『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・「花明り」に癒されて

2022年03月31日 19時39分43秒 | ■つれづれに(日記)

 

 年末からの試練を越えて

 今年の「元日」に記事をアップして以来、ちょうど3か月が過ぎようとしています。その「元日の記事」には、次のような一節を記していました。

 

 年末に摂取した例のワクチン。2回目でしたが、これが思いもよらぬ反応を示し、年末の十日間は “ひたすら病床静臥の時” をやり過ごすのみとなりました。》

 

 ここでの「年末」とは、昨年の12月23日のことです。また「思いもよらぬ反応」とは、翌24日のクリスマス・イヴより3日間、まったく食欲がなく、エネルギー不足による体力の衰えもあって、ひたすら静臥の時を過ごすのみでした。

 年が明けて、多少元に戻りかけたと思ったのも束の間、「松の内」が明ける7日前後より、全身の気だるさに見舞われました。静臥しなければならないほどではなかったものの、今年の1月半ばから2月末までの1か月半は、書物に目を通すことも、原稿を綴る意欲も湧かず、日々、特にこれといったことをするわけでもなく、ただ時間を無為に過ごしていたように思います。  

 それだけに「文筆」を生業とする現在の私にとっては、とても辛いまた経済的にも大きな試練となりました。

 それでも日課としての「聖書」朗読と、「日々の祈り」のための海岸へのドライブは一日も欠かすず、今日この日にいたるまで変わりなく続けています。

 以上のように、やや悲惨ともいえる「令和4年の始まり」を体験したわけですが、ようやく3月に入った頃から、徐々に本来のペースを取り戻し始めたような気がします。

 〝救いや励まし〟となったその〝きっかけ〟とは、電話による仕事の問合せや、様々なことに関するご質問やご相談でした。何とかお役に立ちたいとの願いから、このときばかりは、気力を振り絞って対処していたのでしょう。否応なく関連の書籍や資料に目を通すとともに、「インターネット検索」を強く促すものでした。

 もちろん、メールによる「返信」や「短い書簡」として、何とかお役に立てたのではないかと思っています。そのように〝力強く促されたこと〟が、どれほど私の〝気力の回復〟そして〝魂の救済〟の助けとなったことでしょうか。本当にありがたいものです。

 

 桜の盛りは「花明り」

 今朝の「奈多(なた)海岸」(福岡市東区)までのドライブは、早朝6時ちょっとの時間でした。いつものドライブコースとは異なり、「志式神社(ししきじんじゃ)」に駐車し、境内を抜けて海岸へと下る道を選びました。境内から続く、ここの桜並木を見るためです。

 季節は今まさに「花明り」。「花明り」とは俳句の季語として、“桜の花の盛りによる明るみ”を意味しているようです。

 淡い桜色の「花びら」が放つ、柔らかな「光の群れ」を捉えた表現であり、それがもたらす〝仄かな明るみ〟とでも言うのでしょうか。静かで清らかであり、どこまでも淡い桜色の柔らかさによって、辺りをそっと包み込んでいるような気がします。

 個人的にはとても好きな〝桜の様〟であり、光そして明るみと言えるでしょう。

 青年時代の一時期、多少「俳句」を嗜んだ者として、例年この季節になると、「花明り」の〝微妙な光の気配〟に魅了されるとともに、いつしか青春時代の一こまを振り返っているような気がします。


 

 みなさまへ

 ご心配をおかけしましたが、何とか平時の体調に戻ったように思います。もう大丈夫です。本当にありがとうございました。

 みなさまからのさまざまな励ましやお心遣いに対し、この記事をもってあらためて感謝申し上げます。                 

深謝再拝


 

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・年頭の辞

2022年01月01日 16時51分49秒 | ■つれづれに(日記)

恭賀新年

 新年明けましておめでとうございます。

 “年が改まる” とは文字通り最高の慶賀であり、同時にとても “贅沢な時間のゆらぎ” とでも言うのでしょうか。この数年、特にそのことを感じるようになりました。

 

 毎日散歩する福岡市東区の奈多の海岸。お昼ちょっと過ぎにはサーファーが十数人出ていました。最近の傾向として、20、30代の女性と中年男性が増えたような気がします。ウエットスーツを身につけているとはいえ、またどんなに天気晴朗なりといえども、寒いことに変わりはないとのこと。

 

 年末に摂取した例のワクチン。2回目でしたが、これが思いもよらぬ反応を示し、年末の十日間は “ひたすら病床静臥の時” をやり過ごすのみとなりました。

 この予想外の身に降りかかった “時のゆらぎ” を、今年一年の象徴的な一縷として受け止め、身を引き締めてゆく所存です。ありがたいことに、“思索意欲”が少しも損なわれていないことは、ひたすら神への感謝あるのみです。

 現在、企画出版向け(出版社へ持込み予定)の原稿を纏めています。病臥の身ではあっても、原稿執筆や関連事項に関する思索から抜け出ることはありません。じっくり再吟味し、また一段と内容を深化させるためにも、“病臥の思索”をむしろ善なりとして受け止めています。

 みなさま、今年もどうかよろしくお願い申し上げます。

 2022年1月1日 16時50分 暮色を帯び始めた志賀島を臨みながら

                花雅美 秀理

 

 

 

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・住宅建築・リフォーム業に不可欠な「SDGs」――早急に本格的な取組みを

2021年10月12日 20時23分01秒 | ◎《文筆くん》の仕事

 

 SDGs なくして、建設業なし〟

 本日、建設業向け【ホームページ診断報告書】(見本2)を、ビジネスブログ『文筆くん』にアップしています。 ☟クリック

「ホームページ診断報告書」(見本2)/住宅建築・リフォーム業([建設業]編)

  ※本ブログ欄外右の「ブックマーク」:『ビジネスブログ 文筆くん』をクリックすることによって、同ブログに入ることもできます。

 

  今回の 【ホームページ診断報告書】 (以下、「HP診断報告書」と略記)は、前回第1回目の「宅地建物取引業」(見本1)に続くものです。

  《住宅建築・リフォーム業》すなわち《建設会社 》向けであり、『乙川ホーム』(仮称)という、従業員30名足らずの会社のHPについての所見となっています。

 今回の【HP診断報告書】 のポイントは、当該企業のご要望により、次の   2点としました。


 

 わたくし(花雅美)が初めて「乙川ホーム」の「ホームページ(HP)」を拝見した際の「ファースト・インプレッション」。

  これに関する「報告内容」は次の「3点」です。

 (1)  HPは「ファースト・インプレッション」がすべて

 (2) 建築建築物」の魅力を伝える、極力「大きな写真」を

 (3)  SDGs』 なくして、「建設業」なし   特別提言  

 

  特に強調したのは(3)の『SDGs』(エス・ディー・ジーズ) 対する本格的な取組みであり、私はあえて《特別提言》としたほどです。現在、大手ゼネコンや大手住宅メーカーをはじめ、建設各社はこの『SDGs』に取組んでいます。しかし、大多数の中小「住宅建築・リフォーム会社」は、大きく立ち遅れているのが現状です。

  それでも〝勢いのある中小工務店〟の中には、逆にその〝小回りの良さとトップダウンのスピード性〟をフルに活かし、『SDGs』に非常に多くのエネルギーを費やしています。そのため、『SDGs』への取組みが遅れた企業との〝建設技術や住宅性能面での格差〟が、急速に広がり始めました。

   例えば、すでに3年半前よりSDGs』に着手した「X社」は、「目標ゴール」の「17」総てに、自社が取組むべきプログラムを周到に振り分け、〝段階的にその達成期限〟を明確に示しています。

   結果としてそれが、「社内組織の整備」や「実践行動」を活性化させるとともに、銀行融資や投資家を誘い、それがさらに技術革新や社員の成長をいっそう促しているようです。もちろん、業績も順調な伸びを示しています。

 この『SDGs』については、筆者も「シリーズ」として採り上げたいテーマです。そのためにも「グループ研究会」等によって、企業・団体等の事例研究やインターンシップ的な研修参加等をと考えています。



 

 については、次の3種類の「文章チェック」でした。

 ❶ 「代表者のごあいさつ

 ❷ 「各社員の自己紹介メッセージ(※〈Q&A〉を含めて)」

 ❸ 「担当社員による会社ブログ

 

 ❶❷❸のいずれも、相当数の〝修正箇所〟があるわけですが、今回はあくまでも【診断報告】に留めています。

 その中で私が注目したのは、「設計デザイン課」の26歳の青年が、「趣味・特技」について尋ねられた際の答えでした。他の従業員の答えが、「読書」「音楽鑑賞」「お菓子作り」そして「英会話(初級)」と、〝ひとこと・ふたこと〟であるのに対し、何と彼は〝驚くほどの長文〟として、次のような〝言葉を返して〟いたのです。

