『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・聖書映画における避けるべき映像表現❷

2021年09月25日 11時42分53秒 | ◆聖書映画は聖書に忠実に
 

    読者のみなさんへ

  今回も編集上の都合により、【理想の聖書映画】シリーズの第2回目をお送りします。漢字は日本人のアイデンティティ⑤(最終回)』は次回となりました。



 
  この【】をご覧になる前に、前回【】巻末の「ルカ5章1節~11節」の聖句を先にお読みください。

 
 
  ……………いかがでしたか?
 
  「ルカ5章1節~11節」の聖句――。2そうの舟」が沈みかけるほど大豊漁の場面が描かれていました。ペテロのそばにはゼベダイの息子ヤコブヨハネの兄弟がおり、そしておそらくペテロの兄弟アンデレ(弟)もいたはずです。他にも、加勢の漁師がいたのかもしれません。
 
 イエスが漁師のペテロをはじめ、ヤコブヨハネを「弟子(後の12使徒)」として迎えるガリラヤ(ゲネサレト)湖畔でのこの場面は、他のつの「福音書」にも出ています。巻末の「※注①」及び「*特別注1~3」をご覧ください。
 
 
 
 〝魚網〟が破れるほどの〝活きた魚〟はどこに?
 
  ところが大変残念なことに、私が観た「映画 」での〝上記聖句に当たる「シーン」(映像表現)〟では、舟の中に飛び出たわずかな量の魚は生きてはいても、とても弱々しいものでした。
  それに加えて、膨れ上がった網の中の大量の魚は明らかにぐったりとした〝死んだ魚の塊(かたまり)〟だったのです。
 
  とても「ルカ5章6節」にあるような〝おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった〟という状態――。すなわち〝活きた魚が跳ね踊り、網から逃れようとする激しいまでの生命の漲(みなぎ)りには程遠いものでした。
 
   しかも「映画 」はそのあと、〝おびただしい数の死んだ魚で膨れ上がった網〟を、何とか舟に引き揚げようとする「シーン」へと続いたのです私はそのあまりの痛ましさに、すっかり鑑賞意欲を失くしていました。
 
  映画(DVD)が始まってから「このシーン」まで、わずかちょっとしか経過していません。私はDVDを止めて、しばし考え込んでしまったのです。私の「聖書映画」体験において、このときほど衝撃的で信じがたい「シーン」はありませんでした
 
 
  それから10分ほど経過したでしょうか。私は〝この「映画 」を最後まで見届けることが、今の自分に与えられた使命〟という気持ちで自らを奮い立たせ、再びビデオデッキのスイッチを入れました。覚悟を決めての鑑賞再開ですが、「ノート」を取ることを忘れませんでした。
 
  なんとか最後まで鑑賞しましたが、正直言って辛い時間となりました。残念ながら、いくつかの〝問題点〟も発見したのです。それらは〝明らかに聖書の記述とは異なるもの〟であり、また〝聖書に記述されてはいないもの〟明らかに聖書の神聖さや霊性とは調和しがたいもの〟でした。
 
 
 
   それ以来、「網にくるまれ多量の死んだ魚」が出て来る「聖書映画」を、私は他に4、5本観たと思います。おそらく読者の中にも、同じようなシーンをご覧になった方はいらっしゃるでしょう。
 
  例えば 「映画」では、確かに〝勢いよく網の中の魚は跳ねてはいた〟ものの、その数は〝とりたてて語るほどの量〟にはほど遠く、ペテロヤコブ、そしてヨハネが驚いたり、感動したりするほどの〝大豊漁〟には、遥かに及ばないものでした。
 
  『えっ? 獲れた魚って、たったこれだけですか?』
  『 ……2そうの舟が沈むほど、大量に獲れたのでは?』 
    ……と言いたくなるのも無理はありません。大変残念ですが、これではせっかくの「シーン」が逆効果になるのでは……。
 
  また「映画 」では、豊漁の網を複数の漁師が引き揚げるシーンはあるものの、ソフト・フォーカス気味の背景として〝ぼかされ〟、そのフィルムの上に〝わずかな魚が勢いよく跳ねる映像〟がオーバーラップしているだけでした。
 
 何とか苦心して〝とにかく、それなりのシーンを創ってみました〟という、少々〝興醒めした印象〟が残っています。 
 
 
 
