『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・恋文代筆屋稼業(四/四)

2009年05月12日 19時21分04秒 | ■されどわが青春


 その代わりと言って、クライアントは「ターゲット」に関する情報をさらに開示した。確かにそれによって、大学での所属サークルや趣味、それに行きつけの喫茶店なども判明したが、手紙の指示内容もさらに細かくなっていた。代筆屋は、さほど自信もないまま「2通目」を認(したた)めてクライアントに渡した。

 数日後、クライアントは「ターゲット」からの「2通目」の返事といって見せに来た。それを開いた代筆屋の目に、“あなたの手紙が待ち遠しくて” との柔らかい女性文字が映り、思わず小躍りした。“……ひょっとしたらこれでいいのかも……” そう思いつつも、代筆屋は複雑な思いにとらわれてもいた。

 クライアントは当然のように「3通目」を要求し、指示の内容もいっそう細かくなって来た。しかし、それは誰かに誘導されているのではと疑いたくなるようなものだった。代筆屋はクライアントに、『もうこれからは、自分自身の言葉で綴るように』と再び説得した。しかし、クライアントは『考えさせてくれ』と言って言葉を濁した。

       ☆ 

 数日後、何とクライアントは「指示内容」を「レポート用紙」にびっしり書いて来た。同時に彼女に関する情報も、一段と開示して見せた。だがクライアントの態度には落ち着きがなく、「指示内容」を見つめる代筆屋の顔を、しきりにうかがうばかりだった。

 おかしい……。代筆屋は直感した。最初の依頼の際に感じた “不可解さ” は、“確信ある疑惑” となっていた。「指示内容」には、クライアントの本心とは思えない “作為” が感じられ、「ターゲット」に関するデータの小出しには、計算された意図があるように思えてならなかった。

 ようやく事の全貌を掴んだ代筆屋は、クライアントを糺した。   
 明かされた真相に、代筆屋は唖然となった。何と「ターゲットの女子大生」は「クライアントの実姉」であり、彼女は「代筆屋の手紙」を、「小説」の参考にしようとしていたのだ。その上、写真の女性は「ターゲット」本人ではなく大学の友人という。憤りはなかったが、何ともやりきれなかった。

 半月後、「ターゲット」から「詫び状」が届いた。“男子高生の多感な意識や行動が知りたかった” という “動機” は、容易に想像でた。それだけに “数多(あまた)の男子高生の一人” とみなされた代筆屋の自尊心は、微妙に傷ついた。

 代筆屋は、“けじめ” を付けるために「返事」を書いた。しかし、心のどこかに “代筆屋としてではなく「手紙当事者」としての新たな始まりを……” との期待がないでもなかった。だがいつまで待っても「返事」はなく、代筆屋は “不純な淡い期待” をひとしきり恥じた。

       ☆

 それから一年ほど経った三年生の夏、「女子大生」から手紙が届いた。家族の入院や就職活動により、文芸創作どころではないという。結局、彼女からの手紙はそれが最後となり、代筆屋も返事を出しそびれてしまった。

 実はその頃、「恋文代筆屋」は開店休業を余儀なくされ、廃業の危機に瀕していた。クライアント達の「ターゲット」が、「女の子」から 〝代筆〟 の効かない〝大学受験〟へと切り替えられていたからだ。  [完]

 


・恋文代筆屋稼業(参/四)

2009年05月08日 20時22分17秒 | ■されどわが青春


 それでもクライアントは熱心に教室まで頼みに来た。だが「ターゲット」に関する情報は乏しく、英文科の2年生でピアノが上手く、弟が一人いるという程度だった。その癖、クライアントは長文の手紙を要求し、文面に対する指示も細部にわたっていた。

 しかし、肝心の女子大生の姿は少しも見せようとせず、何枚かのスナップ写真だけで勘弁してくれという。何とも不可解な “注文の多いクライアント” だった。 

 写真の「女子大生」は長い黒髪の持主であり、知的で清楚な印象を与えた。代筆屋の好みに近く、胸元が強調されたブラウスにタイトスカートというファッションも、それまでの「ターゲット」が総てセーラー服の「女子高生」であっただけに、いっそう大人の女性を感じさせた。代筆屋の心は躍り、何としても成功させたいと張り切った。

