『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・万緑や母をいぢめし人を焼く……/細谷喨々:(下)

2014年10月29日 00時05分03秒 | ■俳句・短歌・詩

 師・石川桂郎を看取って  

  二十歳そこそこで石川桂郎門下生となった喨々。急速に実力を備えていったようだ。

 前掲句集『桜桃』によれば、喨々は昭和46年5月、毎日新聞俳句欄の特別企画 《師弟競詠》 において、師・石川桂郎とともに登場している。まだ学生であり、いかに師が弟子の才能と将来性を認めていたかが判る。

   それから4年後の1975年(昭和50)、師・桂郎は食道癌により「聖路加国際病院」に入院する。同病院の勤務医師となっていた喨々は、そこで師の最期を看取ることとなる。『桜桃』には、「桂郎先生」との「前書き」で三句を載せている。

  立冬の息吹き込みて胸薄く  

   ただでさえ痩躯の師の肉体は、“胸薄く” と言わざるをえないほど痩せ衰えていたのだろう。本句はまさに “死の直前” であり、11月6日、師は “不帰の客” となった。 翌年、「桂郎先生臨終の部屋にて」の「前書き」により、次の句がある。 

    あの日よりいくつ死のあり暦果つ

        ☆

   医師として “いのち” を “生業(なりわい)” としながらも、他方では文学的創作の “客体” と捉える喨々。医師とりわけ小児科医師として、必然、病床の子の日常やその死を看取った作品は多い。次の句には「前書き」として、在宅死した女児の名がある。句集『二日』より(以下、同じ)。

   撫子や死を告げる息ととのへて

   「撫子(なでしこ)」は、周知のように「秋の七草」の一つ。しかし筆者は、師・桂郎が常々強く唱えた 《てめえの面(つら)のある句》 をいっそう感じさせる次のような作品が好きだ。

 蛍火の明滅脈を診るごとく

 原爆忌長針揺れてから動く

 どれほどの鬱ならやまひ花茗荷

 手洗ひつ着ぶくれの子の嘘を聞く 

  手にひたと刃物のなじむ近松忌

 本所には床屋の友や大花火

        ☆

   医師にとって、「俳句」を通して “人間を描く” と言う行為は、我々の想像を超えるエネルギーを発散させるのかもしれない。言い換えれば、“喜怒哀楽 ”という人間感情を遥かに凌駕したレベルで、“生身の肉体” や “人間の尊厳” を見つめているに違いない。ことにそれが “人間の生き死に” ということであればなおさらといえないだろうか。

 

   それを如実に感じさせる作品が、『桜桃』に収められている。「祖母火葬」との前書きがある。 

  万緑や母をいぢめし人を焼く

   『万緑(ばんりょく)』とは、“夏の盛りに深く拡がる草木の緑”。「万緑の中や吾子(あこ)の歯生え染むる」という中村草田男の句を、一度は眼にされたことだろう。

    “いぢめた” のが「医師の妻」なら、“いぢめられた” のも「医師の妻」。「細谷家」は、祖父、父そして本人と「医師」が続いている。

 『母をいぢめし人を焼く』。この表現は “医師” でなければ出て来ないような気がする。これほど最少かつ端的に “死者の弔い” を表現した言葉があるだろうか。

   『祖母を焼く』ではなく、〝突き放した〟ように『人を焼く』としたところも凄い。いや見事だ。“いのち” を〝生業(なりわい)〟とする者しか “言い切る” ことはできないだろう。

 「前書き」にしても、普通なら『祖母を荼毘に――』くらいはありそうなものを、こちらも最少かつ端的に『祖母火葬』と言い切っている。

  “人間”、“医師”、そして “俳人” という “観点” を “三位一体論” になぞらえるなら、この句はその最右翼と言ってよいだろう。

        ☆

   「小児科医」として知られる喨々。本名、細谷亮太(りょうた)。仄聞するところによると、今年4月に「聖路加国際病院」の「小児総合医療センター長」の職を辞し、祖父より続く実家「細谷醫院」の「医院長」に就いたようだ。

 

         ★   ★   ★

 細谷喨々(ほそや・りょうりょう) 1948(昭和23)年1月2日、山形県生まれ。1968年、石川桂郎主宰『風土』入会。‘70年、同人。石川桂郎没後、『風土』を去る。2003年、俳誌『件』創刊に参加、同人。句集に『桜桃』、『二日』。東北大学医学部卒。元・聖路加国際病院副院長。現在、細谷醫院(山形県)・医院長。本名、亮太。医師として『小児病棟の四季』他、子育て、そして生命の尊さ等を提起した著作は多い。

 


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