2003年の2月。生まれて初めて、「携帯メール」を始めたばかりの頃――。
当時、「インテリアコ-ディネーター」の受験指導をしていたMI嬢から携帯メールを受信した。
『今、「劇的ビォー・アフター」を観ています。私、これ好きなんです! 先生質問があります。日照と採光とはどう違うのですか? 同じ光ではないのですか?』(原文のまま。以下同じ。文字強調は筆者)
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日照と採光……何を判りきったことを。こんなことをよくも平然と尋ねて来るもんだ。と想いながらも、メッセージから伝わってくる彼女独特の“明るさ”と“屈託のなさに”ある種の癒しのようなものを感じ、思わずニヤリとしていた。なにしろ彼女は、筆者が『天然の桜鯛』と渾名を付けた御仁。アラサーであるにもかかわらず、少女のような天然系キャラの雰囲気を持っていた。そのため、筆者の娘(当時、中学生)は、彼女を女子大生と想ったほどだ。
だがその一方、茶道、華道それに書道を嗜むため、ピンとした背筋に落ち着いた立ち居振る舞いがとてもよく似合っていた。それだけに「天然系キャラ」とのギャップには、独特の個性と魅力があった。
ともあれ、「定義的な説明」であればたやすい。しかし、それでは芸がない。返信は半ばからかいながら……と想った、
だが指先がピタリと止まってしまった。 なぜだ……なぜすんなりと言葉が出て来ないのだろうか。……日照と採光……。いったい何だろう。正直言って“とまどって”いた。いや“うろたえ”始めていたといってよい。“面と向かって”の質問ではなかったことにほっと胸を撫で下ろしながら、メールのありがたさを大いに感じていた。
今まで何年にも渡って何十人もの塾生達に教えて来たはずなのに……。ともあれ、何かメッセージを送らなければと、ようやく指先を動かしていた。
『……日照と採光の文字の違いをよく見つめてごらんなさい。採光の「採」とは、「採り入れる」と言うニュアンスがありますね。アクティブ、つまり行動的=能動的ということです』
とりあえずそこまで送信しながら、改めて両者の違いを考えようとしていた。そして第2信として、やっと次のように綴った。
『……日照という字をよく見てください。日が照るですね。日が照ると、どういうことが起きますか? ……そう、暖かいし、温いし、眩しいし、気温の上昇に伴って、結露などもしにくくなりますね。また日が照ることによって殺菌効果も出るでしょう。では採光の方は……。本に頼ることなく、自分の頭で考えましょうね。ファイナルアンサーの制限時間は、あなた自身にお任せしますから……。』
親指だけの慣れない入力に悲壮感が漂い、送信してはみたものの、頭の中は少しも晴れることはなかった。
何だろう? そもそも「日照」とは? そして「採光」とは? 自分でも久しぶりに真剣に考え抜く“いっとき”だった。そして、ようやく考えがまとまりかけたとき、彼女からの返信メールが届いた。
『はあ~い、監督! 頑張りま~す(^^)v。今朝、日産の椅子のCMを見ましたよ。昨日、久山温泉に行ったら、床は乱張り、タイルは小口、幅木は水場のせいか800mmくらいありました! そしてお風呂は桧でした。建築って楽しいなあと思いました!』
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※「乱張り」:敷石工事の際などに、材料の敷石を無造作に割り、その際の「偶然性による割れた形」を基に敷石を敷き詰めていくもの。「乱に貼る」といった言い方もあります。
※「小口タイル」とは、60mm×108mmの寸法のタイル。
※「幅木」とは、「床」と「壁」との取り合い部分に壁に沿って貼るもの。木製や塩化ビニール性のものなどがあり、床に近い壁面の保護の意味があります。しかし、この場合は800mmつまり80cmありますから、「幅木」というより、「腰壁」ということでしょう。