       ☆ 

 「女子大生」を意識するあまり大人びた語調となり、何回も書き直す破目となった。だがその結果、かえって文章のまとまりは良くなり、また「ターゲット」に対する代筆屋のイマジネーションとクリエイティビティは、いっそう刺激されていった。

 そのため、代筆屋自身の個人的な感情や意識が文面に混じり、1週間を費やした手紙は、明らかに当初のクライアントの指示内容とは異なっていた。

 それでもクライアントは、意外にもすんなりと了承してくれた。代筆屋は、自分の筆力が高く評価されたと密かに誇った。そして、その心地よさも冷めやらぬ数日後、「ターゲット」から長文の返事が来た。

 何枚も書き綴られた手紙には、二十歳の女子大生の知性や意識が感じられ、またボキャブラリーの豊富さや文章表現のセンスの良さもうかがえた。ただちに高二男子との交際をOKするという「文面」ではなかったが、さりとて拒否するものでもなかった。

 「ターゲット」からの “手紙の内容に惹かれた” とか “互いに手紙で語り合うことができれば” とのくだりは、代筆屋に対する最大の誉め言葉となった。だがそれだけに、代筆屋の悩みはいっそう深く、そして複雑だった。 
 
 それは、スナップ写真やわずかな情報だけで「ターゲット」のイメージを膨らませることに限界を感じたからであり、また初回の手紙に「代筆屋自身の影」が混じっていたからだ。初回は何とか誤魔化せたものの、「手紙の差出人(クライアント)」と「手紙の筆者(代筆屋)」とが〝別人〟であることは、いずれバレるとの懸念が強くなっていった。

 何しろ相手は “3歳年上の文章に長けた女子大生”。代筆屋は、いつまでも騙せるものではないとクライアントを説得し、できるだけ早いうちにありのままの自分を綴るよう進言した。

 だがクライアントは、「2通目の手紙」を代筆屋に強く要求するばかりだった。

 


・恋文代筆屋稼業(弐/四)

2009年05月01日 19時12分10秒 | ■されどわが青春


 クライアントは、毎朝「日課」のように代筆屋の教室に報告に来た。と言っても、その内容は “返事が来ない〟の悲しげなひとことだった。代筆屋は励ましの意味で「2通目」を書いてやったが、これは報酬対象外の特別サービス、つまりはボランティアとした。だがこれも反応はなく、クライアントは気の毒なくらいしょげていた。
 結局、計2通の「代筆恋文」は功を奏さなかった。クライアントは「3通目」を出すことなく、彼女のことを諦めてしまった。

 それでも「代筆報酬」の支払いは約束通り履行され、リバイバル映画専門館のチケットを2枚獲得した。弱冠17歳の “文筆業” としてはまずまずの稼ぎといえる。記憶によれば、いわゆる「今川焼」と呼ばれる「回転焼」が一個「拾円」、老舗の「天ぷらうどん」が「五十円」か「六十円」の時代だ。運よく交際成立となれば、基本報酬の2倍か3倍の「成功報酬」が約束されていた。

 この「クライアント1号」は、その後「クライアント3号」となり、ターゲットを替えて再度依頼をして来た。だがこのときの2通も功を奏さなかった。

       ☆

 秘密厳守のはずが、なぜか二人目、三人目のクライアントが現われた。だが正直言って、それほど芳しい成果を得ることはできなかった。というより〝返事が来ないこと〟が当たり前だった。やっと返事が来たと思ったら、『もう手紙は出さないで』とか、ターゲットの母親より『大学受験勉強の大事な時期であり……』と断りの内容が多かった。

