のんきいきいき So(走) Happy! -櫻庭健一の日記-

いつも笑顔と感謝を忘れずに
甘っちょろいと言われても希望を捨てず生きる
過去の少しの試練はそれで乗り越えたのだから

惰眠。失敗から学ぼう。

2013年11月30日 19時05分41秒 | Weblog
朝。
少々の寝坊。
8時起床。
洗濯機を回して。
朝ご飯の支度をして。
食べて。
洗濯物を干して。

それからまた。
昼間中。
惰眠しました。
こりゃもう見事ってくらい。
予約が入っていないのをいいことに。

なんだったんだろ。
睡眠欲っていう言葉がピッタリ。
眠いじゃない。
眠りたかった。

深い眠りじゃない。
ソファーで浅いだらだらとした眠り。
深くは思い悩まなかった。
ま、こういう日もあるさ。
うまく言えないが病的なものではなかった。
心の病が悪さをしている感じではない。
だから危機感はない。

こんなふうだから当然走らなかった。
レースまであと一週間だぞ。
大丈夫か?

大丈夫。
体調そのものはいい。
辛くない。
笑っていられる。

ただし。
さっき書いたばかり。
危機感はないは嘘だな。
危機感はある。
この状態がだらだらと続いちゃダメだ。

なぜこうなったか。
失敗から学ぼう。
なぜこんな惰眠をしてしまったか。
ちゃんと考えて。
早寝早起き惰眠をしない、健康的なライフサイクルに戻さなくちゃ。

ちゃんとしろ、自分。
自分をたまに甘やかすのはいい。
ご褒美は必要。
でもだらだら甘えてばかりじゃいけない。

自分の中でのおきてのひとつ。
#短めの適切な睡眠を取ります。惰眠をしません。
守ります。
明日はちゃんと早起きして走るぞー!

テレビを見ない人生もまた楽し

2013年11月29日 05時04分23秒 | Weblog
近頃の生活の変化。
テレビを見なくなった。
テレビを見るためだけの時間がほとんど無くなった。
朝食のとき、NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」を観る。
夕食のときとかニュースや天気予報を見る。
つまりみんな「ながら」なのですな。
特別にテレビのためにとっておく時間がほとんど皆無になった。
ドラマを観る習慣に至っては前述「ごちそうさん」以外は壊滅状態。

ドラマに関してはね。
一応ほとんどすべて録ってあるのです。
大容量ハードディスクレコーダーの登場。
ドラマは全部録っておいてあとで観たいのだけ観る。
そういうライフスタイルが可能になった。
ちなみに今の段階では、いわゆる「全録レコーダー」には食指が伸びない。

観たいドラマ?
今クールにはないねえ。
どうしても観たいと思わせるドラマがない。
テレビ依存症と無縁ということで健全なことでもあるから、周囲の話題についていけないという危惧はない。

悩ましいのは映画。
ケーブルテレビでずいぶん録りためた。
一週間に一本観るペースだと一年以上かかるのじゃないかな。
この映画のほうは、ある程度興味を持って「観たい」と思ったものばかりだから、ま、気長に気楽に消化していこう。

テレビに縛られない生活。
楽しいものですよ。
今の私にとってはテレビよりも本、読書のほうが数段楽しい生活ツール。
「ツール」と言っていいだろう。
本は人生を楽しむ道具。
ただしテレビを嫌悪しているわけじゃない。
また「ある程度の」「適切な」時間をテレビに割く時期が来るかもしれない。
先のことはわからない。

あ、よく考えたら、今の私の生活スケジュール。
基本午後九時前には寝ちゃうんだった。
これじゃあドラマどころじゃないわな。(苦笑)

絶対に諦めるなとか。そういう理想だけで人生は動かない。

2013年11月28日 04時49分10秒 | Weblog
諦めるな。
言うは易く行うは難し。
本当に難しいことである。

私自身。
絶対に諦めない。
大見得を切ったこともあった。
今はもう少し楽に考えられる。

たまには諦めてもいいじゃん。
ただし「前向きに」諦めること。
たとえば夢。
本当に納得して諦めた夢なら、夢を諦めた瞬間に新しい夢が生まれる。
夢ってそういうものだと思う。

