佐大ギャラリーの中をもう少しご紹介します
江戸時代に使われた型です
これは、玩具のようです。
たくさんありますね~堤人形自体玩具として利用されていたのです。
作業風景の写真が展示されてました。
江戸時代の互市のようですね。
ストロボ使えば良かった! 狛犬と兎が逆立ちしてます。
この逆立ちの瓦はお宝でした。
この瓦を見て欲しい!
兎や獅子は逆立ちし、龍は長い龍の頭の部分の . . . 本文を読む
日本三大土人形 堤人形(宮城県)伏見人形(京都府)古賀人形(長崎県)
佐大ギャラリー開設記から
忘れられた陶郷
民藝運動の創始者で知られる柳宗悦は昭和9年に仙台の堤町を訪ね、その時の様子を『工藝』39号で次のように書いている。
伊達藩は大きく昔は他にも窯場を有していたが、山の目焼、切込焼、畑山焼、末家焼等云う名のみ残ってことごとく絶えた。
中でも今も尚煙の上るのは堤町の窯だけである。・・・・ . . . 本文を読む
焼き物の町として栄えた:堤町
昔は、奥州街道の町並みとして賑わう仙台北部の玄関口だった。
町名の由来はかんがい用水地「つつみ」に由来する。
綺麗な水をたたえたこの地は、藩政時代、茶屋町、焼き物の町として栄えた。
そもそもこの堤町は奥州街道北部の守りを兼ねた足軽の町であり。
記録によると堤御足軽の総勢は133人。
しかし元禄時代を過ぎる頃から藩の財政は悪化、足軽にまで十分な録を与えること . . . 本文を読む