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Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ

かいなってぃーのMorrissey・The Smithsに関するよしなしごと。

やっぱり5分でわからない!前回来日から今のモリッシー、7年の軌跡 その8

2023-09-10 17:45:23 | モリッシー来日 2023

前回その7 の続きです。2020年、最愛のお母さんの死の後も、モリッシーはまた災難に見舞われます。"You Are The Quarry"の中に“My Life is a Succession of People Saying Goodbye”という歌がありますが、モリッシーの人生、お別れが続く。

 

2020年

11月

●所属レコードレーベルBMGレコーズの契約を切られる

これは特にモリッシーにとってひどい話だと思って、当時のブログにかなり詳しく?書き、また昨今のモリッシーの「『多様性』を謳う社会への違和感」の根底、契機となる重大モリ事件のひとつだと思うのでその文章を再編集再掲します。

2020年11月16日、私は代官山蔦屋書店にて開催中のラフ・トレードのイベントで「ラフ・トレード~ザ・スミスとの歴史的タッグ、深化していくレーベルの今」というトークショーに参加した帰り道に、この残念ニュースを知りました。TBSラジオプロデューサーの長谷川裕さんと、ラフ・トレード創設者ジェフ・トラヴィスとモリッシーの確執の背景や原因を考察しつつ、「やっぱりラフ・トレードは(結果的に)凄い」というお話の中で「まあ、インディーにかぎらずメジャーレーベルともどうせもめるんですよモリッシーは~」なんて言ってたらほんとにこのBMGとの契約解除ニュースが来たので「やっば」と思った記憶があります。

思い越せば2017年8月、BMG、どう考えても「どメジャーレコード会社」と契約!!の一報が入り、11月にはニューアルバムがリリースされる…ということで狂喜しました。2014年、前作より(この時も)5年ぶりに“World Peace Is None Of Your Business”を発表後、ユニヴァーサル(傘下レーベル、ハーヴェスト)と決裂して以来のメジャーリリース。モリッシーによるとこのユニヴァーサルは「ほとんど殺そうとしてきた」と…。それでも再度、「絶対、メジャーからレコードを出す」道にこだわり続けての、悲願の契約でした。

その時は、BMGのエグゼクティヴ・ヴァイス・プレジデントであるKorda Marshallはモリッシーのことを、

「今やモリッシーと比べられるようなアーティストは多くない。彼は類いまれな才能の持ち主です。彼は並外れていて、教養があって、機知に富んでいて、優雅、そして何よりも勇敢だ。彼の歌詞、ユーモア、メロディーは多くの世代に影響を与えてきた。新たな記念碑的とも言えるアルバムの音楽それ自体が物語ってくれる。彼をBMGに迎えることができて光栄です!」

言っていたんです!ベタぼめやないかーーーーい。それで私は当時のブログに、

「モリッシーの『並外れたすばらしさ』をわかってくれているようですが…これが最初だけ!にならないことを切に祈ります」

と書きました。幸いにも「最初だけ!」にはならなかったけど、「3年」で終わるんかーーーーい。それでもBMGからは、

2017年 Low in High School
2019年 California Son
2020年 I Am Not a Dog on a Chain

…と、3枚のアルバムをリリース。

モリッシー自身、今回の件で激おこながらも、

「BMGで出した3枚のアルバムは自分のキャリアの中で最高のものであり、死ぬまでそれを支持する。これらのアルバムのレコーディングは、人生において極めて重要な期間で、これまでのBMGのチームと関係者全員には感謝している」

としていました。従来のチームとの関係は良好だった模様。けれども

「自分にとって、おのれのやり方で音楽活動をしていくことは依然として重要で、所属アーティストがどう振る舞うべきかをあれこれ指示してくるようなレーベルにはいたくない。『才能』という言葉が明らかに言及されもしない場合は特に」

と言っています。「才能」と言及し、最初のKorda Marshallの歓迎の言葉を皮肉っているのでしょうか。

 

なぜ、良好なチームワークを保っていたレーベルBMGがいきなり「所属アーティストがどう振る舞うべきかをあれこれ指示してくるような」レーベルに豹変したのでしょう?

それは、2020年5月にアメリカのミネソタ州ミネアポリスで発生した、黒人男性を白人警官が死に至らしめた事件に端を発し世界的に広がった「ブラック・ライヴズ・マター」運動とも関連しているようなのです。

モリッシーによると、最近の新しいBMG新幹部は、BMGのアーティスト一覧を見つつ「多様性」を鑑みた新しい計画を発表し、予定されていたBMGからのモリッシーのリリース/リイシューをすべて廃棄することを決定したとのこと。このBMGの「多様性」ポリス的決定は、何に則っているのでしょう?

 

2020年6月2日火曜日、アメリカの音楽業界が中心となり「ブラックアウト・チューズデイ」が実施されました。

こんな黒い画面がSNSでたくさん見られましたね。

The ShowをPauseしてでも、行動を起こさないという行動を起こさなくてはいけない、という主張はそれは立派なことでした。

最近は有事にShowをGo Onしちゃおうぜって人も話題ですね。「PEACE!!STAY SAFE!」って、いったい誰に言っているのか心配です。まさかの「ちょ待てよ!」待ち???

時事ネタも盛り込んで話しがそれました。

「ブラックアウト・チューズデイ」は、業務を一時中断し、黒人差別撤廃のために行動することを呼びかけるものでしたが、この1週間後の6月9日にBMGのCEOであるHartwig Masuchは早速、人種差別と不平等に対するスタンスを打ち出しました。ミュージック・カンパニーは、「黒人に与えられた歴史的な不正に対処するため、自分たちの役割を果たす必要がある」と誓約して、何千人ものアーティストやソングライターにメッセージを回覧したそう。

「私たちは皆、過去数週間の人種的偏見と不利益のひどい現実に直面するよう求められてきました。本当に自分たちが気にかけているかどうかは、結果として実際に行動を変えたのかどうか、そして長期的に継続してくかどうかでテストされます。BMGがそのテストに合格することを保証すると、約束します」

と、Hartwig Masuchの言葉。立派ですよね!CEO自ら先頭きってすぐ動くなんて。

モリッシーはBMGでまわってきた宣誓を読んできっと・・・「なるほどなるほど。ごもっとも」と思っていたのではないでしょうか。もしくは「ふーん。ほんとにできるんか?」とか。実際にミュージック・カンパニーがとるべき姿勢として間違ってないですよね。

そして、BMGの宣誓はこう続きます。音楽業界が行ってきた「黒人アーティストに対する恥ずべき扱いの歴史」を念頭に置き、

「すべてのレコード契約の見直しを開始します!不平等や異例の事態が見つかった場合、BMGは30日以内にそれらに対処する計画を作成します」

モリッシーはこれを読んでもきっと・・・「なるほどなるほど」と思っていたのではないでしょうか(嵐の前の静けさ・・・)。

BLMをきっかけにしてBMGはミュージック・カンパニーとしての在り方を見直し、社内には新しくグローバルダイバーシティ&インクルージョンカウンシルまで設立してしまったそう。社内のすべての多様性とその受容に関するイニシアチブを取り、アドバイスを提供する中核的存在にするそうです。話だけ聞くと「いい話」に聞こえますね。

 

ちなみに、コロナ禍やBLM旋風が吹き荒れるその頃、モリッシーは何をしていたかと言うと・・・

 

…パンを買っていたのであります(5月、マンチェスターにて)。

まさかその後、「30日以内にすぐに対処プランを立てる問題となるレコード契約」のブラックリストに載る運命を夢にも思わず!!