私も諦めたことがある。
諦めた夢がある。
後悔なんてない。
そう言えれば格好良いけれど。
そこまで凄い人間じゃない。
ウジウジしたこともあった。

でもさ。
今となっては全部、受け入れられるんだ。
運命。
言葉通り。
「運」と「命」が半分半分。
あれはどうしようもない「運」でもあり、「命」つまり「定め」でもあったのだと。

達観とは言わないけれど。
楽に考えられるようになった。
なんでも簡単に諦めてはいけないけれど。
諦めるならすぱっと諦める。
ずっとウジウジしない。
「前向きに諦める」っていうのは変な表現かもしれないけれど、「おかしな考え」ではない。

いろいろ諦めて。
いろいろ創り出して。
夢とかいろいろ。

そして今に至る。
前向きに生きています。
あやふやな自信だけれど胸を張って言える。

雨や荒天はある。
坂道、障害物もある。
人生は波瀾万丈。

ずっと続く雨はない。
坂道の向こうには下りや平地がある。
障害物が永遠に続くことはない。

そんな風に考えようよ。
辛いことがあっても。
それは成長の糧。
落ち込むことだってあるさ。
やる気の出ない日だってあるさ。
それで終わらせないのだったらそれでいい。

そして。
笑って生きよう。
笑って生きていこうよ。

寝坊の言い訳?

2013年11月27日 12時03分34秒 | Weblog
寝坊してしまった。
起きたのは午前8時40分。

昨日は夕方から病院に行った。
あ、父じゃなく私自身のね。
抱えている心の病。
診察、そしてデイケアと呼ばれる場所へ。
仲間たちが集う場所。
私にとって特別な場所。

夕食会。
仲間と語らい。
スタッフに心の内を吐き出して。
リフレッシュできました。

それでホッとしたのかな。
結果寝坊であります。
昨夜、帰ったのは午後10時。
お子ちゃまじゃないのだからそんなに遅い時間とは言えないよね。
でも最近の私の生活パターンからするとかなり遅めの時間だ。
普段は午後9時までにはベッドに入る。
早起きをするのには早寝はやはり必須だから。

やっぱり安心したのだと思う。
深く眠った。
早朝に目は醒めた。
でもなんか、この余韻を楽しみたい。
そんな感じで布団の中でだらだら過ごした。
だから正確には寝坊という表現も違うのかもしれない。
二度寝とも違う。
半寝半起きでだらだらと。

寝坊のとき特有の罪悪感やだるさはなかった。
心地よくすっきりと起きられた。
起きて、父に言われた。
「朝ご飯まだ?」
お父さん、ごめんなさい。
今日はホントに「まだ」です。
心の中で苦笑い。
遅めの洗濯と朝食準備に臨んだのでした。

現実逃避も結果オーライ

2013年11月26日 14時57分57秒 | Weblog
楽しいことを考える。
苦しいときも。
楽しいことを考える。
そうやって生きてきた。
現実逃避?
そうかもしれない。
開き直って難しく考えないことにしている。
いいじゃん。
結果幸せを感じられる人生になったのだから。
人に迷惑をかけたかもしれない。
その十字架は背負いつつ。
申し訳ないなと思いつつ。
これからも笑って生きていく。
前向き思考ということもできるけれど。
やっぱ私、いい加減なんッすかねえ。(苦笑)

オリエンテーリング練習会。確実に体力はアップしている。

2013年11月25日 05時38分52秒 | Weblog
オリエンテーリング練習会。
行ってきました。
公園でのオリエンテーリング。
3.3キロのコースA、3.2キロのコースB。
2本走ってきました。

コースA地図
(ここに地図の画像を載せていましたが、権利等問題があると判断して削除しました)

コースA結果
コースA結果

コースB地図
(ここに地図の画像を載せていましたが、権利等問題があると判断して削除しました)

コースB結果
コースB結果

結果については満足しています。
トップの倍以上かかっているじゃないかっていうかもしれないけれど、現役バリバリの若者とこの差に抑えたというのは大健闘です。
キロタイム8分40秒とキロタイム8分34秒、共に画期的。
普段ジョギングのペースがキロ7分とか。
考えて歩いた、止まった時間もあるから、走っている間はほぼトップスピード、キロ6分を切るくらいのスピードだったということ。

