「居眠り運転で貨物逆走」事故について/特急たから@安全問題研究会

2007-09-01 08:22:20 | 社会
<JR東海道線>居眠りで貨物車500メートル逆走 静岡
8月21日23時21分配信 毎日新聞

 静岡県島田市のJR東海道線で8日未明、JR貨物の下り貨物列車(27両編成)の男性運転士(53)が居眠りし、上り坂を走っていた列車は自然停車したあと約500メートル逆走していたことが分かった。JR貨物東海支社が21日発表した。同支社は20日に国土交通省中部運輸局に文書で報告。報告が遅れた理由について「運転士の事情聴取に時間がかかったため」と説明している。
 同支社によると、貨物列車は宇都宮から大阪の貨物ターミナル駅に向かっていた。静岡貨物駅(静岡市駿河区)から乗車した運転士は8日午前1時27分に同駅を出発。同2時5分ごろ、島田―金谷駅間で居眠りを始めたという。上り坂だったため、列車は自然停車した後、逆走を始めた。運転士が目覚めて急ブレーキをかけたが、約500メートル逆走してようやく停止した。その後、運転を再開し、担当区間終点の稲沢駅(愛知県稲沢市)には13分遅れで到着したという。
 東海道線下りの後続には東京発大阪行きの寝台急行「銀河」(乗客184人)が走っていたが、前方に列車がいることを示す赤信号で停止。逆走して止まった貨物列車との距離は約220メートルに迫っていたという。
 運転士は運転歴18年。今月4~6日は休みで、7日は午前9時35分から勤務し、静岡貨物駅で約5時間仮眠したあと、貨物列車を運転していた。「眠くなって、居眠りをしてしまった」と話しているという。
 同支社は「眠気が起きた場合、体操や窓を開けるなどの指導をしている。再度徹底し、再発防止に全力で取り組んでいく」と謝罪した。【木村文彦】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070821-00000149-mai-soci

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この事故をきわめて重大なインシデントと考えるのは、逆走した貨物列車にATS(自動列車停止装置)が利かなかったと考えられるからです。

ここ数日来、私の鉄道ファン仲間にこの事故の概要を示した上で見解を聞いたところ、ほとんどのファンが「ATSはこのようなケースでは利かなかったと思う」との見解で一致しました。
ATSそれ自体は、進行方向が逆向きだから動作しない、というような装置ではありません。両方向の列車が1本の線路を共有している単線区間で正常に動作しているという事実からも理解できるように、ATSには列車の進行方向を照査する機能も備わっています。
しかし、単線区間で列車の進行方向にかかわらずATSが正しく作動するのは、あらかじめ各列車が進行方向を設定した上で走っているからであり、今回のように、あらかじめ設定された進行方向に対し「逆走」した場合には、逆走した列車にはATSは利きません。

つまり、居眠りしていた運転士が途中で意識を回復してブレーキをかけたからいいようなものの、このまま運転士が目を覚まさず貨物列車が退行し続けていれば、ATSが利かないまま貨物列車は急行「銀河」の停まっている閉塞区間に進入し、衝突した可能性が高いということです。

急行「銀河」は機関車が牽引する客車列車で、先頭には機関車があり、下り列車の場合、2両目には車内空調等の電源を発電するための電源専用車が連結されています。一般乗客が乗っている車両は3両目以降であり、貨物列車が退行して衝突しても死傷者が出る可能性は低かったといえますが、あくまでそれは偶然に過ぎないのであり、昼間の通勤列車の前を走る貨物列車で同じことが起これば乗客の被害は避けられないでしょう。

もうひとつ、あまり知られていませんが、指摘しておかなければならないのが、東海道・山陽本線などの基幹路線を走る貨物列車は自動車でいえば過積載すれすれの無理な運転を強いられているという事実です。
私の愛読紙のひとつである鉄道雑誌「レイル・マガジン」2007年8月号に「1300トン貨物列車、関門・瀬野八を行く」という特集記事があります。急勾配を登るため、現在でも貨物列車が最後尾に押し上げ用の補機を連結して走ることから、鉄道ファンで知らない人はいないと言われる名所、山陽本線・瀬野~八本松間(通称セノハチ、広島県)を走行する貨物列車を追った記事で、そこにはこんな記述があります。

