その代わりと言って、クライアントは「ターゲット」に関する情報をさらに開示した。確かにそれによって、大学での所属サークルや趣味、それに行きつけの喫茶店なども判明したが、手紙の指示内容もさらに細かくなっていた。代筆屋は、さほど自信もないまま「2通目」を認(したた)めてクライアントに渡した。
数日後、クライアントは「ターゲット」からの「2通目」の返事といって見せに来た。それを開いた代筆屋の目に、“あなたの手紙が待ち遠しくて” との柔らかい女性文字が映り、思わず小躍りした。“……ひょっとしたらこれでいいのかも……” そう思いつつも、代筆屋は複雑な思いにとらわれてもいた。
クライアントは当然のように「3通目」を要求し、指示の内容もいっそう細かくなって来た。しかし、それは誰かに誘導されているのではと疑いたくなるようなものだった。代筆屋はクライアントに、『もうこれからは、自分自身の言葉で綴るように』と再び説得した。しかし、クライアントは『考えさせてくれ』と言って言葉を濁した。
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数日後、何とクライアントは「指示内容」を「レポート用紙」にびっしり書いて来た。同時に彼女に関する情報も、一段と開示して見せた。だがクライアントの態度には落ち着きがなく、「指示内容」を見つめる代筆屋の顔を、しきりにうかがうばかりだった。
おかしい……。代筆屋は直感した。最初の依頼の際に感じた “不可解さ” は、“確信ある疑惑” となっていた。「指示内容」には、クライアントの本心とは思えない “作為” が感じられ、「ターゲット」に関するデータの小出しには、計算された意図があるように思えてならなかった。
ようやく事の全貌を掴んだ代筆屋は、クライアントを糺した。
明かされた真相に、代筆屋は唖然となった。何と「ターゲットの女子大生」は「クライアントの実姉」であり、彼女は「代筆屋の手紙」を、「小説」の参考にしようとしていたのだ。その上、写真の女性は「ターゲット」本人ではなく大学の友人という。憤りはなかったが、何ともやりきれなかった。
半月後、「ターゲット」から「詫び状」が届いた。“男子高生の多感な意識や行動が知りたかった” という “動機” は、容易に想像でた。それだけに “数多(あまた)の男子高生の一人” とみなされた代筆屋の自尊心は、微妙に傷ついた。
代筆屋は、“けじめ” を付けるために「返事」を書いた。しかし、心のどこかに “代筆屋としてではなく「手紙当事者」としての新たな始まりを……” との期待がないでもなかった。だがいつまで待っても「返事」はなく、代筆屋は “不純な淡い期待” をひとしきり恥じた。
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それから一年ほど経った三年生の夏、「女子大生」から手紙が届いた。家族の入院や就職活動により、文芸創作どころではないという。結局、彼女からの手紙はそれが最後となり、代筆屋も返事を出しそびれてしまった。
実はその頃、「恋文代筆屋」は開店休業を余儀なくされ、廃業の危機に瀕していた。クライアント達の「ターゲット」が、「女の子」から 〝代筆〟 の効かない〝大学受験〟へと切り替えられていたからだ。 [完]