休日はデジカメ持ってぶらぶらと📷

アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっている。

飛鳥の万葉歌碑⑧ ~県立万葉文化館庭園 その6~

2020-07-26 00:25:50 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の庭園に置かれている万葉歌碑は、6基。今回で、晴れてようやくすべての歌碑を取り上げたことになる。この歌碑は、万葉文化館の庭園の入り口近くにあり、おそらく一番目につきやすい歌碑であろう。    さて、歌碑には、「天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月読の 持てる変若水 い取り来て 君に奉りて 変若しめむはも」と記されており、作者は、未詳、揮毫は、書家の杉岡華邨である。  歌 . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑧ ~県立万葉文化館庭園 その5~

2020-07-19 23:58:54 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の庭園に置かれている万葉歌碑、5つ目である。ここに置かれている歌碑に取り上げられている歌だが、割と知られていないというか、有名どころではない歌が取り上げられている気がするなあ。  というわけで、5つ目の歌碑には、「片岡のこの向かつ峰に 椎蒔かば 今年の夏の 蔭に比疑へむ」と刻まれている。この歌は、柿本人麻呂歌集から採録されているのもである。そして歌碑の揮毫は、書道家の今井凌雪氏で . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑦ ~県立万葉文化館庭園 その4~

2020-07-18 23:57:50 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の庭園にある万葉歌碑も4つ目になる。ここへきて、万葉歌人としてはメジャーな歌人、柿本人麻呂の歌が取り上げられている。    歌碑には、「ふさたをり 多武の山霧 しげみかも 細川の瀬に なみの騒ける」とあり、柿本人麻呂が、舎人皇子に献上した歌であると伝えられる。ふさたおりは、多武峰にかかる枕詞である。歌の意味としては、多武峰の山霧が深いからでしょうか、細川の瀬に波が騒いでおります . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑥ ~県立万葉文化館庭園 その3~

2020-07-11 23:27:29 | 文学をたどる
 万葉文化館の庭園にある万葉歌碑の三つ目、今回は、笠金村の歌碑を取り上げる。笠金村は、奈良時代初期の歌人、活躍した同時期の歌人で言うと、山部赤人や車持千年、高橋虫麻呂などがいる。ただ、人物としては、万葉集以外にあまり記載がなく、詳細はわからないようだ。ただ、笠氏は、吉備氏の一族であるという。  万葉集には、45首収録されている。そして、金村が詠んだ歌で制作年代がわかる一番古い歌が、志貴皇子を詠ん . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑⑤ ~県立万葉文化館庭園 その2~

2020-07-06 22:25:50 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の庭園の一番奥まったところに設置されている歌碑である。そのすぐそばには飛鳥池工房遺跡の復元した柱などが立っている。  飛鳥池工房遺跡について、少し触れると同遺跡は、県立万葉文化館の建設に伴い。飛鳥池の埋め立て工事による事前調査で遺跡の存在が確認され、1997から2000年度にかけて発掘調査が行われた結果、工房群が展開する南群と官衙風の建物が配置された北地区の2つの遺跡が検出された . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑④ ~県立万葉文化館庭園 その1~

2020-07-04 23:15:17 | 文学をたどる
 飛鳥にある県立万葉文化館、2001年に開館し、万葉集をテーマとする博物館である。最近は、駐車場や展示室が無料で利用できるのでよく利用させてもらっている。特にミュージアムショップで、奈良の情報誌「ならら」を売っているのでその本を買うことも多い。  その万葉文化館には、万葉集に関する草木を植栽した庭園があり、その庭園内には5つ万葉歌碑が設置されている。そのうちの一つ。    雨が降った後なので . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑③ ~県立万葉文化館駐車場~

2020-07-02 23:12:00 | 文学をたどる
 県立万葉文化館の駐車場の売店よりの場所に、平成31年3月に建てられた真新しい万葉歌碑がある。漫画家の里中満智子氏の絵と揮毫によるものである。近年、里中満智子氏はすっかり古代史家という感じである。確かに、持統天皇を描いた文化館の駐車場の売店よりの場所に、平成31年3月に建てられた真新しい万葉歌碑がある。漫画家の里中満智子氏の絵と揮毫によるものである。近年、里中満智子氏はすっかり古代史家という感じで . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑② ~明日香民俗資料館~

2020-06-30 23:08:13 | 文学をたどる
 石舞台古墳から飛鳥寺へ向かう道の途中に飛鳥民俗資料館がある(あったというべきか)。現在の飛鳥民俗資料館は、2階建ての建物「あすかむ」に2階部分にあるが、少し前は、古民家があったと記憶している。いつの間にか場所が移り、民俗資料館と言うよりも、1階部分がチャレンジショップになっていて、何店舗化で共有してフードコートになっている。ここのハヤシライスが気に入っていて、飛鳥に来るとよく食べていたのだが、ご . . . 本文を読む
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飛鳥の万葉歌碑① ~伝飛鳥板蓋宮跡~