 

だって、モリッシーは巷に「問題にされる」アーティストではありますが、自らは「問題となる」音楽を作っているとはこれっぽっちも思っていない(し、作ってもいない)。それなのに、世の中の評判やレッテル、立ち位置ではかってみて今後のBMGにとって「排除すべきアーティスト」と思われたのではないでしょうか・・・。かなり簡単に言えば、BMGが「グローバルなダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(受容)カンパニー」を目指すにあたって「あんた邪魔。いると色々勘違いされるから出てってね」と言われたわけです。この顛末をモリッシーは、

 

「このニュースは、2020年にもたらされた情け容赦ない電気ショックのような恐怖と完全一致」

 

と表現しています。このニュースを報じた自身のサイトMorrissey Centralの中に、黒人のちびっこがモリッシーのスマホ待ち受け画像を見せている写真があります(このブログ冒頭)。これはモリッシーからの静かな抗議だと思います(文章で激しく怒ってるけどw)。

思えば2020年は、断続的な電気ショックのような、情け容赦ない恐怖にガンガン見舞われた年でした。

コロナ…BLM…アメリカの大統領選挙にまつわるいろいろ…地球に生きる個人個人にとって大変困難が多かった。モリッシーの2020年が、また新たなるレーベル浪人という困難に見舞われで締めくくられるとは胸が締め付けられる思いもします。でも、きっと、「モリッシーズ・ライフ・マターズ」のレーベルがあるはず。すぐに契約できるはず。できなきゃおかしい、と思います。

なんて言ってもモリッシーは「並外れていて、教養があって、機知に富んでいて、優雅、そして何よりも勇敢」なのですから!!

 

…と私は2020年11月のブログに書いていましたが、3年が経とうとしている今現在、モリッシーはレーベル契約なし。音楽業界は「モリッシーズ・ライフ・マターズ」ではないようです。依然としてメディアは「モリッシーズ・スキャンダル・ウェルカム」な感じはあるけど。音楽業界はモリッシーの音楽性のすばらしさ、ファンダムの強固さを「見て見ぬふり」感が強いです。

2022年11月28日、レーベル契約解除ぴったり2年後のインタビュー映像(@甥Samのチャンネル)でモリッシーは

「音楽業界のヤツらは、ああ、ダイバーシティ、ダイバーシティ、ダイバーシティの考えを持たなきゃだめだ、ってことばかり言ってる。ダイバーシティとは、誰かも知らない人たちの多様性のことだ。多様性、それは単に『同調』と言う言葉を言い換えただけだ。『同調』の新しい言い方が多様性なんだ。『多様』なものなんて見たこともない。とにかく、すべてが同調行動だ」

「ダイバーシティは『同調』を意味し、『アヴァン・ギャルド』のことは指していないし、『本当に面白い、他にはない芸術を作ろう!』という意味でもない。皆をひとつに閉じ込める言葉、ダイバーシティ、恐ろしい言葉だと思う。何にでも当てはめることができ、そうするとその状況は終わる。おぞましい言葉だ、おぞましい…。」

と、一族郎党を「多様性」に焼き討ちにあったのかというくらい、多様性という考えに怒りをぶつけていました。こんな顔で…。

何度も私も書いていますが、ほんとに「多様性」ってなんでしょう??その受容ってなんでしょう??もちろん色々な人への「配慮」を表に出すのは立派なことです。けれども、あの人「差別的だよね」とくくって、排除することで解決される問題なのでしょうか?本当の「解決」に目を向けた、対話はあったのでしょうか?

モリッシーの文句を読んでいると、かなり一方的に「BMGのレーベルカラーに合わせるために、あれすんな、これしろ、じゃなきゃさよなら」みたいな感じだったのではないかと、ちょっと暗くなります。BMGは良かれ!!多様性のために!!いざ!!と思って、決して悪意ではなくやっていることなので、いろいろ考えると更に暗くなる。こういう「不一致」は本当に不幸なことだと思います。

My life is an endless succession of people saying goodbye
My life is an endless succession of people saying goodbye
And what's left for me?
What's left for me?

と、モリッシーは歌っていましたが、こんなひどい目にあって3年たって、レーベル家なき子になってもまだ歌っている(今日はメキシコ公演キャンセルしたけど・・・)。日本でもきっと歌う。サヨナラだけの人生でもあなたに残っているものは、あなたがまだまだますます、「モリッシーだということ」、そしてそれを支持し、心から歌を愛しているファンです!!!と伝えたいです。PEACE!!STAY SAFE!←違

モリッシーの苦難も、このブログも、つづく。

つづきはこちら→ その9


やっぱり5分でわからない!前回来日から今のモリッシー、7年の軌跡 その7

2023-09-03 18:15:23 | モリッシー来日 2023

前回その6 の続きです。

間があきましたが、まだまだ続いています。2020年まで来ました。モリッシーがこの前日本に来てからの7年間って、ほんと長かったんだな…と実感します。

数々の批判と苦難を経験した2019年、それでも11月にモリッシーは、通算13作目となるソロ・アルバム“I Am Not A Dog On A Chain”を2020年3月にBMGレコーズからリリースすると発表します。プロデュースを務めるのは、フランク・ザッパやザ・ストロークス、ベック、ザ・ホワイト・ストライプスなどの仕事で知られるジョー・チッカレリ。2017年の”Low In High School”に引き続きです。

(チッカレリは前作プロデュース後のインタビューでもモリッシーのことを「プロデューサーの夢」と語っており、好きみたい。モリッシーのことを好きな人がいてよかった。プロデューサーが語る、レコーディング中のモリッシー話おもしろいです↓)

プロデューサー ジョー・チッカレリが語る モリッシー “Low In High School”

 

2020年

3月

●“I Am Not A Dog On A Chain”発売

2020年3月、日本でも新型コロナウイルス感染拡大が始まり、緊急事態宣言まで待ったナシ状態の頃。何もかも延期や中止でどんよりの頃、このアルバムは発売されました。

モリッシーはこのアルバムを、

"......我が最高の作品......本物であるにはあまりにも良すぎ.....良いと思われるには、あまりにも本物過ぎる......"

