前回のブログで、立禅は動のための待機状態に非ず、動から動への移行段階でのひとコマであるとの認識になって来ていると書いた。
6/19(日)に佐藤聖二先生の太氣拳講習会が福岡で開催され、私と門下生5名が参加させていただいた。
その際、立禅の状態のまま動くことで、より高い出力を得られることを門下生一同、体験できている。
しかし、立禅から少しでも外れたら多少強い力でも力任せの動きになってしまうことも確かであり、訓練を要する。
これを、実際の攻防に反映できるところまでモノにしなければならない。
前日の稽古後に佐藤先生、拳学研究会の方々と会食させていただいた際に、立禅についての話題になって、先生が「立禅とは動が充満している状態だ」と言われていた。
待機状態に非ず、常に活動状態であらゆる方向に動がある、正に充満している状態であり、この表現はさすがに佐藤先生だなぁと思った。
佐藤先生が北京で意拳を学び始めた時に、姚先生から3種類の形体訓練は徹底して訓練させられた、との話を聞かされた時は少し意外だった。
形体訓練は、韓氏意拳特有の訓練方法だと思っていたからである。
形体訓練は、それそのもは技でも何でもないが、武術としての動きを獲得していくためには立禅の前段階で必須となるのではないかと考えている。
挙げる、開く、閉じる、回す、縮める等の太氣拳としての動きの基本要求が全て含まれ、その状態で静止したら、それが立禅となる。
それは、一見静止している様で、体内ではまさしく動が続いており、あらゆる方向に動が充満していると言える。
「立禅は無限にある。しかし、間違いも何種類もある」との言葉もいただき、これは私自身、よくよく注意して取り組まなければならないところであるが、立禅において、各自の特性、悪く言えば癖の様なものを適時見直し、修正を加えるためにも形体訓練は必要と思われる。
立禅において、骨格構造の理想的な位置を認識し、脳の奥深くに刻み込む。
形から形への変化が、実は、ある立禅からある立禅に変化している様なものであるからこそ、ぶつかり合った時に相手がはじけ飛ぶような、それでいてこちらの体が崩れないと云ったことが可能になるのではないだろうか?
拳学研究会の上級者の方々ともなると、その腕の重さたるやハンパなものではない。
推手で手を合わせた瞬間、こちらの体が浮かされる様な、実に不安定な状態になってしまうことは、反対に私どもも学ばせてもらわねばならないところである。
成道会門下生は皆、社会人であり、各自が仕事の合間をぬって稽古に取り組んでいる。
限られた時間、これをを如何に有効な稽古のための時間にするか?
練習していく過程では形体訓練によって、正しい骨格構造の位置を認識し、武術としての動きの素地を獲得し、それを立禅に反映させて、それらがより実際的な訓練としての内容を持つようにしなければならない。
成道会会員各位には、前回もお伝えしたが、形体訓練の指導と研究は第1、第3木曜日に行なっているので、各自の稽古に反映させるためにも積極的に参加していただきたい。
太氣拳成道会
http://www.joudou.jp/
6/19(日)に佐藤聖二先生の太氣拳講習会が福岡で開催され、私と門下生5名が参加させていただいた。
その際、立禅の状態のまま動くことで、より高い出力を得られることを門下生一同、体験できている。
しかし、立禅から少しでも外れたら多少強い力でも力任せの動きになってしまうことも確かであり、訓練を要する。
これを、実際の攻防に反映できるところまでモノにしなければならない。
前日の稽古後に佐藤先生、拳学研究会の方々と会食させていただいた際に、立禅についての話題になって、先生が「立禅とは動が充満している状態だ」と言われていた。
待機状態に非ず、常に活動状態であらゆる方向に動がある、正に充満している状態であり、この表現はさすがに佐藤先生だなぁと思った。
佐藤先生が北京で意拳を学び始めた時に、姚先生から3種類の形体訓練は徹底して訓練させられた、との話を聞かされた時は少し意外だった。
形体訓練は、韓氏意拳特有の訓練方法だと思っていたからである。
形体訓練は、それそのもは技でも何でもないが、武術としての動きを獲得していくためには立禅の前段階で必須となるのではないかと考えている。
挙げる、開く、閉じる、回す、縮める等の太氣拳としての動きの基本要求が全て含まれ、その状態で静止したら、それが立禅となる。
それは、一見静止している様で、体内ではまさしく動が続いており、あらゆる方向に動が充満していると言える。
「立禅は無限にある。しかし、間違いも何種類もある」との言葉もいただき、これは私自身、よくよく注意して取り組まなければならないところであるが、立禅において、各自の特性、悪く言えば癖の様なものを適時見直し、修正を加えるためにも形体訓練は必要と思われる。
立禅において、骨格構造の理想的な位置を認識し、脳の奥深くに刻み込む。
形から形への変化が、実は、ある立禅からある立禅に変化している様なものであるからこそ、ぶつかり合った時に相手がはじけ飛ぶような、それでいてこちらの体が崩れないと云ったことが可能になるのではないだろうか?
拳学研究会の上級者の方々ともなると、その腕の重さたるやハンパなものではない。
推手で手を合わせた瞬間、こちらの体が浮かされる様な、実に不安定な状態になってしまうことは、反対に私どもも学ばせてもらわねばならないところである。
成道会門下生は皆、社会人であり、各自が仕事の合間をぬって稽古に取り組んでいる。
限られた時間、これをを如何に有効な稽古のための時間にするか?
練習していく過程では形体訓練によって、正しい骨格構造の位置を認識し、武術としての動きの素地を獲得し、それを立禅に反映させて、それらがより実際的な訓練としての内容を持つようにしなければならない。
成道会会員各位には、前回もお伝えしたが、形体訓練の指導と研究は第1、第3木曜日に行なっているので、各自の稽古に反映させるためにも積極的に参加していただきたい。
太氣拳成道会
http://www.joudou.jp/
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