  〝永遠の生命〟を象徴する〝おびただしい活きた魚
 
  以下は、あくまでも私の感想です。
 
  聖句が伝える〝おびただしい数の活きた魚〟とは、〝永遠の命〟を伝える「キリスト・イエス」と、その「弟子」となる「漁師たち」との〝師弟となるための儀式の象徴〟でもあったのでしょう。
 そのためにも、やはり〝魚は網が破れそうになるほど〟、また〝舟が沈みそうになるほど〟の〝大豊漁のシーンであって欲しかったのですが……。
 
 キリスト・イエスの奇跡とも言える〝大豊漁〟だからこそ、ペテロはそこに〝人間智を遥かに超えた尋常ならざる霊的な力〟を感じたのであり、反射的に〝これまでの自分という存在の不確かさや遣り切れなさ〟を実感させられたのではないでしょうか。
 
  だからこそ、シモン・ペトロイエスの足もとにひれ伏し、こう言うしかなかったのです。
 
  「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」
 
  ペテロの〝その気持ち〟は、ヤコブヨハネにしても同じだったと思います。
 
  というより、「神の子」としての「キリスト(救世主)・イエス」は、総てをお見通しの上で彼等に近づき、あえて〝舟を再び湖に漕ぎ出させて群衆に語り〟、〝沖に進ませて網を打たせ〟、〝大豊漁による驚きと感動に誘った〟と言えるでしょう。
 
 そして事も無げに、しかし〝生命の躍動と崇高な使命感を彼等の魂に満たしながら〟『それこそがあなた方の生きる道である』と、生命(いのち)を吹き込んだのかもしれません。
 
  「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」

  それだからこそ彼等は、何の疑念も躊躇(ためら)いもなく、

 〝舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従う事が出来た〟

   ……ということではないでしょうか。そのような〝素早い心の転換〟と〝自分の総てをイエスに預けるという行動〟を彼等にもたらした〝第一の感動〟は、やはりまずは何と言っても――、

 〝網が破れそうになるほどの生命力溢れる魚群〟であり、〝舟が沈みそうになるほど〝大豊漁〟
 
  ではなかったでしょうか。私にはそのように伝わって来るのですが……。
 
  大豊漁よ、そしてその〝シーン〟よ、永遠に! 
(続く)

 



 
※注① 以下、いずれも「福音書」です。 ◇マタイ4:18~22 ◇マルコ1:16~20 
 
★特別注 ◇ルカ4:31~41。ことに38~39において、イエスはシモン・ペテロの「姑(しゅうとめ)」が、熱で苦しんでいるのを癒されたくだりがあります。ということは、〝大豊漁〟の際には、すでにイエスとペテロとは〝顔見知り〟であったことが分かります。 
 
★特別注 ◇ヨハネ1:35~42では、ヨルダン川のベタニアにおいて人々に洗礼を授けていた「洗礼者ヨハネ」の弟子のアンデレ(シモン・ペテロの兄弟)が、イエスに従う場面があります。アンデレはその後、ペテロをイエスのもとに連れて行きますが、このときイエスはペテロを『〝ケファ(岩)〟と呼ぶことにする』と言っています。
 
★特別注 興味をお持ちの方は、この際ぜひ、◇ヨハネ21:1~14をご覧ください。
 

ⓒ 2021 感性創房(花雅美秀理)

 
 
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・聖書映画における避けるべき映像表現❶

2021年09月19日 01時31分20秒 | ◆聖書映画は聖書に忠実に

  読者のみなさんへ

  本来、今回のUP記事は、『漢字は日本人のアイデンティティ⑤(最終回)』の予定でしたが、編集上の都合により【理想の聖書映画】シリーズの第1回目として、この『聖書映画は聖書に忠実に 【1】』を先にお送りします。

 

 


 

  [聖書]に忠実な[聖書映画]を願って

  この【理想の聖書映画】シリーズは、定期的な連載ではありません。その都度、思いついたことを気ままに綴るため、他の「シリーズ」や「スポット記事」が間に入って来ることがあるかも知れません。

 ともあれ、次の「A、、B 2点」について、あらかじめお伝えします。

 

 : どの「映画」に対しても、私個人の〝映画愛〟と、製作関係者に対する〝リスペクト(respect)〟のために、〝批判的な表現〟はできるだけ避けたいと思います。

  とはいえ、やむをえず〝批判的な表現〟を必要とする場合は、対象映画の「タイトル」を伏せることにいたします。

  ここでの〝批判的な表現〟とは、「対象映画」における「映像表現(演技、台詞(せりふ)、カメラワーク、シーン構成等)」が、次の)()()の3つのいずれかに該当する場合を指しています。

