法務省 死刑の刑場を初公開/NHK(動画) ほか

2010-08-27 18:22:27 | 社会

法務省は、死刑制度について国民的な議論を喚起したいとして、東京・葛飾区にある東京拘置所の死刑を執行する刑場を報道各社に初めて公開し、撮影を許可しました。
刑場の公開は、千葉法務大臣の指示を受けて行われたもので、全国に7か所ある刑場のうち、27日午前、東京・葛飾区にある東京拘置所の刑場の撮影が初めて許可されました。
撮影は実際の死刑執行の手順に従って行われ、遺言の聞き取りなどが行われる「教誨(きょうかい)室」や、死刑の執行が行われる「執行室」など、関係する5つの部屋で撮影が許可されました。
「執行室」で、死刑囚は赤い線で囲まれた「踏み板」の上に移され、滑車からつるされたロープを首にかけられたあと、踏み板が開いて死刑が執行されるということです。
また、刑場全体は空調が効いており、香のにおいがしていました。法務省は、死刑囚の家族の心情に配慮するなどとして、情報の公開には慎重な姿勢をとってきました。
刑場の公開も、国政調査権に基づいて過去に国会議員を対象に3回行われただけで、その際にも撮影は認めなかったということです。
今回の映像の公開について、千葉法務大臣は「裁判員制度を実施していくにあたって、さまざまな判断をしたり、刑罰についての議論を深めるたりするきっかけにしてもらいたい」と話しています。
刑場の公開について、全国犯罪被害者の会の岡村勲代表幹事は
「公開の法廷で言い渡された死刑をどういう場所で執行したのか、刑場のことも含めて国民に公開するのは当然だ。
ただし、死刑のあり方について検討する法務省の勉強会の中に絞首刑の場面を想像させることで、死刑制度の存廃の議論に踏み込むという考えがあるとしたら問題がある。
死刑執行の手段と、死刑制度が必要かどうかという議論は別の問題だ。
世論調査では国民の80%以上が死刑を支持しているし、被害者の遺族がいかに苦しみ続けているのかということに十分思いをはせて議論してもらいたい」
と話しています。
刑場の公開について、日本弁護士連合会死刑執行停止実現委員会の小川原優之事務局長は「刑場が公開されるだけでは『死刑はこれほど厳粛な場で執行されている』という印象だけを与え、死刑制度を維持するための情報操作にもなりかねない。
死刑の存廃について国民的議論をするには不十分だ」
と指摘しています。
そのうえで「国民が望んでいるという世論調査の結果が制度を維持する最大の要因になっているが、死刑制度を検証するための十分な情報は国民に与えられていない。
刑場が公開されたからいい、というとらえ方ではなく、死刑存廃の議論のために十分な情報が公開されているかという観点から考えていく必要がある」と話しています。
http://www.nhk.or.jp/news/html/20100827/t10013605571000.html

  

死刑執行する「刑場」、報道機関に初公開 法務省/朝日
法務省は27日午前、死刑を執行する場所として東京拘置所(東京都葛飾区)内に設けられている「刑場」を報道機関に公開した。刑場は全国7カ所の拘置所・拘置支所にあり、これまで国会議員が視察したことはあるが、報道目的で公開されたのは初めて。

 千葉景子法相は7月28日に同拘置所で自ら立ち会って2人の死刑を執行した後、刑場など死刑についての情報公開を進める意向を示した。昨年5月に始まった裁判員制度で死刑が求刑される事件が審理されるのを前に、「国民的議論」につなげたい考えだ。

 この日の刑場公開には、朝日新聞を含む報道機関21社の記者1人ずつと、代表撮影のスタッフが参加した。

 記者は、刑場に入る前に法務省の担当幹部から、刑場は六つの部屋に分かれていることや、執行の流れに沿ったそれぞれの部屋の使い方などについて説明を受けた。

 まず、死刑囚の希望により宗教者の教えを受けられる「教誨(きょうかい)室」に入った。死刑囚が一人で過ごす「房」から、執行の日の朝に連れて来られて最初に入る部屋だ。仏壇があり、拘置所職員はここで遺言を聴いたり、残される所持金や身の回りの物をどうしたいかを尋ねたりするという。