 彼はこう綴っています――。

 『趣味:建築物をスケッチすること。――建築科への合格が決まった翌日、スケッチブックを新しく買い込み、自転車でお気に入りの山荘がある丘へ出かける。興味深い建物が多い。建物自体いろいろあって素晴らしいが、何と言っても「周囲の緑」がいい。つまり建物だけでは、〝建物そのものの魅力〟も充分に発揮されない。建物と風景(ことに緑)との取り合わせによる「建築美」を痛感した。いつもよりスケッチも弾んだ。スケッチは趣味というより、僕の生活の一部になるのかも知れない。』 (※私、花雅美において、二、三の言葉を補筆補整しました。) 

 以上の言葉に魅了された私の反応と併せて、是非ご覧ください。

 企業HPにおける社員の言動がいかに重要か》 

 を理解されることでしょう。



 

  ◆携帯電話(花雅美 秀理)   090-1340―8904 

 ◆感性創房メールアドレス   sunlight_moonriver@yahoo.co.jp

 

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・本日10/4、【ホームページ診断】お申込みの受付スタート/文筆くん

2021年10月04日 09時51分25秒 | ◎《文筆くん》の仕事

 

 【ホームページ診断】 お申込みの「受付」スタート!

 

――ビジネス文筆くん (花雅美 秀理)


 

 本日令和3年10月4日午前10時より、『文筆くんによる

   【ホームページ診断お申込みの受付」がスタートします。 

 

 詳細につきましては、10月1日付文筆くんの記事をごらんください。

 【ホームページ診断】の受付を開始します:10月4日より ☚ クリック

 

なお昨日10月3日に、【ホームページ診断報告書】の「見本」として、

「宅地建物取引業」企業向けの報告書を掲載しております。

ご参考となれば幸いです。

 「ホームページ診断報告書」(見本)/宅地建物取引業  ☚ クリック

 


 

  【ホームページ診断】 をご希望の方は、

 まずは下記「ご連絡用携帯電話」によりお申込みください。

 簡単な「お電話」の後、こちらから――、

  「メール」により「ホームページ診断受付のご連絡メモ」をお送りします。

 

 PCメール  bunpitsukouboh@gmail.com

    ※メールアドレスは、「bunpitsukouboh」となっております。ご注意ください。

 予備のPCメール  sunlight_moonriver@yahoo.co.jp

  ご連絡用携帯電話  090-1340-8904 

 


 ※ 「建築・リフォーム業」の「見本」につきましては、近日中に文筆くん』に掲載いたします。今しばらくお待ちください。

 なお本ブログ欄外下の「ブックマーク」より、 文筆くん の「ブログ」に入ることができます。9月22日より、ほぼ毎日「記事」を綴っております。

 こちらもごらんください。


 

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・花雅美秀理による「ホームページ診断」ビジネスのご案内

2021年10月01日 23時29分47秒 | ◎《文筆くん》の仕事

 

 ――ビジネスブログ文筆くんのご案内

 

10月4日  【ホームページ診断】  がスタートします!

  『感性創房』の管理人・花雅美 秀理(かがみ しゅうり)は、個人的な「ビジネス」として、本年2021年12月1日(水)に、『文筆くん』という文筆業に関するビジネスを立ち上げます。

 このたび、その事前PRを兼ね、【ホームページ診断  業務をのみを先行してスタートいたします(※以下、「ホームページ診断」を【HP診断】と略記)。

 詳細は『ビジネスブログ 文筆くん の下記の「記事」をご覧ください。

   ☟ クリック できます。

 10月1日の記事 《【ホームページ診断】の受付を開始します―10月4日より》

  ★この「記事」の中に、➀【HP診断】の「お申込み方法」、②花雅美秀理の「略歴」及び ③今回の「特別業務報酬」についての記述があります。

 

 なお、【ホームページ診断 の「具体的な内容」につきましては、『ビジネスブログ 文筆くん の以下の記事を☟ クリック」してご覧ください。

 9月28日 《「ホームページ診断」とは?――依頼者の方へ》

 9月29日 《「ホームページ文章の新規作成」&「HPの補筆補整」》

★   ★   ★

 

   【HP診断】  の対象となる「2業種」

   以下の ❶ ❷ の会社はHP診断 において『文筆くん』が〝得意とする対象業種企業〟です。

❶ 「住宅建築・リフォーム」の会社(従業員最大50名様程度)

❷  「宅地建物取引業(不動産業)」の会社(従業員最大30名様程度)

  基本的には、以上❶ ❷ の会社」からの依頼が中心になると思われますが、もちろん、「❶❷併営している会社」もあるはずです。

 さらに、次の (A) (B) (C) のような会社からの依頼も考えられます。

  (A)  現在は上記の会社。しかし、近い将来の「宅地建物取引業」事業への参入を計画。

   (B)  現在は上記の会社。しかし、近い将来 の「住宅建築・リフォーム」事業への参入を計画。

   (C) 現在は上記 ❶❷ 以外の業種の会社。しかし、近い将来 または の事業への参入を計画。さらにその将来、現業との相乗効果や業務の活性化のため、❶ ❷両者を併せた経営を計画。……といった「ビジョン」をお持ちの会社でしょうか。

 


  ビジネスブログ『文筆くん』  においては、9月22日から本日10月1日まで10日間、連続して記事をアップしております。是非ご覧ください。

  ビジネスブログ『文筆くん』は、この『感性創房』の「ブックマーク」の一番上にリンクされており、ここから同ブログに入ることができます


 

  以上、よろしくお願い申し上げます。 深謝 

  令和3年10月1日

   『文筆くん』 運営管理  花雅美 秀理(「感性創房」作者)

 

 

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・聖書映画における避けるべき映像表現❷

2021年09月25日 11時42分53秒 | ◆聖書映画は聖書に忠実に
 

    読者のみなさんへ

  今回も編集上の都合により、【理想の聖書映画】シリーズの第2回目をお送りします。漢字は日本人のアイデンティティ⑤(最終回)』は次回となりました。



 
  この【】をご覧になる前に、前回【】巻末の「ルカ5章1節~11節」の聖句を先にお読みください。

 
 
  ……………いかがでしたか?
 
  「ルカ5章1節~11節」の聖句――。2そうの舟」が沈みかけるほど大豊漁の場面が描かれていました。ペテロのそばにはゼベダイの息子ヤコブヨハネの兄弟がおり、そしておそらくペテロの兄弟アンデレ(弟)もいたはずです。他にも、加勢の漁師がいたのかもしれません。
 
 イエスが漁師のペテロをはじめ、ヤコブヨハネを「弟子(後の12使徒)」として迎えるガリラヤ(ゲネサレト)湖畔でのこの場面は、他のつの「福音書」にも出ています。巻末の「※注①」及び「*特別注1~3」をご覧ください。
 
 
 
 〝魚網〟が破れるほどの〝活きた魚〟はどこに?
 
  ところが大変残念なことに、私が観た「映画 」での〝上記聖句に当たる「シーン」(映像表現)〟では、舟の中に飛び出たわずかな量の魚は生きてはいても、とても弱々しいものでした。
  それに加えて、膨れ上がった網の中の大量の魚は明らかにぐったりとした〝死んだ魚の塊(かたまり)〟だったのです。
 
  とても「ルカ5章6節」にあるような〝おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった〟という状態――。すなわち〝活きた魚が跳ね踊り、網から逃れようとする激しいまでの生命の漲(みなぎ)りには程遠いものでした。
 
   しかも「映画 」はそのあと、〝おびただしい数の死んだ魚で膨れ上がった網〟を、何とか舟に引き揚げようとする「シーン」へと続いたのです私はそのあまりの痛ましさに、すっかり鑑賞意欲を失くしていました。
 
  映画(DVD)が始まってから「このシーン」まで、わずかちょっとしか経過していません。私はDVDを止めて、しばし考え込んでしまったのです。私の「聖書映画」体験において、このときほど衝撃的で信じがたい「シーン」はありませんでした
 
 
  それから10分ほど経過したでしょうか。私は〝この「映画 」を最後まで見届けることが、今の自分に与えられた使命〟という気持ちで自らを奮い立たせ、再びビデオデッキのスイッチを入れました。覚悟を決めての鑑賞再開ですが、「ノート」を取ることを忘れませんでした。
 
