『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・新春俳話―上巻/虚子・芥川/新年のご挨拶

2021年01月01日 12時15分09秒 | ■俳句・短歌・詩

 

 恭 賀 新 嬉         

 新しき年の始まりを寿ぎ、みなさまのご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

                

 今年は、「オリンピック」の実施が予定されておりますが、いかが相成りますことやら。神のみぞ知ると言うところでしょうか。

 さて、終息の気配を見せないどころか、何やら深刻さを増し始めた感のあるコロナ禍――。それに伴う国内外の諸事情は、混迷の度合いを深めているような気が致します。

 それ加えて新しい内閣の下、国政の成り行き〝いかばかりか〟と、先行きの不安をお感じの方は多いのではないでしょうか。

 ……と、ここで無粋な放談を綴るのも如何なものかと思われますのでこの辺で控え、推移を見守りたいと思います。

 やはり、「一年の計は元旦にあり」。明るく心地よいことに越したことはありませんね。

 そこでこのたびは、この元日」「三日」そして「五日」の3回に分けて、「新年・新春」にちなんだ「俳句」についてのお話をと思います。

 読者各位も、ご自身なりの「鑑賞世界」をお楽しみください。

 ささやかなひととき、何かを感じていただければ幸いです。

          ★   ★   ★

 

 それでは、さっそくまいりましょう。まずは――、

 去年今年貫く棒の如きもの  高浜 虚子

  この句は、以前どこかでご紹介しました。「去年今年(こぞことし)」と聞けば、反射的に「この句」が出て来る方は多いことでしょう。それほどよく知られた句であり、多くの人々に感銘を与えて来た「秀句」です。もちろん、これからもそうでしょう。

 実はつい今しがた、年賀状が来た様子のため思わず中座して取りに行きました。何とその中の一枚に、Sさんという方より「この句」が達筆な筆文字によって認められていました。私はつい嬉しくなって一人悦に入り、久方ぶりにはしゃいでいたのです。

 何と幸せな元日であることでしょうか。……Sさん、ありがとうございます。お返事の書信を送らせていただきます。もちろん、私も筆文字にて。ただし、ご承知の乱筆にて。

 ……さて、お分かりだとは思いますが、「去年(こぞ)」と「今年」とは、1月1日の「午前0時」を境に隔てられた「時間」です。したがって「去年今年」とは、その切り替わる〝一瞬〟あるいは〝いっとき(一時)〟の感慨や趣きを意味しています。

 それにしても見事な表現ですね。「俳句」が「十七音」で成立する「短詩形の文学」であることを、改めて感じさせられます。余計なことは一切言わず、「去年」と「今年」との〝連続した時間の確かさ、その盤石とも言える強さを、ズバリ切り取っています。

 その潔さと、「棒の如きもの」と力強く言い切ったところに、凛とした年頭の雰囲気とともに、さりげなく〝作者自身の覚悟〟が籠められています。

 ここでの「棒の如きもの」とは〝時間的なこと〟に留まらず、そういう「時間」の中で生きている〝作者自身の肉体や精神(魂)〟も含んでいるのでしょう。

 のみならず〝万人共通の覚悟〟として、私達に向かって〝共にかくあるべきでしょう〟と言っているかのようです。そこに、本句の格調高いメッセージ性が潜んでいるのではないでしょうか。

 そして、この虚子の句が出て来れば、もう当然のように「次の一句」が、筆者のたましいに降りて来るのです。

 

  元日や手を洗いをる夕ごころ  芥川 龍之介

 初春、新年、そして正月……と言えば、何はともあれ「この句」を避けることはできないと個人的には思うのですが。

 俳聖「松尾芭蕉」の〝謂ひおほせて何か有る(言いおおせて何かある〟(注①)という〝(言外の)余情〟を、何と静かにさらりと言ってのけたのでしょうか。語り尽くせないほどの感興を呼び起こす余情であり、飽きることがありません。

 

 『……ほらほら、正月の来たろうが。今日は元日バイ。 

 …………ん? ……もうそげな時間ね? 早かね~え。正月の来るとは、遅かったばってん、来たて思うたら、ほんなごつ早かぁ~。 もう、元日の仕舞えようバイ。』

 と、福岡出身のタモリ氏や武田鉄矢氏であれば、あるいは……。

 

 閑話休題――。実はつい最近、行方不明になっていた『芥川龍之介句集―‐我鬼全句』を発見しました。あまりにも大事にしすぎて、押入れの一番奥の「段ボール」に埋もれていたのです。

 その〝発見の経緯〟と〝ブログ記事の一部訂正〟を、当該記事の巻末に記述しております。これまでに、本ブログの「俳句鑑賞(2010年1月1日)」において「この句」をご覧になった方は、この機会にご確認ください。

