『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

●演劇鑑賞:『勝手にノスタルジー』(九州大学伊都・箱崎キャンパス)

2015年03月27日 00時19分30秒 | ●演劇鑑賞

 

   今回と次回に取り上げる作品は、いずれも「九州大学」のもの。しかし、「伊都・箱崎キャンパス」(伊都・箱崎C)と、「大橋キャンパス」(大橋C=「芸術工学部」)とは、別個に独立した「演劇部」があり、それぞれが独自の活動をしている。もっとも、相互の交流はあるようだが。今回の「舞台」は、両キャンパスとも「主人公」が、偶然、同じ「司法試験受験浪人」となった。

 

  勝手にノスタルジー

 ●作:辻野正樹 ●演出:石川悠眞

 ●九州大学:伊都・箱崎キャンパス演劇部

   「司法試験受験浪人」の〈沖ノ島淳二〉が借りている「部屋」に、一人また一人と集まって来る(生島哲夫〉、〈菊川コージ〉、〈花沢タカシ〉という「3人の男」。それに1人の女(吉沢志保)。彼等は、殺人罪で服役していた高校時代の友人の「出所祝い」を兼ね、久しぶりに集まると言う。「3人の男」は、怪しげな女装系のコステュームで歌い踊るグループだった。「出所祝い」の再会は、どうやらその「グループ」活動の “一夜限り” の再演でもあるようだ。 

    しかし、〈沖ノ島〉は彼等と面識もなく戸惑うばかり。それもそのはず、〈沖ノ島〉の部屋は、以前、「3人の男」の一人〈花沢〉が住んでいたものであり、「3人の男」達の手違いによって、“この部屋” で再会することになったようだ。〈沖ノ島〉にとっては、迷惑千万な話となる。

  ところで、〈ムショ帰りの男〉の服役理由は、〈志保〉をレイプした「先生」を殺害したからという。その〈志保〉は結婚を控え、“ケジメ” を付けるためか、 “過去との決別” のためかはよくわからないが、とにかく〈ムショ帰りの男〉に再会しようとこの部屋にやって来たのだが……。

        ☆

    現在の「部屋主」の〈沖ノ島〉にとって、〈3人の男〉は、“勝手にノスタルジー” に浸ろうとする傍(はた)迷惑な闖入者でしかない。しかし、この「身勝手なノスタルジアン」は、〈沖ノ島〉に対する〈3人の男〉というだけに留まらない。

   〈志保〉にとっても、〈3人の男〉はもとより、〈ムショ帰りの男〉も “勝手な思い込みによる確信犯的なノスタルジアン” となりかねない。のみならず、〈ムショ帰りの男〉にとっても、友達である〈3人の男〉は、“一方的に盛り上がろうとする勝手なノスタルジアン” と言えなくもない。あるいは、〈3人の男〉相互間にあっても、“微妙なノスタルジー” の “ずれ” があるのだろう。

   「登場人物」それぞれが秘かに抱え、また感じたいとする “ノスタルジー”。そもそも、ここでの “ノスタルジー” なるものは、誰もがいつでも “何かをきっかけ” に、いとも簡単に “勝手に浸りうるもの のようだ。

  事実、〈3人の男〉の “身勝手なノスタルジー” に悩まされた部屋主の〈沖ノ島〉も、昔の友人の〈夏雄〉に対する “ノスタルジー” を感じ始めたのだが……。

       ☆

  娯楽性の強い今回の「舞台」。役者個々が “そつなく” それぞれの〈役〉をこなしたのは確かだが、今一つ筆者の心に “迫って来る” ものがなかった。それは筆者が鈍感だからだろうか。それとも、貪欲さから来るのだろうか。こうして「鑑賞文」を綴ってはいても、正直言って “どのようにこの稿を締めくくろうか” と迷っている。