  なんとか最後まで鑑賞しましたが、正直言って辛い時間となりました。残念ながら、いくつかの〝問題点〟も発見したのです。それらは〝明らかに聖書の記述とは異なるもの〟であり、また〝聖書に記述されてはいないもの〟明らかに聖書の神聖さや霊性とは調和しがたいもの〟でした。
 
 
 
   それ以来、「網にくるまれ多量の死んだ魚」が出て来る「聖書映画」を、私は他に4、5本観たと思います。おそらく読者の中にも、同じようなシーンをご覧になった方はいらっしゃるでしょう。
 
  例えば 「映画」では、確かに〝勢いよく網の中の魚は跳ねてはいた〟ものの、その数は〝とりたてて語るほどの量〟にはほど遠く、ペテロヤコブ、そしてヨハネが驚いたり、感動したりするほどの〝大豊漁〟には、遥かに及ばないものでした。
 
  『えっ? 獲れた魚って、たったこれだけですか?』
  『 ……2そうの舟が沈むほど、大量に獲れたのでは?』 
    ……と言いたくなるのも無理はありません。大変残念ですが、これではせっかくの「シーン」が逆効果になるのでは……。
 
  また「映画 」では、豊漁の網を複数の漁師が引き揚げるシーンはあるものの、ソフト・フォーカス気味の背景として〝ぼかされ〟、そのフィルムの上に〝わずかな魚が勢いよく跳ねる映像〟がオーバーラップしているだけでした。
 
 何とか苦心して〝とにかく、それなりのシーンを創ってみました〟という、少々〝興醒めした印象〟が残っています。 
 
 
 
  〝永遠の生命〟を象徴する〝おびただしい活きた魚
 
  以下は、あくまでも私の感想です。
 
  聖句が伝える〝おびただしい数の活きた魚〟とは、〝永遠の命〟を伝える「キリスト・イエス」と、その「弟子」となる「漁師たち」との〝師弟となるための儀式の象徴〟でもあったのでしょう。
 そのためにも、やはり〝魚は網が破れそうになるほど〟、また〝舟が沈みそうになるほど〟の〝大豊漁のシーンであって欲しかったのですが……。
 
 キリスト・イエスの奇跡とも言える〝大豊漁〟だからこそ、ペテロはそこに〝人間智を遥かに超えた尋常ならざる霊的な力〟を感じたのであり、反射的に〝これまでの自分という存在の不確かさや遣り切れなさ〟を実感させられたのではないでしょうか。
 
  だからこそ、シモン・ペトロイエスの足もとにひれ伏し、こう言うしかなかったのです。
 
  「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」
 
  ペテロの〝その気持ち〟は、ヤコブヨハネにしても同じだったと思います。
 
  というより、「神の子」としての「キリスト(救世主)・イエス」は、総てをお見通しの上で彼等に近づき、あえて〝舟を再び湖に漕ぎ出させて群衆に語り〟、〝沖に進ませて網を打たせ〟、〝大豊漁による驚きと感動に誘った〟と言えるでしょう。
 
 そして事も無げに、しかし〝生命の躍動と崇高な使命感を彼等の魂に満たしながら〟『それこそがあなた方の生きる道である』と、生命(いのち)を吹き込んだのかもしれません。
 
  「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」

  それだからこそ彼等は、何の疑念も躊躇(ためら)いもなく、

 〝舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従う事が出来た〟

   ……ということではないでしょうか。そのような〝素早い心の転換〟と〝自分の総てをイエスに預けるという行動〟を彼等にもたらした〝第一の感動〟は、やはりまずは何と言っても――、

 〝網が破れそうになるほどの生命力溢れる魚群〟であり、〝舟が沈みそうになるほど〝大豊漁〟
 
  ではなかったでしょうか。私にはそのように伝わって来るのですが……。
 
  大豊漁よ、そしてその〝シーン〟よ、永遠に! 
(続く)

 



 
※注① 以下、いずれも「福音書」です。 ◇マタイ4:18~22 ◇マルコ1:16~20 
 
★特別注 ◇ルカ4:31~41。ことに38~39において、イエスはシモン・ペテロの「姑(しゅうとめ)」が、熱で苦しんでいるのを癒されたくだりがあります。ということは、〝大豊漁〟の際には、すでにイエスとペテロとは〝顔見知り〟であったことが分かります。 
 
★特別注 ◇ヨハネ1:35~42では、ヨルダン川のベタニアにおいて人々に洗礼を授けていた「洗礼者ヨハネ」の弟子のアンデレ(シモン・ペテロの兄弟)が、イエスに従う場面があります。アンデレはその後、ペテロをイエスのもとに連れて行きますが、このときイエスはペテロを『〝ケファ(岩)〟と呼ぶことにする』と言っています。
 
★特別注 興味をお持ちの方は、この際ぜひ、◇ヨハネ21:1~14をご覧ください。
 

ⓒ 2021 感性創房(花雅美秀理)

 
 
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・聖書映画における避けるべき映像表現❶

2021年09月19日 01時31分20秒 | ◆聖書映画は聖書に忠実に

  読者のみなさんへ

  本来、今回のUP記事は、『漢字は日本人のアイデンティティ⑤(最終回)』の予定でしたが、編集上の都合により【理想の聖書映画】シリーズの第1回目として、この『聖書映画は聖書に忠実に 【1】』を先にお送りします。

 

 


 

  [聖書]に忠実な[聖書映画]を願って

  この【理想の聖書映画】シリーズは、定期的な連載ではありません。その都度、思いついたことを気ままに綴るため、他の「シリーズ」や「スポット記事」が間に入って来ることがあるかも知れません。

 ともあれ、次の「A、、B 2点」について、あらかじめお伝えします。

 

 : どの「映画」に対しても、私個人の〝映画愛〟と、製作関係者に対する〝リスペクト(respect)〟のために、〝批判的な表現〟はできるだけ避けたいと思います。

  とはいえ、やむをえず〝批判的な表現〟を必要とする場合は、対象映画の「タイトル」を伏せることにいたします。

  ここでの〝批判的な表現〟とは、「対象映画」における「映像表現(演技、台詞(せりふ)、カメラワーク、シーン構成等)」が、次の)()()の3つのいずれかに該当する場合を指しています。

 

 (明らかに聖書の記述とは異なる〟場合。

 ) 〝聖書の記述に合致する〟ものの、〝映像表現としては明らかに〝避けるべきと思われる場合。

 ()〝聖書に記述はないものの明らかに聖書の神聖さや霊性とは調和しない 〟と思われる場合。

  等となります。したがって――、

 

 : 「聖書映画」の鑑賞や評価を行う場合は、たえず「聖書記述」との〝比較検証〟をもとに進めたいと思います。そのため、かならず〝該当する聖書の箇所〟を具体的に表記します。例えば「マタイによる福音書/5章3節」といった具合です。 ※ケースによっては「マタイ5:3」と略記することもあります。

 したがって、私〝花雅美 秀理(かがみ しゅうり)〟の〝個人的な考えや感想〟を述べる場合は、必ず「私見として……」や「私の考えでは……」といった〝前書き〟を入れることにいたします。

 ともあれ、この《理想の聖書映画》シリーズは、映画大好き人間の私が〝クリスチャンの一人〟として、『聖書』の素晴らしさとその奥深さを実感する中で、〝どうしても伝えなければ〟と強く願っていることを綴るものです。

 それは言うまでもなく、〝聖書記述と異なったり聖書の神聖さや霊性とは調和しないといった映像表現〟を、しでもなくしたい思っているからです。

  そのためこの《理想の聖書映画》シリーズは、これから聖書映画」の製作をお考えの方々のヒントになればと思います。具体的には、監督、製作、脚本、時代考証担当」といった方々を中心に、「美術、照明、音楽、編集」等はもちろん、主な「キャスト」も含まれています。

 ズバリ言ってこの「シリーズ」は、私が少年時代から秘かに憧れて来た、「ハリウッド」のみなさまのお役に立てばという気持ちです。それは、優れた「聖書映画」の多くが、「ハリウッド」で創られたという歴史があるからです。

 

 

  『King of Kings』から始まった私の聖書映画

   私のこれまでの人生において、最初に観た「聖書映画」は、『キング・オブ・キングス』(King  of  Kings)〈MGM 映画〉でした。1962年の年明け早々に、一人で観に行った記憶があります。私は中学2年の14歳であり、母からチケットを貰って観に行ったものです。母も誰かにチケットを貰ったとのことでした。

  映画はニコラス・レイ監督、フィリップ・ヨーダン脚本であり、「キリスト・イエス」役には「ジェフリー・ハンター」(Jeffrey  Hunter)、「洗礼者ヨハネ」役には「ロバート・ライ アン」(Robert  Ryan)がキャスティングされていました。少なくともアメリカではかなりヒットしたようです。

  それ以降60年後の今日まで、私は映画館での鑑賞、DVD視聴、ネット動画視聴等30本近い「聖書映画」を鑑賞しました。それに加え、「聖書を題材の一つ」とする30数本の映画・TVドラマも観ています。

  詳細については、本シリーズにおいて順次明らかにして行くわけですが、今回第1回目の〝まとめ〟として、〝絶対に避けるべき映像表現〟についてお話します。

 その「映像表現」とは最初に述べたA」の)」

 〝聖書の記述に合致する〟ものの、〝映像表現としては明らかに避けるべき〟と思われる場合。

 に該当します。

 これからお話する 「映像表現」の「具体的な内容」については、地域・国籍・民族・宗派を問わず、おそらく多くの「クリスチャン」も納得されるでしょう。また、すでにそのような「聖書映画」や「TVドラマ」をご覧になった方もいらっしゃると思います。

 少なくとも私にとっては〝心を痛めたシーン〟であり、その後、複数の聖書映画」において〝同じようなシーン〟を観ることになったのです。

 

  絶対に避けるべき映像表現とは?