 クライアント達にとっての唯一の “救い” は、『他につきあっている人がいます』の一節がなかったことかもしれない。

 今思えば、手紙を出す方も貰う方も純情だったのだろう。ときまさに昭和39年(1964年)。東京オリンピックの年であり、ビートルズが世界を席巻しようとしていた。高校生の “男女交際” が禁じられているわけではなかったが、何が何でもガールフレンドやボーイフレンドをという時代でもなかったようだ。 

 代筆屋自身はといえば、その頃いっぱしの “詩人気取り” だった。ボードレール、ベルレーヌ、ランボー、ゲーテ、さらには中原中也や萩原朔太郎などの詩を読み漁り、かなりの詩を諳(そら)んじていた。と言って、誰かに聞かせるという風でもなかった(※だがその成果は、後に歴代のガールフレンドに貢献)。また自分でも詩作に耽り、密かに短編小説を書き始めてもいた。

 何人目かは忘れたが、別のクラスから依頼があった。「ターゲット」は顔見知りの「女子大生」という。代筆屋の高校から道路一つ隔てた所に彼女の大学があり、代筆屋もときどきその食堂を利用した。

 当時の「男子高生」にとって「女子大生」は眩いばかりの存在であり、また遥かに大人に見えた。そのため、とても太刀打ちできる相手ではないと、いささか尻込みせざるをえなかった。


・恋文代筆屋稼業(壱/四)

2009年04月30日 00時59分50秒 | ■されどわが青春


 高校はミッション系の私立男子校(現在は男女共学)に通った。その2年の一時期、ひょんなことから “恋文代筆屋” をやることになった。冗談半分で始めたものだが、クライアント達の真剣な表情に、いつしか本気になっていた。

        ☆ 

  「クライアント1号」は、よそのクラスのラガーマンであり、最初に念を押したいとして「二つの条件」を出して来た。
  一つ目の条件は、絶対に横恋慕しない” こと。つまりは「ターゲット」と単独で会ったり、勝手に「手紙」を出したりしないということだった。

 「クライアント」と「代筆屋」――。頭もルックスも五分と五分と、互いに秘かに思っている。となれば、あとは圧倒的に勝っている代筆屋の「筆力」がものを言うと、クライアントは恐れたのだろうか。二つ目の条件は「秘密厳守」だった。


 クライアントが目指す「ターゲット」は、九州でも有数のある女子高にいた。クライアントとは、卒業した中学も学年も同じという。まずは「ターゲット」を実際に確かめる必要があると、リアリティを重んじる代筆屋はクライアントを説得した。手紙を書くためには、何よりも相手の姿形” を叩き込まなければならないともっともらしい御託(ごたく)を並べたわけだが、本音はどんな女の子か顔を見たいの一心だった。

 とはいえこの確認作業が、この稼業にとって絶対不可欠な調査業務であることを、代筆屋はその後いくたびも思い知らされることとなる。

 クライアントは、何日もかけて「ターゲット」が下校する時刻とルートを下調べしていた。彼女に関するデータの豊富さに本気モードであることをひしと感じ、何とかしてやりたいと思った。

 「ターゲット」の「自宅」近くでの張込み案は、彼女の家がかなり遠く、「交通費」が嵩むという理由で却下された。もう一つの却下理由は、郊外であるため付近に家が少なく、男子高生二人では目立ちすぎるというものだった。そこでターゲットが乗り降りする女子高近くの電停付近に、二人で張り込むことになった。

       ☆

 運よく張り込み2日目に「ターゲット」を見つけた。代筆屋の好みとかけ離れていたため、正直言ってほっとした。だがそれだけにイマジネーションの喚起力が弱く、納得いく文面とはならなかった。つまりは〝切々たる思慕の情〟とやらが湧いてこなかったのだ。その分「ターゲット」に気持が伝わらなかったのではと、今だに当時の記憶を引き摺っている。
 
 それでも代筆屋の「文面」に感心したクライアントは、『半ば成功したかもしれない』とひとり希望を膨らませ、勝手にはしゃいでいた。

 手紙を出して、瞬く間に1週間が過ぎた。そして10日、2週間と経過したものの、「ターゲット」からの返事はいっこうになかった。