日々早朝ジョギングを続けて。
やっぱ知らず知らずのうちに体力がついていたんだね。
再来週の10キロロードレースに向けて自信がつきました。
早く走れたのももちろんだけれど、疲労が少ないというのも大きい。
一夜明けた今も、疲れたという感覚がまったくないのです。
こんなことは若いとき以来なのですが、レースの翌日である今日でも走れそうな感じ。
無茶という感じでもないですね。
でも走らないことにしました。
あれだけ頑張ったのだ。
必ず身体にダメージはある。
調子に乗って故障するのはつまらない。

さて昨日の帰路。
昼食を何にしよううかってことになって。
猛烈に美味しいコーヒーが飲みたくなった。
パスタ、ラーメン、その他諸々。
美味しそうなお店はあったけれど。
初志貫徹。
スターバックスに入りました。
サンドイッチと濃いめのコーヒーとチョコレートケーキ。
ここでカロリー計算とかするのもつまらない。
食べたいものを美味しくいただきました。

帰りの電車。
座れました。
そして立ちました。
年配の女性に席を譲る余裕があった。
いつもなら考えられないこと。

ホント大満足。
心から楽しめた休日のオリエンテーリングでした。

初対面で無利子無利息五千万円、普通ビビるでしょ。

2013年11月24日 05時25分57秒 | Weblog
猪瀬直樹東京都知事の「やったこと」が問題になっています。
やったことはともかくとして、問題になっている、という私の認識は間違いじゃないですよね。

猪瀬さんに関してはね。
この事件が起きるまでは特に良い印象も悪い印象も無い人だった。
その意味では公平な立場で語れると思うのですが。

五千万円の個人的な借り入れ、経緯も使途も曖昧っていうの。
政治家としては普通なんですかねえ。
おかしいと思う私のほうがおかしいのですかねえ。

ま、比べられないとは思うのですが。
仮に私が誰かから個人的に借金をして。
それが何千万円という額で。
初対面の人からの無利子無担保での借り入れで。
それも一年やそこら前の話として。
お金を貰った経緯も使い道もよく覚えていないなんて言ったらさ。
そりゃ大問題でしょ。
人格を疑われるでしょ。

政治家が多額多件のお金をやりとりする職業であることは理解します。
ひとつひとつの内容を政治家本人が詳細に把握していないというのもわかります。
でもさ。
初対面の人に無利子無担保で個人的に五千万貸します。
って言われたら、普通ビビるでしょ。
即は貰わないでしょ。
百歩譲って貰ったとしてもその経緯や使途はよく覚えているでしょ。

私だって完璧な善人ではない。
もっと言えば善人ではない。
悪いことを考える。
実際少しは悪いこともする。
コンプライアンス(法令遵守)という大前提はあるけれど。
やっぱり、いくばくかの悪は内包しているわけで。

だから悪に対して、「悪い悪い」と叫ぶだけの人になれない。
猪瀬さんをこの段階で糾弾する気も無い。
でもね。
この感覚。
人間としておかしいのじゃないの?
とは思うのです。
それとも。
おかしいと思う私がおかしいのかな?

父につく嘘

2013年11月23日 14時37分46秒 | Weblog
父につく嘘がある。
認知症を「利用して」の嘘だから罪深くもあるのだが。
父のためにつく嘘、と心の中で謝って使っている。

お風呂。
入れるのが結構難しい。
機能的にってことじゃない。
ひとりでお風呂に入ることは現段階でまったく問題がないから。
それでも「難しい性格」だからお風呂に入ってもらう方向に誘導するのが難しい。

「お風呂入ってくれる」
「お風呂入ろうか」
「お風呂だよ」

どれも反発する。
良くも悪くも根っからの社長さん体質。
人から指示されることを極端に嫌う。
「お願い」の形でもそこに少しでも指示の臭いがすると反発する。
長年の経験で辿り着いた妙案、てか良い表現。

「お風呂入りたかったらいつでも入れるから」

これなら大丈夫であることに気付いた。
指示の要素はないし、決断権は父にある。
ここでタイトルの父につく嘘の登場。

「昨日お風呂入ったっけ」

と父がここで聞いてくることがある。
正直に
「入ったよ」
と答えようものならさあ大変。
まず間違いなく
「じゃあ今日は入らない」
という答えが返ってくる。
そうなったらもうてこでも動かない。

