岩間先生が「太気拳セミナー」での技術指導の際、太気拳の重要なディフェンス技術である「差し」について細かく指導されていたので記しておきたい。
かつて澤井先生は「練り」のなかでも「差し」の動きを見れば、その人の練成度がよくわかると言っていたとのことである。
差し手とは相手の繰り出すストレート系のパンチに対する防御法であるが、通常のブロック技術とは異なる。
顔面に接近してくる拳を、側面から力を加えてさえぎるのではなく、直線状に伸びてくる相手の腕に軽く接触することにより、パンチの軌道をずらしてしまう。
そのため上手くいったら、打っている側にも差している側にも何の手応えもない様に感じられる。
それが故に、瞬間相手の腕に自分の腕を密着させて推手状態に持って行くことができるとされる。
通常のブロック技術であれば、ガツン!とぶつかりあう手応えが少なからずあり、受けた直後にこちらの打撃を返していく、という2動作が必要となる。
差しを通常のブロック技術のようにとらえて解釈すると、ムエタイやキックでよく使用される腕を前に置いて防御するアームブロックの亜流のようになってしまうが、これとは全く別物である。
普段の稽古では直線状のラインを想定して練りに取り組むのだが、先日の岩間先生の動きを見ていたら、何かが違っていたので検証してみた。
すると、直線に対して直線で差すのではなく、直線に対して斜面で差しており、先生には「受けるぞ!」という頑張り感はいささかも感じられない。
飯を食う時に、箸を運ぶが如くである。
直線に対して直線で差すと、パンチが想定したライン上から違う軌道で入ってきた場合、往々にしてこちらの手をすり抜けてパンチを被ってしまう。
これが斜面であれば、大まかなパンチの軌道上に腕があるために不思議とこちらの腕に相手の腕が接触してくれる。
点に対して線で対処するのだが、線が面となる。
さて、この様な「差し手」ひとつをとってみても、動作を真似たからといって使えるものではない。
太気拳には形を真似て、すぐに使える等という技は皆無である。
先生の差しは、立禅の立ち姿そのままで動かれているので、肩は落ちたまま、肘も下がったままで、これほどまでに動作における身体の中身が変わらなければ、組み手などの模擬実戦においては到底使用できないものと思われる。
澤井先生はただ立禅の状態のままパンチに対して動いたら、たまたま差しの形になっていた、それを練りのなかにまとめた、とも考えられる。
事実、先生も「差しているのではなく、ただ動いているだけ」と懇親会の時にいわれていたような気がする。
防御する、という感覚ではなさそうで、それは先生本人のみぞ知る世界なのだろう。
しかし、具体的な動きの違いを客観的に観察し、自らの主観が変容して行くきっかけになればと思い検証してみた次第であるが、検証する側もある程度の水準に達していなければ、それすらもかなわないかも知れない。
蹴りにつなげるためのアームブロック
直線的な差し
斜面による差し
空手拳法成道会
http://www.joudou.jp/
かつて澤井先生は「練り」のなかでも「差し」の動きを見れば、その人の練成度がよくわかると言っていたとのことである。
差し手とは相手の繰り出すストレート系のパンチに対する防御法であるが、通常のブロック技術とは異なる。
顔面に接近してくる拳を、側面から力を加えてさえぎるのではなく、直線状に伸びてくる相手の腕に軽く接触することにより、パンチの軌道をずらしてしまう。
そのため上手くいったら、打っている側にも差している側にも何の手応えもない様に感じられる。
それが故に、瞬間相手の腕に自分の腕を密着させて推手状態に持って行くことができるとされる。
通常のブロック技術であれば、ガツン!とぶつかりあう手応えが少なからずあり、受けた直後にこちらの打撃を返していく、という2動作が必要となる。
差しを通常のブロック技術のようにとらえて解釈すると、ムエタイやキックでよく使用される腕を前に置いて防御するアームブロックの亜流のようになってしまうが、これとは全く別物である。
普段の稽古では直線状のラインを想定して練りに取り組むのだが、先日の岩間先生の動きを見ていたら、何かが違っていたので検証してみた。
すると、直線に対して直線で差すのではなく、直線に対して斜面で差しており、先生には「受けるぞ!」という頑張り感はいささかも感じられない。
飯を食う時に、箸を運ぶが如くである。
直線に対して直線で差すと、パンチが想定したライン上から違う軌道で入ってきた場合、往々にしてこちらの手をすり抜けてパンチを被ってしまう。
これが斜面であれば、大まかなパンチの軌道上に腕があるために不思議とこちらの腕に相手の腕が接触してくれる。
点に対して線で対処するのだが、線が面となる。
さて、この様な「差し手」ひとつをとってみても、動作を真似たからといって使えるものではない。
太気拳には形を真似て、すぐに使える等という技は皆無である。
先生の差しは、立禅の立ち姿そのままで動かれているので、肩は落ちたまま、肘も下がったままで、これほどまでに動作における身体の中身が変わらなければ、組み手などの模擬実戦においては到底使用できないものと思われる。
澤井先生はただ立禅の状態のままパンチに対して動いたら、たまたま差しの形になっていた、それを練りのなかにまとめた、とも考えられる。
事実、先生も「差しているのではなく、ただ動いているだけ」と懇親会の時にいわれていたような気がする。
防御する、という感覚ではなさそうで、それは先生本人のみぞ知る世界なのだろう。
しかし、具体的な動きの違いを客観的に観察し、自らの主観が変容して行くきっかけになればと思い検証してみた次第であるが、検証する側もある程度の水準に達していなければ、それすらもかなわないかも知れない。
蹴りにつなげるためのアームブロック
直線的な差し
斜面による差し
空手拳法成道会
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