  これからお話する「心を痛めたシーン」の元となった聖書の該当箇所は、「ルカによる福音書」の5章1節から11節、ことに「5章6節、7節」です。以下は「日本聖書協会」の「新共同訳」(オンライン)より――。 文章は原文のままですが、改行や行間空けを加えて読みやすくしています(花雅美)。 



 

   漁師を弟子にする

  1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。

  2 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。

  3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。

  4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。

  5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。

  6 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。

  7 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。

  8 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。

  9 とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。

10 シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」

11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。 



 

   さて、みなさん。以上の「聖句」が、どのようにして絶対に避けるべき映像表現〟となっていたのでしょうか。しばし、お考えください。

 ……もうお気づきの方もいらっしゃるでしょう。何となく〝特定の映画〟が想い浮かんだという方も……。(続く)


 

ⓒ 2021 感性創房(花雅美秀理) 

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・漢字は日本人のアイデンティティ ④

2021年09月14日 11時30分47秒 | ■文化小論

 

  日本人名前に刻み込まれた儒教思想

  前回までの〝おさらい〟を兼ね、私見を交えながら進めてみましょう。

  1.日本人にとって中国から伝わって来た「漢字」は、「日本文化」とりわけ〝言葉〟や〝言語表現〟の中に深く根ざしている。

 2.上記の〝言葉〟や〝言語表現〟は、「儒教思想」の「仁・義・礼・智・信」そして「忠・孝・中庸」等といった徳目(道徳)として、〝日本人の精神の奥深くに浸透して行った〟。

 3.その〝精神への浸透〟こそが、日本人に〝正直で親切、穏やかでで優しい、礼儀正しく丁寧、清潔で几帳面、規律遵守の徹底、調和の心に満ちている〟といった好い評価をもたらした。

 4.そして以上の〝精神への浸透〟を決定的にし、今日も少なからぬ影響を与えているものこそ、「教育勅語」(※注①)と言えるでしょう。これこそまさしく、「忠君愛国」主義と儒教的道徳を根幹とする学校教育でした。

 5.以上2・3・4の〝精神への浸透〟の一つの証左として、「日本人の名前」の中に、「儒教」の徳目を意味する「漢字」の使用が数多く認められる。

  と言うところでしょうか。

  ではここで一つ「クイズ」を。次の「漢字」は、いずれもかなり昔の〝或る物語〟に登場するキーワードです。さてその「物語」とは何でしょうか。

 【仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌】

 

  「八文字」がヒントですが……、「儒教思想」に出て来る「仁・義・礼・智・信・忠・孝」の七文字が入っていますね。「」だけは新たに出て来た一字ですが、実はこの「」も「儒教思想」を支える重要な一語です。

  というのも、「論語」において孔子は、『と言う事こそ、仁徳の根本であろう。』(※注②)と語っているからです。すなわち儒教における「」とは〝親に従う事〟、「」とは〝兄や年長者に従う事〟を指しています。この二つがあってこその「」を説いているのです。

 

  ところで、答えは……というと、『南総里見八犬伝』です。この物語に登場する「伏姫(ふせひめ)」は、幼い頃に護身の数珠(108玉)を授かっていました。彼女は後にある出来事により、身の純潔を証するために自害するわけですが、その際、大玉の「八つの玉」が八方へ飛び散ります。それには「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字が印されていました。

  そしてこの「霊玉」を持つ、苗字に「」の文字が入った「八犬士」が登場して来るのです。

 

 仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 表札に求めた小学二年生

   1947年(昭和22年)生まれの筆者は、「団塊(だんかい)の世代」であり、戦後〝ベビーブーム〟のさなかに生まれました。

  『南総里見八犬伝』を読んだのは、小学二年の初め、放課後の図書室でした。今思えば、小学生向けにコンパクトに判り易くまとめられた読み物だったのでしょうか。それでも、3巻か4巻になっていたような気がします。とにかく、一気に読み終えたことを憶えています。

  それ以降、特に小学校から中学時代は、いつとはなしに「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八文字が筆者の中で反芻され、日常生活の中で触れるこれらの「漢字」に、特別な愛着を感じるまでになっていました。

  印象深く憶えていることは、小学校の高学年から中学時代に触れた「礼子」「智子」「信子」「孝子」という女子の名前でした。もちろん、男子名の「仁(ただし、ひとし)」「義(ただし)」「礼(あきら、ひろし、まさし)」「智(さとし、さとる、まさる)」「忠(きよし、ただし)」「信(あきら、まこと)」「孝(たかし)」などもそうです。

  また以上の八文字を〝組合わせた〟「義仁、義信、義孝、信義、信智、信忠、信孝、忠礼、忠義、忠孝、孝義、孝信」等もありました。こうした儒教熟語」の「名前」については、家々の表札を見ているときに見出したものが圧倒的に多かったようです。それもそのはず。筆者は小学校の通学コースを大きく外れ、まるで〝宝探し〟でもするかのように、「八文字」のある「表札」を追い求めていたのですから。

  この小学二年生の頃、筆者は福岡市(現在の「東区」)箱崎の近くに住んでおり、それも「九州大学箱崎本校」のすぐそばでした。「九大前(当時は「帝大前」)」という電車の終点駅があり、その傍に「古本屋」が5、6軒以上あったように記憶しています。

  小二の筆者はほぼ毎日、放課後はひたすら「図書室」に通い、その帰りにこれらの「古本屋」に入り込んでは、書棚の背表紙の「著者名」に、あの「八文字」を見出そうとすることもありました。〝他の誰も知らない、筆者一人だけの秘かな愉しみ〟でもあったのです。

 さらに上記「八文字」に、高い道徳性を意味する「正」「良」「善」「和」「真(眞)」や「明」「幸」「豊」「平」などを組合せたものも数多く見られ、女性の名前だけみても、上記に「子」を付けただけの代表的なものとして、ご承知のように「正子、良子、和子、明子、幸子」などがあります。

 男性名となれば、すぐに思いつく「義正、正義、義明、義幸、智和、智明、智幸、忠良、忠明、忠幸、信良、信明、信幸、良孝、孝明、和孝」等であり、これらの組合せは膨大な数に上るでしょう。

 さらに女性名としては「美」「優」「雅」「愛」なども、格調高く道徳性や美意識を漂わせるものでした。「美子、優子、雅子、愛子」はもちろん、「八文字」との組合せによる「仁美、美智子、智美」などがそうであり、男性名の「雅義、雅信、雅孝」などもそのようです。

 ……とここまで来れば、もうお気づきでしょう。……そうです。今上天皇の「徳仁(なるひと)」陛下」、皇弟「秋篠宮文仁(ふみひと)親王」さらに「悠仁(ひさひと)親王」と、皇族男子のお名前には、いずれも「」が付けられています。

  のみならず、平成天皇でいらした上皇陛下「明仁(あきひと)親王」をはじめ、昭和天皇の「裕仁(ひろひと)親王」、大正天皇の「嘉仁(よしひと)親王」、明治天皇の「睦仁(むつひと)親王」にも共通しています。つまりは「儒教」最大の徳目である「」を、男子皇族はお持ちだと言う事です。

 「令和」すなわち「Beautiful  Harmony」(美しい調和)に相応しい「」(思い遣り、慈しみ)であり、いかに「儒教思想」が日本に、そして日本人に根付いているかの証左ではないでしょうか。(続く)

 


