KADOMIUMTANK ソフビブログ

ヘミングウェイの詩にこんなのがある。
「人生は素晴らしい 戦う価値がある」
後の方は賛成だ byモーガン・フリーマン

夢の島より愛をこめて

2010年07月31日 | モンド・トラッシュ


夏の今の時分は終戦記念日とかお盆とか
この季節特有の節目を迎えて過去と未来に向けて各人が想いをめぐらす時期でもある。
で、いろいろタコも得意のゆるゆる夢想を開始するのだった。

ソフビ収集を趣味にしていると思い出す…それは昭和の時分には
ソフビは現代のようにアンティークなどというひな壇に鎮座している
存在ではなく、そこいらにポイッ!ってなってた物だったこと。
ソフビとは何か?簡易に量産可能な製造メリット、簡易なスプレーワークにより
記号的・擬似的色合いを持たされて即座に流通させるメリットをもった
ビニール玩具。ゆえに一定の流通スパンのあるキャラクター商品としての稼動に最適であり、
怪獣ブームやまんがのアニメ作品キャラクターなどの隆盛期には
メーカーにとって大量流通可能なものと重宝される製品仕様となっていたこと。
ゆえに消費後はひとたび所有者にとって「廃棄物」と認識されると
かさばってもてあまされて、廃棄か、家庭の空間の見えないところに放置されることも
少なくなかった、といえるでしょうか。

これはあくまで当時の流通に関して個人的な見方から下した定義ではありますが。







高度成長期に入って怪獣ブームやまんがなどでキャラクターソフビが
大量に製造販売された。現代の目で見るとその多くは当時の空気を映す
物証としてひじょうに趣深いものなのですが、それは当時の人々にとっては
しょせん時流に乗り役目を終えると、ただかさばる厄介な商材に過ぎなかった。

自分も覚えているんですが、そこらの家の軒先の駐車場や物置にダンボールに入って
雑多な怪獣やヒーローのソフビが雨ざらしになっていた光景が普通にあったのです。
所有権を半分放棄しているというんでしょうか、子だくさんのご家庭の裏なんかに
いくとソフビやおもちゃがゴロゴロしてた。知人の家なんか
玄関口に入る前の空き地に怪獣ソフビが落ちてたんですよ。しかも家の敷地内なので
子供心としては、庭に落ちてるけど、これはOOくんの持ち物、
とか思ってけっしてそこから持ち去ったりはしなかったけど。
乗用の遊具のジャンクなんかと同じ。半分所有権を放棄してます。

そんな風景の記憶は70年代中ごろ過ぎたあたりなんですが
怪獣ブームも子供目線から見てさえ、すでに下火だったんでしょうね。

個人的体験ですがソフビに関して当時悲しかったこと。
自分は一度引越ししていると
最近のエントリに書いたのですが(7月24日)、
当時、引越し時にマルブル系の有名な版権怪獣の入ってるビニール袋と、
恐竜とか当時でいうパチ怪獣系の入ってるビニール袋(あくまで
当時の子供なりの無自覚かつおおまかな分類)の2セットにして
引越し準備をしていたら、オカンが2つはいらないだろう、と思い
マルブル系が多く入ってるほうを元居た借家においてきちゃったことです。

親が知らない間におもちゃを捨てる、おもちゃと離別する
きっかけとなる、あの忌まわしい法則発動です。

引越し一週間くらいはバタバタしてて気がつかなかったのですが、
やっと引越し先の家でつないだアンテナでテレビも映り、怪獣番組の
再放送を見て、さー、また今日もソフビで遊ぼうと思ったら、怪獣の頭数が半分くらい
足らない。しかも有名なウルトラや東宝怪獣がだいぶ足らんではないか。
オカン「ああ、向こうの家に置いてきたよ。一袋でかんべんね。荷物も多かったし。ごめんね」

ガーン。。。

その時、全部の怪獣ソフビが新居に移管されていたのなら、
今も怪獣ソフビに執着していたのか?それはなんともいえない話ですが、

今怪獣ソフビに執着するに至っている分岐点は意外にこの事態があったからなのかも。
手元に来たのがたまたまパチ怪獣っぽいのが
多い袋だったから、もしもうひとつのほうの置いて来られたマルブル系の袋が
来ていたら、古物のマニアになってたのかもしれないな、いやけっこう数があったので
かえって今も持っていて執着が当時の所有で終わっていて、(いわゆるリア充で)
その後それほど渇望感に囚われることがなく、今はソフビに目が行くように
なっていなかったのかもしれないし。うーん。。。

両方の袋が、あるいはどっちの袋が手に渡っていたら?
今となってはどちらが幸せになれたのかよくわからない。
なんとなく魔物の入ってるつづらというかパンドラの箱のほうが
転居先についてきてしまったような気がしなくもない。それも運命だ…。