 

 (明らかに聖書の記述とは異なる〟場合。

 ) 〝聖書の記述に合致する〟ものの、〝映像表現としては明らかに〝避けるべきと思われる場合。

 ()〝聖書に記述はないものの明らかに聖書の神聖さや霊性とは調和しない 〟と思われる場合。

  等となります。したがって――、

 

 : 「聖書映画」の鑑賞や評価を行う場合は、たえず「聖書記述」との〝比較検証〟をもとに進めたいと思います。そのため、かならず〝該当する聖書の箇所〟を具体的に表記します。例えば「マタイによる福音書/5章3節」といった具合です。 ※ケースによっては「マタイ5:3」と略記することもあります。

 したがって、私〝花雅美 秀理(かがみ しゅうり)〟の〝個人的な考えや感想〟を述べる場合は、必ず「私見として……」や「私の考えでは……」といった〝前書き〟を入れることにいたします。

 ともあれ、この《理想の聖書映画》シリーズは、映画大好き人間の私が〝クリスチャンの一人〟として、『聖書』の素晴らしさとその奥深さを実感する中で、〝どうしても伝えなければ〟と強く願っていることを綴るものです。

 それは言うまでもなく、〝聖書記述と異なったり聖書の神聖さや霊性とは調和しないといった映像表現〟を、しでもなくしたい思っているからです。

  そのためこの《理想の聖書映画》シリーズは、これから聖書映画」の製作をお考えの方々のヒントになればと思います。具体的には、監督、製作、脚本、時代考証担当」といった方々を中心に、「美術、照明、音楽、編集」等はもちろん、主な「キャスト」も含まれています。

 ズバリ言ってこの「シリーズ」は、私が少年時代から秘かに憧れて来た、「ハリウッド」のみなさまのお役に立てばという気持ちです。それは、優れた「聖書映画」の多くが、「ハリウッド」で創られたという歴史があるからです。

 

 

  『King of Kings』から始まった私の聖書映画

   私のこれまでの人生において、最初に観た「聖書映画」は、『キング・オブ・キングス』(King  of  Kings)〈MGM 映画〉でした。1962年の年明け早々に、一人で観に行った記憶があります。私は中学2年の14歳であり、母からチケットを貰って観に行ったものです。母も誰かにチケットを貰ったとのことでした。

  映画はニコラス・レイ監督、フィリップ・ヨーダン脚本であり、「キリスト・イエス」役には「ジェフリー・ハンター」(Jeffrey  Hunter)、「洗礼者ヨハネ」役には「ロバート・ライ アン」(Robert  Ryan)がキャスティングされていました。少なくともアメリカではかなりヒットしたようです。

  それ以降60年後の今日まで、私は映画館での鑑賞、DVD視聴、ネット動画視聴等30本近い「聖書映画」を鑑賞しました。それに加え、「聖書を題材の一つ」とする30数本の映画・TVドラマも観ています。

  詳細については、本シリーズにおいて順次明らかにして行くわけですが、今回第1回目の〝まとめ〟として、〝絶対に避けるべき映像表現〟についてお話します。

 その「映像表現」とは最初に述べたA」の)」

 〝聖書の記述に合致する〟ものの、〝映像表現としては明らかに避けるべき〟と思われる場合。

 に該当します。

 これからお話する 「映像表現」の「具体的な内容」については、地域・国籍・民族・宗派を問わず、おそらく多くの「クリスチャン」も納得されるでしょう。また、すでにそのような「聖書映画」や「TVドラマ」をご覧になった方もいらっしゃると思います。

 少なくとも私にとっては〝心を痛めたシーン〟であり、その後、複数の聖書映画」において〝同じようなシーン〟を観ることになったのです。

 

  絶対に避けるべき映像表現とは?