  個人的好みとして、冒頭の “カラスとの戯れ” のシーンは、もう少しあっても良かったと思う。その方が、これから起きる “人間個々のさまざまなノスタルジー” が、いっそう人間的な愚かさを示すことになり、“一方的な思い込みや身勝手さ” をより浮き彫りにしただろう。その方が、こじゃれた「エスプリ」としても効いたのではないだろうか。 

  ともあれ、“凡俗なテーマ” ではあったが、この手のドタバタ調にありがちな、“いかにもといったあざとさ” を何とか交わし得たのは、「九大演劇部」の伝統的な強さというべきか。欲を言えば、役者個々の “人物設定” すなわち “任された役の人間(観)の設定” が今一歩、いや二歩突っ込んだものであればと思ったのだが……。

       ★

  【キャスト】7名:〈沖ノ島淳二〉役の「木下智之」氏は、昨年の『カノン』での演技が印象的だった。〈生島哲夫〉役の「板橋幸史」氏は「小道具」を、〈菊川コージ〉役の「寺岡大輝」氏は「制作」を担当。〈花沢タカシ〉役の「八浪陽」氏は「衣装」担当した。〈吉沢志保〉役は「村上悠子」嬢であり、「照明効果」を担当している。〈夏雄〉(声の出演)役は「石川悠眞」氏であり、今回の「演出家」でもある。〈アナウンサー〉役の「田中利沙」嬢は、「音響効果」と「振付」を担当。

  【スタッフ】専従3名:「装置」は「中山博晶」氏、「照明操作」と「宣伝美術」は「伊比井花菜」嬢。「音響操作」は「兼本俊平」氏であり、優れた操作だった。

       


○2015大学演劇部・新入生歓迎公演案内:西南学院大&福岡大

2015年03月22日 11時08分27秒 | ○福岡の演劇案内

   今回の「演劇案内」は、「西南学院大学」と「福岡大学」2校の「2015年:新入生歓迎公演」です。

   西南学院大学の演目作者は、井上ひさし氏に師事した女流。現代劇コメディを得意とするとのこと。それを女性の演出家がどのように形造っていくのか、楽しみにしています。

  福岡大学は、今回は3作品。いずれも同大演劇部員の「作・演出」であり、「2作品」の「作・演出家」が「全体の演出」も担当するようです。

   なお「案内順」については、いつものように「公演日時」の早いものからとなっています。

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 ● 西南学院大学演劇部春季新入生歓迎公演

   『うちに来るって本気ですか?』

●作/石原美か子  ●演出/田中里菜

●日時/  ※開場は開演の30分前

 ・42日(木) 18:00

 ・43日(金) 18:00

 ・4日(土) 14:00

●料金/前売り券 200円 ・当日券 300円

●会場/西南学院大学内 西南会館3F 大集会場 

   〒814‐0002 福岡市早良区西新6‐2‐92

 クリック!   ■ 西南学院大学演劇部 twitter

 

       ★ 

 ● 福岡大学学術文化部 

   新入生歓迎公演2015「New Elements」           

 ① opfer   

     ●作・演出/麻生悠花     

 ② ゴジラが消えた日           

     ●作・演出/馬場佑介    

 ③ 真っ黒サンタとまっしろ少女  

     ●作・演出/馬場佑介

     ★全体演出/馬場佑介 

●日時/ ※開場は開演の30分前

  48日(水) 18:30~

     9日(木) 18:30~  

●場所/福岡大学有朋会館3F大ホール

●料金/無料 ※予約の必要はありません

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 【 告 知 】

 「九州大学」の「新入生歓迎公演」については、詳細が明らかになり次第、本欄において「案内」の予定です。

 


●演劇鑑賞『あゆみ』/福岡女学院大学四団体合同公演

2015年03月19日 00時04分25秒 | ●演劇鑑賞

  3月に入り、以下「3作品」の学生演劇公演を観劇した。

1.『あゆみ

●作:柴幸男 ●演出:岡崎沙良 ●舞台監督:本山真帆

福岡女学院大学・四団体合同公演」:3月6日(金)13:30

 