と評していました。いったいどっちなんだい。とにかくお気に入りということでしょう。どうなるかわかんない、つまんないコロナ禍の世界でまだある喜び…のような気がしたけれど、いかんせんこの「ありフォト」切り抜きを貼り付けたようなジャケは…。シナトラとか「50年代~60年代の男性ボーカリスト」(の、廉価盤ジャケ)ふうを狙っていたのでしょうか?

新年早々出た、先行シングルの歌詞を訳したりもしました↓

モリッシー ニューシングル “Bobby, Don’t You Think They Know?” 歌詞日本語訳

私の印象では、このアルバムをあまり聞いていないと言う方が多い気が。2023年のライブでも、このアルバムからの曲を3曲やっています。カッコ内の数字は演奏回数です。

Knockabout World (14)
Jim Jim Falls (12)
My Hurling Days Are Done (7)

(2020年~2022年には上記3曲に加えLove Is on Its Way Out /Once I Saw the River Clean /What Kind of People Live in These Houses? の3曲も)

 

3曲って言ったら、スミス曲や未発表アルバム曲からの曲をカウントしなければ、アルバム単位で考えたら1番ライブでやっているアルバムなわけで。この機会に聴き込むのもアリです。ていうか、もしまだちゃんと聴いていなければマストではないでしょうか?

私は個人的にはライブで”My Hurling Days Are Done”を聴きたい。歌詞もかなりモリッシーの思いの本質的部分を歌っている気が。7月のダブリン公演より↓

Morrissey - My Hurling Days Are Done - Live At Vicar St. Dublin 15th July 2023.

もう誰も忘れてると思うんですけどこのアルバムの発売は決まった時BMGは、「2020年、モリッシーのアルバムをアートワークとスリーブノーツを刷新して再発、リマスタリングする」って言ってたんですよ。アルバムは”Southpaw Grammar”、”Maladjusted”、”You Are The Quarry”、”Ringleader Of The Tormentors”、”Years Of Refusal”、”Live At The Hollwood Bowl”。「ひえ~またお金かかっちゃう~!!」とか嬉しい悲鳴をあげてたんですけど、しれ~っと裏切られることになります。モリッシーも、わたしたちファンも。

 

5月

●地元でパンを買いに行ったところを激写される

新型コロナウィルスの世界的大流行の昨今、モリッシーはどうしているのかと思っていたら、イギリスに帰りマンチェスターにいた模様。

5月20日の『デイリー・メール』では、マスクではなく「ハンド・イン・グローブ」で、地元近郊ヘイルにある有名な老舗「ヒルズ・ベーカリー」にパンを買いに行った(嬉しそうな)様子が報じられていました。このことを友人に言うと、

「て言うか、パン買いに行くだけでニュースになるって何??『はじめてのおつかい』!?」

と、呆れられました。初めてでもなんでもない、61歳直前の人の単なるロックダウン中の食料調達の様子ですが、嬉しそうだし、コロナでも近所で歩いて行けるところでささやかな幸せを追求しているモリッシーに元気づけられたものです。

モリッシーは2018年9月にも、パン屋でパパラッチされてます(マンチェスター・イブニング・ニュース)。この時はアルダリー・エッジ(マンチェスターから24キロくらいのとこ)の「G.ウェインホールド」。お客さんとして溶け込んでいる・・・↓ パン好きですね。自ら赴いて選びたい、って気持ちわかります。

ニマニマだけでなく、目的を果たしてキリッともしている↓

 

8月

●最愛の母、エリザベス・アン・ドワイヤー逝去

8月に入ると、最愛の母親の病状が悪化したようでモリッシー・セントラルにて祈りを求めるモリッシー。

自分の人生の動機となる唯一の人物、

「彼女は私であり、彼女がいなければ、もう明日というものはない。これ以上のお願いはない」

と言っていました。

しかしその願いもむなしく、同じくモリッシー・セントラルに8月14日に、彼女が亡くなったと発表されます。82歳、胆嚢がんだったそうです。

モリッシーは彼女の若き日の写真とともに、オスカー・ワイルドのこの言葉を引用していました。

 

"All my life's buried here … heap earth upon it."

私の人生そのものがここに眠っている

土をかけてやってくれ

これは、オスカー・ワイルドが27歳の時に書いた”Requiescat”(レクイストカットー「魂鎮めの祈り」)という詩の一説で、8歳で病死した妹アイソラへの鎮魂の詩です。自分の生涯は妹の墓に埋もれたとうたうワイルドは溺愛していた妹の死を嘆き、絶望し、この経験が後のワイルドの創作テーマの源になったと言われています。妹の死とともに、自分の人生そのものも葬られたと嘆いているのです。

上記引用の直前は

Coffin-board, heavy stone,
Lie on her breast,
I vex my heart alone
She is at rest.

棺桶の板、重い墓石が、
彼女の胸にのっている。
私はひとりで苦しんでいる
彼女は安らかに眠る

です。モリッシーは病の苦しみから解放され眠る母を思い安堵しつつつも、生きながら葬られるかのような自分の苦しさを、このオスカー・ワイルドの詩になぞらえたのでしょうか。

私はこの引用を見てスミスの“I Know It’s Over”の歌詞を思い出しました。

Oh Mother, I can feel the soil falling over my head

ああ母さん、頭に土が降りかかってくるのがわかるよ

モリッシーのこの“I Know It’s Over”作詞にはワイルドのこの詩の影響があったのかもしれないなあと思いました(今)。

 

モリッシーのお母さんの家の前に送られた、世界中のファンたちからのお花。これも今気づきましたが、タイトルに”My Hurling Days Are Done”の歌詞が使われていますね。

モリッシーの魂は2020年の夏、母とともに葬られました。この世にはもう気持ちを伝えられる人もなく、行ける場所もないと嘆き…。

でも安心してください、そんなのずっと前からそうだったってモリッシーはわかってるから、まだ前に進んでます(2023年現在も)。

つづきはこちら→ その8


やっぱり5分でわからない!前回来日から今のモリッシー、7年の軌跡 その6

2023-08-22 13:01:29 | モリッシー来日 2023

前回その5 の続きです。

やっぱり仕事が始まるとなかなか書けないな~と思っていたら、早速宇野維正さんに煽って応援していただきました。

 