 また今回、初めて「この句」をご覧の方は、ぜひその「鑑賞文」に目を通していただければと思います。そのため、詳細はその「鑑賞文」に譲りますが、「ひと言」ここでコメントすれば――、

             

 元日、それも夕暮れが近づき始めたひととき――。その〝何とも言えない独特な手持無沙汰の感慨〟――。

 年が改まることによる〝何ということもない、しかし秘かに湧き起こるささやかな想い〟……と言ってもそれは〝頼りないもの〟であり、ことさら期待するほどのものではないのかも知れません。

 そのことを誰よりも解かっているがゆえに、作者は〝取り立てて何かをする〟ということもなく、漫然と元日をやり過ごしたのでしょうか。ふと気が付いたとき、柄杓に掬った水を〝何気なく手にかけていた〟……。

 今日から始まる「新しい一年」が、何と言うこともなく過ぎ去ろうとしている夕べ――。ささやかな願いや思惑とともに、予想もつかない不備や失態が、これから起きないとは限りません。〝生きて行くこと〟とは、〝不確定な日々の到来〟の繰り返しでもあるのですから――。

             

 病的なまでに繊細な芥川独特の感性であり、悟性と言えるでしょう。もちろん、そこに「芥川龍之介」の、そして彼の作品の〝尽きることのない魅力〟もあるのですが。

 ……おっと……。芥川を語り始めたら先に進まなくなりそうです。そのため、ここで「強制終了」と致しましょう。詳細は、下記の記事にてどうぞ。

 本ブログの掲載記事(2010年1月1日)

 ◆元日や手を洗ひをる夕ごころ  芥川龍之介 クリック!

           ★ ★ ★

 

 では、気持ちも新たに――、

  飛び梅やかろがろしくも神の春   荒木田 守武

 この「飛び梅」とは、筑前の国・大宰府に流された菅原道真を慕って、京都から飛んできたという「梅」の故事によるものです。作者は〝遊び心〟によって詠んだのでしょうか。

 「神の春」に新年を寿ぐ意味合いがあり、「かろがろしくも」に、「いとも簡単に都(京都)からはるばると飛んで行ったものよ」といったニュアンスがあるようです。

 とはいえ、筆者には「かろがろしくも」に、〝軽佻浮薄〟や〝真剣味の欠如〟といった思惑を、何となく感じてしまうのですが。下五が〝目出度い〟「神の春」で止まっているため、批判めいた気持ちはないのでしょうが、しかし、気になりますね。

 もっとも、そこが「俳諧」本来のエスプリの香りであり、諧謔の妙というものでしょうか。本句は、現代の「俳句」の原点・原型という意味と、地元人間としての「太宰府愛」を籠めてご紹介しました。

 先ほどのタモリ氏や鉄矢氏なら、「飛んできた梅」に向かって――、

 『……都から? よう飛んできんしゃったねぇ、こげんとこまで。 何てぇ? あんた、道真さんの追っかけね。 ……で、これからどげんすっと? ん? ずっ~と、ここ、大宰府におるてねぇ……。』

 もう60年ほど前になるでしょうか。両親と妹二人に筆者(高校1年だったと思います)の五人で、大晦日から元日にかけて、太宰府天満宮他の「三社参り」に車で出かけたことがあります。途中何回か大渋滞にかかり、運転手の父以外、みんなぐったりしたものです。

 ……しかし、この「太宰府天満宮」そして「梅」と来たら、「福岡んもん」には、条件反射的に「梅ケ餅(うめがえもち)」となるのでしょうか。

 『……鉄ちゃん、あんたどっちの(あん)ね? ? さらし? 』

 『……タモさん、どっちでんよかろうもん。腹に入ったら、同じやけん……。』

             

 

  日の春をさすがに鶴のあゆみかな   榎本 其角

 「日の春」は、「元日の朝」というほどの「其角」独自の「造語」と言われています。この目出度い朝日の輝く中、これまた目出度いと言われる「」が、新年の淑気の中をいかにも相応しげに歩いていると言うのですから……。目出度さも、ひとしおというところでしょうか。

 これに対して、一茶は有名な次の句――、

  めでたさもちゅう位なりおらが春   小林 一茶

 と「おらが春」、すなわち「わが世の春(この場合は新年)」の「目出度さ」を「中くらい」と表現し、庶民としての控えめな視点を語っています。

 いかにも「生活派俳人」として、自分の生活や自分自身をありのままに見つめた一茶らしい俳味です。それは――、

  正月の子供に成ってみたきかな   小林 一茶

 という一句によって、いっそうその特色を裏付けてもいるようです。まさしく、「一茶調」の面目躍如といった感があります。とはいえ、彼の生涯は非常にドラマチックであり、また哀しみに満ちています。

 でもせっかくの「おめでたい日」。別の機会にお話ししましょう。

 その他、以下のような句もあります。作品の紹介のみといたしますが、みなさんご自身の自由な鑑賞をどうぞ……。

 