2.『勝手にノスタルジー

 ●作:辻野正樹 ●演出:石川悠眞

九州大学演劇部2014年度後期定期公演/3月7日(土)13:00

 

3.『幸せはいつも小さくて 東京はそれよりも大きい

  ●原作:広田淳一 ●脚色・演出:廣兼真奈美 ●助演:井料航希、遠藤智 

九州大学大橋キャンパス演劇部」/3月7日(土)18:00

 

   今回の3公演は、いずれも劇中に無駄な「音響」がなかった。逆に、少しはあってもいいかなと思えるほど。そのため、“役者の声” という “最高の音楽” が、深い余韻として残った。開演前のBGMにしても、曲目・音量とも適切だった。

 今回は、福岡女学院大学の『あゆみ』に触れてみたい。 

        ★ 

  役者8人の声と表情と動作のハーモニー

 今回の演出を担当した「岡崎沙良」嬢は、「プログラム」(当日パンフレット)の中でこう述べている――。

   この作品のテーマとは、生から死へ続くあゆみなのだと思います。今回の役者達は、8人で1人の女性の生涯を演じているわけですが、また同時に全く異なる人生を演じています。成長の過程で性格が変わったり、後から自分らしくないと思う行動をしてしまったり、というのはよくあることではないでしょうか。

   つまり、この作品の “テーマ” は “自己確立” へ向けたヒロインの “あゆみ” 。それは “誕生した生命” が、最後は “それを全うして去って逝く” 人生のプロセスを伝えるもの。それを “女性的な情感” をもとに、“時空を超えた寓話感覚” でまとめたということだろう。なかなかの演出であり、演技だった。

   随所に、“柴幸男脚本” の特徴が出ていた。「舞台」を「観客席」で取り囲み、女性の “生きざまの象徴” ともいえるさまざまな形態・デザインの「」を、“片方ずつ” 舞台の周りに並べたのは、意味深いメタファ(暗喩、隠喩)といえる。   

   最大のポイントは、“一人の女性” を演じる「役者8人」が、衣装の上下を白で統一したシンプルさであろう。それは、「人生という白いキャンバス」に、 “色とりどりの人生模様を描き続ける” イメージでもある。「舞台そのもの」が「観客席」に囲まれた「白い長方形の床」であるため、いっそうその感が強かった。

   無駄な「造形(形態や色調)」を一切排除した “美しさ” であり、8人それぞれの個性と魅力を充分に引き出した。加えて、 “余計な音響を一切排除” し、“女優8人の肉声を至高の音楽” としたところに、この演出の最大の魅力がある。

   縦横無尽に駈け廻り、また跳ねまわる彼女達の姿が、次第に「天使」に見えて来た。筆者はそこに、“見えざる神の絵筆” が「白いキャンバス」に8色8様の色彩とデザインを走らせているような気がした。「天井高」がたっぷりあったことも、そうしたイメージの膨らみを可能にした。低い天井では、到底そのような “想像” そして “創造” の飛躍はなかっただろう。

  シンプルな舞台、シンプルな大道具に小道具、シンプルな衣装に、極限まで抑制された音響……。筆者が常々「学生演劇」の最大の魅力と感じる素晴らしさを、余すところなく伝えている。

  ことに、「音楽・効果音」を限界まで控えたため、“8人それぞれの声” や “リズミカルな台詞” がより効果的に響き、“8つの声のハーモニー” が心地よく伝わって来た。そのため、女優個々の “声” はもとより、その “顔の表情” や “動作” がいっそう魅力的に感じられた。しかもその “表情” や “動作” が、「眼の前」で活き活きと演じられたのだ。この “迫真性” こそ、“生の舞台” の最大の醍醐味でもある。

