根無し草のつれづれ

日々の雑感をひたすら書き綴ったエッセイ・コラム。また引用部分を除き、無断掲載の一切を禁ず。

飛べないトンボ

2006-02-09 19:19:11 | スポーツ
先週末の深夜にフジテレビで、トリノオリンピックに出場す
る選手を幾人かに絞って特集する番組をやっていた。その
中にモーグルの里谷多英も入っていて、インタビューや過
去の大会の模様、練習風景などが放送されていた。

モーグルの夏期の練習に人工芝を張った斜面を滑り降り
ジャンプ台から飛んで、エアの技術を磨くトレーニングがあ
る。諸事情から全日本の合同合宿には参加せず少人数
のスタッフとそのトレーニングを繰り返す里谷選手の様子
が映し出される。思うように技が決まらず、ビデオをみたり、
コーチから手取り足取り指導を受けながらの練習を黙々と
やっていた。夏の間そんな風にして600本飛ぶそうだ。トレ
ーニングをするそのジャンプ台の下にはプールがあって、エ
アを決めた後はそのプールにザバーンっと飛び込むように
なっている。多分、着水というのが一番体に負担のかから
ない方法なのだろう。

スーっと滑って来て、ジャンプをし、エアを決め、水飛沫を上
げながら着水する、という映像が何度か繰り返される。と、
いつもは水に飛び込んだ後は機械的に泳いで陸に上がって
くる彼女がストックを投げ捨て片手を水から上げ泳いでいる。
映像ではよく分からなかったが水から上げたその手にはトン
ボが乗っていたらしい。なんでも、プールに飛び込んだ際に
溺れたトンボを見つけたそうで、そのトンボを水から救出する
為とっさにとった行動だという事だった。そこでナレーションが
入る。

「飛べないトンボに彼女は何をみていたのでしょうか…」。

見事だった。プロの作り手はここが違う。凡人なら練習風景
の中の微笑ましい光景という事で済ましてしまう所だろう。
多分、里谷選手は溺れたトンボに、もがき苦しむ自分の事な
ど投影なんかしてない。単純に自分が行っているトレーニン
グの影響で溺れてしまったトンボを可哀想に思っただけだろう。
その模様を逃さずカメラに収め、気の利いたフレイズを挿入す
る事でグッと全体が引き締まりちょっとした感動を呼ぶ。料理
に於いてひと振りのスパイスが凡庸な味をキレのあるものに
仕上げる様に…。テレビマンに限らず、プロとアマチュアの違
いは、こういうプラスアルファが出来るか否かなのだろう。

実に良い仕事をみせてもらった。ただ、これが自社社員であ
る里谷選手の好感度を上げ感動を誘発する為に仕組まれた
過剰な「演出」である可能性も否定出来ないのであるが、こ
こは田舎の子供の様に無垢な心で番組スタッフを信じる事に
しよう。

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