 【参考】

※注① 正式名称は教育ニ関スル勅語」。1890年10月23日に下され、1948年6月19日に、国会により排除又は〝失効〟が確認されました。これは家族国家観に基づく、教育の基本方針を示す明治天皇の勅語。「勅語」とは「天皇陛下の御言葉」です。この「教育勅語」こそが、「天皇制」の精神的・道徳的支柱となり、学校ではこの「教育勅語」の暗唱が義務付けられたようです。


※注② 「論語」學而第一。原文は、「弟他者、其爲之本興」。「読み下し文」は「孝弟なる者は、其れ仁の本なるか」。  「弟」は「悌」と同じです。


※注③ 漢字」一つの読み方をみても、想像以上に多いことが分かります。「」にしても、他に【じん、にん、きみ、きむ、さと、しのぶ、とく、とし、とよ、のり、ひさし、ひろ、ひろし、まさ、まさし、めぐみ、めぐむ、やすし、よし】など多数あり、「」にも、【あき、いき、しげ、たけ、ちか、とも、のり、みち、よし、より】、「」にも、【あき、あや、かた、なり、のり、ひろ、まさ、みち、ゆき、よし】その他かなりあります。もちろん「」「」「」「」「にしても、実に多彩です。ぜひ一度確かめてみてください。


 ◆宮内庁-天皇皇后両陛下(※「愛子内親王」含めて)[website]  ☚

 

 

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・漢字は日本人のアイデンティティ ③

2021年09月09日 20時28分20秒 | ■文化小論

 

  「大化」から「平成」までの元号中国古典から

  前回 home work の 「努力」「成功」「失敗」「精神」「運動」「政治家」「英語」……は、「日本語(漢字)」も「中国語(繁体)」も、全く同じでしたね。

   「女⇒女士」「男⇒男人」「教師⇒老師」「先生⇒老師」「弁護士⇒律師」「想像⇒想像力」「創造⇒創建」「美術⇒藝術」「芸術⇒藝術」「建築⇒建築学」、そして「感性」⇒「靈敏度」(注①となっていました。 

 

  ところで、2年前2019年5月1日より 「元号」が「令和」になったとき、みなさんはテレビや新聞等で〝その名前の由来〟に関するニュースをご覧になったと思います。そこで、基本的なことを整理してみましょう。

★ 

  我が国の「元号」は、西暦645年の「大化」(大化の改新)から始まった

  「大化」から「平成」まで247の「元号」名称は、すべて「中国の古典」(四書五経)等から採(と)られた(※注②)。

 3 248番目の現在の元号「令和」は、初めて〝日本独自〟の歌集「万葉集」から採られた(※注③) 。

  「令和」の英訳は、「Beautiful  Harmony」(美しい調和)とされた。

 というところでしょうか。

★ 

 2 の「四書」とは、「論語」を中心とする「儒教の教典」であり、この「儒教」(注④)こそ「孔子」を始祖とする思想・信仰の体系と言えます。ことに「論語」は儒教の入門書として普及し、知識人のみならず、一般市民や農民の教科書としても用いられたようです。

  の「令和」の典拠は『万葉集』巻五の「序」にある次の一文、

 『于時、初春月、氣淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。』

 から来たものです(※原文には句読点はありません)。

 4 の「令和」の英訳については、海外のマスコミを中心にさまざまな翻訳が試みられたようです。「」については比較的容易に「harmony調和)」に落ち付いたようですが、「」については、「order」(命令、規律)又は「command」(命令、指令、指揮)として、おそらく〝権威ある上からの命令〟といった受け止め方がなされたのでしょう。

 そこで日本政府は、末尾「※注③」の歌の「原文」、 

 『于時、初春月、氣淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。』の「現代日本語訳」にある「……初春の(よ)い月の下での美しい風」や「鏡の前の美人が白粉(おしろい)で粧(よそお)うよう梅が咲いた……」

 といった歌の〝雰囲気〟をまとめる形で〝美しい beautiful〟と把握したのでしょう。そのようなことを念頭に置いた安倍首相や外務省の発表でした。

 

 道徳のルーツ? 儒教「仁・義・礼・智・信」

  儒教の教えとして、「仁・義・礼・智・信」という「五常」(※「五徳」とも言う)があり、孔子は「仁」をその最高の徳目としています

 

 「」とは〝人を思い遣る事〟。私心なく労(いた)わる心ということでしょうか。

 「」とは、〝利欲に囚われず、すべきことをすること〟。論語の「為政」編に、『義を見てせざるは勇無きなり』というのがあります。〝義を見てせざる〟というのは、〝正義を貫かなければならないときは……〟というニュアンスがあるのでしょう。そのときは、どんなことをしても勇気を持って事に当たれと。

 「」とは、〝仁を具体的な行動として、表したもの〟。のちに〝人間の上下関係において守るべきこと〟を意味するようになったようです。

 「」は「論語」では「」と表記され、「聡明さ」ともなっています。単なる「知恵」ではなく、道徳的な認識判断を含むものです。

 「」とは、〝真実を告げる、約束を守る、誠実であること〟。また〝言明を違えないこと〟。

 

  以上の五徳に、「」「」それに「中庸」が加えられているようです。「忠・孝」と来れば、筆者のような団塊の世代には、《忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず》といった言葉が浮かんで来ます。

 これは、〝主君にを尽くそうとすれば親の意思に逆らって不になり、親の意思に従えば主君に背いて不になる〟という〝板ばさみの状態〟とされています。

  しかし、この言葉は少なくとも今日の我が国においては、「主君」と「親」との関係から一歩進み、他の「徳目」ことに「義」や「信」の実践を含んで広がっているような気がします。役所や政治家の不正や虚言などにおける、上司と部下といった関係にしばしば登場するのではないでしょうか。

 「中庸」とは、「四書」の一つとしての「中庸」の教えであり、「」とは〝偏(かたよ)らないこと〟となっています。一方、「」とは「平常」や「常」であり、また〝優れた点や変わった点を持たない(=庸才)〟との意味を持っているようです。

  えてして「中庸」を〝平均的〟とか〝中道的〟と安易に判断しがちですが、決してそうではなく、天地自然の理や人道人倫について思考判断する際の〝もっとも崇高な基準〟として、〝偏らないという自己抑制の貴さ〟を教えているのではないでしょうか。(続く)

 


 

※注① ちなみに「敏度」と入れると「感度」と翻訳されます。「靈」は、もちろん「霊」の旧漢字です。「感性」が「霊(魂)」の「感度」と言うのですから、〝深遠な魂の声〟が聞こえて来るような気がするのですが……。


※注② 「四書(ししょ)」とは、「論語」(孔子:こうし)、「大学」(曾参:そさん)、「中庸」(子思:しし)、「孟子」(孟子:もうし)の四つの書を指しています。なお「論語」は、孔子やその高弟たちの言行を、孔子の死後に記録した書物。

  また「五経(ごきょう・ごけい)」又は「六経(りっけい・りくけい)」は、漢代に官学とされた「儒学」における「経書」の総称。「六経」とは『詩』(詩経)「書」(書経)、『礼』(礼記)、『楽』(楽経)、『易』(易経)、『春秋』の6つの経書を言い、このうち早い時期に失われた『楽』を除いた5つの経書を「五経」と言います。


※注③ この原文の「書き下し文」は、

  『時(とき)に、初春しよしゆんれいげつにして、かぜやはらうめ鏡前きやうぜんひらき、らん珮後はいごかうかをらす。』  

  となり、これをさらに「現代日本語訳」にすると、

  『時は初春しょしゅんい月(※この場合『令』は「善」と類義語) であり、空気は美しく、風はなごやかで、の前の美人白粉おしろいで装うように花咲き、は身を飾るころもまとこうのようにかおらせる。』 

  となるようです。

  なお「」には、「立派、清らか、めでたい、神のお告げな」どの意味もあるとのこと。また「」には、「おだやか、なごやか、やわらぐ、のどか」に加え、「仲良くなる」という意味もあるようです。平和で優しい印象が感じられます。


※注④ 「儒教(Confucianism)」とは、孔子を始祖とする思想・宗教の体系。紀元前の中国に興り、東アジア各国において2千年以上に渡って影響力を持っていました。


 


 

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・漢字は日本人のアイデンティティ ②

2021年09月03日 12時27分07秒 | ■文化小論

 

 日中が共有し続ける〝天地自然〟〝感性〟

 いかがでしたか? A・Bグループの「中国語(繁体)」――。ところで、今回も前回同様、「Google 翻訳」の画面をスタンバイさせてください。

   では始めましょう。

 

