休日はデジカメ持ってぶらぶらと📷

アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっている。

飛鳥の古墳⑯ 石舞台古墳

2020-09-21 00:02:11 | 史跡を歩く
 飛鳥の古墳でようやく石舞台古墳の登場である。今更の感もあるのだけれど、めずらしく観光客がほとんどいない状態で写真を撮ることができたので、ここは意を決して取り上げることにする。      たぶんなのだけど、これまでいくつもの古墳を訪ね歩いているが、一番最初は石舞台古墳であったような気がしている。小学生のころ、父に連れられて何度となく飛鳥に来ているのだけれど、その時間違いなく石舞台古 . . . 本文を読む
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京都北山の火葬塚②(三条天皇陵・後朱雀天皇火葬塚・白河天皇火葬塚)

2020-09-20 00:02:37 | 史跡を歩く
 一条天皇・三条天皇火葬塚から西南の方向、左大文字山のふもとにある住宅街の中に、三条天皇北山陵がある。    三条天皇については、平安時代の天皇で、ちょうど藤原道長が権勢を握っていた時である。一条天皇の後を34歳で即位するも、早くも6年後眼病を患い、40歳で後一条天皇に譲位した。三条天皇の退位により、それまで、冷泉天皇系と円融天皇系と両統迭立状態であった皇統は、円融天皇の系統に伝えられることに . . . 本文を読む
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飛鳥光の回廊、今年は中止

2020-09-13 01:02:11 | その他
 今年の飛鳥光の回廊は、残念ながら新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった。2004年から毎年9月の20日前後に行われていた。僕も2年前から見に行っていたのだが、不思議と雨にたたられ、ちゃんと見れたのは、2018年の1回きりであった。  昨年は、万葉文化館の駐車場についたとたん土砂降りに見舞われ、車から外に出ることもできないほどであった。雨上がりは、万葉文化館から虹が眺めることができたり、周 . . . 本文を読む
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2020 天平たなばた祭を見に行った

2020-09-06 22:43:10 | その他
 今年も、平城宮跡歴史公園で開催される天平たなばた祭を見に行ってきた。開催期間が、8月15日~23日と少し例年より早いかもしれない。今回は、仕事終わりに、珍しく奥様と一緒にリニューアルした近鉄西大寺駅から会場へ向かった。(今年はコロナウィルス感染症対策で、会場までのシャトルバスがされてなかった。)  夕暮れの中、平城宮跡までてくてくと奈良文化財研究所の横を通っていく。研究所の前にある佐伯門から平 . . . 本文を読む
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京都北山の火葬塚①(一条天皇、三条天皇火葬塚 おまけ御土居公園)

2020-08-23 23:15:25 | 史跡を歩く
 船岡山の周辺の火葬塚をいくつか紹介したが、もう少し範囲を広げてみると、さらにいくつか火葬塚を見つけることができた。  まず後冷泉天皇の火葬塚を見学した後、一条天皇、三条天皇の火葬塚を訪ねるために千本通りを北上し、佛教大学の構内を横切っている道路を西へ行き、団地を抜けていくと、少し土が盛り上がった堤防のようになっている所があった。  これが、近世、豊臣秀吉によって作られた御土居の遺構である。( . . . 本文を読む
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船岡山周辺の火葬塚

2020-08-22 23:27:37 | 史跡を歩く
 以前、このブログで船岡山周辺は、古くは蓮台野を中心に葬送の地であったと記した。そのことを示すのが千本北大路にある上品蓮台寺と言うお寺だったりするわけだが、それ以外にも、船岡山の周辺から北にかけて、平安時代後半から院政期にかけての天皇や皇族の火葬塚なるものがいくつか見ることができる。  火葬塚という用語は、あまり聞きなれないものであるが、古代、中世において、火葬した場所を火葬塚とし、遺骨について . . . 本文を読む
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京都の伝説を歩く【15】源為義墓

2020-08-13 22:46:31 | 史跡を歩く
 前回の「京都の伝説を歩く【15】船岡山」で、源為義の処刑のことに触れたので、そのつながりで京都の七条七本松にある源為義の墓所について取り上げることにした。   源為義のお墓は、たまたま少し前、京都平安京の大極殿跡から大阪まで自転車で行ってみようとママチャリを一生懸命漕いでいる時に偶然七条通の商店街を走っている時に見つけたものである。  梅小路公園から西へ、JR 線の下をくぐる道を探している途 . . . 本文を読む
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京都の伝説を歩く【14】船岡山