 続いて、廊下を歩いて「前室」と呼ばれる部屋に入った。仏像が置かれ、死刑囚はここで正式に執行の宣告を受ける。医療用のガーゼで目隠しされ、手錠もかけられる。

 隣接する「執行室」は14畳ほどの広さ。中央の天井には、死刑囚の首にかけるロープを通す滑車が取り付けられていて、床には死刑囚が立つ約1.1メートル四方の「踏み板」があった。踏み板の周囲は赤いテープが張られていた。ここで死刑囚は足をゴムバンドで縛られる。

 執行室の奥には「ボタン室」があり、踏み板を作動させて死刑囚を落下させるためのボタンが三つ並んでいた。複数の刑務官が一斉に押し、どのボタンで作動したか分からないようにするためだ。

 執行室を挟んで前室の反対側にあるのは「立会室」。ガラス越しに、検察官らが執行を見届ける。千葉法相も7月の執行の際はこの場所から見届けたという。

 立会室からは執行室の階下に下りる階段があり、死刑囚が首をつられた状態で落下する部屋が見えた。

 だが、今回の公開ではこの部屋への立ち入りは許されなかった。「死刑囚が生命を絶つ、きわめて厳粛な場で、死刑囚やその家族、刑務官などに与える影響を考慮した」という。

 執行室でも、死刑囚の首にかけるロープは取り外された状態で、踏み板が開閉する様子も見せなかった。理由は「刑場の通常の状態を見てもらう」との説明だった。

 執行にかかわるのは、検察官や医師、拘置所長ら立会人のほかに、法務省の刑務官が約10人。現在、東京拘置所にある刑場はこの1カ所だけで、2006年以降に17人の死刑が執行されたという。

 戦後、全国で死刑が執行されたのは668人。現在は全国に107人の確定死刑囚がおり、うち女性は8人。(河原田慎一)
http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY201008270102.html

死刑執行の刑場を初公開 千葉法務大臣の指示(動画)/テレビ朝日
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/200827017.html

「残虐さ隠した」「遅過ぎる」=死刑反対の民間団体-刑場公開/時事
 法務省が刑場を公開した27日、死刑制度に反対しているアムネスティ・インターナショナル日本(東京都千代田区)は「ロープは外された状態で、踏み板が開く様子は公開されず、死亡を確認する部屋も非公開とされた。残虐さを隠そうとする不十分な公開だ」と批判する声明を出した。
 担当者は「死刑制度をめぐる日本の秘密主義は国連などから繰り返し非難されている」と指摘。「執行順を決める手続き、死刑囚の処遇などを知ることができない現状では、『国民的議論』は難しい」として、さらなる情報公開を求めた。
 同じく死刑に反対するNPO法人監獄人権センター(同)の田鎖麻衣子事務局長も「公開は当然だが、遅過ぎた。公開されてこなかったこと自体が間違いで、これをきっかけに幅広い情報の開示がなされなければならない」と語った。(2010/08/27-12:59)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2010082700336

刑場初公開:執行、脳裏から消えず 元検事/毎日
死刑執行の場となる東京拘置所の刑場が27日公開されたが、更生を期待されない死刑囚への刑執行はこれまでごく限られた関係者だけで行われ、その最期もベールに包まれたままだ。狭く、無機質な刑場で、死刑囚はその時をどんな心境で迎え、取り巻く人たちはどう見送るのか。「別れの朝」に立ち会った経験を持つ当事者が重い口を開いた。【石川淳一、反田昌平】

 死刑囚が目隠しをされ、両手を縛られる。キリスト教の教誨師(きょうかいし)は声を出し祈り続けた。隣接の執行室へのカーテンが開かれ、死刑囚が導かれる。カーテンが閉じると何秒もたたないうちに「ダン!」という踏み板が開く音が室内を包み、再び静寂が戻った。

 家族も面会に来ない死刑囚は数多い。心情の安定のため面会を許されるのが教誨師だ。月1度、拘置所の一室で向かい合う。大半は息詰まる生活から、ほんの一時解放されたようにしゃべり続ける。

 「その日」の連絡は突然来る。「明日空いていますか」。拘置所の連絡で執行を知る。朝、執行室隣の部屋。扉が開き、死刑囚が青白い顔で入ってくる。「今から執行する」。拘置所長が死刑を宣告した後、テーブルを挟み、ごく短い儀式が行われる。