 A:「草」「花」「鳥」「風」「月」「雪」「雲」「雨」 「春」「夏」「秋」「冬」 でした。

 「草」から「雨」までは、「日本語」すなわち「日本の漢字」と全く同じですね。残りの「春」「夏」「秋」「冬」の四つについては、いずれも当該「季節」のあとに「」という漢字が来ています。「春天」「夏天」「秋天」「冬天」……と。

 せっかくですから、ここで「春夏秋冬」と、「日本語」の「テキスト」に入力してください。……………「中国語(繁体)」の翻訳には、同じ漢字が出て来ましたね。ついでに、「雪月花」そして「花鳥風月」も、どうぞ。

 ……………後者の〝ひと文字〟だけが違っていますね。

                  

 Bグループは、ちょっとずつ〝違い〟があり、これはこれで面白いものでした。

 「父」も「母」も「父親」「母親」と、「」がついていました。ちなみに「父親」「母親」と入力しても同じです。「兄」も「弟」も、ともに「兄弟」であり、「姉」も「妹」も、これまた同じ「姐姐」でしたね。「姐」も「あね」と呼び、もちろん「日本漢字」としても使われています。

 「祖父」も」「祖母」も同じであり、「夫婦」は「夫妻」と出ましたね。興味深いのは、「恋」も「愛」も「恋愛」も、いずれも「と出て来たことです。日中における〝恋愛観〟の違いを、何となく感じるのは筆者だけでしょうか。

 とはいえ、「恋」を「旧漢字」の「戀」と入力するとどうでしょう。……………そうです。「中国語(繁体)」も、まったく同じ「戀」と出て来ます。

 ところで、日本語の「愛人」は「情婦」と翻訳されています。しかし、逆に「中国語(繁体)」で「愛人」と入力すると、「配偶者」と出て来ます。専門家のご意見をお聞きしたいと思っているのですが……。日中間の〝恋愛観〟や〝夫婦観〟の微妙なズレがあるのかも知れません。

 「夫婦」=「夫妻」にとって、「愛人」とは「夫」であり「妻」であると……、いえ、「夫」or「妻」以外には考えられないと、中国の方は強い思いをお持ちなのでしょうか。「愛人」を「配偶者以外の人」と思っている方々は、国籍及び既婚・未婚を問わず「反省」! 「内省」(中国語(繁体))!

 

 〝青春〟〝白秋〟「中国語」

 筆者が「漢字」としての「日本語」と「中国語」との違いや共通点を意識するようになったのは、俳句を始めた27歳の頃でした。或る俳句に関する本を読んでいたとき、「青春」という「言葉(※すなわち「漢字」)」が、「中国語」の「春」を意味することばであり、この「」を〝色にたとえると「」になる〟というものでした(※注①)。

 同様に「夏」の「色」は「朱(あか)」、「秋」は「白」、「冬」は「玄(くろ=黒)」であり、つまりは「青春(せいしゅん)・朱夏(しゅか)・白秋(はくしゅう)・玄冬(げんとう)」となるとのこと。

 そう言えば、芭蕉の紀行文「奥の細道」の中に、次のような一句があります。

 

 石山の石より白し秋の風

 

 越前(石川県小松市)の古刹として名高い「那谷寺(なたでら)」を詠んでいます。もちろん、芭蕉の心のどこかに〝白秋〟があったのは確かです。

 ともあれ、筆者は「青春」や「白秋」についての己の無知さ加減に、愕然とした記憶があります。しかし、それ以上に衝撃を受けたのは、筆者自身の無知もさることながら、以上の事を、小・中学校や高校・大学において〝誰からも、教えを受けなかった〟という事実です。

 

 少なくとも、「小・中・高の教科書」にはなかったように記憶しているのですが……。大学において、「国文」や「日本文学」を学んだ方であれば、当然〝学習内容〟の一つになっていたと思います。しかし残念ながら、筆者は法学系でした。

 また「俳句」の「季語」ともなっている「立春」や「立秋」、「夏至」や「冬至」と言った「二十四節気(にじゅうしせっき)」(※注②)が、「中国語」すなわち「中国漢字」であることを知ったことも、日中の漢字の奥深い関係を知る機会となりました。

                  ★ 

 では次回までの home work を差し上げましょう。以下の「日本語(漢字)」を「中国語(繁体)」に翻訳してください

 「努力」「成功」「失敗」「精神」「運動」「政治家」「英語」「女」「男」「教師」「先生」「弁護士」「想像」「創造」「美術」「芸術」「建築」「感性」  では次回の③にて……………。 

 


 

     ★ ★ ★  美麗憂愁? ★ ★ ★

 ねえねえ、見て見て。「美人」と入れたら、「美麗」って出て来たの。

 美麗………び・れ・い………。 なんてすてき! この言葉がある以上、「美人」がちっとも「美人」じゃなくなっちゃったみたい。 ああ。やだ。やだァ。 

 美しくて……麗(う・る・わ)・し・い……。 これよ。これしかないわ。『君は美人だね』……なんて、もう呼ばれたくないかも……。

 ……『君は…』 も 『…だね』 も、いらないもの。 ただ、ひ・と・こ・と……美麗……び・れ・い。 ううん……その言葉もいらないわ。

 ただ、あたくしを、ほんのちょっと見つめて、静かなまなざしの中で、くちびるだけがさりげなく、び・れ・い…って言葉をつづってくだされば……………。

 ああ! なんて幸せなんでしょ。あなたもそう思うでしょ? きっと誰もがそう感じるはずだわ。 ねっ? そうでしょ? 

 ねえ? もしもし? あれっ? え? ねちゃったの?  

 


 

 ※注① 中国の「陰陽五行」の考えから来ています。

 ※注② 二十四節気(にじゅうしせっき):もちろん、この言葉は中国からのものであり、立春・立秋、春分・秋分、夏至・冬至などの季節を表す言葉です。1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもの。「節(せつ)または節気(せっき)」と「気(中(ちゅう)または中気(ちゅうき)とも呼ばれる)」が交互にあります。太陰太陽暦(旧暦)の閏月(うるうづき)を設ける基準であり、中気のない月を「閏月」としていました。この「二十四節気」は、その年によって1日程度前後することがあります。

 中国には、「二十四節気」をさらに約五日ずつ三つに区分した「七十二候(しちじゅうにこう)」という季節の表現方法もあります。

◆ 「塗椀に割つて重しよ寒卵」――石川桂郎:上

 本ブログの記事(2018.1.1)です。この中で「二十四節気」の事に触れています。ご参考までに。


 

 

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・漢字は日本人のアイデンティティ ①

2021年08月29日 22時42分02秒 | ■文化小論

 中国からの漢字無くして、日本語は成り立たず

 筆者は本ブログにおいて、「一帯一路」や今回の「コロナ問題」等について、「中国」に批判的な記事を書いています。

 と言って筆者は、「中国」が〝嫌い〟ということは決してありません。〝嫌い〟どころか〝好き〟であり、さらに言えば〝深い尊敬〟の念を少年時代よりずっと抱いています。

 その最大の理由は、私たち日本人にとって、中国から伝わって来た「漢語」すなわち「漢字」は、今回の表題のように〝日本人のアイデンティティ〟であり、この「漢語・漢字」を抜きにして、〝日本語〟や数多くの〝日本文化〟を語ることができないからです。

 以上に加え、筆者自身が曲がりなりにも「漢字」を基本とする〝言葉〟を、ささやかながら〝生業の道具〟としているからでしょうか。つまりは現在の「中国」の「繁体字(はんたいじ)」や」「簡体字(かんたいじ)」という「漢字」をベースに、〝言葉を紡ぎ出して〟いるからにほかなりません。

                  ★

 「日本語」と言ったところで、その中心は「中国」からの「漢字」であり、それを日本独自の「平仮名(ひらがな)」と「片仮名(カタカナ)」等で補っているにすぎません。あくまでも「日本語」の根幹は、「表意文字」を中心とする「中国漢字」すなわち「漢語」だということです。

 もちろん、中国古来の「漢字」を〝日本風にアレンジ〟した「国字」というものもあるようです。「躾(しつけ」「峠とうげ) 」「畑」「辻(つじ)」「凩(こがらし)」「雫(しずく)」「鰯(いわし)」といった文字がそれです。

 しかし、それらの「国字」を構成する「身」「美」「山」「上」「下」「田」「木」等という「部首」や「作り(造り)」は、「中国漢字」そのものです。

 このgooブログ「感性創房」自体、「感」「性」「創」「房」という四つの「中国漢字」から成り立っています。そこでこれから、みなさんとともに面白い「google翻訳の遊び」をやってみましょう。

 それでまず、この「ブログ画面」はそのままにして、「別画面」に「google 翻訳」というページを開きましょう。開き方はいろいろあり、すでに多くの方が〝自分なりの開き方〟をされていると思います。

