『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・『夜と霧』(フランクル)/「100分 de 名著」(NHK)

2013年03月29日 18時41分18秒 | □愛読書及び文学談義

      ★巻末に『九州大学春季公演』のご案内があります。

 

  NHKの『100分 de 名著』の素晴らしさ

  筆者は、本ブログの2011年8月27日と9月1日の2回に分け、『時を超えて/V.E.フランクル「夜と霧」』を連載しました(巻末にご案内)。

  ヴィクトール・エミール・フランクルの著作『夜と霧』について、私の個人的な体験を綴ったものです。私自身の愛読書としても大きな意味を持っており、今でもちょくちょく拾い読みをしています。3月初めにも、ブログ掲載稿の再チェックのため、数回読み返したほどです。

  そう思っている矢先、久しぶりに訪れた大型書店にて、『フランクル 夜と霧 -100de名著』という文字が眼に止まりました。NHKの「テレビテキスト」です。さすがNHK、なかなかのタイトルですね。1回25分の番組を月4回行い、合計100分で名著のエキスに触れるとの趣旨なのでしょう。昨年8月放送のアンコールのようです。

      ☆

  しかし、残念なことに1,2回分はすでに終了、何とか3月27日の3回目(再放送)を観ることができました。最後の4回目もすでに終了しており、再放送は4月3日水曜日の午前5時30分と午後0時25分です。ぜひご覧ください。

  「テキスト」の中で、番組「語り手」の諸富祥彦(もろとみよしひこ)氏は、こう語っています。

      ☆

  『フランクルの思想のエッセンスは、次のようなストレートなメッセージにあります。

  どんなときにも人生には意味がある。

  あなたを待っている“誰か”がいて、あなたを待っている“何か”がある。

  そしてその“何か”や“誰か”のためにあなたにもできることがある。

  このストレートな強いメッセージが多くの人の魂をふるわせ、鼓舞し続けてきたのです。』

       ☆

  傍線部は私によるものですが、この確信と希望と使命に基づくフランクルの強いメッセージは何処から来たものでしょうか。それは、どんな“絶望の淵”にあっても“太陽の光”に感動し、どんなときにも“神への畏敬や祈り”を忘れなかった人々を目の当たりにした体験からでしょう。

  フランクルは、人間の究極の価値たる“愛”についてこう語っています――。

  ――愛は結局人間の実存が高く翔(かけ)り得る最後のものであり、最高のものであるという真理である。私は今や、人間の詩と思想とそして――信仰とが表現すべき究極の極みであるものの意味を把握したのであった。愛による、そして愛の中の被造物の救い――これである。たとえもはやこの地上に何も残っていなくとも、人間は――瞬間であれ――愛する人間の像に心の底深く身を捧げることによって浄福になり得るのだということが私にも判ったのである。

 

  被災地でよく読まれるという『夜と霧』

  いきなり“『夜と霧』を読破しましょう”といっても、なじみにくいかもしれません。そこで、この番組を紹介したNHKのサイトをご紹介しましょう。

  その最後に『プロデューサーNの「こぼれ話」』というコーナーがあり、以下の件(くだり)に眼がとまりました。N氏は、次のように述べています。

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  『……今「生きる意味」を問うことは、閉塞感が漂う震災後の日本にとって大切だと思ったからです。このコンセプトを決めた後、制作協力をお願いしているテレコムスタッフのディレクターにさらに取材してもらったところ、「夜と霧」が被災地でよく売れているという事実が分かりました。そこで今回は、仙台と岩手でのロケも織りこみながら、構成を立てることにしました。……』

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  この「番組」はとはとてもよくできています。4回分の番組のエキスがコンパクトに示されており、堅くて難しい『夜と霧』を親しみやすく、また何よりも非常に判り易く説き明かしています。

  最後の4回目の“苦悩の先にこそ光がある”については――、

   『……シリーズの集大成として、先行きの見えない不安が広がっている今、わたしたちは生きる希望をどのようにして見いだすべきか、フランクルの思想から共に語りあう。』

   と締め括っています。

  フランクルの『夜と霧』は、wikipediaによれば、1991年のアメリカ国会図書館の調査において「私の人生に最も影響を与えた本」のベストテンに入ったようです。また読売新聞による「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」のアンケート調査において、翻訳ドキュメント部門の第3位にランクされました。

 

   ◆ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl)  1905―1997。オーストリアの精神科医・心理学者。「精神分析学」の創始者であるシグムント・フロイト(Sigmund Freud 1856-1939).に師事。ウィーン大学医学部精神科教授。

 ※掲載の訳文は「みずず書房」の『夜と霧』(霜山徳爾)によるものです。 

 

●併せて以下の3つをご覧ください。 👇クリック!