2020-06-28 23:24:54 | 文学をたどる
 飛鳥を一年の内に複数回は必ず訪れている。発掘調査の説明会に参加したり、あてもなくぶらぶら歩いてみたりしているのだが、飛鳥にある万葉歌碑を見つけては、写真を撮ったりしているが、写真も一定数集まってきたので、ブログの中でまとめていってみようと思った次第。 第1回目は、飛鳥板蓋宮跡にある万葉歌碑を紹介。おそらく飛鳥に置かれている万葉歌碑は全部で40基あるとされ . . . 本文を読む
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郡山城三の丸発掘調査 現地説明会

2020-05-18 23:32:51 | 現地説明会
令和元年5月11日(土) 大和郡山市役所の新庁舎建設工事に伴う発掘調査。ここは郡山城の三の丸にあたる場所である。郡山城については、天正六年(1578)ごろ、奈良を支配していた戦国大名筒井順慶の構築に始まる。その後、豊臣秀長、増田長盛といった豊臣系の大名が入城し、郡山城の大部分がこのころに造られている。  その後、江戸時代になり、本多氏、水野氏などの大名が転封し、享保年間に柳沢氏が入り、幕末に至 . . . 本文を読む
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平野塚穴山古墳発掘調査「現地公開」

2020-05-17 07:47:04 | 現地説明会
 令和元年6月30日(日)  奈良県香芝市にある平野塚穴山古墳の発掘調査があり、前日には、二上山博物館で大規模な説明会があり、その翌日現地公開が行われた。  当日は、雨の降る中、近くの神社で受付をして、隣接する正法寺というお寺で並んでました。こんな雨の降る日あんまり人は来ないだろうと思っていたのですが、豈はからんや、かなりの人が順番を待っておりました。  平野塚穴山古墳は、7世紀後半の終末期 . . . 本文を読む
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小山田遺跡第10次調査 現地説明会

2020-05-05 23:26:52 | 現地説明会
平成31年2月3日(土)  橿原考古学研究所による小山田遺跡の第10次調査の現地説明会に参加。今回もかなりの人が集まってきていた。  今回も、奈良県立明日香養護学校の敷地内で、校舎の裏側の非常に狭い敷地の中で行われた。    今回の発掘調査の成果は、墳丘の西辺の裾がある程度確定できたこと。それに伴い、東西の幅が、当 . . . 本文を読む
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恭仁宮跡 第100次調査 現地説明会

2020-05-03 23:13:23 | 現地説明会
 令和元年12月7日(土)  昨年度に引き続き恭仁宮跡の調査現地説明会に参加。これで2度目となる。昭和48年度から始まった恭仁宮跡の発掘調査も今回で100回目の節目となる。  大極殿院跡の発掘調査から始まり、現在は朝堂院区画を中心に調査を進めており、昨年度に引き続き朝堂院区画の北側、大極殿院と接する区画の発掘を行っている。  今回、調査区としては、4区画設けられており、第1・第4調査区が、朝 . . . 本文を読む
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東山の天皇陵をあるく⑥ ~仲恭天皇陵・東山本町陵墓参考地など~

2020-05-03 00:12:55 | 史跡を歩く
 泉涌寺の大門を出て、左へ歩いていくと、道の両側に陵墓がある。右手には、守脩親王、淑子内親王、朝彦親王と名前の書かれた制札が建っている。    広大な敷地に、石塔ではなく、土盛りがされた墳丘が三つある。 一番左が、たぶん守脩親王墓で、真ん中が淑子内親王墓、右が朝彦親王墓だと思う。  【守脩親王墓】    【淑子内親王墓】    【朝彦親王墓】    いずれも幕末から明治にかけての . . . 本文を読む
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東山の天皇陵をあるく⑤ ~月輪陵・後月輪陵・泉涌寺~

2020-04-29 07:04:04 | 史跡を歩く
 孝明天皇陵からの帰り道、途中に泉涌寺の入り口があった。泉涌寺については、御寺と言われ菩提所として、近代まで皇室の崇拝を受けていた由緒ある寺院である。  ただ、その創建はあまり確かではなく、鎌倉時代の僧、俊芿によって再興された。その俊芿の時に、後堀河天皇や四条天皇とのつながりが出来、その関係で皇室との結びつきができたもののようである。  詰め所で拝観料を支払い、境内に入る。目の前に大きな二つの建物 . . . 本文を読む
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