更新が「止まって」いるわけではなく、ただ書く時間がないだけなので(同じだけど)来日までには必ずや2023年の「いま」にたどり着けるようがんばりまっす! とか言いながら、今書き終わったら、「モリッシーが何をしていたか」というより日本での2019年振り返りみたくなりました。

 

2019年

5月

●『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』

前回までに紹介した2019年5月頃、モリッシーはあんなに受難の時を過ごしていた時、自分は何をしていたのだろう?と思ったら、字幕監修したモリッシーの青春時代を描いた映画『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』が日本でも5月31日に公開されたタイミングであり、マーク・ギル監督にインタビューしていました。

 

監督自身もマンチェスターの出身なので、「マンチェスターAtoZ」を持ってって、実家の郵便番号まで教えてもらいました(笑)。モリッシーと共通するマンチェスター観が聞けてとてもおもしろかったです↓

モリッシー伝記映画の監督が語る 「ボヘミアン・ラプソディじゃない青春」

 

この映画、モリッシーはまったく「公認」していないし、インタビューで聞かれると「撮るって聞いてもないし何の話?」みたいな、意地悪な姑みたいな反応をしています。ギル監督によると、さんざんコンタクトを試みたのにお返事もらえなかったとのことです。この映画は「モリッシー」を描きつつ、監督自身は

「スミスのレコードを聴いていようが聴いていまいが、若者、もしくは若者であった人であれば、『ああ、この感じわかる!』と共感できるものが多分に含まれていると思う。居場所がなく、何かになろうともがき苦悩する青春の救いは何か、出口はどこか、ただの若者がどうやって世界の『モリッシー』になるのかという成長物語」(マーク・ギル)

と表現しています。ナニモノかになりたくて、ナニモノにもなれない焦燥感とか、そこにさしこむ光とか、暗~いマンチェスターを舞台に、普遍性をもって描かれている映画です。

「スミスの音楽映画を作りたかったわけじゃない。モリッシーに対して賛否両論があるように、この映画に関して好き嫌い意見があるのは当たり前。嫌われてもいい、これは僕が語れる物語だという気概を持って作品作りに臨んだ」

と言う監督に、私は意気込んで

「でも私は、真のファンってそうあるべきだと思うんですよ! 自分が愛しているものの実体に踏み込み、解釈し、その素晴らしさを紹介する。そして『きっとみんなにも通ずるものがあるんじゃないか』と、広く遍く提案することにこそ、意義を感じます」

と言っている。中年の主張!? ギル監督をファン仲間扱いしてるし「これはいらないんじゃないか」と思ったけど、当時の週プレ編集長が「これが上村彰子のモリッシーファン道のすべてのモチベーションを表している」と言ってたしそのままにしたんじゃないかな。でもそうなんですよ。だから、まだ、このブログを書いています!誰からも頼まれてないのに…とよく思うけど、冒頭の宇野さんのように煽って応援してくれる人がいると燃えます。

モリッシーの「ファン」であることは私はもう何があってもやめないんです。当時、モリッシーが「右翼ダー」「差別ダー」と言われまくりなことに、「あーあ」とは思ったけど、私がモリッシーに見出している凄さは世間の批判を凌駕しているので1ミリの不安もなかった。マーク・ギル監督も「政治的見解に大賛成!ってわけでないけど、モリッシーが自分に多大な影響を与えたことに変わりはない」と言っていました。ほんとそう、自分にとってその人が何なのか、が大事だと思います。

 

6月

●マイク・ジョイス トーク・セッション&DJイベント

で、そのすぐ後6月8日と9日には新宿で、

マイク・ジョイス トーク・セッション&DJイベント

があり、マイク・ジョイスのトークの司会をしました。

2日目にはお客様の熱いリクエストに応えて、「あれ!?なぜかステージにドラムがある…」ということで(華麗な仕込み)、なんとなんと、ドラムプレイまで見せてくれました!!

ナマThe Queen Is Dead凄かったです。この時、ドラムに触ったのは10年ぶりとのこと。

DJ中は、自分でかけた“Barbarism Begins At Home”“How Soon In Now?”“Hand In Glove”に合せて自分のドラムにかぶせてドラミングするという、多重構造のDJ新スタイルでした 斬新すぎるし、お客さん大盛り上がり。

 

『モリッシー自伝』でモリッシーのマイクへの罵詈雑言を骨身にしみるほど浴びていたので、正直この役目を受けていいのか…と迷いもありましたが、マイクにもモリッシーのことを聞きた過ぎて、受けました。

 

マイクによるモリッシーコメント抜粋

「モリッシーは普通の人と違った。それまで自分がつきあってきた、仲間のパーティーアニマルたちとは違う。真面目で物静か」

「4歳上というのは、今だったら何でもないが、18歳と22歳では全然違う。音楽のみならず文学や映画、イギリス文化を彼から学び、影響を受けた」

「ヴェジタリアンになったのもモリッシーの影響。1985年、“Meat Is Murder”をレコーディングしたその日に食事中、モリッシーから動物たちのひどい扱いについて話しを聞いた。当時猫を2匹飼っていて、『君の猫が、食用の牛や豚と同じ扱いを受けたらどうする?』と聞かれて嫌だと思い、ヴェジタリアンになった。モリッシーの言葉にはパワーがある。それ以来30年以上ヴェジタリアン。アンディー・ルークは違う」

「最近のモリッシーの言動については何も言うことはない。自分が知っているのは30年以上も前のモリッシー。今の彼とは話しておらず、知らないのに皆自分に聞いてくる。彼とは今関係ない」

「モリッシーは、自分が知っている限りは『おもしろい人』。ひと言でいうと『ドライ』(湿り気がない)、そのユーモアセンスはダークで、すぐさまウィットに富んだことが言える。レスポンスの反応がとても速い。コメディアンとして成功している、モリッシーファンのラッセル・ブランドでさえ、モリッシーと初めて話すのは緊張したという。『あなたのショーを見たことがある』と言ったらすぐさまモリッシーに『アシカでさえショーはやるから』と返されたという。まったく容赦ない」

「モリッシーはただ物静かな文学青年ではない。スミスメンバーでサッカーをした時、モリッシーのサッカープレイはとてもアグレッシブで驚いた」

 

…というモリッシー情報を教えてくれました。確執の話はナシ(そりゃそう・・・)。

 

私の印象では、マイクは本当に「率直な元あんちゃん」の感じでした。いろいろ計算して動こうという感じではなく…。今さらどんなにモリッシーをかばっても二度とモリッシーに許してなんてもらえないのにモリッシーのことを悪く言わないので、本当にそう思っているのだと思います。