『1,600トン列車牽引を可能にしたEF200(特急たから注:最新型電気機関車の形式名)には25ノッチまであるが、入力電流が4,800アンペアにも達して電圧降下を招くことから、現在は15ノッチ2,600アンペアに制限されている』『背後の機械室から漏れてくる電動発電機や送風機の轟音が運転台に満ちるなか、運転士は慎重に11ノッチを保ったままで286kmポストを67km/hで通過する。半径300mカーブの曲線抵抗で速度はさらに落ち、12ノッチで60km/hが精一杯だ。電圧計は1,300~1,400Vを示し、これ以上のノッチアップが不可能なことを告げている…(中略)乾燥した晴天という絶好のコンディションながら、1,300トン列車を牽いて急勾配を登る運転士は常に空転の予兆に神経を尖らせている。まして雨の降り始めや落ち葉の季節ともなれば、空転の発生は、最悪の場合、列車の途中停止にもつながりかねない。電圧降下と空転の板挟みにあって、瀬野を登る機関車運転士はまさに職人技の運転を強いられることになる』

この記事はさらに、この区間の運転をする運転士のこんな証言を紹介しています。『パワーのある機関車なんだから楽なものと思うと、ノッチアップすると架線電圧が下がってしまいますから、やたらにパワーを出せない』

これらの記述からわかることは、重い荷物を背負っているからパワーを出せばいい、という運転はできないということ。最近の新型機関車のパワーには余裕がありますが、電圧自体は1,500Vと半世紀前の設計を変えられないため、電圧の範囲内でしかパワーアップができないわけです。しかもこの記事を読むと、1,500Vの架線電圧が100~200Vも低下するほど、貨物列車には巨大なパワーが必要だということがわかります。
こうした巨大なパワーをもってしても、登り勾配で走行中にぐんぐん速度が低下していく様子も読み取れます。現在の鉄道貨物列車が、限界ぎりぎりの過積載運転で走っているということがよくわかる記述です。

日本の鉄道は、戦前戦中の時代、現在よりもっと厳しい精神主義の時代を生きてきました。どんな条件の下でも列車を動かすのが鉄道員魂とされました。しかし現在、当時とは違う形で新たな精神主義が強まっているような気がします。
今回の事故は直接的には居眠りが原因ですが、限界ぎりぎりまで貨物を重くして走らせる「過積載」という背景要因も浮かび上がってきます。こうした過積載の背景にあるものが「効率」であることは間違いないと思います。
今回の事故を契機に、こうした効率第一体質を考え直す必要があります。

なお、余談ですが、日本の貨物列車は、国鉄時代は最大でも1列車あたり1,000トン程度でした。もちろん、機関車のパワーは今よりずっと弱かったわけですから、一律の比較はできないと思います。貨物列車が1列車あたり1,300トンまで重くなった背景には、機関車のパワーアップという技術の進歩があります。
しかし、ご紹介した記事にあるような架線電圧などの物理的制約から、東海道・山陽本線などの基幹路線では貨物列車の増強は限界に近づいていると見て間違いありません。今、貨物列車の主役であるコンテナ貨車(5トンコンテナで5個まで積載可能)の場合、1両の長さが20m近くあり、これは旅客を乗せる一般車両とほとんど変わらないほどの長さです。1,300トン列車の場合、コンテナ貨車約26両分にも相当し、列車全体の長さは500mを超えることになります。
東海道本線をはじめ、日本の在来線は1閉塞区間が600mのところが多く、1列車の長さが600mを超えるようになると、1本の列車で2つの閉塞区間を占有することになるため、その分だけ他の列車を減便する必要が出てきます。東海道本線が大都市圏の通勤通学輸送を担っている現状から考えると、そのような減便は不可能であると考えられるので、この面からも貨物列車1本あたりの総重量を増やすという形での増強は限界に来ていると考えられます。

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