そこでやむを得ず嘘をつく。
「入っていないよ」
そうすれば
「ああそうか」
と素直に入ってくれる。

毎日お風呂に入らなくてもいいじゃないかって話だが。
実はオシモの状態がおぼつかなくなっている。
やっとパンツから紙おむつに移行した。
その紙おむつに大きいほうをべっとりしていること、小さいほうで重くなっていることが多々ある。
そうなると衛生面からいって、毎日お風呂に入るというのも重要になってくる。

とはいえ父に嘘をつくのはやっぱり切ない。
育ててもらった恩。
それを嘘で返す。
切ない。
最終的には「父のため」と割り切るしかないわけで。

その他にも父のために細かい嘘をつくことがある。
「父のため」と言い訳はしてもやはり嘘は嘘だ。
心には重くのしかかる。
しっかりした部分を守る父。
おぼつかなくなる父。
子どもに還る父。
いろんな父が混在している。
出歩かない。
歩こうとしない。
外出は基本施設との往復だけ。
これでは衰えるばかりだ。

このペースで衰えていくとする。
たとえばあと十年とか。
そういうレベルで生きられるとは思わない、思いたいけれど思えない。
いろんな父を受け入れて。
最後まで一緒に生きていく。
できれば母のときと同じように。
お父さん。
嘘つきの息子を許してください。

腕時計がない。若年性何とか?相当ヤバイ。

2013年11月22日 06時17分04秒 | Weblog
相当ヤバいことやってしまいました。
昨日、買い物に行こうとして。
さて腕時計っと。
あれ?ない?!
探す。
すぐ見つかると高をくくっていたが、これが見つからない。
焦る。
必死になる。
それでも見つからない。

部屋中、いや家中を探すこと約20分。
カンのいい方ならオチはわかるでしょう。
そうです。
探していた腕時計は腕にしていたのです。
いくら探してもないはずだ。

ヤバイですね。
若年性何とかですかねえ。
父のことをとやかく言えませんな。

今、考えてみると「思い込み」がありました。
腕時計はしていないという思い込み。
何故そう思ってしまったのかはわからないけれど、そう信じ込んでしまった。

教訓。
思い込みはいけない。

こういうことでも学ぼう。
恥ずかしい失敗を前向きにとらえよう。
自分の失敗を笑い飛ばそう。
転んでもただでは起きない。
そう、前向きで笑顔に溢れた幸せな人生を。

競争相手がいるということ

2013年11月21日 04時53分52秒 | Weblog
9月に母が亡くなって。
今後前向きに生きるための目標を作った。
走ること。
ただ単に走るのはモチベーションが、と思った。
そこでロードレースに出場するという目標を作った。
今年中に10キロ、来年前半にハーフマラソン、来年中にフルマラソン。
ちゃんとトレーニングしていれば無謀な目標ではないと思われる。
自分だけだとくじけちゃうかなということで人を巻き込んだ。
上記目標を姪っ子と一緒に達成することにした。
手始めに12月8日(日)の10キロロードレースにエントリー。

いよいよその10キロレースの日付も近づいてきました。
頑張らんと。
走っていますよ、早朝に。
でも毎日とは言い難い。
特に理由もなく走らないことがある。
昨日も走らなかったし。

そこで三日坊主になって、なあなあでくじけてしまいそうなものですが、今回は違う。
姪っ子とは別に、走っている知り合いを見つけたのです。
この人、ほぼ毎日走っている。
サボりたくなったらその人のことを考える。
負けていられないぞ、と。
その意味でその人は競争相手、ライバルです。

今度の日曜日はオリエンテーリングの大会参加。
そこでどれくらい走れるかで、自分を測ります。
ほぼ平地の3キロレースが2本。
楽ではないです。
でもね。
好きなことだから楽しめるんです。
走ることと正確に地図を読むこと。
矛盾を追及するスポーツ、オリエンテーリング。
こちらも楽しんでいきます。

日々のジョギングも楽しむことが一番。
歯を食いしばっては走らない。
走ることを苦行にしたくないから。
笑顔で走れるペースで。
走ってみて辛いと感じたら、設定した距離より短めに切り上げて戻ってくる。
音楽を聴きながら、楽しく走ろう、Fun Run!、です。