  大空のせましと匂ふ初日かな       鳳朗

  初日さす硯の海に波もなし      正岡 子規

  大波にをどり現れ初日の出     高浜 虚子

  初空のたまたま月をのこしけり   久保田 万太郎

  初空へ藪をはなるる鵯(ひよ)の声   富安 風生

  初御空どこより何の鐘の音      村沢 夏風

  正月や霞にならぬうす曇       森川 許六

  正月や宵寝の町を風のこゑ     永井  荷風

  正月の太陽襁褓(むつき)もて翳る     山口 誓子

  元日やゆくへもしれぬ風の音     渡辺 水巴

  元日や枯野のごとく街ねむり     加藤 楸邨

  からっぽの空元日の滑り台           榎本 冬一郎

  元日や生涯医師のたなごころ   下村 ひろし

  元朝やいつもかはらぬ遠檜     阿部 みどり女

  元朝の吹かれては寄る雀二羽   加藤知世子

 ※九句目の「襁褓(むつき)」は、赤ちゃん用の「おしめ、おむつ」のこと。

 

  それでは明後日、「三日」にお会いしましょう。

 

       ★  ★  ★  ★  ★ 

 

 ※俳人参考  生年の早い順としております。

荒木田守武(あらきだ もりたけ)/室町時代の文明5(1473)~天文18(1549)。伊勢神宮(内宮)の神官、のち長官となる。「山崎宗鑑(やまさき そうかん)」とともに、俳諧の「始祖」と仰がれる。連歌や狂歌もよくした。

 ☛クリック ◆飛梅(飛梅伝説)【wikipedia】

榎本其角 (えのもと  きかく)/寛文1(1661)~宝永4(1707)。江戸生。1667頃、芭蕉に入門。芭蕉門下の俳人の中でも、特に「蕉門十哲」の一人と言われる。芭蕉没時に、一門の総代として追悼集『枯尾花』を編む。

小林一茶 (こばやし  いっさ)/宝暦13(1763)~文政10(1828)。北信濃(長野県)柏原の農民の子。3歳で生母と死別、継母との不仲により15歳で江戸にて奉公生活を送る。俳句は25歳で葛飾派に入門。しかし、知友を頼って流浪の民となる。

高浜虚子 (たかはま  きょし)/明治7(1874)~昭和34(1959)。愛媛県松山市生。伊予尋常中学在学中に、河東碧梧桐(かわひがし へきごどう)を介して正岡子規(まさおか しき)と文通、子規の命名により「虚子」と号する。明治45、碧梧桐ら新傾向の俳風に「守旧派」として対抗、「ホトトギス」に俳句の「雑詠選」を復活させる。

 この「雑詠欄」(※注②)より、村上鬼城(むらかみ きじょう)、渡辺水巴(わたなべ すいは)、飯田蛇笏(いいだ だこつ)、原石鼎(はら せきてい)等が輩出されるとともに、昭和期の「四S」と謳(うた)われた「水原秋櫻子(みずはら しゅうおうし)」、「高野素十(たかの すじゅう)」、「阿波野青畝(あわの せいほ)」、「山口誓子(やまぐち せいし)」も台頭する。

芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ) /明治25(1892.3.1)~昭和2(1927.7.24)。東大英文科卒。号は「澄江堂(ちょうこうどう)」、俳号「我鬼(がき)」。近代日本の文学に多大な影響を残した。小説「鼻」を夏目漱石が絶賛したことを契機に、終生「漱石」を師と慕う。

 俳句は大正7頃、高浜虚子に師事し、芭蕉やその門下生による「蕉門」俳句に関心を示す。彼の逝去は自殺によるものであり、その命日7月24日は、小説「河童」より名を取って「河童忌(かっぱき)」とされた。

 なおこの「河童忌」は夏の「季語」にもなっており、「我鬼忌」や「龍之介忌」ともいう。

          ※  ※  ※  

 ※注①:この「謂ひおほせて何か有る(言ひおおせてなにかある)」という言葉は、「蕉門十哲」と言われた芭蕉門下の「向井去来(むかい きょらい)」の俳論書「去来抄」から来ています。いわば〝師芭蕉の俳論的な教えの言葉〟を、去来が随行者の「聞き書き」という形式でまとめていますが、芭蕉や他の門人との問答が出て来るため、臨場感に富んだ記述と成っています。

 ※注②:「雑詠欄」とは、当該「俳句誌」の会員や読者が競い合って「投句」したもの。多くの結社誌において、選者が優秀な会員・読者の順に発表する欄となっているようです。

 ※参考資料(本ブログ「上・中・下巻」とも同じ) ・講談社版「カラー図説 日本大歳時記」の新年の巻/・「俳句の解釈と鑑賞辞典」(旺文社)/・「評解 名句辞典」(創托社)/Wikipedia。

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