2020-08-12 23:47:36 | 史跡を歩く
 京都市内の北辺を守るように東西に長く横たわっている独立した丘が船岡山である。標高110mほどの高さであり、山のほとんどが船岡山公園として整備されている。  船岡山の都市伝説としては、有名なものとしては、平安京を四神相応の地として、北側を守る玄武にあたるのが船岡山だとする。また、平安京を船岡山を中心として、朱雀大路を南北に通じたとするものであろう。昔の朱雀通の延長である千本通が、現在が船岡山の西 . . . 本文を読む
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京都の伝説を歩く【13】 平忠盛灯籠

2020-08-09 22:40:32 | 文学をたどる
 四条通を東へ進むとちょうど東大路通と交わる三叉路の行き止まりにあたる場所に八坂神社がある。この辺りは京都でも一二を争う人通りの多い場所になる。そういえば、いつの間にか漢検の漢字ミュージアムなるものも出来ていた。    大勢の人が行き交う八坂神社であるが、神社の本殿には、参拝する人が多くいる中、本殿の東側にひっそりと八坂神社の摂社や末社に挟まれて、一つの灯籠が立っている。    平忠盛灯籠 . . . 本文を読む
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京都の伝説を歩く【12】 子安の塔

2020-08-06 23:38:38 | 文学をたどる
 久しぶりに京都の伝説について書いてみる。写真とネタが見つかればブログに挙げていっているという感じです。  今回は、京都は東山、清水寺の奥にある泰産寺子安の塔を取り上げてみたい。    清水寺の仁王門から入って、著名な国宝の本堂、奥の院、音羽の滝を通って、南へ谷を一つ越えたところに朱色の三重塔がある。これが、泰産寺子安の塔である。長い間、ずっと清水寺の一部だと思っていたのだが、最近になってと . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑨~県立万葉文化館庭園 その6~

2020-07-26 00:25:50 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の庭園に置かれている万葉歌碑は、6基。今回で、晴れてようやくすべての歌碑を取り上げたことになる。この歌碑は、万葉文化館の庭園の入り口近くにあり、おそらく一番目につきやすい歌碑であろう。    さて、歌碑には、「天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月読の 持てる変若水 い取り来て 君に奉りて 変若しめむはも」と記されており、作者は、未詳、揮毫は、書家の杉岡華邨である。  歌 . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑧ ~県立万葉文化館庭園 その5~

2020-07-19 23:58:54 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の庭園に置かれている万葉歌碑、5つ目である。ここに置かれている歌碑に取り上げられている歌だが、割と知られていないというか、有名どころではない歌が取り上げられている気がするなあ。  というわけで、5つ目の歌碑には、「片岡のこの向かつ峰に 椎蒔かば 今年の夏の 蔭に比疑へむ」と刻まれている。この歌は、柿本人麻呂歌集から採録されているのもである。そして歌碑の揮毫は、書道家の今井凌雪氏で . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑦ ~県立万葉文化館庭園 その4~

2020-07-18 23:57:50 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の庭園にある万葉歌碑も4つ目になる。ここへきて、万葉歌人としてはメジャーな歌人、柿本人麻呂の歌が取り上げられている。    歌碑には、「ふさたをり 多武の山霧 しげみかも 細川の瀬に なみの騒ける」とあり、柿本人麻呂が、舎人皇子に献上した歌であると伝えられる。ふさたおりは、多武峰にかかる枕詞である。歌の意味としては、多武峰の山霧が深いからでしょうか、細川の瀬に波が騒いでおります . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑥ ~県立万葉文化館庭園 その3~

2020-07-11 23:27:29 | 文学をたどる
 万葉文化館の庭園にある万葉歌碑の三つ目、今回は、笠金村の歌碑を取り上げる。笠金村は、奈良時代初期の歌人、活躍した同時期の歌人で言うと、山部赤人や車持千年、高橋虫麻呂などがいる。ただ、人物としては、万葉集以外にあまり記載がなく、詳細はわからないようだ。ただ、笠氏は、吉備氏の一族であるという。  万葉集には、45首収録されている。そして、金村が詠んだ歌で制作年代がわかる一番古い歌が、志貴皇子を詠ん . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑤ ~県立万葉文化館庭園 その2~

2020-07-06 22:25:50 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の庭園の一番奥まったところに設置されている歌碑である。そのすぐそばには飛鳥池工房遺跡の復元した柱などが立っている。  飛鳥池工房遺跡について、少し触れると同遺跡は、県立万葉文化館の建設に伴い。飛鳥池の埋め立て工事による事前調査で遺跡の存在が確認され、1997から2000年度にかけて発掘調査が行われた結果、工房群が展開する南群と官衙風の建物が配置された北地区の2つの遺跡が検出された . . . 本文を読む
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