さあ、今日もこれから走るぞー。
ライバルに負けないように。

サッカー、ベルギーに勝利。ビッグマウスについて。

2013年11月20日 16時41分00秒 | Weblog
>私、夢見生のHP本舗“裕遊字的(ゆうゆうじてき)(http://ikiru.jp/)”内、今日の字遊航海
#【サッカー日本代表】強豪ベルギーに3-2で逆転勝利 柿谷、本田、岡崎がゴール(MSN産経ニュースより)

試合の内容そのものに対するコメントはナシです。
なにしろ観ていないんで。
今日は一般論としての「ビッグマウス」について。

ビッグマウス、直訳「大口」。
そのものですな。
今回も試合前、本田選手とかが強気のコメントをしていました。

負けたら批判されていたのでしょうか。
負けたらあの言葉は嘘だったということでしょうか。
私はそうは思いません。

勝負事。
大きな口を叩くのは必要だと考えます。
最初から負ける気でいて勝てるわけがない。
勝てる気で、勝つ気で向かっていくから勝てる。

もちろんそこに実績、やっていることの裏打ちがなければ単に「大ボラ」です。
極端な話ね。
大相撲において、稽古をサボってばかりの入門したてのお相撲さんが、
「自分は今、横綱に勝てます」
って言っても誰も相手にしないでしょう。

プロ野球、今回の日本シリーズ。
三勝三敗で最終第七戦を迎えました。
楽天の星野監督、巨人の原監督、共に「絶対勝てる、勝つ」みたいなコメントを試合前にしていました。
結果、目の前で敵将の胴上げを許した原監督を「大ボラふき」と非難した人がいたでしょうか。

勝負事、特にスポーツ、ま、格闘技とかは最たるものだと思いますが。
勝負に望むにあたっての「ビッグマウス」は必要なものではないでしょうか。
絶対勝つ、勝てると信じて勝負に向かっていく。
これは我々一般人、凡人の人生にも当てはまります。
最初から諦めていたらどんな夢も叶わない。
叶うと信じるから夢は叶う。
そこに努力は必要です。
行動せずにただ座って大口を叩いて夢が叶うわけがない。

やることをやった上で大口を叩く。
そこに実績があれば、なおヨシ。
横綱白鵬が「優勝します」と言っても誰も文句は言いませんよ。
我々凡人も諦めるなかれ。
凄いことの真似は凄い人の真似から。
やることをやってから大口を叩く。
謙遜する人ばかりではつまらない。
ビッグマウス人生、進もうじゃあーりませんか!

青い目の朝ドラヒロインという発想の転換

2013年11月19日 02時36分37秒 | Weblog
>私、夢見生のHP本舗“裕遊字的(ゆうゆうじてき)(http://ikiru.jp/)”内、今日の字遊航海
#朝ドラ:初の外国人ヒロインに 来秋放送の「マッサン」(毎日jpより)

発想の転換ですね。
朝ドラのヒロインが外国人で何故いけないって話。
オーディションで選ぶようだから原点回帰になる。
最近のNHKの朝ドラで気になるのは、出来合いの女優で無難に攻める傾向があるって事。
やっぱ朝ドラは伝統的にも新人発掘でしょ。
きっかけに売れた女優さんは多いから、「選ぶ目」もしっかりしている。
文字通り「青い目のヒロイン」
期待します。

イベントで寝ることは罪か?

2013年11月18日 17時43分01秒 | Weblog
松下奈緒コンサートツアー2013 "WOMAN" 全国ツアー
11月17日(日)
東京Bunkamuraオーチャードホール
開場 16:45
開演 17:30

行って参りました。
また行ったのか。
そのツッコミは仕方がないな。
行きたかったのだから仕方がない。
今回は姉を誘ってです。
十二分に楽しみました。

この手のコンサートは必ず2枚チケットを買う。
ひとりで行ってもつまらない。
誰か隣に居たほうが楽しいじゃん。
もちろんそのとき誘いたい特別な女性が居たときの備えに。
独身男子のそれくらいの下心はご容赦頂きたく。
そんな女性が実際隣に座ったためしはないですが・・・(自爆)