2018年、“News Thing”という番組に出演したマイク・ジョイスは、「今までにモリッシーが誰かに人種差別的なものを向けているのは見たことがない」と言っています。ただ、彼とはしばらく話をしていないので(そりゃそう…)誰しも年を取れば考え方が変わっていく、「実際のところ、モリッシーは30〜40年前のイギリスが懐かしいんだと思う」と言っています。マイクはモリッシーの父も母も移民だと言い、彼を人種差別主義と呼ぶことをためらっています。人種差別という批判については「彼に尋ねる必要がある」と答えていました(彼に尋ねられる機会があるかどうかは別だけど)。

Mike Joyce on The Smiths, Morrissey allegations - News Thing

最後の方でマイクは、「あなたはドラマーで、ベーシストではない。それでは答えてください、モリッシーは人種差別主義者?」クイズを出されて、とても困惑しています。クイズが本当にひどい!司会者のサム・ディレイニーが引用する言葉が、モリッシーによる発言か「別の有名なレイシスト」(ヒトラーとか)によるものかという質問に答えるんです。さすがのマイクもちょっと嫌な顔をしていました。こんなことして何になるんだ??世界の差別が、これでなくなるんか??

 

11月

●『モリッシー自伝』急展開

こんなマイクを見たばかりなのに、2019年、事態は思わぬ方向に!

さんざんぱら暗礁にのりあげていた『モリッシー自伝』が出版できるかも!?の方向に動くのです。実は3月に「OKかも」の連絡がきていましたが、てんで信用していなかったら、11月に契約締結に!!6月に会ったばかりの優しくてノリノリ☆マイクへの地獄のような呪詛呪詛呪詛…をまた浴びることになります。ページにして、298ページから339ページなので、41ページ(下記「スミス裁判」比率参照)、ほぼ、マイク・ジョイスと裁判官、弁護士への恨み節のこのパートを訳するのは特につらかったです。

 

これは本当に1分でわかる!『モリッシー自伝』発売から日本出版、7年の軌跡

●2013年10月17日

『モリッシー自伝』の原書“Autobiography” が発売(最初の噂が出てから5年、また版元のペンギンブックスと直前までもめながら、ようやく出た経緯はこちらに書いてます)。

●2013年12月

発売を前後して、イースト・プレス社は日本での版権獲得オファーを開始。2013年12月に正式に日本版出版が決定。その他13か国でも発刊予定とモリッシーが公式に告知。

●2013年4月11日

モリッシーが当時公式情報を出していたファンサイト“True To You”にて突如、各国での自伝翻訳出版拒否を発表。14か国の翻訳版は発売禁止に。7割方終わっていた日本語翻訳版はお蔵入りに。それでもエージェントとの交渉は続けて行く。

●2014年10月

日本との契約を進めていたエージェントがクビに…。

●2015年11月

モリッシーが急に日本での発売をOKと言っていると新エージェントからの報。

●2016年11月 (←直前、9、10月にはモリッシー来日しています)

モリッシーに契約書を送っているもののサインをしてくれないとエージェントからの報。

そして2年4か月の月日が流れ……(←業を煮やして2018年7月には『お騒がせモリッシーの人生講座』出版

●2019年3月

モリッシーのマネージメントから日本での発売OKが急に出る。

●2019年11月

…契約締結。

●2020年1月~

日本版発売に向けて翻訳作業リスタート。

●2020年7月17日、イースト・プレス社より、『モリッシー自伝』日本語版刊行

何はともあれ、出せてよかった!私の人生は1度、2020年7月17日で終わったような気もします。2020年7月以降は、アフター・デス…ってことでちょうど今はAD3年。AD3年の今年、またモリッシーが来るので頑張らなきゃいけないですね。

8月18日、モリッシーチケット抽選お疲れ暑気払い会。でも11月まで塩漬け発券不可能邪気払い会↓

ちょっと旅に出るのでまたなかなか書けないかもだけど、つづく。

→つづきはこちら その7


やっぱり5分でわからない!前回来日から今のモリッシー、7年の軌跡 その5

2023-08-15 12:14:09 | モリッシー来日 2023

前回その4 の続きです。「5分でわかる」くらいのものをちゃゃちゃーっとまとめてぱぱぱーっと書こうと思ってた目論見に失敗したのでタイトルを変えました。これで看板に偽りなく書く、クリーンなブロガーになったのでほっとしています。

前回ではモリッシーの右翼政党支持がいかに本国で波紋を呼び、「キャンセルカルチャー」の真っ只中にモリッシーが置かれることになったかを書きました。その中で引用したガーディアン紙のモリッシーが激怒した記事“Bigmouth strikes again and again: why Morrissey fans feel so betrayed”には、かつてのお友達ビリー・ブラッグも登場。モリッシーを裏切者とキツいコメントを寄せました。

 

2019年

5月

●ビリー・ブラッグもモリッシーを大批判

1985年のザ・スミスの初北米ツアー時、若き日のふたり。モリッシーは半ズボン姿でさわやか。このツアーでビリーは、スミスのサポートアクト、スミスの”Jeane“をカバーしたそうです。ビリーとスミスの出会いは1984年の2月、ロンドンのライセアムでビリーがスミスの前座を務めました。モリッシーとマーがふたりでビリーの楽屋に来て彼のデビューにおめでとうを言ってくれたそうです。ビリーにとってはうれしい、光栄な思い出だったことでしょう。

それが!ガーディアンのインタビューで、

「モリッシーは今や往年のザ・スミスファンを裏切って、自らの遺産を裏切り、スミスファンたちを促していたところとは正反対の場所にいるような人々を支援しようとしているんだ」

と批判。元保守党、労働党の国会議員で、1930年代の初頭から1940年に解散するまでイギリス・ファシスト同盟の党首を務めていたオズワルド・モズレーに成り果てたと言っています。

「ザ・スミスの曲がかかると、飛ばしてしまう……どうしても聴けないんだ…」

と語るビリーの繊細さにはびっくり。ビリー・ブラッグほどの闘士がけっこう気にしている。

というか、ビリーがモリッシーを批判するのはこれが初めてではありません。2012年にはモリッシーのオリンピック英国開催批判に対して批判、2018年にはBBCのモリッシー批判記事にツイッターで反応し、”There Is a Light That Never Goes Out”を引き合いに出して「かつては灯りが点いていたけど、もう消えてしまったんだ」とツイート。そんなクソリプ…じゃなかった、引用リツイート、わざわざ聞かれてもいないのに言う~?(←そろ谷のアニメっちふうツッコミ) とにかくモリッシーはビリーのこと言わないのにビリーが言うんです。