 「償ってきます」と柔らかな笑顔を向ける人。「一足お先に待ってます」と言う人。大半は静かに受け入れた。教誨師はこれまでの面会に対し「ありがとね」と声を掛け、体に触れて肌のぬくもりを伝える。最期の瞬間を目にすることはない。

 多くの死刑囚に拘置所で洗礼を施す一方、犯した罪から目を背け死を急ぐ死刑囚も多かった。「自分が生きる意味を考えてみてくれ」と諭し続けた。執行から1時間後、納棺された死刑囚と対面した。「終わったね」と声を掛けた。

    ◇

 「納得して立ち会わないといけないと思ったから、判決文は熟読したよ」。08年に執行に立ち会った元検事はそう振り返る。

 執行2日前、次席検事に呼ばれた。「立ち会ってもらいたい」と告げられ、死刑囚の判決文を渡された。

 検察庁では年度初めに検事が抽選で「立ち会い順」を決めていた。その順が回ってきたのだ。「自分が起訴したり、判決を見た犯人ではない。納得して立ち会わないと」。判決文を読み「これなら仕方がない」と感じた。

 午前8時過ぎ、検事、拘置所長、医務官ら数人が立ち会い室で見守った。10メートルほど先に白いカーテンが引かれ、カーテン越しに、教誨師と向き合う死刑囚の横顔のシルエットが見えた。目隠しをされ、検事らの方に向き直った時、カーテンが外され、正面を向いた死刑囚と向き合った。誰も声を上げず、静かに進んだ。

 死刑囚の首に縄が掛かると、その瞬間、床がはずれて体が下へ落ちた。医務官が時間を告げ「執行」と言ってそばに寄り、指で腕の脈を診て聴診器で鼓動を聞く。「何時何分、死亡」。カーテンが開いて1、2分、あっという間の事だった。

 検察庁へ戻ると清めの塩がまかれた。次席らから「お疲れさま」とねぎらいの声がかけられた。

 元検事は「仕事だから特に思うことはない。ただ、執行の場面は今でも、まぶたに映像のようによみがえる」と話した。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100827k0000e040068000c.html

「10分、長く感じた」 執行立ち会いの元刑務官/中国新聞
目隠しをし、素早く手錠を掛ける。上司の合図の手が挙がると、3人の刑務官がレバーを一斉に引く。バーン。大きな音とともに踏み板が外れた―。弁護士の野口善国のぐち・よしくにさん(64)=兵庫県弁護士会=は元刑務官。1971年、改築前の東京拘置所で死刑執行に立ち会った時の様子を振り返った。

 宙づりになった死刑囚。強盗殺人を犯し一審判決を受け入れたという男。揺れを止めようと必死にロープを握り締めた。踏み板が開いた穴からのぞくと、医師が男の胸をはだけていた。心臓の辺りがどくどく動いているように見えた。

 「極度に張り詰めた雰囲気だった。刑場に入ってから執行が終わるまで10分程度のはずだが、ひどく長く感じた」

 当時、東京拘置所の刑場は舎房とは別の平屋で、コンクリートの壁に囲まれていた。死刑囚は刑務官に付き添われていったん屋外に出てから徒歩で刑場に向かう。

 死刑囚の処遇は現在、法律で厳しく制限され、「心情の安定」を図るため常に独居房で過ごす。死刑囚同士の交流も認められていない。

 しかし、当時は緩やかで、房内で小鳥を飼うのを許され、何人かの死刑囚が運動場で布を丸めたボールを使って野球をすることもあった。「皆すごく明るくて、死刑囚には見えなかった」

 執行の告知も現在のように当日朝ではなく、前日だった。

 この死刑囚は「あす」と知らされると、家族に電報を打ち、妻と親せきを呼び、同じ部屋で30分間、顔を合わせた。「自分がやったことの報いとして責任を取る。執行されると分かったら心が落ち着いた」。泣き通しだった妻は別れ際に「息子があなたの顔に似てきました」とだけ伝えた。

 当日の朝。刑場に足を踏み入れると、まだ真新しかった室内の壁には祭壇、脇には僧侶。「言い残すことはないか」との拘置所長の問いに「お世話になった方にお礼をしたい」。男は、居並ぶ幹部一人一人と握手し、頭を下げた。

 「決まりだから行くぞ」。上司の声が余韻を断ち切る。目隠しと手錠がされ、部屋を隔てていたカーテンが開けられた。
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201008270147.html

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