(関係ないが電動系トイ好きなラジオ関係の仕事に従事していた
親父はリモコンゴジラを置いてこられて肩を落としてた)



ここに貼った写真は前に「NHKアーカイブス」という昔のテレビ番組を見せる番組で
オンエアされた「夢の島」での一日を追ったドキュメントの写真。
朝、都内から夢の島に運ばれたごみの中から有価物を回収する人々を追った
ニュースドキュメント番組。昔のドキュメントは面白かったな。
「まだこれ使えるのに」とかいいながらいろいろ日用品や
珍品を回収する人々が早朝から夢の島のエントランスに押しかける。
ここはフリマじゃない、ゴミ捨て場なんですが。すごい光景ですね。
ソフビなんかもこのころは夢の島にゴロゴロしてたのかな。
(…ていうか当時拾いに行ってた人知ってます。ほんとにゴロゴロしてたらしい。
宝の山状態、発狂モードで寝食忘れて朝から晩までごみ掘ってたつってから・いいなー)

そして下4枚は画像に郷さんと次郎くんがいるので、ソフビ関係のブログを
読んでくれるような人ならすぐわかりますよね。
新マンの隊長交代エピソード「この怪獣は俺が殺る」。
ゴキネズラが引き起こした夢の島の異変を現地調査するMATのシーン。
夢の島というと、このエピソードと「スペクトルマン」のダストマンの
エピソードが童心で見たときに強烈な怪獣魔境としての「夢の島」のインパクトを
残しているという怪獣ファンも多いのではないでしょうか。





現代でもトイザラスで大量に今年の戦隊おもちゃやライダーのおもちゃを買った
家等、番組が終わると実質無用の長物になり、やはり45リットルのごみ袋なんかに
レゴとか乗用の遊具なんかといっしょに放り込んでガレージにつんであるような
光景があるのを見かけると思います。

その中身が昭和のころはブルマァクとかポピーの怪獣・怪人ソフビだったんです。
しびれるっしょ。まあ当時はそれが普通の光景なんで、今思うように
「なんてもったいない!」とか思ったり、ありがたみは感じなかったですけどね。
作り手の過剰な情緒も刻みつけられた怪獣ソフビなどという豊穣な玩具を
平気で野ざらし放置。。。
ただ、とにかく高度成長期アフターならではの
栄養過剰な光景であったなとは思いマス。

その中でもウルトラ怪獣のソフビなんかは、持ち主によっては
「いつか価値が出る」とか直感的に読まれ、割と大事にしまいこまれている
物もあったとは思います。それが今も生き延びてアンティークショップの
門をくぐり、あたかも魔法でもかけられたかのように高値をつけて
ショーウィンドウを飾ってガラスごしにマニアセカイに関係ない
民間人の家族連れに見つけられて「あー、これ、もってたもってた」とか
「引越しのときに捨てなきゃねー」「うちだって今度帰郷したら、お宝ハックツよー」等と
言われながら人々のため息を浴びることになるのだろうけど。
でも後になって怪獣ソフビが存在感を増すとは70年代当時はほとんど
思われてなかったとは思います。


まして出自不明のパチ怪獣なんてそれこそひどい扱いだったでしょうね。
好事家のお祭り、パチモンサミットでも前に唐沢なをき氏が
床屋に行って散髪までの時間を店内で過ごしていたら
子供をあやすおもちゃの箱の中から、塗装がすっかり落ちて
汚れた状態の宇宙怪獣しわを発見し、お店のマスターにお願いして
保護してきた、なんて話がありましたね。

自分もそんなノリで、当時、乾物屋の裏庭に漬物のたるの重しがわりに乗せられていた
(いや、あれはただそこに放置されていただけかもしれないが)
ポリバラゴンを見たことがあります。不思議とそんな無用になった
ソフビたちを巡る処遇にあっても、版権怪獣ソフビと無版権怪獣ソフビでは
扱いにしっかり格差があったのかもしれません。

まして前にも書いたけどIKBのスモゴンとかヘドロ(1~3号)なんかは
怪獣ソフビが80年代以降のアンティーク価値のコペルニクス転回されてから
90年代以降のジャンクトイカルチャー/サブカル的価値付与の時代を迎えてでさえ、
下北沢のショップの軒先ダンボールのガラクタ類の中にポィッ!
真夏の野ざらし日光浴照り焼き状態ですからね。
(ザゴラやマイティあたりはこのころすでに
ちゃんとショップのそれなりの棚に置かれてそれなりの
価格をつけられていたのですが。自分も、あー、得体の知れない怪獣でも
つくりがしっかりしてるから、高いんだなあと漠然と理解しつつ当時は眺めていたものですが。)
ヘドロやスモゴンはそこまで悲惨な扱いだと
かえって今のようなパチ怪獣としての居場所をようやく得るにあたっては
最近までごみ扱いだったのは、むしろ神話性さえ付与されるような逸話ではあります。

