攻法の語り口とキレのいい映像で見る側を飽きさせない。
さらに興味を引くのが、小比類巻と最上の「科学観」の相違だ。亡き妻に関してある秘密を抱えている小比類巻にとって、科学は自身を支える光だ。一方、歯止めの効かない科学の発展が人類を滅ぼしかねないことを知る最上にとって、科学は危うい闇でもある。真逆の2人が組む物語展開に注目だ。
学園スポーツと科学犯罪。題材は異なっていても、それぞれジャンルの定石を踏まえた上での「人間ドラマ」を探っている。
(北海道新聞 2022.05.07)
上白石萌音さんが演じた安子
『カムカムエヴリバディ』総集編が、
あらためて示した「出色の朝ドラ」
(安子編)
2022.05.06
表現とは
認識なのであり
自覚なのである。
いかに生きているかを
自覚しようとする意志的な
意識的な作業なのであり、
引いては、
いかに生くべきかの
実験なのであります。
小林秀雄 「表現について」