ビリーは単に、モリッシーのことをそもそもすごく嫌いなんだと思います。もしかして好きで好きだったのが、嫌いで嫌いになって、こだわってしまうんだと思います。

「モリッシーは今や往年のザ・スミスファンを裏切って」と言っているけど、往年のザ・スミスファン=まぎれもない「自分」が裏切られたと感じて激怒しているんではないか。

2021年、ソウルフラワー・ユニオンの中川敬が行った『TURN』のインタビューでは、英国のベテラン・ミュージシャン、例えばモリッシーの差別発言や、ヴァン・モリソンやエリック・クラプトン等、著名ロック・ミュージシャンの陰謀論的発言をどう捉えているかと聞かれ

「ここでキーになるのは年齢だと思うね。君が例に出したようなミュージシャンたちは今みんな年老いてきている。僕も含めてね。ポップ・スターとして、かつて人々は彼らの言うことを聞き、リスペクトしていた。だから彼らは自分の意見が時代遅れに聞こえる可能性について考えないんだ。僕も同じ問題に苦しんできたけど、ソーシャル・メディアで若い人たちの行動をフォローすることで、今は炭鉱労働者のストライキで得た視点とは違う社会活動を考えるようになった」

と、落ち着いた意見を述べています。「ああだったのに変わった」「あれは失われた」という怒りだけでは社会を良い方向に変えていくために不十分だと、本当はわかっているのではないかと思います。ああ、そんなビリーの心をもっと掘りたい!!と思ったけどちょっとまた終わらないので先に進みます。

あ、これだけは言いたい。1996年ロンドンにいた時、友だちヴィンセントのフラットメイトがビリー・ブラッグでした。ヴィンセントが冷蔵庫に入れていたオレンジジュースをビリーが勝手に飲んだそうです!!何回も!

 

6月

●“Morrissey Central”にインタビュー公開。ロバート・スミスに謝りたいと言う

6月24日、“Morrissey Central”に4月に甥っ子のサムによって行われたインタビューを掲載。「甥っ子がおじさんをインタビュー」って、夏休みの宿題ぽいです。インタビューでは質問者のところに「sam」、回答者に「m」って書いてあるけど、きっとこれ徹頭徹尾mmmmmmmmmmmmmmmmなはずです。

モリッシーは自身を批判する記事を発表しているガーディアン紙を訴えようとは思わないのかとsamに聞かれると、

「エンタテイナーと呼ばれる者として、どうやら私には人権がないようだ。自分を表に出したからだ。もし私が郵便局員だったら、今頃は『ガーディアン』に嫌がらせ裁判で勝訴して、賠償金として1000万ポンドくらい受け取っているはずだ」

と回答。ガーディアン紙に関してはこう続けます。

「『ガーディアン』はミュージシャンたちに私と一緒に働かないように呼びかけ、容赦ない嫌がらせで困らせてきた。昨今の刃物の犯罪件数の増加だったり、硫酸をかけられる事件が起きていたりするのを見ると、『ガーディアン』はもう少しモラルを持ったほうがいいと思う。でも、そんなのはありえないんだ。もしも『ガーディアン』の暴政が原因で私が身体的に傷つけられることがあったとしたら、ガーディアンの従業員たちは歓声を上げるんだろうし、シャンパンを開けることになるんだろうなっていうことが想像できる…….血の気が引く思いだ。ガーディアンは、自分たちが政党であると信じきっている」


政治的な立場については、イギリス独立党やブレグジット党、その党首であるナイジェル・ファラージを支持したことは「一度もない」と言いつつ、言わなきゃいいのに、ナイジェル・ファラージであれば「言うまでもなく、いい首相になるはず」だと語り、フォー・ブリテン支持に関しては「もちろん」と答えています。

「アン・マリー・ウォーターズこそ、右派と左派を束ねることができる唯一の英国人党首だと思う。それを望んでいる党首を私は他に知らない。英国は今、危険なほど憎悪に満ちた場所であり、狂気に歯止めをかけ、皆の代弁者が必要だと思う。私は、アン・マリー・ウォーターズがそのような人物だと考えている。彼女は非常に知的で、この国に猛烈に献身的で、とても魅力的で、時にはとても面白い」

と、アン・マリー愛を躊躇なく語っています。「sam」(たぶんほんとは「m」)が「マスコミの評価は、彼女が明らかに人種差別主義者だというものですが、私は彼女が人種差別的な発言をしたのを聞いたことがありません」と言うと、「人種差別主義者」に関しての持論を展開します。


「現代の英国で『人種差別主義者』と言うことは、言葉を使い果たしたということだ。議論を打ち切ってトンズラしようとしていること。もうその言葉は無意味だ。誰もが最終的には自分の人種を好む。すべての会話を人種の問題に還元する人々は、最も伝統的な『人種差別主義者』であると言える。誰もが決して一致しない考えを持っているのであれば、多様性が強みになるはずがない。国境がそんなに恐ろしいものなら、そもそもなぜ国境が存在したのか?国境は秩序をもたらす。ハラール食肉処理に反対することが人種差別につながるとは思えない」

と、またもやどくとくな論をご披露。

どくとく、ではありますが、なんにでも「差別だー!ひどいー!」「はい、差別主義者、終わり」とレッテル貼りして安心するような風潮はあると思います。既存のレッテルや名づけ行為で終わらない、収まらない向こう側に本当の恐ろしさや重要なことが存在していると思います。そういうメタ視点を、メタメタ(だと思われがち)な論理展開でモリッシーは提示しているのだと思います。

政治観や自分の音楽に関してまで全部入りのこの長い~mmmmmmmインタビューには、かなり重要な話も出てきます。samに「何か後悔していることはありますか?」と聞かれ、意外にも、犬猿の仲でおなじみのザ・キュアーのロバート・スミスに!!謝罪がしたいと言っているのです。

ふたりの確執はいろいろなところでネタになっていますwww もう本家本元のもめごとをこえている。

Robert Smith vs. Morrissey

「35年前に私は彼にひどいことを言ってしまったんだ……けど、それは本気じゃなかった」

とのこと。

モリッシーの後悔している「35年前のひどいこと」とは、1984年に音楽雑誌『ザ・フェイス』の特集の一部のインタビューで、「ロバート・スミス、マーク・E・スミス、弾の入ったスミス&ウェッソンと一緒に部屋に入れたら、誰が最初に弾丸を食らうか?」という質問に対しての答えです。

「一発の弾丸が全員を同時に貫通するように並べる。ロバート・スミスは泣き虫だ。スミスの出現と同時にビーズを身につけ始め、花束を持った写真を撮られていたのは、不思議なことだ。彼は私たちの活動をかなり支持してくれていると思うが、私はキュアーを好きになったことがない......”The Caterpillar”ですら」