  これからお話する「心を痛めたシーン」の元となった聖書の該当箇所は、「ルカによる福音書」の5章1節から11節、ことに「5章6節、7節」です。以下は「日本聖書協会」の「新共同訳」(オンライン)より――。 文章は原文のままですが、改行や行間空けを加えて読みやすくしています(花雅美)。 



 

   漁師を弟子にする

  1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。

  2 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。

  3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。

  4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。

  5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。

  6 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。

  7 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。

  8 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。

  9 とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。

10 シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」

11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。 



 

   さて、みなさん。以上の「聖句」が、どのようにして絶対に避けるべき映像表現〟となっていたのでしょうか。しばし、お考えください。

 ……もうお気づきの方もいらっしゃるでしょう。何となく〝特定の映画〟が想い浮かんだという方も……。(続く)


 

ⓒ 2021 感性創房(花雅美秀理) 

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・漢字は日本人のアイデンティティ ④

2021年09月14日 11時30分47秒 | ■文化小論

 

  日本人名前に刻み込まれた儒教思想

  前回までの〝おさらい〟を兼ね、私見を交えながら進めてみましょう。

  1.日本人にとって中国から伝わって来た「漢字」は、「日本文化」とりわけ〝言葉〟や〝言語表現〟の中に深く根ざしている。

 2.上記の〝言葉〟や〝言語表現〟は、「儒教思想」の「仁・義・礼・智・信」そして「忠・孝・中庸」等といった徳目(道徳)として、〝日本人の精神の奥深くに浸透して行った〟。

 3.その〝精神への浸透〟こそが、日本人に〝正直で親切、穏やかでで優しい、礼儀正しく丁寧、清潔で几帳面、規律遵守の徹底、調和の心に満ちている〟といった好い評価をもたらした。

 4.そして以上の〝精神への浸透〟を決定的にし、今日も少なからぬ影響を与えているものこそ、「教育勅語」(※注①)と言えるでしょう。これこそまさしく、「忠君愛国」主義と儒教的道徳を根幹とする学校教育でした。

 5.以上2・3・4の〝精神への浸透〟の一つの証左として、「日本人の名前」の中に、「儒教」の徳目を意味する「漢字」の使用が数多く認められる。

  と言うところでしょうか。

  ではここで一つ「クイズ」を。次の「漢字」は、いずれもかなり昔の〝或る物語〟に登場するキーワードです。さてその「物語」とは何でしょうか。

 【仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌】

 

  「八文字」がヒントですが……、「儒教思想」に出て来る「仁・義・礼・智・信・忠・孝」の七文字が入っていますね。「」だけは新たに出て来た一字ですが、実はこの「」も「儒教思想」を支える重要な一語です。

  というのも、「論語」において孔子は、『と言う事こそ、仁徳の根本であろう。』(※注②)と語っているからです。すなわち儒教における「」とは〝親に従う事〟、「」とは〝兄や年長者に従う事〟を指しています。この二つがあってこその「」を説いているのです。

 

  ところで、答えは……というと、『南総里見八犬伝』です。この物語に登場する「伏姫(ふせひめ)」は、幼い頃に護身の数珠(108玉)を授かっていました。彼女は後にある出来事により、身の純潔を証するために自害するわけですが、その際、大玉の「八つの玉」が八方へ飛び散ります。それには「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字が印されていました。

  そしてこの「霊玉」を持つ、苗字に「」の文字が入った「八犬士」が登場して来るのです。

 

 仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 表札に求めた小学二年生

   1947年(昭和22年)生まれの筆者は、「団塊(だんかい)の世代」であり、戦後〝ベビーブーム〟のさなかに生まれました。

  『南総里見八犬伝』を読んだのは、小学二年の初め、放課後の図書室でした。今思えば、小学生向けにコンパクトに判り易くまとめられた読み物だったのでしょうか。それでも、3巻か4巻になっていたような気がします。とにかく、一気に読み終えたことを憶えています。

  それ以降、特に小学校から中学時代は、いつとはなしに「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八文字が筆者の中で反芻され、日常生活の中で触れるこれらの「漢字」に、特別な愛着を感じるまでになっていました。

  印象深く憶えていることは、小学校の高学年から中学時代に触れた「礼子」「智子」「信子」「孝子」という女子の名前でした。もちろん、男子名の「仁(ただし、ひとし)」「義(ただし)」「礼(あきら、ひろし、まさし)」「智(さとし、さとる、まさる)」「忠(きよし、ただし)」「信(あきら、まこと)」「孝(たかし)」などもそうです。

  また以上の八文字を〝組合わせた〟「義仁、義信、義孝、信義、信智、信忠、信孝、忠礼、忠義、忠孝、孝義、孝信」等もありました。こうした儒教熟語」の「名前」については、家々の表札を見ているときに見出したものが圧倒的に多かったようです。それもそのはず。筆者は小学校の通学コースを大きく外れ、まるで〝宝探し〟でもするかのように、「八文字」のある「表札」を追い求めていたのですから。

