ツイッターから典型的な投稿を引用させていただこう。まずは配役に関するツイートだ。

《信長が染谷将太、秀吉が佐々木蔵之介、家康が風間俊介…。皆さん全然嫌いじゃないけど、役のイメージからかけ離れすぎている。あえて奇を衒った配役なの?》

実際に染谷が出演して演技を披露すると、その困惑は更に深まったようだ。

《染谷将太の信長、丸すぎてなかなか慣れない 違和感ハンパないが続行中》

そして脱落組の1人と思われるツイートは、こんな具合だ。

《信長が染谷将太じゃだめだ! 見るのやめた。これまで良かったのに残念。染谷将太は嫌いな俳優ではないけど信長には合わない》(註:明らかな脱字を修正)

一方、違和感を“克服”した感のあるツイートは、以下の通りになる。

《染谷将太の信長って初登場の時は恵比寿様やんって思ったけど演技が良いんで違和感なくなってきた》

こういうベクトルで話題を呼んだ信長役は珍しいだろう。そもそも大河ドラマの歴史を振り返ってみると、信長が登場したのは、1965年の「太閤記」から、現在の「麒麟がくる」まで合計19作品だ。

2回演じた俳優も存在するため、19作品で17人の俳優が信長として登場した。その全員を表でご紹介しよう。

最初の表は【1966~88年】だ。65年の「太閤記」から、88年の「武田信玄」まで、7作品を記載する。

”殺さないで”とNHKに投書が殺到

元・上智大学教授でメディア文化評論家の碓井広義氏は、的確なドラマ批評で知られている。

そんな碓井氏に「思い出に残る信長」を訊くと、「3人の役者さんを挙げたいですね」と言う。まず1人目は、【1966~88年】の表に登場する高橋幸治(84)だ。

1965年の『太閤記』に出演した当時、高橋は無名の新人。だが、大抜擢は功を奏し、一躍、お茶の間で人気を獲得した。NHKには「殺さないでください」と“助命嘆願”の投書が相次いだ。結局、8月8日の第32回に放送される予定だった本能寺の変は、何と10月17日の第42回まで延期になったという。

「『太閤記』が放送されていた時、私は10歳でした。テレビに釘付けになったことを覚えています。それ以来、『織田信長』という名前を目にしたり、耳にしたりすると、反射的に高橋幸治さんの顔が浮かぶようになりました。恐らく、これは私だけでないでしょう。高橋さんの演技は、日本人の信長像に大きな影響を与えたと思います。それほどのインパクトがありました」(同・碓井氏)

高橋の演技は、日本人が持つ信長のイメージに忠実でありながら、「演技自体は相当にユニークな役作りの上に成り立っていました」と碓井氏は指摘する。

「凡庸な演出家と役者なら、喜怒哀楽が激しく、いつも暴れているような信長にしたでしょう。ところが『太閤記』での高橋さんをよく見ると、むしろ喜怒哀楽の表現は抑えられており、非常に内面的な演技でした。立ち居振る舞いや表情の変化だけで、“一国一城の主”たる信長の存在感を表現しました。常識の逆をついた演技だったはずなのに、視聴者には『これぞ信長』という正統派のイメージを与えることに成功しました。加えて、非常にリアルでしたね。高橋さんが無名だったこともかえって効果を発揮し、本物の信長がテレビの中で動いているような錯覚を覚えたものです」(同・碓井氏)

染谷将太と桶狭間

2番目の表は【1989~2009年】だ。89年の「春日局」から2009年の「天地人」まで、7作品をご紹介する。

2番目の表を見て碓井氏は「渡哲也さん(78)の信長にも、鮮烈な印象を受けました」と振り返る。

「96年の『秀吉』は主役が竹中直人さん(64)でした。才能溢れる、素晴らしい役者さんですが、一部の視聴者から『秀吉のイメージが壊れる』、『演技が過剰』と批判されたこともありました。まさに竹中さんの秀吉は“動”だったのです。それもあって渡さんの信長は“静”を強調したのでしょう。“うつけ者”や“激しい気性”、“冷酷非情”という側面は抑え気味にして、信長という人間の深さ、奥行きを提示したわけです。秀吉が『この上司のためなら、何でもする』と心酔できる信長像を提示した。その点が斬新でしたし、実際に石原軍団のまとめ役を務める渡さんにとっては、ある種のはまり役だったと思います」

最後の表は【2011~20年】だ。11年の「江~姫たちの戦国~」から、現在放送中の「麒麟がくる」まで、5作品を記載した。

最後の表に碓井氏は「豊川悦司さん(58)の信長も、私たちを楽しませてくれました」と言う。

「豊川さんの演じた信長は西洋文化に精通し、当時の日本人には無縁だった近代的精神を持つ男でした。『江~姫たちの戦国~』のファンなら、和服より、シャツやマントといった洋服を着た信長に強い印象を持ったのではないでしょうか。信長には、日本の旧弊を改めようとする、“改革者”としての顔があります。そうした側面に光を当てた豊川さんの信長は、やはり独創的だったと思います」

以上を踏まえ、「染谷さんの信長をどう思うか」を訊いた。碓井氏の答えは「とても面白く拝見しています。完全な肯定派ですね」

「これまで大河ドラマで、16人の役者さんたちが演じた信長とは全く違うキャラクターを作ったということだけでも、高く評価したいですね。何を考えているのか分からない信長、ということになるでしょうか。染谷さんの信長は頭が切れ、ユーモアのセンスも持ち、飄々としながらも、一瞬、狂気じみた表情を見せます。信長の既成概念を壊しているところが最大の魅力ですから、確かにこれは諸刃の剣です。驚いて引き込まれる視聴者がいる一方、違和感を持つ視聴者がいるのも当然だと思います」

なぜ「麒麟がくる」は、従来にない信長像を提示したのか。碓井氏は「意外にシンプルな理由ではないでしょうか」と推測する。

「『麒麟がくる』の主役は、あくまでも明智光秀です。それこそ、過去の大河ドラマでは信長を殺す悪役として描かれてきました。つまり『麒麟がくる』というドラマ自体が、明智光秀を善玉とすることで、これまでのイメージを変えようとしているわけです。ならば当然、信長のイメージも変えないとバランスが取れません。染谷さんの演技を、『この信長は悪役になる可能性がある』という観点から見てみると、面白さが倍増するのではないでしょうか」

特に史実を描いたドラマの場合、「従来にはない斬新なキャラクター」を作ろうとすると、演出家も役者も往々にして肩に力が入り、気負った演技になってしまうことがある。

碓井氏は「染谷さんの演技は、向こうを張るようなところが微塵もなく、非常にナチュラルです」と評価する。

「無理に作り上げたような演技ではないので、“意外な信長像”にも説得力があります。染谷さんの信長は、次に何をするか予測できず、動きに目が釘付けになってしまいます。次第にファンが増えてきたようですが、最初の山場は桶狭間の戦いでしょう。この合戦ではヒーローとして信長を描くのか、それとも、この時点から悪役的な要素を見せるのか、今から楽しみです」

週刊新潮WEB取材班

(デイリー新潮 2020年4月2日)