モリッシーのこのコメントは、彼の実際の意見を誇張したものだと言われていますが、もちろんロバート・スミスにも伝わり、こう反撃。

「モリッシーは鬱陶しいから、もし彼がすぐに自分から消えなければ、僕が消す」

1989年、ロバート・スミスはQマガジンにも

「モリッシーは貴重で惨めなろくでなしだ。彼はみんなが思っている通りの人間だ。モリッシーは口を開くたびに同じ歌を歌っている。少なくとも僕には”The Love Cats”と”Faith”の2曲がある。ザ・スミスのようなグループにいることがどれだけ簡単なことか、みんなが知っていればいいんだけど」

同年発売のザ・キュアーのアルバム"Disintegration"のリリース後にNME誌と行ったQ&Aで、モリッシーはこのアルバムのことを 「まったく下劣」と評し、さらにこう付け加えました。

「ザ・キュアー:"ガラクタ "という言葉に新たな次元を与えた」

この地獄のような毒舌合戦が、ま、ま、まさか2019年になって新たな局面を迎えるとは!!

この件についてはロバート・スミスも2021年になってサンデー・タイムズ紙のジョナサン・ディーンのインタヴューのアウトテイクの中で見解を示しています。モリッシーとの確執について「インターネットによって諍いが手に負えなくなってしまった」と語っていたそう。「モリッシーについては世間からの反発を食らうことになったけど、『それがどうしたものか』と思ったよ。20年前に起きた架空の確執だからね」とも。

 

でも、あの何でも後悔しない、モリッシーが後悔しているので、本当にひどいことは言ったんだと思います、モリッシーはwww

「私は(学園を舞台にしたイギリスのドラマである)『グランジヒル』のようになってしまっていただけなんだ」って、学園ドラマの中の無邪気で残酷な少年同志のいざこざぶっていますけど…かなり違うような…

実際にはロバートには会ってないんでしょとsamに聞かれたモリッシーによると、なんと、2000年代にロンドンで鉢合わせていたそう!!

「奇妙なことに、10年ほど前、バッキンガム宮殿の近くのパブにいたとき......彼がいたんだ......対立しているかのようにじっ~と見ていた。1983年に私が何を言ったとしても、私は道義的な責任は取らない......結局のところ......誰が取るんだ?」

反省しているようなしていないような…でも35年ぶりの新事実もわかったインタビューでした!

そしてまだまだ、つづく。

→つづきはこちら その6


5分でわかる!前回来日から今のモリッシー、7年の軌跡 その4

2023-08-14 15:29:32 | モリッシー来日 2023

前回その3 の続きです。2019年、モリッシー受難の年の続き。モリッシーは5月22日に60歳になりましたが、受難の還暦を迎えることに。このお誕生日月は、サイアクなことが多いモリッシー人生の中でも何本かの指に入るサイアク月ではないでしょうか。

(モリッシー2019年10月LA公演にて)

 

2019年

5月

●世界最古のレコード・ショップにてモリッシー全作品の販売中止

モリッシーはテレビ番組「ザ・トゥナイト・ショウ・スターリング・ジミー・ファロン」に右翼政党「フォー・ブリテン」のバッジをつけて出演、「ガチ右」のレッテルが貼られました。この「フォー・ブリテン」支持表明を受けて、英国カーディフにある1894年(日本で言ったら明治時代)設立の世界最古のレコード・ショップ、スピラーズ・レコードが、モリッシーの全作品の販売を取り止める決定をしたと、『ウェールズ・オンライン』が5月22日に報じます。これはモリッシーの60歳の誕生日、まさに“Unhappy Birthday”です。

 

スピラーズ・レコードでオーナーを務めるアシュリー・トッドは「悲しいことですが、今後一切モリッシーの作品をスピラーズに置かないということにはまったく当然のことです。ただもっと、早く決断できていればよかったです」と語っています。

オーナーのアシュリー・トッド。お店はカーディフの歴史的なモーガン・アーケードにあり、とっても素敵。映画にもなった「アザー・ミュージック」も彷彿とさせる素敵なお店です。まさにモリッシー好みの、インディペンデントで良質なレコード店と言えます。一度行ってみたい。

 

モリッシーは2012年来日時、日本に残存するレコード・CD店を見て、ロッキン・オンのインタビューに対して

「レコード店というのは、ぼくには幼い頃からの、生涯を通じて関わってきた記憶になるわけで、ぼくには寺院にも等しいものなんだよ、そこで跪いて床に口づけしたくなるほどの神聖なものでもあるんだ。すべての音楽を見渡して、すべてに口づけしたくなるという」

と答えていました。

カーディフの1レコード店ではありますが、そんな自分にとっての「寺院」に等しき場所から締め出しをくらったことはどんなに「屈辱」であったことでしょう。その悔しさを思うと、いまだにこちらも暗い気持ちになります。

「バッチをつけただけなのに」

でもその直径2.5センチくらいのピンバッチは、ただのバッチではありませんでした。フォー・ブリテン党は「ほれ!!」とばかりにこのような声明をホームページに掲載します。モリッシーは「いいよ」と言ったのかもしれませんが、私は正気を疑いました。「フォー・ブリテン、そういうとこだよ!!」と思いました。

すっかりモリッシーを「公式キャラ」みたいに掲載。あんたらのことを好きと言っただけでこんなに窮地に立たされてるのに「あ、悪かったな…うちらが右翼政党なばかりに。嫌われ者のせいであなたまでイヤな目にあって、ごめんね…でも、ありがとう。あなたの邪魔にならないよう陰の存在でいるよ」という奥ゆかしさはないんかい!!『泣いた赤鬼』の青鬼見習えや!!

…まああったらそもそも批判の矛先になることも辞さない極端な政党になるわけないので奥ゆかしさなどあるはずもなく、こんなコメントまで出してました。

「モリッシーは素晴らしい音楽で知られるが、政治家としても知られている。彼は恥も外聞もなく、英国、私たちの文化と遺産、そして私たちの国の屋台骨である労働者のために立ち上がっている。また、動物愛護にも熱心であり、彼がわが党に肩入れしたことは驚くにはあたらない。嘘と中傷に抗う彼の勇気に感謝したい。

モリッシーも参加しますぞ!彼に賛同せよ!
(←播磨屋おかき播磨屋助次郎風あおり)

元労働党、保守党、緑の党、ユーキップ(イギリス独立党)、その他の政党、そしてどの政党からも、あらゆる背景を持つ人々がフォー・ブリテンに参加している。フォー・ブリテンが何を支持しているのか、だんだんとわかってきたからだ。良識、公正さ、思いやり、正義、そしてなによりも英国。

あらゆる方面からの攻撃に耐えているにもかかわらず、我々は輝き始めている。攻撃によって強くされているのだ!!

