ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

旧満州での思い出(12) 榛葉英治著「満州国崩壊の日(上)」(評伝社)

2008-06-13 18:03:53 | 旧満州の思い出
榛葉英治著「満州国崩壊の日(上)」(評伝社)を読んでいたら、昭和11年頃の新京市の情景が描かれていた。昭和11年はわたしが生まれた年なので、その風景を見たはずはないが、だいたいその情景はわたしの原風景に近い。
主人公小木良平はその年、早稲田の文学部を卒業したが、ひどい就職難で、内地での就職を諦めて、大連の叔父のつてを求め「満州には青年の壮大な夢と理想がある」という当時の文学青年らしい希望に燃えて、満州に渡った。良平が始めて見た新京の情景は次の通りである。
<良平の見る新京は西部劇を連想させた。広大な平原のところどころに、大建築がポツンと建てられている。ぬかるみの道を、材料を積んだ荷馬車の列がつづいて、その果てには地平線が広がっている。>
良平は採用試験のために放送局に来ているのだが、放送局の屋上から見える風景は、<目の下にひろがる建設中の首都に見とれた。幅員が50メートルはありそうな道路が、放射状にまっすぐに原の向こうまで伸びている。「満州には壮大な夢と理想とがある」と浜村健に話したことがあるが、嘘ではなさそうだと思った。>(62頁)
物語は、この「壮大な夢と理想」とが裏切られるプロセスが克明に描かれるが、この作品は、フィクションというよりもノンフィクションに近く、主人公は作者自身であると思われる。
作者、榛葉英治氏は大正元年(1912年)の生まれで、当時の満州の情景や思想問題を、当時の青年の目で詳しく描き出している。こんな描写もある。
<今年の中央公論の1月号と4月号も大切にとってある。高山岩男、高坂正顕、鈴木成高、西谷啓治らの京都学派の「世界史的立場と日本」、「東亜共栄圏の倫理性」という座談会記録がのっていて、良平はこの談話から、ショックと影響を受けたのであった。「ヨーロッパの危機的な世界意識をのり越えて、日本の創造的世界意識によって、世界史の創造を成し遂げなければならない。大東亜戦争遂行は、大東亜圏の倫理のもとに、指導者としての新しい日本人を創ることにその使命がある…」というような内容に、良平は共鳴したのだ。この教授たちは、高まってゆく軍部の思想統制に同調すると見せて、その反モラルを批判しているのだと解った。>(93頁)

最新の画像もっと見る