        ☆

  とはいえ、一つだけ筆者の不満を述べると――、

   それは、《雑踏の効果音》だ。もう少し、いや、もっと工夫して欲しかった。今回の《雑踏の効果音》は “月並み” であり、“今回の舞台固有の独創性” をあまり感じさせるものではなかった。何と言っても “音質の粗さ” が気になった。

  思うに、今回の舞台における《雑踏の効果音》は、「ヒロイン」の “生から死” を取り巻く“ 他者の集団=社会” を象徴している。この “社会” すなわち “他者との関わり” がしっかり描かれてこそ、ヒロインの “アイデンティティの確立” も重みを持つ。同時に、 “死” へ到る “喜びや悲しみのプロセス” も、いっそう活きるはずだ。

   “時空を超え” た「ヒロイン」は、少なくとも “8つの様相” を見せながら成長し、やがて死を迎える。その “いずれの様相” においても、《雑踏》すなわち “関わるべき社会=人間関係” が存在する。……そういう、奥深い重厚な《雑踏》そして《雑踏の音》であって欲しかった。

   ……とはいえ、今回の舞台が優れていることに変わりはない。 “死期” の迫った「ヒロイン」が、人生の終焉へ向かって這いずりながら進んで行くシーンは、優れた「照明デザイン&操作」であり、筆者はこの舞台最大の感動を覚えた。演技も味わい深かった。

         ☆

  筆者は、開演30分前の「開場」とともに「公演会場」に入った。女優7、8人が、最後の調整をしていた。稽古とも雑談ともつかないその “開演前の舞台” に、筆者は惹きつけられた。躍動感ある若さに満ち、どの顔にも溌剌とした明るさがあった。その表情には、今回の公演にかける彼女達の “熱い想い” が感じられるとともに、“力強い意志と可能性” とが滲み出ていた。

  彼女達の “意志と可能性” は、当日渡された「プログラム」(パンフレット)にも表れていた。A4判2つ折り8ページものボリュームもさることながら、その一部一部に籠めた丁寧な作業の跡に頭が下がった。加えて、8人の女優陣の全身が入った「クリアファイル」。こういう発想や作業は、おそらく男ではできないだろう。

        ☆   ☆   ☆

   舞台『あゆみ』の【キャスト】8名は、いずれも【スタッフ】を兼ねている。「本山真帆」嬢は〈舞台監督〉でもあり、「児山夏海」嬢は〈衣装〉を、「三苫春花」嬢と「濱畑里歩」嬢は〈音響〉を担当。また「橋本美咲」嬢は〈照明〉、「畑島香里」嬢は〈製作〉、そして「大塚愛理」嬢と「武藤千裕」嬢は〈宣伝美術〉を担当した。

   【スタッフ】専従としては、〈衣装〉の「濱本菜奈子」嬢、「根岸美利」嬢。〈音響〉の「竹元美帆」嬢、「大田千智」嬢、「黒木真里奈」嬢。〈照明〉は「高尾美悠」嬢、「九十九泰葉」嬢、「藤本沙織」嬢、「佐々木春乃」嬢。〈製作〉は「福川由理」嬢、「原田希美」嬢の11名。

   今回の舞台に携わった、総てのキャストとスタッフに讃嘆と感謝を表したい。

 

 

 


○緊急案内―福大演劇部の卒業公演

2015年03月09日 05時23分34秒 | ○福岡の演劇案内

 

  公演迫る! 12、13、14日

   先週金曜日の「福岡女学院大学」による演劇公演の際に受け取ったチラシにより、今回の「福岡大学演劇部」の「卒業公演」を知りました。

   このたびは、2つの「演目」の同時上演とのこと。公演日時が迫っています。 

        ★   ★   ★

 

  福岡大学演劇部2011年台卒業公演

  a 『ミス・ダンデライオン』

  b 『南十字星駅で』

●原作/梶原真治 ●脚本/成井豊 ●演出/岡部涼子

●日時 ※「a」「b」2演目間の「休憩時間」は20分です。

 12日(木)・13日(金)

