スーパーフェスティバル61ルポ其の七。
年最初のスーフェスで新作を発表するのが恒例となっている
関西のインディーズソフビメーカー、イルイルさん。
今回の製品は以前発表した
「流星のペピー」劇中に登場する設定の新作怪獣ソフビ「侵食怪獣ビニダム」、
ファーストプロダクツ「怪造人間トキオ」の新作換装ヘッドによる
バリエーションタイプ「スーパーノヴァ」
そしてウズマークなる別ブランドから発売したおどろおどろしい表情をした、
インディーズソフビ不朽のモチーフとなる「双頭」キャラの
新作ソフビ「人面獣」。
スーフェス会場では朝10時半のスタート以来長蛇の列が形成され、あっという間に
販売が完了。
イルイルさん自身は1年に1回複数製品のペースで新プロダクツを
発表し、ソフビ本体のみならず、本業のDTP関係スキルをフルに活用した
パッケージデザインへのこだわり、また製品に込めたシアトルカルなギミックで
お客を圧倒するなど、単に自作のソフビを売る販売活動以上に
一種のパフォーマンス的要素からソフビを展開している気配もうかがえる
特異な立ち位置にあるメーカーだ。
今回もどんな考えからこの新作を発表しているのか、また昨今高まってきた
自メーカーの人気についてどう捉えているか聞いてみた。
前回、「流星のペピー」の原作本および作家が存在すると思い
昭和の古い児童文学の古書目録などを調べていたタコ的には
「今回もまた本人に聞くまでかつがれるようなフェイク的設定があるのかも」
と思い、イルイル氏を前に、そこはとにかく慎重に
どんな意外な事実が飛び出すかじっくりと尋ねるところとなった。
●今回は人面獣の販売元として、イルイルでない
「ウズマーク」なる新ブランドが立ち上がっているが、
これはどういう経緯から生まれたのでしょうか。
イルイル氏「イルイルの活動は「ペピー」の流れなど世界観がすでにできて
今後の展開も構想がある程度決まっている。
その上で自分で展開に自由の効くプロダクツを出すブランドをもう一つ持ちたいと
思い立ち上げました」。
●毎回凝ったパッケージと裏設定を持たせてプロダクツを製作しているが、
製作面ではどんな背景で作業を進めているのか。かなり手間がかかっている
ように見えるが。。。
イルイル氏「今回の3製品は昨年の5月から作業を少しずつ進めてきました。
本業の傍らで進めているのと自分なりのこだわりがあって時間がかかる。
ソフビ本体も原型製作、組立、塗装まである程度の時間を要するが、
箱のデザイン、製作、組立のほうにも、といえます」
●今回もたくさんのお客が入場時に列を形成しているが買えなかったヒトも
随分出ていたようだが、高まるニーズに対して販売上の方法など検討は。
イルイル氏「今回も製品を作るまで、また出来上がってから東京に持ってくるまで、
すべての作業が押せ押せになっているのが実態で、
これまでもある程度の反響をいただいておきながら、
販売時にできる列でより広く行き渡る製品の売り方などにも考えが
及んでいなかったようだ。せっかく朝から並んでくださったのに
手にすることができなかった人たちが出たのは申し訳ないと思う。
今後は販売方法などを考慮していきたい」
しかし、とにかくすべての作業を自分一人で行っているので、
なかなか数が作れない実態があるということを理解してほしい」。
実際、今回のビニダムに付属しているミニペピーのソフビの箱などは
たくさん作れるようなものとは思えなかった、と傍らで販売を手伝ったヒトからの
フォロー。「とにかくイルイルさんは懲りすぎだからね~」
●「前回はペピーの原作本があたかもこの世に実在する古書のように
緻密に作られていることでてっきり本当にあると思ってかつがれたんですが、
ビニダムに関しても脳内設定はあるんですか?」
イルイル氏「侵食怪獣ビニダムは、ペピーの敵怪獣として設定しているんですが、
やはりペピー同様に原作の玉山先生との原画をもとにソフビ化したという設定です」
●「思うんですが、本の表紙絵のビニダムと似てはいるものの、
