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組み手に関する一考察

2009-01-16 22:42:00 | 格闘技、武道
組み手、つまり模擬実践訓練は各人の目的によってその内容が変容するもの、とずっと以前に述べた。

実際に目の前にいる相手を倒す、ということを前提とした最重要たる訓練手段であることは言うまでも無く、これにて現実に則した攻防技術が発展し、各種訓練法が考案される。
それは、現行の各種格闘技を見れば、一目両全である。

太気拳の組み手とは従来の大会などを勝ち抜くことを目的としたものとは異なり、各人の実技検証手段であるとも述べた。
そうでなければ、立禅をはじめとしたすぐにはその効果があらわれにくい訓練を継続していくことはできないだろう。

名誉や栄光を獲得するために、苦しい鍛錬を乗り越えてその成果を手中に収めんとする時期を過ぎても尚、より自然であることを追求する訓練体系の中で、組み手という非日常的な訓練法を自身に課していくためには、ただ単に殴り合い、蹴り合って目前の相手を屈服させることを求めるだけでは、長く取り組んでいくための指標として不充分である。

この点で、岩間先生が貴重なコメントをされている。

「組み手とは、相手より一発でも多く当てて勝ったと思うためにやるものではなく、相手の攻撃から確実に身を守りながら、尚且つ、いかにして相手の体勢を死に体(体勢が崩れて体のまとまり、バランスを欠いた状態、すぐに効果的な攻撃を出せない状態)にし、自分自身は充分な打ちができるようなポジショニングにもっていけるようにすることを会得するためのもの、その様な体術をできるようにするもの、自分のその時のテーマを相手との動きのなかで確認するもの」

この様な指標を持っておられるから還暦を過ぎても尚、その動きを組み手の中で体現できるのであろう。

初心者は何も考えずに組み手に身を投じていけばよいと思う。
その中から多くのことを学んでいけるだろう。
しかし、ある段階からは自分自身にとって明確な指標を持ち合わせている事が、太気拳のような息の長い武術を常に実践レベルで生涯において追求していけることを可能なさしめるのかも知れない。

そして、その指標のあり方はその時の自身のレベルによって変化していくものであることも忘れてはなるまい。


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