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アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっている。

物理学とは何だろうか(上)

2008-01-05 08:58:24 | 読書日記
 物理学とは何だろうか(上)
 朝永 振一郎著 岩波新書
 私自身、私学文系ではあるのだが、年に何回か、理科系の本を読みたくなるときがある。(といっても新書レベルではあるのだが)本書もそのパターンであり、斉藤孝の「勉強嫌いがなおる本」におすすめとして紹介されていたこともあり読んでみることとした。
 本書自体は、物理学が占星術や錬金術などから独立して一つの学問として成立していく過程を叙述しているいわば物理学史というべき内容になっている。
 取り上げられているのは、ケプラー、ガリレオ、ニュートンやカルノー・ワットという人物が取り上げられています。その合間合間に宗教やら錬金術などの分かれ目が挿入されています。
 物理学が従来の学問と大きく違ったところは、まず実験を通して自然を観察し、その結果を元に考えていくところが、従来の自然学と大きく違ったところなんでしょう。現在の私たちの地点で考えると当たり前のことでも、当時ガリレオたちが生きた時代はそうは簡単に行かないわけで、生活の中にもっと宗教的なものの考え方が入り込んでいたであろうし、そういった人間のいわば常識をくつがえしていくということは、かなりの困難を伴っているというのは想像に難くない。
 ただ、ケプラーやガリレオが生きた時代とニュートンが生きた時代ではそれなりに違いがある。両者の間にはかなり宗教的な感覚が違うようだ。(もしかして、宗教改革等が間に挟まっているのかな?)考えてみれば自然は神様が創ったのだという世界観と自然現象の背後には、数学的な記号が存在しているのだという世界観では雲泥の違いがあるのだろう。たしか機械的自然観といったような記憶がよみがえってきたぞ。
 このあたりは私学文系の私でもついていけたのだが、カルノーの熱力学あたりになってくるとちょっとチンプンカンプン。できれば蒸気機関の図でも入れてくれれば解かるのだが、ものがイメージできず???が頭の中を飛び交ってました。ただ永久機関がどうたらこうたらという議論は、その昔私が学生の科学史の中でちょっと習った記憶があります。(ほとんど忘却のかなたですが・・・)
 ただエネルギー保存の法則というのは高校か中学校で習ったことがあるぞ。
 しかし、物理学がどうしても苦手で、高校のときおちこぼれていた私が言うのもなんですが、こういう本を学生時代に読んでおくことは必要かもしれない。公式の羅列ではないもっと人間味(?)のある学問の奥深さを感じられると思う。
 高校や大学の教養ぐらいのときにいろいろな本を読んでおくことは、自分の進路をまじめに考えるために本当に必要なことですよ。(だから私はいろいろな本を買って来て子どもたちがそういう本に触れやすい機会を作り上げようとしているんです。というのは言い訳か?)
  

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