怒りのメゾフォルテ

娘を奪われました。二度と帰ってきません。奪った人たちの対応に怒りが募ります。

6月26日 冊子寄贈3<静岡県教委へ>

2013-06-26 08:19:14 | 事故後の動き
昨日25日は静岡県教委へ冊子寄贈のため、静岡県庁に行った。



 「小プロのDさん(青年の家元所長)がご自宅まで送り迎えをしますから、お母様も一緒にいらして下さい。」 

静岡県教委課長から主人に電話が入った時OKをしたが、公の場に出ることを避ける私の気持ちはブルーだった。

ストレスが難病再発の誘因に繋がる不安もあって、6/20の豊橋市役所での冊子寄贈時も出席を固辞した私。


静岡県教委の冊子寄贈時の細かい配慮の連絡を受け、世界遺産に認定されて間もない富士山を見れればと気持ちを切り替え、
豊橋から高速片道3時間の静岡県庁に向かった。







*****
静岡県庁は前もって元課長・前課長に、県庁の景観について訊ねていたこともあり、県庁を取り囲む駿府城お堀の立派さに圧倒された。



県庁に13時に着き、通された静岡県教育委員会教育長の部屋には、すでに20人を超えるマスコミが待機していた。


豊橋市役所冊子寄贈時よりも多いマスコミに取り囲まれ、

静岡県教委教育長と小プロ執行役に、冊子を寄贈する主人の姿は、車椅子の私にはまるで見えなかった。



その後、記者会見でなかなか放してもらえない主人。



静岡県での3年前の事故についての関心の高さに驚くと同時に、


同じ系列のテレビ局(夕方には静岡のテレビのニュースで放映)、同じ新聞社での、マスコミの地域の壁を感じた。



静岡の小さなニュースが、私たちの住む東海三県(愛知・岐阜・三重)で報道されることのない不思議さ。 









*****
事故後、毎週弔問に来る静岡県教委と小プロの3人に、浜名湖での再発防止の訓練の新聞記事を、何度ももらった。


地元のマリーナや、関連機関が一体となって、何度も繰り返えされたおおがかりな訓練。




 「この訓練が、前もってされていれば、娘は死ぬことはなっかった。」

とその報告を受ける都度、安心と同時に涙した私達。
 




しかし、


私達が住む地域で報道されることは、まるでなかった。

署名活動で署名を頂いた1万7千もの豊橋市民に報道されることはなかった。 










                       事故発生時から、二つの県で揺れ続けて・・・



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