さて去る2月5日は日本26聖人が長崎の西坂の丘で殉教された「祝日」でした。
現在からさかのぼる事、412年前の悲惨な出来事です。
私は今年から近所のカトリック教会が開くキリスト教講座に通いカトリックについて勉強していて、講師を務める神父さんが、先週その事について触れられていたので、近所の教会で特別なミサを行うのか? と信者さんに尋ねると、うちの教会では、特別盛大には行わないとの事で、では何処の教会ではそういうミサを行うのか? と更に尋ねると、フランシスコ会という会に属している所ならやっているのではないかっという答えを頂きました。
早速、部屋に戻り、ネットで調べると、墨田区の「カトリック本所教会」という所が東京では26聖人を特別に奉っている教会である事が分かりました。
しかも今年は本所教会の創設130記念と新たに建て直しをされた司祭館と信徒会館の落成式も兼ねて2月7日に、いつもに増して盛大な日本26聖人殉教者ミサと式典が行われるとの事を教会のサイトで知り、吉祥寺から両国まで出掛け、ミサと式典、そしてパーティーに参加して来ました。
なにゆえそこまで私が26聖人にこだわるのか? というと私が長崎人であり、私の故郷の町が26聖人に縁の深い所であり、信者ではないものの人生の要所要所でカトリックが顔を覗かせるからです。
そして、26聖人という、キリスト教弾圧が激しかった当時の日本の社会情勢の中で自らの信仰と信念を貫き通した所に、何かパンク・ロッカーのような、体制に反発する精神を感じ尊敬の念を覚えるからでもあります。
広義の「ロック」はロックンロール・ミュージックだけではなく、反体制や自由の思想・哲学も含まれます。
26聖人は私の中では「ロック」なのです。
しかし、日本26聖人の存在をよく知る人はカトリックの信者さんか長崎人くらいなものでしょう。
その一般常識とは呼べない26聖人を東京という土地で崇め奉っているなんて、長崎人として有り難く思いますし、嬉しいじゃないですか!!
ミサでは賛美歌に加え26聖人に関する奉納の歌も式次第に載っていて、初めて唄う曲をその場でメロディーに合わせて積極的に唄いましたし、厳かに盛大に挙行される儀式や説教には姿勢を正し聴き入って来ました。
その後の祝宴では、見知らぬ方々と積極的にお話しをし、本所教会の信者さんたちとも会話をし、長崎人として26聖人を崇めてられる教会の方々に謝意を示したかったので、本来は外部の人間ははけるべき内輪の宴にも、参加。
その前に本所教会の信者さんたちからもてなして頂いていたので、ビールを注いで回ったり、当然パーティーの後片付けまで手伝って来ました。
内輪の会が始まり、何故かまだ残っている私に対し、いったい何者なのかをややいぶかし気に尋ねてくる本所教会の神父さんに、図々しいのは重々承知してますが、長崎人として、26聖人と縁の深い町出身の人間として、今度は私がおもてなしをしたいのですっと言うとまぁ何とか納得して頂きました。
26聖人を奉る本所教会の信者さんたちにとってはかなり興味があるはずの故郷・長崎の話しをしてあげたくもありましたし。
片付けが終わり、帰り際(我が儘なお願いをきいて下さり)ありがとうございますっと何度となく、頭を下げお礼を言う私に、神父さんは、たまに遊びにいらっしゃい的な事を言ってくださいました。
本所教会の方々にとっては珍入者でしかなかったでしょうけど、話す内に私の意図も理解して貰えたようで楽しく歓談も出来ました。
久し振りに充実した1日を過ごせたのは非常に嬉しい事。
神に感謝!!
↓good artist・nice music! listen!!
LyricDesignさん
↓cool sounds
elect-linkさん
↓heart-warming tunes
アトリエさん
現在からさかのぼる事、412年前の悲惨な出来事です。
私は今年から近所のカトリック教会が開くキリスト教講座に通いカトリックについて勉強していて、講師を務める神父さんが、先週その事について触れられていたので、近所の教会で特別なミサを行うのか? と信者さんに尋ねると、うちの教会では、特別盛大には行わないとの事で、では何処の教会ではそういうミサを行うのか? と更に尋ねると、フランシスコ会という会に属している所ならやっているのではないかっという答えを頂きました。
早速、部屋に戻り、ネットで調べると、墨田区の「カトリック本所教会」という所が東京では26聖人を特別に奉っている教会である事が分かりました。
しかも今年は本所教会の創設130記念と新たに建て直しをされた司祭館と信徒会館の落成式も兼ねて2月7日に、いつもに増して盛大な日本26聖人殉教者ミサと式典が行われるとの事を教会のサイトで知り、吉祥寺から両国まで出掛け、ミサと式典、そしてパーティーに参加して来ました。
なにゆえそこまで私が26聖人にこだわるのか? というと私が長崎人であり、私の故郷の町が26聖人に縁の深い所であり、信者ではないものの人生の要所要所でカトリックが顔を覗かせるからです。
そして、26聖人という、キリスト教弾圧が激しかった当時の日本の社会情勢の中で自らの信仰と信念を貫き通した所に、何かパンク・ロッカーのような、体制に反発する精神を感じ尊敬の念を覚えるからでもあります。
広義の「ロック」はロックンロール・ミュージックだけではなく、反体制や自由の思想・哲学も含まれます。
26聖人は私の中では「ロック」なのです。
しかし、日本26聖人の存在をよく知る人はカトリックの信者さんか長崎人くらいなものでしょう。
その一般常識とは呼べない26聖人を東京という土地で崇め奉っているなんて、長崎人として有り難く思いますし、嬉しいじゃないですか!!
ミサでは賛美歌に加え26聖人に関する奉納の歌も式次第に載っていて、初めて唄う曲をその場でメロディーに合わせて積極的に唄いましたし、厳かに盛大に挙行される儀式や説教には姿勢を正し聴き入って来ました。
その後の祝宴では、見知らぬ方々と積極的にお話しをし、本所教会の信者さんたちとも会話をし、長崎人として26聖人を崇めてられる教会の方々に謝意を示したかったので、本来は外部の人間ははけるべき内輪の宴にも、参加。
その前に本所教会の信者さんたちからもてなして頂いていたので、ビールを注いで回ったり、当然パーティーの後片付けまで手伝って来ました。
内輪の会が始まり、何故かまだ残っている私に対し、いったい何者なのかをややいぶかし気に尋ねてくる本所教会の神父さんに、図々しいのは重々承知してますが、長崎人として、26聖人と縁の深い町出身の人間として、今度は私がおもてなしをしたいのですっと言うとまぁ何とか納得して頂きました。
26聖人を奉る本所教会の信者さんたちにとってはかなり興味があるはずの故郷・長崎の話しをしてあげたくもありましたし。
片付けが終わり、帰り際(我が儘なお願いをきいて下さり)ありがとうございますっと何度となく、頭を下げお礼を言う私に、神父さんは、たまに遊びにいらっしゃい的な事を言ってくださいました。
本所教会の方々にとっては珍入者でしかなかったでしょうけど、話す内に私の意図も理解して貰えたようで楽しく歓談も出来ました。
久し振りに充実した1日を過ごせたのは非常に嬉しい事。
神に感謝!!
↓good artist・nice music! listen!!
LyricDesignさん
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アトリエさん