 NHK:フランクル『夜と霧』―「100分 de 名著

 これはNHKのサイトです。

  ◆時を超えて(上)/V.E.フランクル『夜と霧』」(2011.8.27)

 これは、私・花雅美秀理が、父によって『夜と霧』の本と出会った小学3年時の体験です。

  ◆時を超えて(下)/V.E.フランクル『夜と霧』」(2011.9.1)

 これは大学生となった私の、『夜と霧』との再会を巡っての体験です。

 

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   九州大学春期公演 のご案内

  「再考」  作・演出/山本貴之  

 公演日時/2013年4月27日(土) ①13:00~ ②16:00~ 

   ※「演劇時間」は、いずれも「40分」程度です。

 ◆料金/無料

    ・ご予約は「メールボックス」もしくは「お電話」にて承っております。
    ・メールには、お名前、ご希望の時間、を明記してください。   

 場所(会場)/さいとぴあ    ⇒ 会場HPはこちら

    ・九大学研都市駅から徒歩1分以内。

    ・道路をはさんで反対側には「イオンモール」があります。

    ・建物内において、「係り」の者が「ご案内」をさせていただきます。

  《あらすじ》  

  2012年世界は滅亡しなかった……………

  絶望する少年と、そこへ歩み寄る謎の男。

  「世界を終わらせる。」

  ”終わり”の後には何が起きるのか?

  宇宙と人間の愚かさは本当に無限大か? 

  少年と男の結末の行方は?

                   ご来場を心よりお待ちいたしております。 

                                            九州大学演劇部 

 


・なにも足さない。なにも引かない/CMキャッチコピー:(下)

2013年03月23日 09時44分40秒 | ■文化小論

 

   みんな悩んで大きくなった。   サントリー

  わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい』という「丸大食品」のハムやハンバーグのコピー。頑固一徹でちょっと厳しそうな父親というテレビCMの設定は、好感をもって迎えられたようです。息子から見た理想の「おやじ」であり、娘や妻から見ても素敵な「おとうさん」、そして頼もしい「夫」だったのでしょう。

 食べ物となれば、『ハウスバーモントカレー』も一世を風靡しました。この商品名が出て来ると、『りんごとハチミツ 』というフレーズが、西条秀樹の歌声とともに脳裏を巡ります。

                       ☆

 『みんな悩んで大きくなった~』はサントリーGOLDのコピー。野坂昭如氏が「♪ ソッ・ソッ・ソクラテスかプラトンか。ニッ・ニッ・ニーチェかサルトルか。みんな悩んで大きくなった。♪ 」と軽快なダンスステップで歌うCMでした。

 二番の歌詞は「♪ シェ・シェ・シェークスピアか西鶴か。ギョ・ギョ・ギョエテかシルレルか。みんな悩んで大きくなった。♪ 」――30年以上も前のCMです。ちなみに「ギョエテ」はゲーテ、「シルレル」はシラー。

                       ☆

   一瞬も一生も美しく   資生堂

 筆者のように「化粧品」を使わなくても、資生堂の『女性の美しさは都会の一部分』や『一瞬も一生も美しく』(2006年元旦広告)は好きなコピーです。

 また、パナソニックの『きれいなお姉さんは好きですか?』も味わいのあるメッセージでした。テレビCMの映像は何も憶えてはいませんが、無名の水野真紀や松嶋菜々子が登場していたようです。                                                                                             

 その他のコピー――。『志望校を母校に』というのはどこの予備校でしょうか。

 『地図に残る仕事』(大成建設)や、『ピッカピカの一年生』(小学館:子供向けの学習雑誌)、『やめられない。とまらない』(カルビー:かっぱえびせん)、さらには『反省だけなら、サルでもできる。や『バザールでござーる。』も耳に残っています。

 東日本大震災後、公共広告機構の『心は誰にも見えないけれど、心遣いは見える。も印象的でした。

         ☆   ☆   ☆

 以上、最近はほとんどテレビを観ない筆者が、むかし昔のコピーを思いつくままに拾ったものです。若い人には、ピンとこないものが大半でしょう。

 それにしても、「サントリー」と「資生堂」は、いつの世も素晴らしい「コピー」を提供する企業ですね。まじめな話、「経済効果」を押し上げているのではないでしょうか。

                

 最後に――。筆者がこれ以上の作品はないと思っているコピーがあります。サントリー「シングルモルトウイスキー」の

  なにも足さない。なにも引かない

 「一字一音の無駄」もありません。しかも、前後する「2フレーズ」の違いは、「足さ」と「引か」の「2音だけ」という単純明快さです。それだけに「受け手」の「イマジネーション」や「クリエイティビティ」に負うところが多いのでしょう。