  この小学二年生の頃、筆者は福岡市(現在の「東区」)箱崎の近くに住んでおり、それも「九州大学箱崎本校」のすぐそばでした。「九大前(当時は「帝大前」)」という電車の終点駅があり、その傍に「古本屋」が5、6軒以上あったように記憶しています。

  小二の筆者はほぼ毎日、放課後はひたすら「図書室」に通い、その帰りにこれらの「古本屋」に入り込んでは、書棚の背表紙の「著者名」に、あの「八文字」を見出そうとすることもありました。〝他の誰も知らない、筆者一人だけの秘かな愉しみ〟でもあったのです。

 さらに上記「八文字」に、高い道徳性を意味する「正」「良」「善」「和」「真(眞)」や「明」「幸」「豊」「平」などを組合せたものも数多く見られ、女性の名前だけみても、上記に「子」を付けただけの代表的なものとして、ご承知のように「正子、良子、和子、明子、幸子」などがあります。

 男性名となれば、すぐに思いつく「義正、正義、義明、義幸、智和、智明、智幸、忠良、忠明、忠幸、信良、信明、信幸、良孝、孝明、和孝」等であり、これらの組合せは膨大な数に上るでしょう。

 さらに女性名としては「美」「優」「雅」「愛」なども、格調高く道徳性や美意識を漂わせるものでした。「美子、優子、雅子、愛子」はもちろん、「八文字」との組合せによる「仁美、美智子、智美」などがそうであり、男性名の「雅義、雅信、雅孝」などもそのようです。

 ……とここまで来れば、もうお気づきでしょう。……そうです。今上天皇の「徳仁(なるひと)」陛下」、皇弟「秋篠宮文仁(ふみひと)親王」さらに「悠仁(ひさひと)親王」と、皇族男子のお名前には、いずれも「」が付けられています。

  のみならず、平成天皇でいらした上皇陛下「明仁(あきひと)親王」をはじめ、昭和天皇の「裕仁(ひろひと)親王」、大正天皇の「嘉仁(よしひと)親王」、明治天皇の「睦仁(むつひと)親王」にも共通しています。つまりは「儒教」最大の徳目である「」を、男子皇族はお持ちだと言う事です。

 「令和」すなわち「Beautiful  Harmony」(美しい調和)に相応しい「」(思い遣り、慈しみ)であり、いかに「儒教思想」が日本に、そして日本人に根付いているかの証左ではないでしょうか。(続く)

 


 【参考】

※注① 正式名称は教育ニ関スル勅語」。1890年10月23日に下され、1948年6月19日に、国会により排除又は〝失効〟が確認されました。これは家族国家観に基づく、教育の基本方針を示す明治天皇の勅語。「勅語」とは「天皇陛下の御言葉」です。この「教育勅語」こそが、「天皇制」の精神的・道徳的支柱となり、学校ではこの「教育勅語」の暗唱が義務付けられたようです。


※注② 「論語」學而第一。原文は、「弟他者、其爲之本興」。「読み下し文」は「孝弟なる者は、其れ仁の本なるか」。  「弟」は「悌」と同じです。


※注③ 漢字」一つの読み方をみても、想像以上に多いことが分かります。「」にしても、他に【じん、にん、きみ、きむ、さと、しのぶ、とく、とし、とよ、のり、ひさし、ひろ、ひろし、まさ、まさし、めぐみ、めぐむ、やすし、よし】など多数あり、「」にも、【あき、いき、しげ、たけ、ちか、とも、のり、みち、よし、より】、「」にも、【あき、あや、かた、なり、のり、ひろ、まさ、みち、ゆき、よし】その他かなりあります。もちろん「」「」「」「」「にしても、実に多彩です。ぜひ一度確かめてみてください。


 ◆宮内庁-天皇皇后両陛下(※「愛子内親王」含めて)[website]  ☚

 

 

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・漢字は日本人のアイデンティティ ③

2021年09月09日 20時28分20秒 | ■文化小論

 

  「大化」から「平成」までの元号中国古典から

  前回 home work の 「努力」「成功」「失敗」「精神」「運動」「政治家」「英語」……は、「日本語(漢字)」も「中国語(繁体)」も、全く同じでしたね。

   「女⇒女士」「男⇒男人」「教師⇒老師」「先生⇒老師」「弁護士⇒律師」「想像⇒想像力」「創造⇒創建」「美術⇒藝術」「芸術⇒藝術」「建築⇒建築学」、そして「感性」⇒「靈敏度」(注①となっていました。 

