碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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デイリー新潮に、木村拓哉主演ドラマ「ベストヒロイン」について寄稿

2022年05月06日 | メディアでのコメント・論評

『HERO』東京地検城西支部の面々

 

 

キムタク主演ドラマの

ベストヒロインは誰だ? 

メディア文化評論家が厳選した

“3人の女優”

 

木村拓哉(49)が出演したドラマは60本を超える。主演した連続ドラマ(シリーズは1本として数えた)だけでも、1996年放送の「ロングバケーション」(フジテレビ)以来、現在は22作目が放送中だ。本人曰く「何をやっても同じと言われる」と言うけれど、ならば相手役のヒロインを見比べたらどうなるか。当然、ヒロインも相当な数に上る。メディア文化評論家の碓井広義氏に歴代ヒロインの中からベスト3を選出してもらった。

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今期、木村拓哉主演『未来への10カウント』(テレビ朝日系)が放送されている。木村が演じる桐沢祥吾は、かつて有望なボクシング選手だった。現在は母校のボクシング部コーチを務めている。

ヒロインともいうべき折原葵(満島ひかり)は、国語教師でボクシング部の顧問だ。知らないことは何でも知りたがり、祥吾に対してもポンポンとものを言う。

今後、2人の関係がどうなるのか分からないが、主演のキムタクにもひるむ様子のない満島が、これまでにないヒロイン像を見せてくれそうだ。

あらためて、過去のキムタクドラマのヒロインを振り返ってみたい。しかも、その「ベスト3」を選ぶとしたら誰になるのか。判断基準は極めてシンプルだ。「記憶に残るヒロイン」「忘れられないヒロイン」である。

なぜなら、キムタクドラマでは木村拓哉の存在が圧倒的に大きい。放送から時間が経てば、相手役の印象は希薄になってしまう。

たとえば『GOOD LUCK!!』(TBS系)、『プライド』(フジテレビ系)、『CHANGE』(同)などの女優陣を、すぐに思い出せるだろうか。正解は順に柴咲コウ、竹内結子、そして深津絵里だ。

 

『ロングバケーション』葉山南(山口智子)

キムタクドラマで鮮烈な印象を残したヒロイン。1人目は、『ロンバケ』こと『ロングバケーション』(フジテレビ系、1996年)で山口智子が演じた葉山南だ。

初回の冒頭、視聴者は街の中を走る南に驚かされた。白無垢に文金高島田の花嫁姿だったからだ。

結婚式当日に婚約者の朝倉が失踪し、困った南が向かったのは彼が住む部屋だった。しかし、そこにいたのはルームメイトのピアニスト、瀬名秀俊(木村拓哉)だけ。後日、南はこの部屋に荷物を運び込んで同居してしまう。

モデルの仕事で行き詰っている南は、性格的にも欠点だらけだ。思い込みが激しく、強引で、態度が大きい。尊大かと思えば、卑下したり。「こうあって欲しい」と思い描く自分と現実のギャップに揺れている。

一方の瀬名も、ピアノの才能はありながら他者との関係がうまく築けず、無名のままだった。

「僕は誰かのためにピアノを弾いたことがない。ピアノが好きだけれど、誰かに聞かせたいと思ったことがないです」などと言って、ピアノ教室で講師をしている。

そんな冴えない2人だが、ある時を境に変化が起きる。南は朝倉のことを引きずり、仕事も中途半端なままだ。彼を目撃したというパチンコ店に入り浸る南に、瀬名が言う。

「何をやってもダメな時ってあるじゃん。うまくいかない時、そんな時はさ、神様のくれた休暇だと思って、無理して走らない、頑張らない、自然に身を任せる」(第2回)

脚本の北川悦吏子が生んだ名セリフだ。タイトルの意味が明かされたと同時に、2人の気持ちが動いた瞬間でもある。

とはいえ、ここから様々な紆余曲折があり、恋は簡単に成就しない。しかし、見る側の南に対するイメージは変化していった。当初、南の欠点と思われた性格が光を放ち始めたのだ。

配慮が足りないと思われる乱暴な言葉の奥に隠された、はにかみと優しさ。遠慮のない強引な行動の裏にある、相手のことを思う一途さ。やがて瀬名も、一番大切な人は誰なのかを知っていく。

山口が心のバランスを保てない自分もさらけ出す、天衣無縫なヒロインを好演したことで、南はキムタクドラマの「ミューズ(女神)」の一人となった。

 

『Beautiful Life~ふたりでいた日々~』町田杏子(常盤貴子)