 それでもここでは、いま申し上げた「google 翻訳」という文言をそのまま正確に入力してください

 似たようなものがたくさんありますが、ここではあくまでも、「中国語簡体)」と「中国語繁体)」という〝2つの翻訳語(漢字)〟が出てこなければなりません。というのは、中国語」という〝1種類の翻訳語〟しか出てこないサイトもあるからです。

                  

 それでは続けましょう。

 「google 翻訳」と入力すると、たくさんの「言語」が並んでいますね。まず左上に「アイスランド語」次に「アイルランド語」…………そして最後の方に「英語」「韓国語」……さらに「中国語(簡体)」「中国語(繁体)」とあり、末尾に「日本語」と出ています。

 その「中国語(繁体)」をクリックしましょう。以下のような「2行」が出て来ますね。

 


 日本語             ▼    中国語(繁体)          ▼


 テキストを入力                翻訳


 (もし「日本語」が「側」に来ていた場合は、「」(「言語を入れ替え」という表示が出て来ます。)をクリックすると「側」に移動します。)

 

 そこでさっそく、まず「感」という漢字を、「テキストを入力」というところに入力しましょう。すると、、「翻訳」というところに「感覺」と出て来ます。……同じように、「性」「創」「房」と入れてみましょう。

 それぞれ、「中国語(繁体)」の「性➜性別」「創➜傷口」そして「房➜束」が出て来ますね。

 ここでは、出て来た「中国語(繁体)」の「漢字」にとらわれることなく、「日本語」と「中国語(繁体)」との〝違い〟を〝何となくぼんやり感じて〟いただくだけで結構です。次回、少しお話しします。

 そこでみなさんへの assignment (home work)して、次の「A」「B」2グループの「日本語」を、「中国語(繁体)」 に〝翻訳〟してみましょう。それぞれ12個☓2グループ=24個あります。

 

 A:「草」「花」「鳥」「風」「月」「雪」「雲」「雨」「春」「夏」「秋」「冬」

 B:「父」「母」「兄」「弟」「姉」「妹」「祖父」「祖母」「夫婦」「恋」「愛」「恋愛」

 

 それでは、次回お会いしましょう。

 

 

 

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・トヨタ自動車・豊田章男社長のSpeech(後②) ※結び

2021年08月22日 11時56分12秒 | ●脱TV❶:Speech動画

 

  経営者政治家流暢な英語

   いかがでしたか? 豊田章男社長のSpeech――。正味14分ちょっとのSpeechの中に、20数回もの「笑いと拍手」がありましたが、そのほぼ半分は「爆笑と歓呼の拍手」でしたね。

 もちろん〝Speech内容の素晴らしさ〟は言うまでもありません。加えて〝人間としての確たるポリシーと静かなる闘志〟とが、心地よく伝わって来ました。

 それに何と言っても英語の流暢さ〟であり、〝自分の言葉で自在に語り尽くす自負と責任〟とでも言うのでしょうか。そういう雰囲気が充分感じられたと思います。「Speech原稿」など、どこにもありませんでしたね。

 実は今回、この「豊田章男社長のSpeech」を採りあげたいと思った動機は、 2点 です。 

 

 第1、「国際的な企業組織トップは、〝英語Speech力秀でた人が相応しいということ。

 

 これは「海外拠点を置く企業」や、広く「海外取引先顧客を求める企業」であれば、絶対に欠かせない〝トップの条件〟と思います。

 このことは、「政治家」とりわけ「国会議員特に「海外視察」の多い議員についても同じではないでしょうか。なぜなら優れた「海外の法制度」や「行政実務の事例」等を学ぶためには、事前の情報・資料収集の段階から、それ相応の「英語力」や「Speech対応力」が必要だからです。

 これから国会議員」(注①)をめざす方の〝最低限素養〟として、ぜひ常識になって欲しいと思います。すべてを秘書やブレーンに任せたうえ、企画書や報告書まで100%作成させると言う「政治家」は問題です。

 〝本当に語り尽さなければならない、政治家としてのあるべき姿〟を、豊田章男社長のように堂々と、自分のポリシー体験を通して、流暢英語によりSpeechをして欲しい〟ものです。

 

 第2、「経営者であれば、〝自社の「製品・商品サービスコンセプト内容・性能・価値等について、徹底的熟知することが不可欠です。

 つまりは〝現場第一(※注②)に徹する〟ことの大切さを、豊田社長が自らの実践行動によって実証されたからです。

 Speechの中で話されているように、社長に就任した2009年当初、豊田社長は社内の「マスター・ドライバー」(※注②)経験者から、次のように言われています。

 『運転の仕方も分からない人に、あれこれ言われては困る。』

 そこで豊田社長は、「マスター・ドライバー」になるための訓練を52歳で挑戦し、その資格を取得しました。その目的は〝車の正しい運転方法を学ぶ〟とともに、〝エンジニアたちとのコミュニケーションを図る〟ためでした。

 「ホッケー選手」として、「モスクワ・オリンピック※注③)」の「男子日本代表」にも選ばれたという豊田社長――。そういう運動神経と共に、果敢に挑戦する〝信念と使命感〟があったからではないでしょうか。

            ★

 ここでの〝現場第一主義〟を「国会議員」にあてはめるなら、それは「国際社会全体」に対する〝愛にあふれた熟知〟であり、国際社会を構成している「個々の国家や地域」と、〝より良く調和して行く〟実践行動ではないでしょうか。

 このテーマについては、《新しいシリーズ》(仮称「行きたい国・都市において、少しずつ触れてみたいと思います。(完)

 


 

参考

 注① この「国会議員の資質問題」については、近い将来取り組む予定の女性議員を増やすために――女性議員の資質と支援態勢(シリーズ)において、詳しく触れたいと思います。

 

 注② 「マスター・ドライバー」とは、〝新型車の発売前に最終的な性能チェックをするドライバー〟とのこと。

 ◆記事 「トヨタ社長がマスタードライバーになった“逆転のクルマ”」 ――「社長室にいては分からない情報が現場にクリック

 「日刊工業新聞」2020.10.7の記事です。

  ※なお、以下の「サイト」をご参考に。

 ◆記事 「稲盛和夫 OFFICIAL SITE」(現場主義に徹する) 

  ☝ クリック!

  「京セラ」や「第二電電(現・KDD)」の創業者でもある稲盛和夫氏に、筆者は強い影響を受けました。いつか是非採りあげてみたいと思います。

 ご紹介する「OFFICIAL SITE」の中の「稲盛ライブラリー」の記事については、すべてご覧になるお気持ちでどうぞ。特に「フィロソフィー」と「経営の原点」を。

 

 ※注③ この「モスクワ・オリンピック」(1980年8月開催)は、ソ連の「アフガニスタン侵攻」(1979年)を口実に、五輪からソ連を締め出すことを決断したアメリカ合衆国等により、多くの国が参加をボイコットしました。日本、西ドイツ、中国、韓国、イラン等も同調して不参加。一方、英国、フランス、オーストラリア、ベルギー等は参加。

 そのため、当時柔道「無差別級」で出場予定の山下泰裕選手(現・JOC会長)が、その無念さを涙ながらに語っていたのがとても印象的でした。しかし、その4年後の「ロサンゼルス・オリンピック」の「無差別級」において、山下選手は1、2回戦、そして準決勝、決勝とすべて一本勝ちを収めて優勝、見事金メダルに輝きました。

 

 ◆動画 1984年「ロサンゼルス・オリンピック」での、山下泰裕選手による「無差別級」の4試合と表彰式。

 あれから37年――。あのときの感動と興奮は少しも色あせてはいません。筆者は思わず涙ぐんでいました。

 山下泰裕JOC会長に、ひとまずの労いとリスペクトを込めて

 

 

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・トヨタ自動車・豊田章男社長のSpeech(後①)

2021年08月18日 01時35分05秒 | ●脱TV❶:Speech動画

  自分だけドーナツ(=感動的な歓び)見つけよう!  

