人生相談
読売新聞の、真ん中くらいのページに
”人生相談”のコラムがある。
いつからか、そのコラムを読むようになった。
老若男女、色々な相談が持ちかけられている。
いずれも、本人にとっては、とても重要で
心に重くのしかかっている悩みや問題だ。
私でも、”こうしたら?”
なんてアドバイス出来そうな相談事から
”一体、どうやって解決すればいいのだろう・・・”と
考え込んでしまう相談ごともある。
この世に肉体を持って生まれて
このことを経験するために、
そして、それをクリアしていくための、
それぞれの人にとっての、課題たちだ。
つぼみが、いつかは、開くから。
すごいのは、相談員のコメントだ。
心の悩みには、
精神科の先生や、小説家の先生。
相続問題などの家庭問題には、
弁護士の先生など、
それぞれの、分野のスペシャリストが
限られた文字数の中で
相談してきた人たちの心に、
光を差し込む。
答えを出している先生の一人に、
医学博士の海原純子先生がいらっしゃる。
海原先生は、
ポジティヴ思考に関するご著書も沢山出していらっしゃるし、
テレビにもよく出演されていらっしゃるし、
最近はジャズシンガーとしても
ご活躍されていらっしゃるので、
ご存知の方も多いだろうと思う。
15年くらい前のこと。
先生がまだ南青山にクリニックを開いていらした頃、
”病気のデパート”だった母が
お世話になっていたことが、ある。
当時から人気の高かった先生は
常に予約が埋まっていたのにも関わらず、
診療時間外の時間をやりくりして、
母と向き合ってくださっていた。
心を、開くのが、難しいときもある。
ある日、海原先生が母の診療中に
お話になった言葉が、
私を、救ってくれた。
今も、これからも、
ずっとその言葉は、私を支え続けてくれることだろう。
”人は、それぞれ、自分の力量に応じた
フィールドの中で、力を発揮すれば、いいのよ。
例えば、ボクシングとか柔道の試合と一緒。
体重別に、戦うでしょ?
フライ級の人が、ヘビー級の人とは
同じリングで戦わない。
だから、貴方は、
今、貴方自身が精一杯やれることをやればいい。
誰かと一緒でなくてはいけない、とか
誰かと同じようにやらなくてはいけない、とか
世間で言われているようなことをしなくてはいけない、とか
そんなことで、自分をすり減らしてはいけないのよ。”
まだ、20代前半だった私は
家の仕事を継がなくてはいけないことに
押しつぶされそうになっていた。
それまでの、自分の仕事をやめて、
好きだった人との結婚もあきらめて、
外国で暮らしたいという夢も捨てて、
ダンプカー級の、
人やものをなぎ倒してもわが道を行く、
といったタイプの父の仕事を
継いで行くなんて出来るのだろうか・・・
そんな時、
この海原先生の言葉が、私の心の中に光を差し込んだ。
そう、
ダンプカー級の父は、父。
私は、私。
同じリングの中では戦わないし、
戦う必要も、ない。
そう思えた時、ふっと心が軽くなった。
いまだ、若輩者の私は、
何一つ、出来ていないけれど、
これから先、自分自身の力を出していかなければいけないときが
必ず、来る。
その時にも、この言葉は私の心の中で繰り返されることだろう。
そして、自分自身のなれる、
一番の自分として、
歩いていきたいと、思う。
読売新聞の、真ん中くらいのページに
”人生相談”のコラムがある。
いつからか、そのコラムを読むようになった。
老若男女、色々な相談が持ちかけられている。
いずれも、本人にとっては、とても重要で
心に重くのしかかっている悩みや問題だ。
私でも、”こうしたら?”
なんてアドバイス出来そうな相談事から
”一体、どうやって解決すればいいのだろう・・・”と
考え込んでしまう相談ごともある。
この世に肉体を持って生まれて
このことを経験するために、
そして、それをクリアしていくための、
それぞれの人にとっての、課題たちだ。
つぼみが、いつかは、開くから。
すごいのは、相談員のコメントだ。
心の悩みには、
精神科の先生や、小説家の先生。
相続問題などの家庭問題には、
弁護士の先生など、
それぞれの、分野のスペシャリストが
限られた文字数の中で
相談してきた人たちの心に、
光を差し込む。
答えを出している先生の一人に、
医学博士の海原純子先生がいらっしゃる。
海原先生は、
ポジティヴ思考に関するご著書も沢山出していらっしゃるし、
テレビにもよく出演されていらっしゃるし、
最近はジャズシンガーとしても
ご活躍されていらっしゃるので、
ご存知の方も多いだろうと思う。
15年くらい前のこと。
先生がまだ南青山にクリニックを開いていらした頃、
”病気のデパート”だった母が
お世話になっていたことが、ある。
当時から人気の高かった先生は
常に予約が埋まっていたのにも関わらず、
診療時間外の時間をやりくりして、
母と向き合ってくださっていた。
心を、開くのが、難しいときもある。
ある日、海原先生が母の診療中に
お話になった言葉が、
私を、救ってくれた。
今も、これからも、
ずっとその言葉は、私を支え続けてくれることだろう。
”人は、それぞれ、自分の力量に応じた
フィールドの中で、力を発揮すれば、いいのよ。
例えば、ボクシングとか柔道の試合と一緒。
体重別に、戦うでしょ?
フライ級の人が、ヘビー級の人とは
同じリングで戦わない。
だから、貴方は、
今、貴方自身が精一杯やれることをやればいい。
誰かと一緒でなくてはいけない、とか
誰かと同じようにやらなくてはいけない、とか
世間で言われているようなことをしなくてはいけない、とか
そんなことで、自分をすり減らしてはいけないのよ。”
まだ、20代前半だった私は
家の仕事を継がなくてはいけないことに
押しつぶされそうになっていた。
それまでの、自分の仕事をやめて、
好きだった人との結婚もあきらめて、
外国で暮らしたいという夢も捨てて、
ダンプカー級の、
人やものをなぎ倒してもわが道を行く、
といったタイプの父の仕事を
継いで行くなんて出来るのだろうか・・・
そんな時、
この海原先生の言葉が、私の心の中に光を差し込んだ。
そう、
ダンプカー級の父は、父。
私は、私。
同じリングの中では戦わないし、
戦う必要も、ない。
そう思えた時、ふっと心が軽くなった。
いまだ、若輩者の私は、
何一つ、出来ていないけれど、
これから先、自分自身の力を出していかなければいけないときが
必ず、来る。
その時にも、この言葉は私の心の中で繰り返されることだろう。
そして、自分自身のなれる、
一番の自分として、
歩いていきたいと、思う。