で、隣の姉。
こっくりこっくりしておりました。
これは姉なりの賛辞だと思う。
心地よい音楽を聴いていると眠くなるのだそうです。
退屈で寝たのじゃなくて良い音楽だったから寝た。
そういうことらしい。

この手のことで批判は出来ない。
映画「ワンピース」の映画館で爆睡した人ですから、私。
ワンピースで寝る?
ファンの人からしたらとんでもない話なのでしょう。
でも仕方ないじゃん。
興味がない映画で集中して観ることが出来なくて眠くなる。
こればっかはどうしようもない。
だったら観に行くなよって話ですが、甥っ子の引率という「責務」がありましたからね。

姉の寝ると私の寝る。
心地よいと退屈。
理由に大きな差はありますが。
別にいいんじゃないでしょうか。
演じ手、作り手に失礼。
それはもちろんなのですが。
その後ろめたさは持ちつつ。
ほんとうに寝たいときに寝ないのは健康に良くない。
眠たいときに眠る幸せ。
それに免じて許して頂きたいなと思います。

改めて親への感謝。親が尊敬できるという幸せ。

2013年11月17日 04時59分27秒 | Weblog
ある人にTwitterでメッセージを送った。
その内容について。

親への感謝。
本当に感謝するしかない。
私の場合、普通の家庭よりも親との関係が濃かった。
心の病。
大人になってからも長らく私は親の保護のもとにあった。
その時期、会社に行っていたわけじゃない。
基本は家にいるわけだから、親、特に母と過ごす時間は長くなった
両親は怒らなかった。
文句ひとつ言わなかった。
黙って私を支えてくれた。
これがどんなにありがたかったことか。

翻って考えてみる。
今、尊敬できない親を持つ人は少なくない。
たとえば虐待によって、結果子どもを死に追いやる親。
近所のスーパーで言うことを聞かない子どもに向かって「お前死ねよ」と言い放った母親に仰天したことがある。
尊敬できる親がいる。
本当に幸せなこと。

私は本当に幸せ者だ。
母を自宅で看取り。
何分の一でも恩返しができただろうか。
そして今度は父の介護。
だんだんいろいろな意味でおぼつかなくなっている。
認知症、そして身体の衰えがある。
先日も決して少なくない額のお金を紛失した。
お金を取り上げることはしたくないけれど。
もはや、銀行で自分でお金をおろすことも出来ない。
現金はすべて私が管理して、物を買う時は一緒に行って私が会計する。
そういう時期がやってきたのかもしれない。

母が亡くなって。
歩くということが少なくなった。
ほとんど家の中のみ。
施設との往復は車だ。
昨日やっと久々に散歩に連れ出すことに成功した。
それでも「疲れた」と言って、帰りは短い距離でタクシーを使った。
危惧。
このままでは衰えるばかりだ。

改めて親に感謝。
毎日母の仏壇に手を合わせ、そして父を支える。
不安はあるが不満はない。
当たり前のことを当たり前に。
そういう関わりができる。
そう思える親を持った。
本当に。
改めて感謝。

被災地援助、こういうことにならどんどん税金を使ってください

2013年11月16日 04時52分31秒 | Weblog
>私、夢見生のHP本舗“裕遊字的(ゆうゆうじてき)(http://ikiru.jp/)”内、今日の字遊航海
#日本へ「アリガトウ」 援助隊、レイテ島で医療支援開始(朝日新聞デジタルより)

国費、税金の投入として、これは正しいことなのだと思う。
巨大台風の想像を絶する被害。
ニュース映像で伝わってくるのはその一部だけなのかもしれない。
それでも酷い状況ということだけはよくわかる。

傷ついても十分な治療も受けられない。
その状況を少しでも改善するために、日本から派遣されたチームがお手伝いをする。
人の行動として正しいことは確かである。

東日本大震災のとき。
フィリピンからも温かい援助を頂いた。
少ない小遣いの中から「被災者のために」とお金を差し出す子どもたち。
胸が熱くなったものだ。

助け合う。
支えあう。
博愛はとても難しいことだけれど。
愛だけでは救えない現実はあるだろうけれど。
愛することが間違っているわけがない。
だから甘っちょろいのかと思いつつ、私はまた「愛」という言葉を書くのである。