足や触手の解釈が違うイルイルオリジナルみたいな感じがします」
イルイル氏「原作者の玉山先生とは、前回のペピーの製品化交渉の際に、
自分の本は児童文学なのに商業的なソフビ玩具の製作にあまり乗り気でないとの
主張を崩さない頑固な先生からようやく版権認可を取り付けたのですが、
製品化されたペピーが表紙絵にある少年SF読み物ヒーロー的な
ルックスのソフビにならずチープトイのような
プロポーションになってしまい、出来上がったペピーに先生は怒りました。
そのため今回の第2弾・ビニダムでは
玉山先生からは『絶対今度こそ忠実に製品化しろ』
との強いお達しを頂いたのですが、付属のミニペピーこそ元絵にリアルな
仕上がりになったもののメインのビニダムの版権交渉の際、
先生がイルイルの持っていったお酒を飲んでその場は寝てしまいました。
一応寝言半分で版権許諾をとりつけたものの、その後も
再三表紙絵からはみ出している部分の手足などのデザイン画をソフビ製作用に
依頼したところ、先生が乗り気でなく結局描いてくれなかったので、
納期も迫ってきたことから表紙絵の範囲で脳内補完しながら
イルイルがそれらしく作った、ような感じを出してみました」
●「それで途中で途切れたような触手のディティールになっているんですね
よく、作り手が明確な設定を決めて作業をスタートしていなかったことで、
表紙絵と本文の挿絵が全然違うデザインのキャラクターが一冊の本の中に
混在するという現象が昔はありましたね」
イルイル氏「そう、
すでに『ペピー』自体は架空の本であるというのは
前回の販売で明らかにしてしまいましたが、自分の中では
引き続きこの原作者・玉山氏が存在していて、
イルイルが『ペピー』製品化への思いを肥大化させながらソフビ化を進めているのに、
版権整理上での見解の齟齬やソフビ製作現場でのキャラクター観の違いが
常にプロダクツに反映してブレているような印象も加味させ製品を作っています。
製品そのもの以外にも、バックボーン自体が手にしてくれたヒトにとって
製品の一部のように楽しめるアイテムになってくれていると
よりソフビが面白くなるだろうか、と考えています」
●「玉山先生も高齢であるから最近は寡作なんでしょう。
過去作品のソフビ版権などを下ろさないと、きっと生活が困窮しているのに
妙なところが意地っ張りで現場も困りますね。むやみに過剰感のあるパッケージは
出来てしまったソフビに対する齟齬を埋めるために施された
メーカーサイドの苦肉の策なのかもしれないですね」
イルイル氏「手にとってくれたヒトがいろいろと作品のみならず作品の描かれた
背景、ソフビをイルイルが製品化したプロセスなどを想像して楽しんでくれると
自分も自分のソフビの世界観が広がったようで嬉しいですね」
つまり、すでにイルイル氏の脳内には、あれこれと文句をつけつつ
版権を下ろす頑固な先生とソフビ製造の現場にいるが何だか常に詰めが甘く、
先生とソフビ化の際に造形的齟齬を発生させてしまう、
昭和のTOYブランド「イルイル」なるメーカースタッフという
2人格が脳内で常に擬似二人三脚となって
せめぎ合いながら相互に快楽物質を交換しあいつつ、
「流星のペピー」という架空作品の版権ソフビ化があったら、という
コンセプト下で本人もややこしい思考回路を駆使して元絵→ソフビ化という
双方の製作作業をこなしている。
そんなイルイル氏が奇しくも、2つの頭部を持っており、
文字通り2つの首でせめぎあいながらあたかも「人を食っている」、
「人面獣」なる怪物のソフビをこのほど新ブランドのウズマークから生み出したのは
いかにも創作者独特の深層心理ゆえなせる技なのだろうか。
気分を一新した別ブランドでの所作とはいえ、
双頭の怪物というのは偶然とも思えない感じがする。
ウズマーク(イルイルの別ブランド)製「人面獣」。
パッケージやHP上で画像として使用されている
リアル造形の双頭怪物が暴れ狂っている姿が
販売前にお客の目にも焼き付いたところだろう。
しかし製品化された人面獣はレトロソフビに倣った的な造形テイストで、