 ところで、筆者はこのコピーが「新約聖書」の「ヨハネの啓示(ヨハネの黙示録)」と関わっているような気がします。聖書の最後の章となる第22章18・19節に出て来る一節を彷彿とさせるものがあるからです。聖書をお持ちの方は、ぜひ確かめてみてください。

 ★ CМ動画:『なにも足さない。なにも引かない。』(サントリー)

 

        ★★★ 何も……ない ★★★

   ―― なにも足さない。なにも引かない

  ……って、ほんとにステキ。こんなに無駄がないフレーズって、そうないでしょ? 

 ところで、どなたかがおっしゃってたわ。最近、またあなたの「靴下」が失踪しかけたんですって? 気が緩み始めたのかもしれないわね。

   そこでたったいま、あたくし、あなたの「キャッチコピー」を思いついたの。

 ……これ! もう、絶対にこれ しかないと思うの! ねえ? いいかしら? 

 少しインパクトがありすぎるかも……。 だから、心して聞いてくださらないと……。 

 

  ―― なにも履(は)かない。

 ……ねっ? 一字も、一音の無駄もないでしょ? いかが? 

 ……ねえ? 聞いてる? ね~え? ……あれ? 眠ちゃったの? 

 やだあ~❢ 

  だったら、もうひとつ「コピー」を加えなくっちゃ………

  ―― なにも聞かない。

 

  ……………でも……、でも、でも、この場合の「きかない」は、こっちの方がいいのかも………

 ―― なにも効かない。

 

 

 


・ゆれる、まなざし/CMキャッチコピー:(上)

2013年03月17日 18時27分49秒 | ■文化小論

  

  恋は、遠い日の花火ではない   サントリー・オールド

 昨日土曜日、「福岡市総合図書館」で新刊書を拾い読みしました。書名は『職業 コピーライター』。著者は、元・資生堂の「コピーライター」として、その世界では知る人ぞ知る小野田隆雄氏。

 自身の半生を振り返りながら、氏自身の「キャッチコピー」を中心に、そのときどきに話題となった名コピーの紹介ともなっています。  

 当然のことながら、氏の作品の多くは「資生堂」の化粧品関係ですが、筆者のような男性でも、唇に上るコピーがいくつかあります。 例えば―‐、

 ゆれる まなざし

 素肌美人

 時間よとまれ、くちびるに

 も氏の作品ですが、これはどうやら『ファウスト』(ゲーテ)の “瞬間よ止まれ。おまえはいかにも美しい” からヒントを得たものかもしれません(※註1)。

 それにしても「時間よとまれ、くちびるに」とは、凄いそして素晴らしい表現です。

 ファウストのこの台詞は、1972年の「ミュンヘン・オリンピック」のテーマフレーズ《時よ止まれ。君は美しい》にも採り入れられていましたね。

 氏はその後独立して、さまざまな企業のコピーを手がけますが、筆者にとって印象深いコピーとなれば、やはり「サントリー・オールド」のコピーでしょうか。

 恋は、遠い日の花火ではない

 というテレビCMがそれです。        

  このCМでは、夕暮れの中、帰り道を急ぐ課長(俳優:長塚京三)の背中を、“ずっと見ていたい”  という部下の女性社員(女優:田中裕子)。課長とは反対の方向に帰りながらも、振り返って課長を探す表情が、何とも「いじらしく、微笑ましいシーン」でした。“落ち” として、課長が飛び上がって喜びを表現する姿も効いています。

 この小野田氏が、退職後に作った「資生堂」の『さびない、ひと』も、小泉今日子というピッタリの人選によって、コピーがいっそう活かされたような気がします。

              

 

  少し愛して、長~く愛して   サントリー・レッド

 車を運転しながらの図書館からの帰り道、筆者の脳裏に過去の「キャッチコピー」が駆け廻り始めます。まずは――、 

 少し愛して、長ーく愛して

 という、「サントリー・レッド」ウイスキーのもの。素直で純な女性の感覚・感性を、大原麗子はよく演じていたと思います。このシーンの彼女の表情や仕草のディテ―ルについては、自分でも驚くほど鮮明に記憶しています。

 「サントリー・オールド」とは異なった「イメージ」や雰囲気という、サントリーの商品戦略でしょうが、成功していたのではないでしょうか。

 個人的なことを言うと、大学時代は遥かに安い「レッド」オンリーの筆者も、自分で稼ぎ始めたこの時代は「たぬき」、すなわち「オールド」派でした。

 アルコールついでに言えば、『すべては、お客さまの「うまい!」のために』(アサヒ:スーパードライ)でしょう。このコピーは、今では同社の商品全体のテーマフレーズとなっているようです。