  ・12:30~13:30―「a」  ・13:50~14:50―「b」

 14日(土)   

  ・11:00~12:00―「a」  ・12:20~13:20―「b」

 ※いずれも「受付開始」は45分前、「会場」は30分前

●会場/福岡大学優朋会館3F大ホール 

 ※「会場」は、西鉄バス停「福大前」(12番、16番など)より徒歩2分。

 また「福大正門前」(114番、700番など)より徒歩7分。

●入場/無料 ※予約者優先 

 クリック! ■福岡大学演劇部2011年台専用ホームページ

  ※上記ホームページより「予約申し込み」ができます。

      

  


○案内―演劇ユニット「」(かぎかっこ)/『陰湿集団』:九大演劇部OB劇団 

2015年03月07日 08時07分17秒 | ○福岡の演劇案内

 

  昨日午後、「福岡女学院大学」(四団体合同公演)の公演演劇『あゆみ』を観ました。この鑑賞稿は後日に譲るとして、今回は、「九州大学演劇部」OB・OGによる「2つの劇団」の公演を案内しましょう。

   筆者は、昨日の公演会場で渡された「案内チラシ」によって、初めて今回の公演を知ることができました。紹介順序は、「公演期日」が早いものからとしています。

       ☆

   「旗揚げ公演」となる『陰湿集団』による『陰湿クラブ』は、山本貴久氏の作・演出作品。実は昨日、『あゆみ』の会場において、偶然、同氏と会いました。開演時間を勘違いした筆者は、「会場時間」前に到着したため、先に来ていた同氏と話をすることができたのです。

   同じように、『演劇ユニット「」(かぎかっこ)』の今回の作品『人数の足りない三角関係の結末』の演出を担当した浜地泰造氏とも会い、終演後、立ち話をすることができました。両氏との不思議な縁を感じます。

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 ● 陰湿集団 旗揚げ公演

  『陰湿クラブ』

●作・演出/山本 貴久

●日時/21日(土) 13:00  17:00

      322日(日)  13:00  17:00 

●場所/シゲキバ(江島ビル605)

 この「会場」は、『演劇ユニット「 」(かぎかっこ)と同じ会場です。同劇団によるアクセス案内(下段)を参照してください。とても行き届いた案内表現となっています。  

●料金/予約:無料 当日:300円

 クリック! ■陰湿ブログ

        陰湿集団(twitter)

 

      ★

 

 ● 演劇ユニット「 」(かぎかっこ) 第三回公演 

  『人数の足りない三角関係の結末

●作/大根 健一  ・演出/浜地 泰造 

●日時/27日(金) 17:00

     28日(土) 13:00  17:00

     29日(日) 13:00

  ※29日のみ終演後「アフターイベント」を予定しています。

●会場/シゲキバ

  ・所在地:福岡市中央区薬院1-16-18 江島ビル605

  西鉄「薬院駅」から徒歩5分。「城東橋」交差点を右折。「姿見橋西」交差点からすぐのV字路を左折、道沿い左側の「江島ビル」6Fです。ビル内のエレベーターを使ってお越しください。

●Ticket/前売り:800円  当日:1,000円

 クリック! ■演劇ユニット「 」(かぎかっこ) ※facebook

  


◆生者の息と死者の灰/『シンドラーのリスト』:No.10

2015年03月02日 00時01分49秒 | ◆映画を読み解く

 