おどろおどろしいというよりは、だいぶヤンチャでカワイイ感じに仕上がっている。
イルイル氏「『人面獣』では映画に登場した怪獣が
ソフビTOYになった時に成形の都合や製造会社の造形的嗜好から
いつしか醸し出されがちな仕上がりのギャップをテーマにソフビの原型を製作しました。
そのコンセプト上でオリジナルとなる映画の人面獣の立体物も
対比として当然ながら必要になりました」。
●「そう、その件もお聞きしたかったんですが、
このHP上やパッケージに使われている画像のモンスターの立体だが、
自分は過去の国内外の特撮怪獣映画は大概見ているので、
何か実在する映画の怪獣の画像を
コラージュしたのかと思っていたのだが、どうもそれが見当たらない。
香港映画の「三頭魔王」とかイタリア製作の「ネバーエンディングストーリー」
クローン映画か何かから引っこ抜いてきた画像でもコラージュ使用したのかと思ったが
調べてもそれっぽいものがない(スーフェスでの発売前に自分のところにあの
イルイルブログの怪獣は過去に実在するのか、何か知らないかと
タコに問い合わせしてきたヒトが何人か居た)
キャスト表記でブルック・アダムスとかニック・アダムスとかいろんな俳優の名前を
合成している役名を見てもこのポスターは完全なフェイクだろうとは思っていましたが」
イルイル氏「いろいろ探してくれたんですね(微笑)。
そう、
映画に登場したとされる人面獣も、立体物として今回ソフビの人面獣以外に
製作しました」
(上がその証拠写真。イルイル氏が携帯電話に保存していた
リアル人面獣の画像を見せてくれた)
イルイル氏「パッケージやポスターに見える魔道士のような人物の画像は
黒い布をかぶって撮った僕です」
なんだ、この禍々しい魔道士もイルイルさんのコスプレだったのか~!
よく観たら確かに彼ですね。
●「わざわざポスター用のリアルな人面獣も製作したんですね。
架空の本の表紙絵の次は架空のポスターに映画本編の立体物製作か、
本当にこだわるヒトだな~」
イルイル氏「リアルな立体物といってもこれ以上拡大して印刷したりすると
作りにはアラがあります。
本当にパッケージやポスターの画像用として
ソフビ人面獣のバックボーンにリアリティを出すためだけに作ったので
この『映画版の人面獣』を製品にするとかいった考えはないです。
あくまでリアルな映画の人面獣と
製品化された時におもちゃとしての体裁によりだいぶ違ってしまった
人面獣のギャップを強めるために両方用意しました」
自分のオリジナルソフビを、マニアプロダクツとしてでなく、
セカイへのマスプロダクツとして「実存」させる強度をより高めようと、
自分に極限まで作業の細密化と作業的負担を強いることで
出る結果、スペースの限定されたパッケージ内や製品に「インディーズソフビで
ありながら実際にマスで頒布されたかのように見せる」ことに執着する
イルイル/ウズマークソフビ。
彼にとって1年に1ステージで見せるこの地道な
ソフビとパッケージの製作作業は作業量や負担が得られた成果に見合うとは
到底思えない。
しかし彼は自分の作るソフビのすべてに労力を惜しまない。
そこには「見る者が驚嘆する」瞬間を夢想しながら、それを遂行する技術と気力を持つ
本人のみにしか味わえない、一年間の孤独で過酷だが甘美な快感を獲得する
道行きなのだろう。そんな意味ではいささかカリカチュアライズされた
手法ながら、インディーズソフビ本来の目的を
独自の手法により果たしているメーカーの一社であるといえそうだ。
●「『人面獣』のパッケージを今もう一回じっくり見るとあまりスチール写真の点数が
少ないのを無理くりポスター上から画像を拾って作っている感じがよく出ています。
版ズレや網点のツブレ、複写時のモアレとか昭和のアナログ製版技術にあった
ヤレまで再現しているんですね」
イルイル氏「あ、よく気づいてくれましたね。映画の怪獣で撮影時の番宣資料写真が
少ないものをおもちゃ会社でソフビ化する際にパッケージ素材に困って