 

  ところで、2年前2019年5月1日より 「元号」が「令和」になったとき、みなさんはテレビや新聞等で〝その名前の由来〟に関するニュースをご覧になったと思います。そこで、基本的なことを整理してみましょう。

★ 

  我が国の「元号」は、西暦645年の「大化」(大化の改新)から始まった

  「大化」から「平成」まで247の「元号」名称は、すべて「中国の古典」(四書五経)等から採(と)られた(※注②)。

 3 248番目の現在の元号「令和」は、初めて〝日本独自〟の歌集「万葉集」から採られた(※注③) 。

  「令和」の英訳は、「Beautiful  Harmony」(美しい調和)とされた。

 というところでしょうか。

★ 

 2 の「四書」とは、「論語」を中心とする「儒教の教典」であり、この「儒教」(注④)こそ「孔子」を始祖とする思想・信仰の体系と言えます。ことに「論語」は儒教の入門書として普及し、知識人のみならず、一般市民や農民の教科書としても用いられたようです。

  の「令和」の典拠は『万葉集』巻五の「序」にある次の一文、

 『于時、初春月、氣淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。』

 から来たものです(※原文には句読点はありません)。

 4 の「令和」の英訳については、海外のマスコミを中心にさまざまな翻訳が試みられたようです。「」については比較的容易に「harmony調和)」に落ち付いたようですが、「」については、「order」(命令、規律)又は「command」(命令、指令、指揮)として、おそらく〝権威ある上からの命令〟といった受け止め方がなされたのでしょう。

 そこで日本政府は、末尾「※注③」の歌の「原文」、 

 『于時、初春月、氣淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。』の「現代日本語訳」にある「……初春の(よ)い月の下での美しい風」や「鏡の前の美人が白粉(おしろい)で粧(よそお)うよう梅が咲いた……」

 といった歌の〝雰囲気〟をまとめる形で〝美しい beautiful〟と把握したのでしょう。そのようなことを念頭に置いた安倍首相や外務省の発表でした。

 

 道徳のルーツ? 儒教「仁・義・礼・智・信」

  儒教の教えとして、「仁・義・礼・智・信」という「五常」(※「五徳」とも言う)があり、孔子は「仁」をその最高の徳目としています

 

 「」とは〝人を思い遣る事〟。私心なく労(いた)わる心ということでしょうか。

 「」とは、〝利欲に囚われず、すべきことをすること〟。論語の「為政」編に、『義を見てせざるは勇無きなり』というのがあります。〝義を見てせざる〟というのは、〝正義を貫かなければならないときは……〟というニュアンスがあるのでしょう。そのときは、どんなことをしても勇気を持って事に当たれと。

 「」とは、〝仁を具体的な行動として、表したもの〟。のちに〝人間の上下関係において守るべきこと〟を意味するようになったようです。

 「」は「論語」では「」と表記され、「聡明さ」ともなっています。単なる「知恵」ではなく、道徳的な認識判断を含むものです。

 「」とは、〝真実を告げる、約束を守る、誠実であること〟。また〝言明を違えないこと〟。

 

  以上の五徳に、「」「」それに「中庸」が加えられているようです。「忠・孝」と来れば、筆者のような団塊の世代には、《忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず》といった言葉が浮かんで来ます。

 これは、〝主君にを尽くそうとすれば親の意思に逆らって不になり、親の意思に従えば主君に背いて不になる〟という〝板ばさみの状態〟とされています。

  しかし、この言葉は少なくとも今日の我が国においては、「主君」と「親」との関係から一歩進み、他の「徳目」ことに「義」や「信」の実践を含んで広がっているような気がします。役所や政治家の不正や虚言などにおける、上司と部下といった関係にしばしば登場するのではないでしょうか。

 「中庸」とは、「四書」の一つとしての「中庸」の教えであり、「」とは〝偏(かたよ)らないこと〟となっています。一方、「」とは「平常」や「常」であり、また〝優れた点や変わった点を持たない(=庸才)〟との意味を持っているようです。

  えてして「中庸」を〝平均的〟とか〝中道的〟と安易に判断しがちですが、決してそうではなく、天地自然の理や人道人倫について思考判断する際の〝もっとも崇高な基準〟として、〝偏らないという自己抑制の貴さ〟を教えているのではないでしょうか。(続く)

 


 