37. への点呼

  「移送列車」に乗り込むための “点呼” が始まる――。

……「ドレスナ―一家4人」、「ローズナー一家」ことに「オレク・ローズナー少年」(便漕の中に隠れようと飛び込んだ少年)、「カイム・ノバック」(本来は歴史と文学の教師。シュターンにより「技術者」の身分証明書を作って貰う)、「イザック・シュターン」(シンドラーの最大のパートナー。会計士)、「ヤコブ・レヴァルトフ」(蝶つがいを製作していたユダヤ教のラビ。危うくゲートに射殺されるところでした。後に「DEF」へ)、「ポルデク・べファーリング」(物資調達専門)と「ミラ・べファーリング」夫妻、「アダム・レヴィ」(鶏泥棒事件のとき、ゲートの質問を巧みに交わした少年。「DEF」へ)、そして「ヘレン・ヒルシュ」(ゲート邸のメイド)――。

 

 38. 雪景色の中を走る蒸気機関車――。駅名表示。列車の到着。

  「チェコのブリンリッツの町―シンドラー故郷

   ホームで待ち受けるシンドラーの姿。「プワシュフ強制労働収容所」から来た「男性の労働者達」が並んでいる。やがて、今度の「工場監視兵」のトップが自慢げに言う。「私が監督する(強制労働)収容所は “生産性が高い”」と。しかし、シンドラーはひとこと返しただけで無視し、ホームの上に立っていた監視兵を下に降ろす――。

  男性陣に挨拶するシンドラー

「女性たちもまもなく着く。……熱いスープとパンが君らを待っている。ブリンリッツへようこそ!」 

  しかし、「女性達の乗った列車」は、書類上のミスにより、とんでもない処へと向かっていたのです。

 

  “生”と“死”の対比

39. 煙突の煙 と 降灰

   実は、女性達の乗った「貨車」は「アウシュヴィッツ」へ向かっていた。不安げな表情の車内の女性達。「ヘレン・ヒルシュ」の顔も見える。到着した「貨車」から降ろされた彼女達を待ち受けていたのは、「アウシュヴィッツ絶滅収容所」(※註1)――。

   夜間照明に照らし出された「夜空」から降りしきる「大粒の白いもの」――。そうです。決して「雪」ではありません。それは、煙突から吐き出される「」、すなわち“焼却死体から出る骨灰” です。映像効果としても、「モノクロ」だけが持つ凄さであり、“完了した死のにおい” と “これから始まる死の気配” に満ちています。

   黒い……暗い夜空。眩いばかりの照明灯の光の白さ。その逆光の中、戸外の寒さに震えながら女性達が “大きな白い息”を吐いています。彼女達のその “白い息づかい” を遥かに凌ぐ「大粒の白い灰」が、全身に降り注いでいます。どこまでも白く照らし出された降灰……。そしてその「降灰」を吐き出し続ける巨大な煙突――。不気味な煙の塊が、阿鼻叫喚のように激しく迸り続ける……。

   “大きな白い息づかいが意味する”……

   吐き出される白い降灰が意味する”……

   その対比を、「映像」は余すところなく描き出しています。「モノクロ」にして、はじめて為し得る“世界観” といえるでしょう。ここにも “哲学性と芸術性” が、静かに、しかし、深い哀しみと遣り切れなさを秘めて描かれています。

   優れた「シーン」構成です。「映画」の素晴らしさを痛感します。もう一度、「映画館」の迫力ある大スクリーンで観たいものです。

  一段と寒さが厳しいような「アウシュヴィッツ収容所」――。小走りにバラックへと走り込む女性達。戸外の異様な様子に、丸眼鏡の少女ダンカ・ドレスナ―」が尋ねます。

ママ。ここは、どこ?」

 この頃、すでに男性達が到着している「ブリンリッツ」では、女性達がアウシュヴィッツへ送られたことに憤慨するシンドラーの姿があります。

 

40. ガス室?!