とにかくその怪獣ブーム去りし後の黄昏の光景ともいえる
「日常的空間に投棄されていた怪獣ソフビ」たちの光景は
いわば怪獣ソフビの休眠期ともいえる、
自分的には今でも忘れがたい個人的憧憬となっております。





誰か言ってたけど、瀬戸内海とか沖縄とかの潮流が合致して浜に流れ着くような
場所にはジャンボマシンダーとか大型のおもちゃが今でも漂着するんだとか…。
岡本喜八の映画みたいですね。戦争当時の脱出兵の船が
軍服を着たガイコツを乗せて海水浴場に流れ着く、みたいな。
70年代後半くらいから40年以上カナ?
いったい、彼らおもちゃたちは子供たちの夢を育てつつ
地球の平和の防衛を果たしてから持ち主に、そして人々(マニア・コレクター除く)から
その存在を忘れられて、どのくらい洋上を漂っていたのでしょう。

仕事の合間に、出先で時間が余ると
一昔前の趣を残す、気の利いた雰囲気を漂わせた路地裏に入って、
かつて昭和の時代に怪獣たちが過剰に生まれ、半ば所有権を放棄されてゴロゴロしていた
怪獣たちの休眠期、怪獣の「戦後」の光景を幻視するのであります。

そしていつしかその「戦後」は隔世遺伝的にインディーズ怪獣ソフビという
ニッチながらソウルを受け継ぐ市場によって現在に引き継がれているのであります。

さらに想いをはせるなら。。。
相当先の未来、現行で大量に生産・消費されているインディーズ怪獣ソフビも、
かつて怪獣たちがふたたび復活した時代があった・・・と
悠久の遠い日の物証として考古学のように語られる刻がおとずれるのでしょうか。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (メガたぬき)
2010-08-01 22:09:33
どうもこんばんわ。
ファイヤーマンにもこういう回
ありましたね。
ハーモニカの怪獣が出てきて、
いろんな楽器と戦う。
あれは印象的でした。

思わぬ物に価値が出てしまう
本当に不思議な現象ですね。
大量消費の果ての光景が
こういうものだと、もはや
認識の外にある世界に来て
しまったような。
ある面でいえば、子どもの
思い出とか憧れの部分とは
まったく別の部分で評価されて
しまったという残念な部分
がありますが、それによって、
ジャンルとして確立され、
ここまで続いてきたことは、
毎度ながら何か意味があるんだな
と思いますね。
そういえば、セーラームーン
のジャンボソフビも今結構な値
なので、今おもちゃ売り場に
かなりの数があるプリキュアもその内・・・
価値を考えればあなどれない物
ばかりかもしれませんね。
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Unknown (タコペッティ)
2010-08-01 22:41:38
こんばんわ。ハモニガンの話ですよね、
ファイアーマンでごみ捨て場が出てくる回って。

あの回はモノを大事にしましょうという明確な
教訓が根底にあったのですが、実際の昭和の消費
時代はどんどん作ってどんどん売ってどんどん消費
しよう、新しいのはいいことだ…みたいな人間
サイドももはや止まりようがない
ベルトコンベヤチックな流れが
しかれていたように思います。

今もコンビニや大手資本を見ていると使う人間が
システムに生かされているような印象を
受けるのですが、昭和のころはたくさん生産して
売るのが勝ち、という思想をあまり計算なく
やっていたからもっと愚直に生きている
人間の、工場や機械に使われている自動的な怖さ
みたいなものがありました。

町のそこらにゴロゴロしていた怪獣やヒーローの
ソフビやおもちゃは、今にして思うに
需要以上に過剰に作ってしまったゆえな
部分もあったのかもしれないですね。

古いものを扱っている人から最近聞いたんですけど
セーラームーンの商材がまさに昭和の怪獣ソフビに
該当する存在みたいですね。当時子供だった世代が
パンチング人形に10万出したりとか。
自分も実際にいろんなショップで
セーラームーンの玩具を漁っている
女の子たちを見たことが何度かあります。
怪獣ソフビもたじたじですね。

同様に需要以上に過剰に作品が作られている
アニメはやはり昭和のころの怪獣番組に
該当するのかな。
大きなムーブメントが発生しているときは
その当時は意外に気がつかないものです。
インディーズソフビも明確に通過した時期になると
どんなだったか検証しえない状況になるときが
あるかと思うので、なるべく自分は
リアルタイムで写真として物証に残しておきたいと
思いブログをやっている感じです。
マーケットとしてはぜんぜん規模が違う話ですが
思えば昭和の怪獣ブームのころの写真も
多くは残ってないですものね。
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