明日元気になれ。―part2

毎日いろいろあるけれど、とりあえずご飯と酒がおいしけりゃ、
明日もなんとかなるんじゃないか?

狭い範囲からも見えるもの

2012-02-03 00:04:02 | 想い
一日中、雪がちらついているような、そんな寒い日だった

雪に埋もれて生活している人もいるんだなぁと、
テレビで雪かきをしている人たちを見ながら思う。
雪の中、車が何百台も立ち往生していた。
大変だということはわかるけれど、雪の怖さを知らない私には実感が湧かない。

夏は35度を超える猛暑。
冬は大雪。
秋は台風が来て、洪水が起こって。
梅雨の時期はじめじめと長く、
湿気が……、乾燥が……と季節によって正反対の対策を練って。
しょっちゅう地震におびえて。

日本人は、本当に自然と向き合って暮らしているんだなぁと、そんなことを思う。

向き合って、寄り添って、恩恵を受けて、闘って、感謝して。
ずっとそうやって生きてきたのだ。

長い歴史の中で、自然と上手に共存するやり方を学んできたはずなのに、
戦後、それが少しずつ崩れ始めたように思う。
便利になった、克服できた、そんな部分は多々あるにしても。
どこかアメリカ的な、自然を人間たちの前に屈服させようという、そんな感じが否めない。
「支配」ではなく「共存」することを良しとしてきた日本人だから、どこかで歪みが出ているのではないだろうか。
原発問題、然り。

開国や民主主義まで遡って否定はしないけれど、
便利な文明を使いこなしながらも、自然の前で時折立ち往生してしまう日本人を見ていると、
ふと、そんなことを思ってしまったりもする。

ドラマ『北の国から』のワンシーン。
吹雪で車が動かなくなり、雪に埋もれて捜索不可能になってしまったとき、馬だけがそれを嗅ぎ当てる。
トラクターで田を耕すようになり、役目のなくなった馬だけが。

ドラマと区別もつかないほど実感の湧かない大雪の映像を見ながら、そんなことを思い出していた。

日本は小さいけれど、広いなぁ。
いや、私が狭い範囲で生きているだけか。

昔は、だから、旅をした。
自分とは違う生活を見たかった。感じたかった。
でも、所詮、旅人は通りすがりの人でしかない。

そのことに気づかされた。
それが、何よりの収穫だったとも思う。

・・・今日はお酒も飲んでいないのに、つらつらと何を書いているのだか

久しぶりに、結構長い記事を書いたからかなぁ。
この間の講演会のパンフ。
長いといっても、4000文字かそこらだけど。
やっぱりこれだけの文章量を、紙面構成考えながら書いて形にするのは楽しい。

長い取材のときは録音するけれど、私はそれを聞き直したり、いわゆる「テープ起こし」をすることがほとんどない。
取材内容は全部メモしているからだ。
「速記できるんですか?」と聞かれることがよくあるが、できない。
普通の日本語で必死に書いている。

なぜって、テープ起こしが嫌いなのだ。
時間がその分、よけいにかかるし、二度手間になるから。
それに、全部メモる気持ちで取材していると、集中力が単に聞くだけよりもはるかに高くなるので、内容がしっかり頭に入る。
だから、内容を覚えてしまっているので、構成が早い。
あとは、メモで言葉を拾って文章に作り直していくだけでいい。
どうしてもわからない箇所だけ、録音を聞くことはあるが・・・。

インタビューならいいが、これが講演会となると大変だ。
2時間、人が話し続けているのをすべてメモるのだから。
でも、今回もなんとかメモだけで記事ができた

今日デザイン事務所に送ったら、「完璧です!」と言われた。
いろいろ褒めたメールが来た。
めちゃくちゃうれしかった。
久しぶりに人に仕事を褒められたような気がする・・・(言葉にして)

やっぱりこういう仕事をしていかないとだめだな。
自分の得意分野で勝負する。
いい仕事ができると、気持ちいいもん

それに、人を取材すると、少しだけ「範囲」が広がる。
狭い世界で生きている自分だけど、もう少しだけ見えるものが増える。
それが楽しくて、この仕事を辞められない。