※注① ちなみに「敏度」と入れると「感度」と翻訳されます。「靈」は、もちろん「霊」の旧漢字です。「感性」が「霊(魂)」の「感度」と言うのですから、〝深遠な魂の声〟が聞こえて来るような気がするのですが……。


※注② 「四書(ししょ)」とは、「論語」(孔子:こうし)、「大学」(曾参:そさん)、「中庸」(子思:しし)、「孟子」(孟子:もうし)の四つの書を指しています。なお「論語」は、孔子やその高弟たちの言行を、孔子の死後に記録した書物。

  また「五経(ごきょう・ごけい)」又は「六経(りっけい・りくけい)」は、漢代に官学とされた「儒学」における「経書」の総称。「六経」とは『詩』(詩経)「書」(書経)、『礼』(礼記)、『楽』(楽経)、『易』(易経)、『春秋』の6つの経書を言い、このうち早い時期に失われた『楽』を除いた5つの経書を「五経」と言います。


※注③ この原文の「書き下し文」は、

  『時(とき)に、初春しよしゆんれいげつにして、かぜやはらうめ鏡前きやうぜんひらき、らん珮後はいごかうかをらす。』  

  となり、これをさらに「現代日本語訳」にすると、

  『時は初春しょしゅんい月(※この場合『令』は「善」と類義語) であり、空気は美しく、風はなごやかで、の前の美人白粉おしろいで装うように花咲き、は身を飾るころもまとこうのようにかおらせる。』 

  となるようです。

  なお「」には、「立派、清らか、めでたい、神のお告げな」どの意味もあるとのこと。また「」には、「おだやか、なごやか、やわらぐ、のどか」に加え、「仲良くなる」という意味もあるようです。平和で優しい印象が感じられます。


※注④ 「儒教(Confucianism)」とは、孔子を始祖とする思想・宗教の体系。紀元前の中国に興り、東アジア各国において2千年以上に渡って影響力を持っていました。


 


 

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・漢字は日本人のアイデンティティ ②

2021年09月03日 12時27分07秒 | ■文化小論

 

 日中が共有し続ける〝天地自然〟〝感性〟

 いかがでしたか? A・Bグループの「中国語(繁体)」――。ところで、今回も前回同様、「Google 翻訳」の画面をスタンバイさせてください。

   では始めましょう。

 

 A:「草」「花」「鳥」「風」「月」「雪」「雲」「雨」 「春」「夏」「秋」「冬」 でした。

 「草」から「雨」までは、「日本語」すなわち「日本の漢字」と全く同じですね。残りの「春」「夏」「秋」「冬」の四つについては、いずれも当該「季節」のあとに「」という漢字が来ています。「春天」「夏天」「秋天」「冬天」……と。

 せっかくですから、ここで「春夏秋冬」と、「日本語」の「テキスト」に入力してください。……………「中国語(繁体)」の翻訳には、同じ漢字が出て来ましたね。ついでに、「雪月花」そして「花鳥風月」も、どうぞ。

 ……………後者の〝ひと文字〟だけが違っていますね。

                  

 Bグループは、ちょっとずつ〝違い〟があり、これはこれで面白いものでした。

 「父」も「母」も「父親」「母親」と、「」がついていました。ちなみに「父親」「母親」と入力しても同じです。「兄」も「弟」も、ともに「兄弟」であり、「姉」も「妹」も、これまた同じ「姐姐」でしたね。「姐」も「あね」と呼び、もちろん「日本漢字」としても使われています。

 「祖父」も」「祖母」も同じであり、「夫婦」は「夫妻」と出ましたね。興味深いのは、「恋」も「愛」も「恋愛」も、いずれも「と出て来たことです。日中における〝恋愛観〟の違いを、何となく感じるのは筆者だけでしょうか。

 とはいえ、「恋」を「旧漢字」の「戀」と入力するとどうでしょう。……………そうです。「中国語(繁体)」も、まったく同じ「戀」と出て来ます。

 ところで、日本語の「愛人」は「情婦」と翻訳されています。しかし、逆に「中国語(繁体)」で「愛人」と入力すると、「配偶者」と出て来ます。専門家のご意見をお聞きしたいと思っているのですが……。日中間の〝恋愛観〟や〝夫婦観〟の微妙なズレがあるのかも知れません。

 「夫婦」=「夫妻」にとって、「愛人」とは「夫」であり「妻」であると……、いえ、「夫」or「妻」以外には考えられないと、中国の方は強い思いをお持ちなのでしょうか。「愛人」を「配偶者以外の人」と思っている方々は、国籍及び既婚・未婚を問わず「反省」! 「内省」(中国語(繁体))!