(で、延々自画自賛がえんえん続く…)

 

モリッシーは言いたいことを言っているだけ、バッチをつけているだけで、自分の主張に政治を利用していません。それなのに、政治がモリッシーを利用するな!ということです。

私はフォー・ブリテンが極右であるとか以前に、その活動方法において、「いい気になるなよ」と思いました。なんかイラつく、なんかに似てる、、、と考えて、よく彼氏とか彼女がすごいと急にその気になって自分もそれくらいの才能なり地位があるかのようにトラの威を借るキツネ的にいきってくるアレだと思いました。

 

●リヴァプールの鉄道駅から、新譜告知ポスター撤去

そして5月24日には、市民からの苦情を受けてニュー・アルバム『カリフォルニア・サン』のポスター広告がリヴァプールの公共交通機関マージーレールのムーアフィールズ駅(市内中心駅)から撤去されたことを、リヴァプールの地元紙『リヴァプール・エコー』が報じます。

これはSNS上では何人もの英国の人が「ポスターとることないのに」「買わなきゃいいだけじゃん!」とマージ―レイルの行き過ぎた対応に反発しているのを見ました。『リヴァプール・エコー』も「何百人もがこの対応に反対でした」と続報を出しつつ、でもそれじゃつまんないと思ったのか「だけどこんな賛成意見もあります!」って載せていました。宗教的にも政治的にも性的にも人の志向は人それぞれなので、相容れなければその人を見なきゃいいだけなのに、「通勤途中にこんな差別主義者の顔貼るなんてきーっ!!」という利用者の意見をすぐ鵜呑みにするなんて鉄道会社、どうなんでしょう。攻撃的、暴力的ならともかく、顔を出しただけなのに…。ことの発端はアメリカだった「バッチ禍」は、英国本土にさらなる業火となって飛び火して、こんなにも延焼します。

 

●Music News comに独占インタビュー掲載

やられたらやられっぱなしでいるわけのないモリッシー、Music News comのインタビューに答え5月27日に掲載されます。あれ?一般のインタビュー受けないと言ってたのに受けてるじゃん?と思いますよね。これ、インタビュアーが自身のガチファンであるお抱えジャーナリストFiona Dodwellです。

前半は“California Son”や音楽愛の話、また驚くことにすでに12曲収録のオリジナル・アルバムをレコーディングしていることなど、少し政治の話も入りつつ和やかに進みますが、最後にFionaが「マージーレールや否定的な意見を持っている人たちにメッセージをお願いします」と振ると、

「まさに(アドルフ・ヒトラーが率いていた)第三帝国的だね。そして、最も偏狭な人々の感情だけが、いかに英国の芸術の中で考慮され得るかということを証明している。

私たちは自由に議論することができない。それ自体が究極の、多様性の否定なのだ。

BBC1の『クエスチョン・タイム』を見れば、いつも同じ議論が行われている。私たちは”The Age of Stupid”(2009年イギリスのドキュメンタリー映画)の中を生きているのだと思う。早く過ぎ去ることを祈るばかりだ。メアリー・ホワイトハウス(英国でメディアや芸術におけるモラルの向上を訴えてきた「キャンセル・カルチャー」の象徴としてモリッシーが考える保守的な活動家)が10ポンド札に描かれていないことだけが驚きだ。

でも、私はマージーレイルと戦うつもりはない。これ以上ありきたりな人生ってあるかな?でも、そう、英国での私の立場は突然難解なものになった・・・私が唯一非難されないで済んでいるのは「1944年ノルマンディー侵攻」だけだ。時間が経てばいい」

と、諦念にも似た見解を答えています。「自由に議論することができない。それ自体が究極の、多様性の否定」というのがモリッシーの主張のコアであり、昨今のインタビューでもまた繰り返します。テストに出る(なんの…?)ところなので蛍光ペンをひいておいてください。

 

●ガーディアン紙不買運動を呼びかける

5月31日、怒りの矛先は自分の作品を締め出したスピラーズ・レコードでも、ポスターをひっぺがしたマージ―レイルでもなく、ガーディアンに向かいます。以前からガーディアンにはムカついていたものの、ここで怒りが再び本格化。

5月30日、ガーディアン紙にBigmouth strikes again and again: why Morrissey fans feel so betrayed

(ビックマウス何度も何度も-モリッシーファンが裏ぎられたと感じる理由)

という記事が掲載されると、以下のような声明文を発表します。

「ガーディアンとその信奉者たちによる私に対する無尽蔵のヘイト・キャンペーンを考えると、“California Son”の全英チャート順位に満足している。

しかし、誰がガーディアンから我々を守ってくれるのか? 誰もいないようだ。

特筆すべきは、この嫌がらせを主導しているのが、私が数年前に嘘を書いていると裁判所に訴えた人物だということだ。私との法廷闘争に敗れた彼が、今度は『ガーディアン』紙を使って個人的な復讐を果たそうとしている。

あの新聞は私の音楽に関係する人を全員困らせて、私についてひどいことを書くように刷り込んでいる。ソビエト化した英国が顔を出しているんだ。2019年の発言すべてが故メアリー・ホワイトハウスと響き合う、この惨めなヘイト紙は買わないでほしい。この新聞は、現代の英国に関する、間違っていること、悲しいことのすべてを代弁している」

モリッシーは自分が生きにくい諸悪の根源アイコンとしてガーディアンを設置しました。目に見えない個別の敵ではなく、風上であるメディアーガーディアンに照準を合わせたのです。モリッシーは事象ではなく、現象、ムード、文化土壌、それを形成するものというメタなところに怒りの矛先を向けますね。

でも怒りの表現はとてもストレートで、個別です。10月のライブではこんなTシャツを着て勇ましい。

ガーディアンもそれを記事にしています。

どこの世界の高級紙が、「うちらの悪口書いた切りっぱなしTシャツを着てライブした!」という大見出しでニュースを報じるのでしょうか。

これは、学校の「帰りの会」の反省会でしょうか?

 

「モリッシーが悪口を書いたTシャツを着てきたのでやめさせてください」

先生「ガーディアン君に、あやまりましょう、モリッシー君」

 

「どうもすみませんでした~」

…と、まったく反省するわけもなさそうなモリッシー見て笑って…る場合ではなく、今回はただの1か月も話しが進みませんでした。

もう「5分」は羊頭狗肉であることははっきりしたので、マイペースで、でも必ずや完結に向けてがんばりますね☆ 

→つづきはこちら その5