パッケージデザイン作業の現場で必死にひねりだしている感じも出したつもりです」
こういうパストテクノロジーへのフェチズム表現は
たぶん本業のDTP作業で得られた体験から出てきた発想なのだろう。
しかしやるとなるとどこまでも徹底するヒトではある。
さらに、本来見えないところにもこだわっている「人面獣」パッケージの内装。
イリーガルなマーケットで出回るアダルトトイや、
昭和の版元も得体がしれない、効力のわからない占いカードやタロットカード、
昭和のハヤカワや創元推理文庫の表紙絵に見られるような
得体のしれない幾何学モチーフを挿入したりと昭和の過剰にパッケージが
作りこまれることでおもちゃメーカーが気づけば自覚しないままにたどり着いてしまった無意味なシュールレアリズム表現やらバッドテイストへの傾倒を、中箱という
ステージにおいてもよく再現している。
イルイル氏「なるべく箱からソフビを出して楽しんでもらいたいと思い、
開けやすいように、組立過程で片方の開け口に手を入れています」
●「イルイルのソフビはこれだけ几帳面にパッケージを作ったりするので
なかなか遊べないように思うんですが、普段お客としての立場では、
持っているソフビなどでは遊んでますか」
イルイル氏「それが意外にというか、結構部屋に気軽に転がしてある的な感じで
ガシガシ遊ぶ派です。おもちゃは飾っているよりも
手にとって気兼ねなく遊ぶほうが楽しいです」
実際イルイルソフビが昭和の頃に実在していたら、
「本のペピーと違う~」などと言われながら
美麗に作られた箱も持ち主が子供とあればすぐどこかに行ってしまい、
子供たちにも塗料の落ちなども一向に気兼ねなく、
ガシガシ遊ばれることだろう。
イルイルソフビにはそんな、販売時には光輝き
玩具店の軒先で目を惹くパッケージ仕様のTOYが持つ儚さ、そして、どこか
テレビや映画の劇中のイメージを完全に再現していない昭和のTOYが箱の外装などで
購買意欲をフルに上げ底するようなシチュエーションの再現なども標榜している
のだろう。総じてあらゆるおもちゃはいつしか生産量の何割かは
主需要者の子供でなくマニアが手にしてしまうことでTOY本来の役割である
楽しく手に取って遊ぶことがほど遠い存在となっている。
イルイルソフビはそんなはかなさををもレトロスタイルの製品に定義し
佇まいに纏わせたシアトリカルなアイテムといえる。
そして次の件は当日、スーフェスの会場に居たヒトは気になるところだろう。
●「気になるんで聞きますが、今回は向かいの卓に出店されている
ターゲットアースさんのブースでイルイルさんのと似ている
双頭怪物のソフビの粘土原型を見たんですが、これは何かイルイルさんの
人面獣に関係している製品なんですか?
よく似ていましたよね。会場に来て、ああやはり
イルイルさんの人面獣は元ネタがあったのか?と思い直しながら双方を
見比べていたんですが」
イルイル氏「いや、自分も別な方に作られていることは今日会場で知りました。
(少し考えて)、たぶん短期間であそこまで仕上げられたのかな。。。
今日、向かいのブースにあって出来栄えに自分も驚いたし、
何より原型製作作業の速さに感服しました。
そう、『ペピー』の原作本じゃないですが、今回のターゲットアースさんの
ような感じで、実在しないはずのキャラクターのバックボーンやイメージを広げながら
皆で共有できるような展開ができるなら、自分もありがたいし、
楽しいと思いました」
今回のスーフェス61会場では架空の映画会社、SMOG FILMによる
創作物「人面獣」も当のイルイルさんさえもが驚くような事態が発生した。
あたかもリアルに存在する版権怪獣映画のキャラクターで
あるかのように、人面獣がインディーズソフビ内の虚構から現実へ出てきて
息づきはじめたのである。カオスな出来事が起こるスーフェスならではの
光景だった。
ビニダム、そしてセカイへのさらなる侵食。。。
すでにイルイルソフビは我々ソフビファンのいる
現実のセカイにまで侵食を開始しつつあるのかもしれません。