 

 〝青春〟〝白秋〟「中国語」

 筆者が「漢字」としての「日本語」と「中国語」との違いや共通点を意識するようになったのは、俳句を始めた27歳の頃でした。或る俳句に関する本を読んでいたとき、「青春」という「言葉(※すなわち「漢字」)」が、「中国語」の「春」を意味することばであり、この「」を〝色にたとえると「」になる〟というものでした(※注①)。

 同様に「夏」の「色」は「朱(あか)」、「秋」は「白」、「冬」は「玄(くろ=黒)」であり、つまりは「青春(せいしゅん)・朱夏(しゅか)・白秋(はくしゅう)・玄冬(げんとう)」となるとのこと。

 そう言えば、芭蕉の紀行文「奥の細道」の中に、次のような一句があります。

 

 石山の石より白し秋の風

 

 越前(石川県小松市)の古刹として名高い「那谷寺(なたでら)」を詠んでいます。もちろん、芭蕉の心のどこかに〝白秋〟があったのは確かです。

 ともあれ、筆者は「青春」や「白秋」についての己の無知さ加減に、愕然とした記憶があります。しかし、それ以上に衝撃を受けたのは、筆者自身の無知もさることながら、以上の事を、小・中学校や高校・大学において〝誰からも、教えを受けなかった〟という事実です。

 

 少なくとも、「小・中・高の教科書」にはなかったように記憶しているのですが……。大学において、「国文」や「日本文学」を学んだ方であれば、当然〝学習内容〟の一つになっていたと思います。しかし残念ながら、筆者は法学系でした。

 また「俳句」の「季語」ともなっている「立春」や「立秋」、「夏至」や「冬至」と言った「二十四節気(にじゅうしせっき)」(※注②)が、「中国語」すなわち「中国漢字」であることを知ったことも、日中の漢字の奥深い関係を知る機会となりました。

                  ★ 

 では次回までの home work を差し上げましょう。以下の「日本語(漢字)」を「中国語(繁体)」に翻訳してください

 「努力」「成功」「失敗」「精神」「運動」「政治家」「英語」「女」「男」「教師」「先生」「弁護士」「想像」「創造」「美術」「芸術」「建築」「感性」  では次回の③にて……………。 

 


 

     ★ ★ ★  美麗憂愁? ★ ★ ★

 ねえねえ、見て見て。「美人」と入れたら、「美麗」って出て来たの。

 美麗………び・れ・い………。 なんてすてき! この言葉がある以上、「美人」がちっとも「美人」じゃなくなっちゃったみたい。 ああ。やだ。やだァ。 

 美しくて……麗(う・る・わ)・し・い……。 これよ。これしかないわ。『君は美人だね』……なんて、もう呼ばれたくないかも……。

 ……『君は…』 も 『…だね』 も、いらないもの。 ただ、ひ・と・こ・と……美麗……び・れ・い。 ううん……その言葉もいらないわ。

 ただ、あたくしを、ほんのちょっと見つめて、静かなまなざしの中で、くちびるだけがさりげなく、び・れ・い…って言葉をつづってくだされば……………。

 ああ! なんて幸せなんでしょ。あなたもそう思うでしょ? きっと誰もがそう感じるはずだわ。 ねっ? そうでしょ? 

 ねえ? もしもし? あれっ? え? ねちゃったの?  

 


 

 ※注① 中国の「陰陽五行」の考えから来ています。

 ※注② 二十四節気(にじゅうしせっき):もちろん、この言葉は中国からのものであり、立春・立秋、春分・秋分、夏至・冬至などの季節を表す言葉です。1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもの。「節(せつ)または節気(せっき)」と「気(中(ちゅう)または中気(ちゅうき)とも呼ばれる)」が交互にあります。太陰太陽暦(旧暦)の閏月(うるうづき)を設ける基準であり、中気のない月を「閏月」としていました。この「二十四節気」は、その年によって1日程度前後することがあります。

 中国には、「二十四節気」をさらに約五日ずつ三つに区分した「七十二候(しちじゅうにこう)」という季節の表現方法もあります。

◆ 「塗椀に割つて重しよ寒卵」――石川桂郎:上

 本ブログの記事(2018.1.1)です。この中で「二十四節気」の事に触れています。ご参考までに。


 

 

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