2人目は、常盤貴子が『Beautiful Life~ふたりでいた日々~』(TBS系、2000年)で演じた町田杏子である。脚本は『ロンバケ』と同じ北川悦吏子だ。

木村は美容師の沖島柊二。常盤は足の不自由な図書館職員、町田杏子。このドラマの特色は、ハンディキャップを背負ったヒロインの設定にあった。

現在はハンディキャップもその人の「個性」であり、特別視するものではなくなっている。だが、まだこの時代はそうではない。ましてやドラマの登場人物ともなれば、「身体が不自由=かわいそうな人」と受け取る視聴者も多かった。

ところがヒロインの杏子は、「かわいそう」と思われることが一番嫌いだ。17歳の時に病気で足が動かなくなったが、クルマは自分で運転するし、人前では明るい。「障害者」というくくりで自分を判断されたくないからだ。

とりわけ他人からの同情には敏感で、強い抵抗を見せる。たとえ恋愛の相手がキムタクであっても、一筋縄ではいかないヒロインなのだ。

第1回に忘れられないシーンがある。柊二に髪を切ってもらった杏子が、雑誌の取材に応じる。写真撮影の後、2人は並んで歩道橋から夕陽を眺めた。この時、ふいに柊二が体をかがめる。不思議がる杏子に、柊二が言う。

「いや、車椅子だとさ、いつも目の高さ100センチぐらいでしょ。そうするとやっぱり見えてくる世界違うんだろうな」

柊二はごく自然に、杏子と同じ視点に立とうとしたのだ。普段、上辺だけの優しさに接することの多い杏子は、彼の振る舞いと言葉に気持ちを揺さぶられる。それは、いくつものハードルがある恋の始まりでもあった。

杏子のハンディキャップはもちろん、物語が進む中で、かつての恋人の出現や家族からの反対、さらに不治の病といった試練が続く。

死への不安や恐怖を抱えながら、それを柊二や自分の家族に悟られないよう、必死で自制する杏子。その健気さが切なさを倍加させた。

憑依したかのように杏子になり切っていた常盤。その感情表現は極めて繊細で、最後まで目が離せなかった。遥か遠くへと旅立ったヒロインは、残された柊二だけでなく、見る側の心にも長く刻まれることになる。

 

『HERO』雨宮舞子(松たか子)

キムタクドラマのヒロイン、その真打ちの登場だ。『HERO』(フジテレビ系、2001年)で松たか子が扮した雨宮塔子である。

福田靖たちが脚本を手掛けたこのドラマ、主人公の検事・久利生公平(木村)が新鮮だった。高校中退の元ヤンが司法試験をパスして検事となったのだ。

いつもジーンズにダウンジャケットで、スーツ姿など皆無。髪も七三分けとは程遠いキムタクカットだ。さらに通販オタクというのも笑える。

また裁判の案件に対するアプローチも、野生のカンと論理性が交差する独特のものだ。あらゆる点で検事の既成概念から外れていた。

そんな久利生と組むのが検察事務官の雨宮だ。常識と倫理を重んじる彼女を、最も的確に表す言葉は「生真面目」だろう。

ならば、面白みのない女性かといえば、そんなことはない。人間に対する「好奇心」が半端ではないからだ。雨宮から見たら久利生もまた、興味深い「珍獣」である。

予期せぬ行動に出る珍獣は、いつも雨宮を怒らせ、そして叱られる。この時に見せる「怒った顔」が、雨宮ファンには堪らない。

生真面目な雨宮が自分勝手な久利生に振り回されるほど、彼女からこぼれ落ちる「おかしみ」も見る側を引きつけた。

さらに、その生真面目さは私生活でも発揮される。最大の特徴は「身持ちの堅さ」だ。いや、だからこそ、ふとした瞬間に見せる「隙(すき)」が好ましい。

この雰囲気は松ならではのものであり、生まれや育ち、また男性的ともいえるさっぱりした性格などが源泉だ。何より、女優・松たか子には凛とした気品がある。

ドラマの進展と共に、雨宮は久利生に対して「憎からぬ思い」を抱くが、そんな自分の感情を「見て見ぬふり」をする。そこが愛おしい。

何しろ、雨宮と久利生が初めてキスを交わすのは、ドラマから6年後の2007年に公開された、劇場版の第1弾でのことだ。その“永すぎた春”は、さらに15年が過ぎた現在も続いているのではないだろうか。

キムタクドラマ史上、最も魅力的な「怒り顔」を持つヒロインは、検事になった今も久利生を叱咤激励しているような気がするのだ。

 

碓井広義(うすい・ひろよし)
メディア文化評論家。1955年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。テレビマンユニオン・プロデューサー、上智大学文学部新聞学科教授などを経て現職。新聞等でドラマ批評を連載中。編著書に「少しぐらいの嘘は大目に――向田邦子の言葉」(新潮社)、「『北の国から』黒板五郎の言葉」(幻冬舎)など。

【デイリー新潮編集部】