 ちなみに「キリンビール」のテーマフレーズは『おいしさを笑顔に』でした。

 

          ★   ★   ★ 

 旧国鉄時代のキャンペーンソングともなった山口百恵の

 いい日、旅立ち

 もいいですね。歌詞の内容もさることながら、キャッチコピーでもある「曲名タイトル」が秀逸。あらためて作詞・作曲の谷村新司氏に尊崇の念を感じました。

 旧国鉄といえば、1970年から一大キャンペンとなった「DISCOVER JAPAN」のキャッチコピーも忘れがたい秀作でしょう。

 サブコピーの『美しい日本と私』も巧みであり、まさに「一億総旅人」というスピリットを、とてつもないスケールと時間を通して浸透させたように思います。(続く)

           ★   ★   ★   

 

  CM動画『恋は遠い日の花火ではない』 

 ※画面は粗いようです。

 ※註1 :訳本によっては、「瞬間」を「時間」や「とき」としているものもあるようです。

  


・『新日本紀行』テーマ音楽/SOUND アーカイヴ:Vol.1

2013年03月09日 22時02分31秒 | □Sound・Speech

 

 1963(昭和38)年10月7日。NHKテレビ番組『新日本紀行』の第1回目がスタートした。以来、1982(昭和57)年3月10日までの18年半に製作された本数は793本に上る。その第1回目に選ばれた都市は「金沢」(石川県)だった。栄えある「初回」に選ばれた理由は、この「番組創り」のために地方各局に呼び掛けたとき、最初に反応したのが金沢支局であった由。その当時の熱心なスタッフは、後にこの番組のデスクに迎えられる。 

       ☆

 この「テーマ音楽」の作曲者が冨田勲氏であることは、多くの人が知るところだ。この曲のように、「やまとの国・日本」を、また四季折々の移ろいとその美意識を感じさせる曲は少ない。老若男女を問わず、日本人に懐かしさと愛しさを抱かせ、また慕われた……いや、今でも慕われている。だがこの「曲」は、番組スタート当初からの「テーマ曲」ではなかった。

  ところで、金沢時代の熱心なスタッフとは菅家憲一氏。氏はデスクとなるわけだが、同番組に対する力の入れ方は特筆すべきものがあったと、高柳氏は語る。

 手始めに菅家デスクは、テーマ音楽を変えるため冨田氏に作曲を依頼する。完成した曲の収録日、全班員がスタジオに集合した。収録が無事終了したとき、菅家デスクは感想を述べた。『どうも物足りない』と。高柳氏は続けて語る――。

  『……皆が固唾を呑んで見守るうち、冨田勲さんが楽器倉庫から、やおら、魚の骨のような形の楽器をひっぱりだしてきた。カーン、カーンと、あの打楽器音が加わり、力強い曲の流れに、一層の迫力を増した。“はい、これで決まり!”(菅家)デスクの満足気な声がスタジオに響いた。』

       ☆

 それにしても、この「カーン」という高い木の音――。2回に分けて各12、計24回鳴っている。……何処から聞こえて来るのだろうか。ずっと遠い所からのような……それでいて親しみと恋しさを感じさせるような身近な感覚……。なんとも不思議な安らぎと落ちつきをもたらすとともに、大切なものを探り当てたような気持にさせられる。

  何よりもこの「木の音」は、いろいろなものを想像させる。……森林の奥から響き渡る樹の切り出しの音。人里離れた村はずれにポツンと立っている路標。朽ち果てて行くばかりの社や東屋……その佇まい。村を去らなければならない人……それを見送る人。互いに遠ざかって行く小さな道……そのずっと先に一点となって消えようとする……。

 無論、四季の風物も映し出す。“日本人による日本人のための日本の原風景”を音楽として表現したと言える。聴くたびに、新たなイメージが湧いてくる。筆者の独断だが、この「カーン」という「清澄な木の響き」によって、《原風景》に神聖さと郷愁とがいっそう加わったと思う。

       ☆

 それにしても、テーマ曲完成の際に『物足らない』と言った菅家デスク。そして、それにすぐに反応して「曲に木を入れた」冨田氏。まさしく“阿吽の呼吸”というものだろう。

  『その菅家さんも今は亡い』と高柳氏――。菅家氏の葬儀の日、読経に併せてこの「テーマ曲」すなわち『新日本紀行』が境内に流れていたという。……ひょっとしてこの曲は、ある人々にとっては『鎮魂歌』でもあるのかもしれない。