 そしてここからが「第三幕」です。

 「バブソン大学」院生時代、勉強ばかりしていて「つまらない人間(boring)」となっていた豊田青年が見出した〝歓び〟は、なんと「ドーナツdonut)」でした。

 

 「アメリカのドーナツが、こんなにも美味しく歓びになるなんて思いもしませんでした。」 

 「自分だけのドーナツを見つけてください。私(豊田章男)にとってドーナツより好きなものはです。」

 そして豊田社長は、後輩の「卒業生」に向かって①~⑫の言葉を紡ぎ出すのです。

  ①「前だけを見て全てが上手くいくと考える。」

 ②「予想外の事があっても、恐れない。」

 ③「必要な時に劇的な変化起こすことができるか。」

 ④「変化から逃げるのではなく変化を受け入れる。」

 

 ……これから「不透明な厳しい現実社会」へ出ようとしている卒業生にとっては、実に的確な励ましではないでしょうか。

  そして、将来「成功した企業」のCEO(=chief executive officer 最高経営責任者)になっているであろう「後輩たち」に対して、同じCEOとして豊田章男先輩は語ります。

 

 ⑤「しくじらないでください。」

 ⑥「正しいことをやりましょうそうすればお金はついて来ます。」

 ⑦「何歳になっても、常に新しいことを学びましょう。」

 それに続けて、〝誰もが生徒になれる〟〝生徒というのは、いつだって最高の仕事〟であると。とても簡潔で納得できる表現ですね。

 ⑧「あなたに影響を与える人見つけてください。彼らからエネルギーをもらいましょう。」

 ⑨「誰かに影響を与える人なってください。」 続けて、

 ⑩「立派なグローバル市民になってください。」 

 ⑪「環境の事、地球の事世界で何が起こっているのか、いつも気にかけてください。」 そして、 

 ⑫「恰好をつけるのではなく温かい人になってください。」

 

 トヨタでは〝誠実さ、謙虚さ、尊敬〟といった価値観を「トヨタウエイ」として大切にしているとのこと。

 いよいよ終幕」です――。

 「今日という(卒業式の)日は終わりであり、始まりです。(日本では、今年2019年の)5月1日から「新しい時代」に突入し、「令和(れいわ」(=美しき調和という名前がつけられました。

 あなたの時代が「美しき調和」に囲まれて成功にあふれ、多くのドーナツで満たされることを願っています。ありがとうございました。」(Speech 終了。次回、最終回

  The American Donuts, be forever! 

    アメリカン・ドーナツよ! 永遠なれ!  

 

 

 Tea time

 まったくテレビを見ない筆者の〝お笑いタイム〟の源は、もっぱら「ネット動画」です。この「動画」も大好きな一つです。

◆動画 【爆笑】『バレエ公演』間違えてるよ!!(3分22秒)

 【TOMOAKIのバレエブログ】さんから拝借 。ウィーン(オーストリア)の著名な少女バレエ団による〝コミカル・パフォーマンス〟です。

 次回が本シリーズの「結び」すなわち「最終回(後②)」であり、私見をまとめてみたいと思います。

 

 

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・トヨタ自動車・豊田章男社長のSpeech【中】

2021年08月15日 14時23分32秒 | ●脱TV❶:Speech動画

 読者へ この記事は、前回【上】の豊田章男社長の「Speech動画」についてのものであり、そのSpeech内容の説明と筆者の所見です。今回初めてこのブログをご覧の方は、まずは8月9日の【上】をご覧ください。

 

  バブソン大学優秀さを最大限実証

 豊田社長のSpeechに耳を傾ける「バブソン大学・大学院」の一部の 「卒業生」の中には、〝卒業してからの仕事の有無〟に不安を抱えている人もいたでしょう。それは「卒業生」にかぎらず、「教職員」や「卒業生の家族」の中にも同じような人々はいたはずです。

 それを豊田社長は――、

 『心配事を、まず解決しましょう。』 切り出し

 『みなさん全員にトヨタでの仕事をプレゼントしましょう。』 

 ……と豊田Speechの第一幕〟が開き、〝どっと会場が湧き、拍手と微笑〟に包まれます。筆者は初めてこの動画を観た時、〝一瞬〟驚きました。もちろん、この時点で多くの「卒業生」の「進路」は決まっていたはずです。そこですかさず、豊田社長は続けます。

『……ただ、まだ人事部からはOKをもらってないのですが、たぶん大丈夫だと思います。』

 ……とここまで、Speech開始からわずか1分50秒しか経過していません。この〝話の出だし〟すなわち〝つかみ〟は実に見事です。

 しかし、〝尾張名古屋生まれの豊田家三代目の社長は、〝トヨタ自動車の子会社・グループ企業社員のポスト〟という〝プレゼント〟だけでは終わらないのです。

 筆者が想うに、豊田章男社長の〝真の狙い〟は――、

 ――たとえ卒業生全員であっても採用します。〟つまりは、それだけここ「バブソン大学・大学院」の卒業生は〝だれもが優秀であり、信頼できる〟のですからトヨタ自動車をはじめ、600余の子会社、200のグループ企業のいずれかに、みなさんを受け入れる会社、そしてポジションがかならずあるでしょう。――。

 と言っているかのです。 言うまでもなく「卒業生・教職員・卒業生の家族」という三者に喜びと自信と誇りを与えながら、同時に「トヨタ自動車」および「トヨタの子会社・グループ企業全体」のアピールでもあるのでしょう。

 それを〝さりげなく、ユーモアをこめて〟言ってのけ、続いて、

就職活動に関する悩みは解決したと思いますのでもっと大切な話をしましょう。」 

 そして、「第二幕」が上がります。

「この記念すべき卒業式の「今夜のパーティ」で〝どれだけハジけるか〟。もっと重要なことは、そのパーティに、〝私(豊田)も参加できますか?〟」  

 と。ここで爆笑と拍手が沸き起こり、さらに続けて、

 「ただし、夜更かしはできません。なぜなら明日は『ゲーム・オブ・スローン』」の最終回だからです。」

 ……もちろん、バカ受けの拍手と爆笑があり、ここまではさきほどの1分50秒からわずか45秒後です。ということは、Speechの始まりからたったの2分35秒しか経過していません。

 Speechはさらに続きます。豊田社長は、「バブソン大学院生時代」の自分を振り返り、この当時の自分は〝時間のすべてを授業に使い、集中して取り組んでいた 〟」 。だから「〝つまらない人間(boring)〟であった」と。

 しかし、「バブソン大学院卒業後ニューヨークで働き始めると、〝学生時代に喪った時間を取り戻し夜の帝王(The king of the night )になったのです。」と……。

 もちろん爆笑と拍手ですね。 上手い!! 座布団3枚!! (続く)

 

 

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・トヨタ自動車・豊田章男社長のSpeech【前】

2021年08月09日 12時30分26秒 | ●脱TV❶:Speech動画

 洗練された軽妙な話術

 この「Speech動画」もちょうど10回目となります。

 そこで今回は第1回目の「経営者Speech」として、「トヨタ自動車株式会社」の豊田章男(とよだ あきお)社長のものをお送りします。

 筆者が豊田章男社長について知っていることと言えば、後段の「wikipedia」による「トヨタ自動車(株)」の「①公式サイトjや、「②豊田社長個人」に関する記事の程度でしかありません。

 といっても「国際的な大企業」だけあって、「同社の公式サイト」は実に多彩であり、またかなりのボリュームがあります。この「サイト」だけでも飽きることがありません。

 経営や会社の組織云々以前に、〝企業とは何か〟、〝モノを作るとはどういうことか〟といったことを、さまざまな観点から考えさせられるものです。

 経営者の方に限らず、一般のサラリーマンや学生さんにいたるまで、多くの方々の共感を得ることでしょう。

 おっとっと……。余計なお喋りが始まりそうなので、最後にひと言――。

 筆者が豊田社長の「この動画」を初めて拝見したのは、昨年の春頃です。瞬時に豊田社長のフアンになり、この動画も、今回を入れて20数回目となるでしょう。迷ったり悩んだりした時に、すぐに観るようにしています。

 拝見するたびに、異なった学びや気づきがあることに驚かされ、また励まされています。

 それでは自動車メーカーとしての「総合力」において、「Volkswagen」と並ぶ世界一、二と言われる「TOYOTA」トップの、洗練された軽妙なSpeechをご堪能ください。

 

 Speech動画  豊田章男 米国バブソン大学卒業式スピーチ 「さあ、自分だけのドーナツを見つけよう」| トヨタイムズ〈14:25〉

 この動画は、2019年に「バブソン大学(Babson  College)」の設立100周年に当たる「卒業式」に、同校経営大学院修了生の豊田社長が、ゲスト・スピーカーとして招かれた際のものです。

 

■参考 wikipedia

 ●バブソン大学(Babson  College)

  米国マサチューセッツ州ウェルズリー市。起業家教育に特化した私立大学。

 ●トヨタ自動車株式会社(公式企業サイト)

 ●豊田 章男(とよだ あきお)(1956.5.3 愛知県名古屋市生まれ)

  慶應義塾大学法学部法律学科卒業。バブソン大学経営大学院修了(MBA)。 

 

 

 

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