根無し草のつれづれ

日々の雑感をひたすら書き綴ったエッセイ・コラム。また引用部分を除き、無断掲載の一切を禁ず。

雨の季節

2006-03-02 18:46:10 | エッセイ、コラム
「三月の始まりは雨だった」というのは歌や小説の一節ではな
く、今、私が思いついた事を気まぐれに書いただけである。
季節が動き始める時には雨が降る。
種類の違う空気が互いの覇権を争い合い、そこに軋轢が生ま
れ、そして前線が発生するためだろう。

この時期の雨にはあまり良い思い出がない。
正確には良い思い出よりも、悪い思い出の方が際立っていて、
そしてこの時期の雨と関連付けられて記憶されているせいなの
だが。

大学の合格発表の時にはよく雨が降った。
午前中に家を出る時には薄日が差していたり曇り空だったりし
ても、発表を見終えて家路に着く頃にはよく雨に降られたものだ
った。
ざわついた合格発表の掲示板の前で、受験票を片手に番号を
見比べる。
掲示板に自分の番号は記されてなく、もう一度見比べてみるが
やはりなく、小さくため息をつき、志望校をあとにする。
学校から駅までの間に電話ボックスを探し、「悪い知らせ」を家
族に連絡する。
私からの連絡をきき、明らかに声のトーンが変わる家族の様子
が嫌だった。
そんなうらぶれた気持ちを胸に電車に乗り家に向かう。
そんな時に雨が降り出すのだった。
電話する時まではよく憶えているのだがその先は記憶が飛んで
いる。
そのあとの記憶は外で食事をしているものだ。
私は地方から上京して兄の元で居候させてもらいながら受験を
していたのだが、悪い結果の夜は兄に誘われ、映画を観たり食
事をしたりしたものだった。
沈黙まじりの食事。
午後から降り始めた雨は止むこともなく降り続け、ただでさえ憂
鬱な心をその寒さで助長させるのだった。
食事を終えてレストランから出ると、通りのアスファルトに車のラ
イトが無数に反射して綺麗だった。
夜でも途切れる事なく走る自動車の群れ。
遠くにみえる雨で薄く煙った高層ビル群の灯かり。
どこかから聞こえる若者の叫声。
キラキラ輝く都会の風景だったが、春になってもこのきらびやかな
街で自分は大学生活を送る事は出来ないのだと思うと自らの不
甲斐なさに何とも言えないものを感じるのだった。

早春の雨にはこんな風なほろ苦い思い出がある。
自らの努力不足で招いた、菜の花の味の様にほろ苦い思い出が。

今日も早春の雨で少し寒い。
それでも、今はまだ寒くても、今月末には桜が咲くそうだ。
この春、昔の私の様に不甲斐ない気持ちで満開の桜をみる人は
どれくらいいるのだろうか。


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