現在の松竹座の建物は1997年に新築されたものだそうだが
北側外観は1923年の誕生当時のまま残してあり、ネオルネッサンス様式がとっても私好み。
周囲の大阪道頓堀繁華街的風景とはかけ離れた雰囲気なのでやや不思議な印象だ。
この場所で、翼さんの、関西ジャニーズJr.達とのステージを楽しませていただいた。
シンプルな舞台にたった一人でリズムを刻むフラメンコがよかった。
コンパクトなキャパの舞台だが、さらに小さな、例えばスペインの酒場のような
そんなリアルなシチュエーションで踊る姿を想像してみたりした。
こつこつと極めて行って欲しいなと、そして彼はそのようにしていくのだろうなと思う。
持ち歌の数もまだまだ少ない、ということは
同じ曲を別アレンジで見せていただける機会があるともとらえられる。
舞台に組まれた櫓に登ってドラムを打ち鳴らしながら歌う『EDGE』が格好いい。
先輩の楽曲もあり、また既視感ある衣裳や演出があるのは伝統芸能(J's)ゆえの定め。
似てる・・・とは思わないけれど、つい別の舞台を連想してしまったのは許して欲しい。
でもそういう観客も少なくないはずなので、大変だなぁと思う。
しかし、そこに独自の色を感じさせるのがそれぞれのアーティストの力だ。
東京のJr.達よりも馴染みの薄いであろう関西の後輩を率いて
タキツバを思いつつも、タキツバを離れての翼として
このソロ連続公演は、そういう意味でもとてもいい経験となったのではと思う。
幕が下り終演のアナウンスの後の拍手に応えて
先ほどのMCでJr.から教えてもらった『好きやねん大阪』の手振りをしながら
上手舞台袖から再び出てくれた翼さん
「あと残り2日4公演を成功させること、そして10月の日生劇場の公演を楽しみにして」
と客席に語りかけたのであった。
パワフルなドラムと共に印象に残った『EDGE』を思い出しつつ松竹座を出た。
・・・が、いつのまにか脳内BGMは関∞の『大阪ロマネスク』に。
初めて訪れた松竹座と大阪道頓堀界隈。
できればほどよき季節に訪れて軽く散策などもしてみたかったがこの猛暑。
地下鉄と松竹座建物内とホテル内がメインの遠征となったのであった。
1階8列2*番
北側外観は1923年の誕生当時のまま残してあり、ネオルネッサンス様式がとっても私好み。
周囲の大阪道頓堀繁華街的風景とはかけ離れた雰囲気なのでやや不思議な印象だ。
この場所で、翼さんの、関西ジャニーズJr.達とのステージを楽しませていただいた。
シンプルな舞台にたった一人でリズムを刻むフラメンコがよかった。
コンパクトなキャパの舞台だが、さらに小さな、例えばスペインの酒場のような
そんなリアルなシチュエーションで踊る姿を想像してみたりした。
こつこつと極めて行って欲しいなと、そして彼はそのようにしていくのだろうなと思う。
持ち歌の数もまだまだ少ない、ということは
同じ曲を別アレンジで見せていただける機会があるともとらえられる。
舞台に組まれた櫓に登ってドラムを打ち鳴らしながら歌う『EDGE』が格好いい。
先輩の楽曲もあり、また既視感ある衣裳や演出があるのは伝統芸能(J's)ゆえの定め。
似てる・・・とは思わないけれど、つい別の舞台を連想してしまったのは許して欲しい。
でもそういう観客も少なくないはずなので、大変だなぁと思う。
しかし、そこに独自の色を感じさせるのがそれぞれのアーティストの力だ。
東京のJr.達よりも馴染みの薄いであろう関西の後輩を率いて
タキツバを思いつつも、タキツバを離れての翼として
このソロ連続公演は、そういう意味でもとてもいい経験となったのではと思う。
幕が下り終演のアナウンスの後の拍手に応えて
先ほどのMCでJr.から教えてもらった『好きやねん大阪』の手振りをしながら
上手舞台袖から再び出てくれた翼さん
「あと残り2日4公演を成功させること、そして10月の日生劇場の公演を楽しみにして」
と客席に語りかけたのであった。
パワフルなドラムと共に印象に残った『EDGE』を思い出しつつ松竹座を出た。
・・・が、いつのまにか脳内BGMは関∞の『大阪ロマネスク』に。
初めて訪れた松竹座と大阪道頓堀界隈。
できればほどよき季節に訪れて軽く散策などもしてみたかったがこの猛暑。
地下鉄と松竹座建物内とホテル内がメインの遠征となったのであった。
1階8列2*番