 よりよいものを創ろうと情熱を傾ける人々がいる限り、優れた素晴らしいものが残される。

       ★   ★   ★

 ※冨田勲(とみたいさお)  1932(昭和7)年、東京生まれ。作曲家、シンセサイザー奏者。NHKの『新日本紀行』『きょうの料理』をはじめ、大河ドラマ『花の生涯』『天と地と』『新・平家物語』『勝海舟』『徳川家康』等のテーマ音楽を作曲。

 

 ◎NHK『新日本紀行』テーマ曲/作曲:冨田勲

 


・雛あられ両手にうけてこぼしけり/久保田万太郎

2013年03月03日 14時24分08秒 | ■俳句・短歌・詩

   

   雛あられ両手にうけてこぼしけり  久保田万太郎

  この「両手」は、大人のものと見ることもできます。

 しかし、筆者にとっては、やはり幼な子(おさなご)の「小さな手」を指しています。この愛くるしい手は、どんなに指を伸ばして広げたところで、“小さい”  ことに変わりありません。

 そもそも、幼な子の指の開き具合は “ぎこちなく”、何かを容れる “うつわ”  としては頼りないもののようです。

  その小さな “掌(てのひら)”  を懸命に広げて、「雛あられ」をものにしようとする幼な子――。しかし、哀しいかな、“ぎこちない掌”  の動きは、雛あられを〝うまくつかめない〟まま、結局  “こぼして”  しまったのです。

   幼な子の意志に反して “こぼれた” とも言えるでしょう。ことにその雛あられが、「小粒で軽いもの」であれば、事態は避けられなかったのかもしれません。

            ☆   ☆                                         

  この「小粒で軽い雛あられ」と、それを受け取ろうとした「幼な子」について、わたし自身も体験者の一人です。

  長女が二歳ちょっとの頃でしょうか。「淡い桃色や黄緑の雛あられ」は小粒で軽く、また柔らかいものでした。幼児用に特別に作られたものかもしれません。

 わずかな室気の流れや吐息だけで、簡単にこぼれ落ちるような気がしたものです。長女が開いた手のひらを、少し広げてやろうとしたそのとき、わたしはあらためて気づかされました――。

  『……なんて小さな手、そして掌なのだろう。このような掌で、何をつかみ、また何を持つというのだろうか……』

  もちろんそれまでも、それらしき思いを実感したことはありました。しかし、“このとき” 以上にそう感じたことはありませんでした。

  二歳の長女は、自分が何をしているのか、また何をされようとしているのか、すぐには理解できなかったに違いありません。

 それでも、自分の眼の前にいる人物(父親)が、好意的な態度で自分に何かを与えようとしている……そして、自分の掌に「淡い色合いの小粒で軽いもの」が載せられようとしている……くらいは何となく感じたかもしれません。

 それでもその瞳は、ことさら嬉しいという表情でもなく、少しとまどっているような印象でした。

  ……ゆっくりと静かに開いた長女の手のひら……。

 しかし、思うように指を広げることができないまま……。

 ほんとに小さな「掌の窪み」でした。「普通大」のあられなど、とても受け留めることなどできなかったでしょう。そのときの雛あられが、「小粒で軽いもの」であったがゆえに、何とか「ふたつぶ、みつぶ」を掌に載せることができたのでしょう。

 それでも次の瞬間、「いくつぶ」かの「雛あられ」が、いたいけな長女の掌からこぼれおちたのです。

 

            ☆   ☆

  ……あれから三十年……。三人の娘と一人の息子の父親として、わたしは以上のような光景に何度か出逢う機会を得ました。今はもうすっかり成人となった息子や娘たち。

 幼児の頃の彼らの “小さな手のひら”  と戯れることができたことを、父親としての感動の一瞬として記憶しています。

  句に戻りましょう。

  『こぼしけり』は、『こぼれけり』でもあるということですね。そのように両者を加味しながら解釈するとき、「雛あられ」の “かるさ”  や “淡い色合い”  がより印象深く映るとともに、幼な子の “あどけなさ” や “いじらしさ” も、いっそう伝わって来るような気がします。

  と同時に、我が子に「雛あられ」を与えることのできる “とき”  の重みのようなもの。すなわち “人生におけるごく限られた時間”  という意味合いも感じられるような気がするのですが……。

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  久保田万太郎  作家、俳人、劇作家、舞台演出家。1989年~1963年。:慶大文卒。1937年、岸田国士らと一緒に劇団『文学座』を結成。1946年、主宰として俳誌『春燈』を創刊。