   「アウシュヴィッツ」において強制的に髪を刈られる女性達。ドイツ語やポーランド語などが入り混じっている。その後、衣服を脱がされ、「浴場、殺菌室」と表示された大きな房(部屋)へ入る女性達――。

   以前、この収容所の「ガス室」の噂話をしていただけに、彼女達の恐怖は尋常ではありません。怯えた表情で入って行きます。その天井には、「シャワーの放水口」があるようにも見えますが……。彼女達はいっそう恐怖と不安を募らせながら天井を注視しています。そして照明が消えた瞬間、房内に女性の恐怖と諦念を帯びた叫び声が激しく響きます。

   しかし、再び照明が入った後、天井から出て来たものは「シャワー水」でした。安堵と歓喜に満ちた女性達の叫び。

       

   シャワーを終えて宿所へと向かう彼女達の全身を、夥しい “骨灰” が降り注いでいます。彼女達は、電流の通った鉄条網の向こう側に、力なく歩いて行く男女の一団を眼にしますが、その一団は、凄まじい勢いで煙を吐き出す煙突がある棟に向かっているのです。これらの人々は、まもなく「ガス室」へ降り、最後は空から舞い降りる「白い灰」となっていくのですが……。この “沈黙” の中にも、“生と死の対比” が、そして “哲学性と芸術性” が静かに描かれています。

       

   翌日、整列させられている女達。少女ダンカの母親が、自分達は「シンドラー工場の者」であり、間違ってここに来た旨を主張しています。

 

41.  女性達を買い戻すシンドラー

 書類上のミスによって「アウシュヴィッツ絶滅収容所」へ送られた女性達を買い戻すために、所長と取引するシンドラー。小さな袋から沢山のダイヤモンドをテーブルの上に拡げる。「持ち歩ける財産が必要になる」と言って“買収”しようとしている――。

賄賂の提供となれば、逮捕される可能性もあるのですが、シンドラーは「自分には有力な友人(人脈)が大勢いる」と開き直っています。相手は、眼の前のダイヤモンドの散らばりを見て――、

「受け取るとは言わん。机に載っていると気になる」

  といってダイヤを拾い集め、ポケットにしまうのです。

 

42. 乗車のための点呼と到着

  「ブリンリッツ」へ行くために列車に乗ろうとしている女性達。泣き叫ぶ或る少女の声の先に、ダンカその他の子供達を大人の列から引き離そうとしている警備兵。シンドラーが駈けつけ、子供たちが“熟練工”であることを強く主張する――。

  その証拠としてシンドラーはダンカを抱きかかえ、女の子の「小さな手」を警備兵に見せながら、「この手が45mm砲の奥まで入ってその内側を磨く」と強調。「小さい手」だからこそ、研磨が可能だと言っているのです。

  彼女達は、今度は無事にシンドラーの待つ「ブリンリッツ」に到着しました。

 

43. シンドラー独自の工場ルール

  工場の監視兵に厳しく伝えるシンドラー。その内容は、“勝手な処刑” や “シンドラーの許可なく工場内への立入り” を禁止するもの――。

  他の「収容所」では考えられないほど囚人(ユダヤ人達)を保護する内容であり、独自のルールを確立しています。シンドラーが経営者であり、彼の私財で建てた工場ですが、一応 「ナチス・ドイツの軍需工場」であるため、ナチス・ドイツの監視兵が付けられているのです。そのため、「快く協力してもらうための飲み物のサービス」という “懐柔” も忘れないシンドラーです。(続く)

 

       ★   ★   ★

 ※註1 一般的に「絶滅収容所」と呼ばれてはいても、「強制労働収容所」の性格もありました。同様に、「プワシュフ」や「マウトハンゼン」の「強制労働収容所」も、“日常的な暴行” や “殺戮” と言う意味では「絶滅収容所」としても機能していました。

 実は、アンネ・フランクも、「隠れ家」を発見された直後は、アムステルダム(オランダ)の「ヴェステルボルク収容所」へ送られ、その後 “臨時措置” として、この「(アウシュヴィッツ)=ビルケナウ収容所」の「女子収容所」に送られて来たことがあります。このときは、“労働可能”として、「ガス室」送りを免れています。